ウマ娘で学ぶ競馬史 #32 世界に届く日 (2012)
みなさん、ウマ娘やってます?
ナカヤマフェスタの育成シナリオがあまりにも良いので引くべきです。よろしくお願いします。
さて今回の内容はというと…
表向きは輝かしいフラッシュの勝利が印象的ですが、実際は白いアレとかが暴れ回った年です。
でもここから3回連続で白いアレをサムネにするのもなんか嫌なのでやめました。
早速本題に行きましょう。
新時代
2011年。震災の年に三冠馬が生まれ、なんとか日本競馬は逆境を乗り越えた。
むしろ、ここからが絶頂期。
中央、地方競馬共にネット投票が活発化。スマートフォンの普及も相まって売上が底値から回復する。
中央競馬のネット投票システムから地方の一部レースも買えるようになり、相乗効果でじわじわと競馬ブームへ歩を進める。
2022年現在、中央競馬はようやくオグリキャップの時代の馬券売上を超え、90年代競馬全盛期の水準まで戻ろうとしている。
そんな転換点に立っていた競馬界。
オルフェーヴルらが4歳世代を牽引。
エイシンフラッシュを筆頭に5歳世代も奮戦。
多士済々、群雄割拠の競馬戦国時代と化していた。
そして、日本競馬はもう一度世界へ羽ばたく。
挑戦ではなく、頂点へ。
阪神JF
まずは12世代の大混戦から説明していこう。
牡牝共にドラマがあるので、開催日順に。
JFは4番人気の馬が勝利。
ジョワドヴィーヴル。
中団から外に出して坂を登りきった後の圧巻の末脚は、さながら姉のブエナビスタを見ているようだった。
デビューから2戦目でGI制覇。過去にない衝撃的な出来事だった。
デビューから2戦目で阪神JFに出走し連対した馬は、この馬と22年2着馬シンリョクカのみ。
彼女は最速で女王になった。
この勝利で鞍上の福永は阪神JF連覇。
そして年末には初のリーディングジョッキー、つまり中央競馬年間最多勝の座も手にした。
このシリーズではあまりリーディングジョッキーとかについて触れていなかったが、もちろん理由がある。
リーディングは1992年から2008年までほぼずっと武豊(1年だけ蛯名さん)だったからだ。
だが、ちょうど豊さんがウオッカから降ろされた09年あたりから様相がゴロッと変わり、ウチパクさんがリーディングで豊さんは2位陥落。
以降ノリさん、福永、浜中、福永、戸崎フィーバー、ルメールフィーバー、そして22年の川田プロへと続いていく。
武豊の猛威が収まると同時に幅を効かせたのがウチパクさん、岩田パパら地方出身勢。そこに割って入ったのが福永祐一。川田将雅も大幅に成績を上げ、この年初の年間100勝を達成。JRA勢が巻き返しにかかっていく。
ラジオNIKKEI杯2歳S
一方その頃の2歳牡馬はこんな感じ。
ジョワドに負けじと、デビュー2戦目で重賞制覇を果たしたのはアダムスピーク。
シーザリオのアメリカンオークス3着馬、シンハリーズの子。オークス馬を妹にもつ。
2着は例のアイツ。もちろんこの年の主役。
3着はグランデッツァ。桜花賞馬マルセリーナを姉にもつタキオン産駒。
もちろんこの着順でクラシックは決まらない。それが競馬の難しさでもあり、面白さでもある。
桜花賞
前哨戦チューリップ賞で若干の波乱があり、1、2番人気が3、4着に飛んだ。1着馬ハナズゴールは軽い怪我で回避したため、1番人気はジョワドヴィーヴルのまま桜花賞が始まる。
8枠17番。
直線が長いとは言えど、外外を回しての阪神の坂越えは3歳牝馬には厳しい。
ジョワドヴィーヴルは、伸びない。
最速女王
ジョワドヴィーヴル
父 ディープインパクト 母 ビワハイジ
半姉 ブエナビスタ
半兄 アドマイヤオーラ アドマイヤジャパン
7戦2勝[2-0-1-4]
主な勝ち鞍 阪神JF
12世代
先にネタバレすると、ジョワドヴィーヴルの全盛期はJFで終わり。そして2013年のヴィクトリアマイルの後、故障し、この世を去った。
ジョワドヴィーヴルという馬名は、姉ブエナビスタで天皇賞を制覇したスミヨンが命名した。意味は「生きる喜び」。結局、スミヨン自身が騎乗することもないまま亡くなってしまった。なんとも皮肉だ。
無事に生涯を終えることは何より難しい。震災直後だからこそ、その事実は重く響いてしまう。
悲喜交々で日本競馬は前進してきた。それはこの年も変わらない。
クラシックは、これまでの日本競馬の総決算とも言える内容になった。
話を戻すと、桜花賞を制したのはジェンティルドンナ。
昨年のマルセリーナに続き、2年連続でディープ産駒の桜花賞制覇となった。
2着もディープ産駒ヴィルシーナ。
徐々にディープ旋風が吹きつつある。
皐月賞
牡馬クラシックでもディープ優勢の流れが強かった。
有力視されたのは以下5頭。人気順に見ていく。
デムーロ騎乗、ラジニケ3着からスプリングSを勝ち進んできたタキオン産駒グランデッツア。タキオン産駒もデムも共に皐月賞勝利経験がある。納得の1人気。
2番人気は福永祐一騎乗のディープ産駒ワールドエース。ここまで4戦3勝2着1回。不動の軸馬だ。
3番手は岩田父騎乗ディープブリランテ。言わなくても何の産駒かわかる。この馬も全戦連対で来ているが、重賞を勝ててないのが懸念点。
4番手に内田博幸騎乗ステゴ産駒ゴールドシップ。この馬も共同通信杯勝ち馬でここまで全連対で来ているが、ズブそう(実際ズブい)だからここ向きじゃなさそうと思われての単勝7倍代だったのだろう。
5番人気がラジニケ杯勝ち馬ディープ産駒アダムスピーク。弥生賞で大きく調子を崩していた。
馬はディープ産駒かその他サンデー系、騎手は外国人か地方上がりか蛯名、横山典、福永、時々武豊。
ここからのクラシックはだいたいこうなっていく。
「昔の方が良かった」と騙る懐古おじさんはどの界隈にもいるが、こと競馬においてはこの意見に共感しやすい。多様性だけで言えば断然昔の方があった。
つらつらと語ったが、今回の皐月賞は言うまでもなく伝説のあの回だ。サムネを見れば分かる。
中山開催8週目の稍重馬場。内ラチ沿いは荒れに荒れて、並の馬なら大失速する馬場だったのだが…
もちろんゴルシは並の馬ではない。
序盤は川田将雅ゼロスが意地で先頭ポジを取りに行った結果、前々で競り合って1000m通過が59秒1。
有力馬のうち3頭(ワールドエース、グランデッツァ、ゴルシ)が出負けする形となり、ブリランテだけが絶好のポジションからレースを進める。
ほぼ全頭が4コーナーのコース取りで外を選ぶ中、3コーナーからエンジンを吹かせつつ一瞬内をすくったのがウチパクさんとゴルシ。
逆に最後方から大きく外をぶん回して鞭を入れたのがワールドエース福永。
えげつない泥ハネと共に他馬をごぼう抜き、馬場の荒れてない所を見付け、後はハンドライドで押し切るウチパクさん。俗に言う“ゴルシワープ”だ。
オルフェーヴルにも見られた道悪適性と、特有の圧倒的スタミナで楽に勝ち切ったゴルシ。
見た目の通り、母の父にあたるメジロマックイーンの血が騒いだのかもしれない。
ゴルシワープだけが取り上げられがちなこのレースだが、1番エグい走りを見せているのはワールドエースだ。
絶望的なポジションから最後の末脚に賭け大外一気。あの中山の短い直線でゴルシ以外の全頭を、絶好位にいたブリランテすら追い抜かして2着。
ゴルシさえいなければ歴代の皐月賞でも最も強い勝ち方と評されていただろう。(3年後に更新されるけど)
というわけで、「勝ったのはゴルシだが強いのはワールドエース」という評判でダービーに進む。
さて、ここで問題になってくるのが3番手の馬なのだが…
ディープブリランテ。この馬の主戦が、ちょうどこの時期に一悶着あった。その話をしよう。
岩田康誠という騎手は、一部の人間から必要以上に嫌われている。これにはある事件が関与している。
NHKマイルカップ
このレースは人気が拮抗していた。
ウィリアムズ騎手の乗る朝日杯勝ち馬、ボリクリ産駒アルフレードが離れた3番人気。
そして1番人気がここまで無敗のダイワメジャー産駒カレンブラックヒル。鞍上は秋山真一郎。
2番人気が毎日杯2着馬、ディープ産駒マウントシャスタ。これの鞍上が岩田康誠だ。
このレースで事件が起きた。
※ショッキングな映像が苦手な方は見ないようにしてください
マウントシャスタが過度に内に切り込んだ結果、シゲルスダチと後藤浩輝が行き場を失い、落馬。
もちろんマウントシャスタは失格となった。
勝ったのは順当に1番人気だったこの馬。
マイルの猟犬
カレンブラックヒル
父 ダイワメジャー 母父 グラインドストーン
22戦7勝[7-0-0-15]
主な勝ち鞍
NHKマイル 毎日王冠 NZT 小倉大賞典 ダービー卿CT
主な産駒 アザワク オヌシナニモノ
12世代
カレンの馬主さんにとって2頭目のGI馬。
この後も父のように活躍するかと思いきや、天皇賞で敗北した後「この馬にはダート適性がある」とフェブラリーSに出走するも1番人気15着とズタボロ。
以降、全盛期の強さは鳴りを潜めたものの、GIIIを2勝して引退している。
馬主さんは今でもこの馬を大切にしており、自身の所有した牝馬にはだいたいブラックヒルを付けている。
産駒はアベレージが高いが、自身同様ちょっとした事から全く走らなくなる馬が多い。
(21年東スポ杯でイクイノックスの2着だったのに年明け以降鳴かず飛ばずのアサヒ、高知移籍後無敗だったのに重賞挑戦後全敗のカレンリズなど)
落馬したシゲルスダチ後藤浩輝騎手は頸椎骨折。
その後も色々あったが1年半後に完全復活を果たした。
ここまでは競馬界ではよくあること。
問題はここからなのだが、ここからを先に書いてしまうと後が続かないので、とりあえずダービーまでのクラシックを先に解説する。
オークス
オークスの週まで騎乗停止となった岩田康誠。
ジェンティルは乗り替わりとなってしまった。
そして様々な巡り合わせがあり、オークス当日、ジェンティルドンナの背中には川田将雅がいた。
今なら自然だが、当時はまだ中央GIを2勝しかしていなかった川田。にも関わらず抜擢されたのは、昨年のリーディングで3位に食い込んだのも大きかった。
自身初の年間100勝を挙げた次の年。飛躍の年。
だが3番人気。そして前走2着のヴィルシーナも何故か2番人気。これには理由がある。
ここまでのディープ産駒の重賞馬をまとめてみると、桜花賞馬マルセリーナ&ジェンティル、安田記念勝ち馬リアルインパクト、そしてラジニケ勝ち馬ダノンバラード、アダムスピーク、毎日杯勝ち馬ヒストリカル、京成杯勝ち馬ベストディール…
だいたいマイルか小回りの2000まででしか結果を残せていないのだ。
なのでオッズ的にも半信半疑に見られていたが…
川田はジェンティルドンナに跨り…
5馬身差圧勝。
勝ちタイム、2:23.6。
オークスレコードを1.7秒更新。
堂々の二冠達成。
この勝利が後の川田将雅の人生を変え、ディープインパクトの種牡馬としての評価を変えることになる。
そしてしれっとヴィルシーナも5馬身後方で2着。
先にネタバレをすると、この年のウチパクさんはダービー以外の三冠戦全てで連対することになる。
日本ダービー
NHKマイルで騎乗停止になった岩田父は考えた。
曰く「本当は馬乗り失格ぐらいのことをやってしまった。でもダービーには乗れるということで気持ちを切り替え前向きに考えて、これからダービーまで自分のすべてをディープブリランテに尽くそうと決めた」
と。
彼はすぐさま矢作師に電話し、普段の調教からブリランテに乗せてもらうように志願した。
地方競馬の騎手は毎日深夜、何十頭と調教をする。
園田競馬出身の岩田。その中で得た馬づくりの経験を生かし、ダービーに挑みたかった。
矢作師は「賭けだった」と語っているし、プライドをもって馬づくりをしている厩舎の調教助手との意見の食い違いももちろん起こった。
普段の彼を知っている人や先程の桜花賞のインタビューを見た人なら分かると思うが、彼はどう見ても口下手であるし、それを自覚している。
だからこそ軋轢も生まれやすい。実際いざこざがあったのだが、結果として馬は目に見えて良化した。
この数週間が矢作厩舎を10年前進させたと、師は後に語っている。
2度目のダービー制覇を狙うゴールドシップ内田博幸、グランデッツァ池添謙一。
何としても悲願を勝ち取りたいワールドエース福永祐一、ディープブリランテ岩田康誠。
そして、青葉賞勝ち馬フェノーメノと蛯名正義。
思いは届いた。
またしてもゼロス川田がハイペースで逃げる。有力馬各馬の位置取りはさほど皐月賞と変わらない。だからこそ結末が変わる。
この日は前が止まらない馬場。
長い直線。ゴルシはロングスパートをかける。
ワールドエースも鋭い脚で前を狙うが届きそうにない。
先に抜け出ていたのはブリランテ。
岩田はダービーに向かって必死で追う。もうフォームもぐっちゃぐちゃで懸命に。
それに迫るのがフェノーメノ蛯名正義。しかしわずかに外にヨレてしまう。
修正して迫るもハナ差届かずにゴールイン。
ディープインパクトの子が、ダービーを制覇した。
人馬一体の輝き
ディープブリランテ
父 ディープインパクト 母父 ルウソヴァージュ
7戦3勝[3-2-1-1]
主な勝ち鞍 日本ダービー 東スポ杯2歳S
主な産駒 モズベッロ ラプタス
12世代
鞍上で男泣きした岩田。
騎手と陣営が綿密にコンタクトを取った結果の結実。
元々ダービーというタイトルにさほど興味が無いと語っていた矢作師だったが、確かな能力を秘めていたブリランテがダービーの舞台で世代No.1だと証明できて感無量だったという。
海外志向の矢作厩舎。凱旋門賞の登録をしていなかったブリランテはキングジョージに飛んだが、ここで敗北の後、屈腱炎を発症。種牡馬となった。
種牡馬としていい成績を残せなかったバブルガムフェローの近親だったこともあってか産駒成績もあまり振るわないが、重賞馬は何頭か出ている。
さて、ここからは岩田氏の問題の続き。
無事に復帰を遂げた後藤騎手だったが、2014年4月、またしても落馬して頚椎を骨折してしまう。
その原因も岩田の斜行だった。
再復帰の後、3度目の落馬。頚椎捻挫。
そして後藤騎手はある日首を吊った。
自殺だった。
理由は分からないが、頚椎損傷から来る鬱だとか、群発頭痛の苦しみから逃げたかっただとか、様々な憶測が流れている。
しかし、落馬事故が原因の1つであることは確かだ。
後藤騎手がファンサ精神に溢れた人気の高い騎手であり、岩田騎手がああいう人だったため、かなり叩かれている。
加えて、素行不良による騎乗停止明けの平場勝利でガッツポーズしちゃったりとか、何もかもが裏目裏目に出ている印象だ。
この件に関しては擁護も批判も出来ないし、逆に擁護/批判している人々を否定もできない。感じ方は人それぞれだ。
ただ、彼は、こと「馬に関しては」真摯に向き合っている。言葉や立ち振る舞いが絶望的に足りず炎上したりもしてるが、馬に向き合う姿勢だけは本物。だから今も騎乗依頼が来ている。
ブリランテの時のように付きっきりで調教に向き合う方法も続けているし、テイエムサウスダンなどで結果も出している。
あまり言いたくは無いが、故意に人を落馬させる騎乗をしでかすスミヨンとは明確に違う。
彼自身、勝ちに急いでいたこともあり、ここから何年かは危険騎乗紛いなレースが散見されるが、あくまで弊シリーズでは中立な立場から解説していく。
このインタビューを見れば少しは認識が変わるかもしれない。彼にも人の心はあるのだ。
話を戻そう。
ダービー4着になった未完の大器は、屈腱炎で栄光から遠ざかった。
ワールドエース
父 ディープインパクト 母父 アカテナンゴ
全弟 ワールドプレミア 半弟 ヴェルトライゼンデ
17戦4勝[4-3-0-10]
主な勝ち鞍 マイラーズC きさらぎ賞
主な産駒 シルトプレ
12世代
見ての通り超良血で将来性抜群だったのだが、14年に復帰後は全盛期のように輝けず終わってしまった。
レーヴディソール、ジョワドヴィーヴル、ワールドエースと立て続けに不運に見舞われた福永。
この呪縛を振りほどくまではもう少し時間を要した。
秋華賞
京都競馬場、内回り2000m。
秋華賞は三冠レース史上、最も着差が付きにくい。
そして最後の直線に坂がないぶん、追込がかなり届きにくい。仮に負けるとしたらここだ。
ローズSでは本番を意識したレース運びを心がけた。
オークスではハイペースを後方からぶっこ抜いておきながら、この馬はこういうスローペースも先行策で抜き去れてしまう。
そんでもってヴィルシーナと安定のワンツー。本番に期待がかかった。
さすがにジェンティルドンナが単勝1.3倍で迎えた本番、あっと驚く“秘策”に掻き乱された淀の舞台。
やや口を割りながらも中団で折り合いを付けたジェンティル。ヴィルシーナはかなりスローペースに落ち着けようとした…
そこで大まくりからの大逃げをかましたのがチェリーメドゥーサ小牧太!シックスセンス産駒の大カウンターにどよめきが起こる。
粘りに粘るチェリーメドゥーサに、じわりじわりと忍び寄るヴィルシーナ。
対照的に、3コーナーから追い通しの大まくりを仕掛けたのがジェンティル岩田だった。
園田出身の騎手だけあって、鬼気迫る大まくりはお手のもの。
渾身の追いで末脚を解放させ、ヴィルシーナに馬体を併せる…
その瞬間を狙っていたのが内田博幸。
渾身の右ムチで粘りに粘る。
ジェンティルドンナ、ヴィルシーナ。
勝負の行方が全く分からないままゴールイン。
長時間に及ぶ判定の末、勝利を掴んだのが…
鬼 婦 人
ジェンティルドンナ
父ディープインパクト 母父バートリー二(ダンジグ系)
19戦10勝[10-4-1-4]
主な勝ち鞍
牝馬三冠 ジャパンC連覇 🇦🇪ドバイSC 有馬記念
主な産駒 ジェラルディーナ
12世代
アパパネ、オルフェーヴル、そしてジェンティルドンナ。
三年連続三冠馬誕生の瞬間だった。
後方一気、先行策、まくり。
父ディープが出来なかった万能な立ち回りをいとも容易くやってのけるのが、彼女の凄いところだ。
競馬における最強が爆発力ではなくどんなレース展開でも勝てる“万能さ”だと定義するなら、牡馬最強はシンボリルドルフ、牝馬最強はジェンティルドンナだろう。彼女は“万能の女王”だ。
ブエナビスタの「女王は俺だけ!」やアパパネの「私が本当に強い!」のような名(迷)実況こそ無いが、ジェンティルドンナは彼女らと戦っても勝てる素質のある馬。
にも関わらず人気があんまり無いのはだいたい鞍上と鞍上の騎乗のせい。
2着はやっぱりヴィルシーナ。各レース2着なので実質1.5冠くらいは貰えてもいい。
この世代の魅力は、ヴィルシーナがここで終わらなかったところにもある。
菊花賞
一方の菊花賞はつまらんレースになりそうな予感がしていた。
ブリランテが引退、ワールドエースも故障、グランデッツァも故障、ダービー3着トーセンホマレボシも故障、フェノーメノは無事だが距離適性を考えて天皇賞へ。
ステゴ産駒以外の有力馬が全滅の秋だった。
ステゴ系の頑健さに驚かされる。
そんな状態なので、セントライト記念はフェノーメノが、神戸新聞杯はゴルシが制覇した。
いつも通りのゴルシのレース運び。2歳の頃の優等生はどこへやら。
ゴルシは考えただろう。
「どうせ菊は勝てるやろけど普通に勝ってもつまらんなあ…」
ゴルシはかしこいので人語を理解できる。(諸説あり)
人語を理解できるのでテレビも見られる。(諸説あり)
恐らくゴルシはレースの少し前、ぼけーっとテレビを眺めていた。
そこで流れたのがこのCMだった。
THE WINNER。当時のJRAの本気のプロモーション。
筆者も当時子供ながら、11年のミホノブルボンのCMを見て「ほーん」となっていた。13年のディープのCMで「他の馬もっとかっこいいフレーズとかあったのになんかしょぼいな」と思ったりもした。
シービーのCMを見たゴルシは「これだ」と思っただろう。シービーのレース動画を見て入念にその走りをチェックし、本番に活かしたのだった。(諸説あり)
ウチパクさんの本気追いもむなしく、ゴルシは殿から。
そして3コーナーから仕掛け、前で軽く折り合いを付けた後、直線を向いた瞬間コーナリングで差を付け、後は楽に押し切り。
ロングスパートが見事に刺さった。
才能はいつも非常識だ。
白 銀 の 不 沈 艦
ゴールドシップ
父 ステイゴールド 母父 メジロマックイーン
28戦13勝[13-3-2-10]
主な勝ち鞍
二冠 宝塚連覇 有馬記念 天皇賞(春) 阪神大賞典3連覇
主な産駒
ユーバーレーベン ウインキートス ウインマイティー
マカオンドール ヴェローチェオロ
12世代
(※ゴルシです)
あまりにもネタだらけで解説してしまったため、ここからはまともに行きたい。
ゴルシという馬は、たぶん必要以上に賢すぎた。
人間に例えるなら京大卒パリピYouTuberみたいなもんで、我々には理解できない次元を生きている。
馬という生き物は群れで行動する。
野生の場合、最後方に群れの長がつくらしい。
ゴルシは一番偉い馬が最後方なのを感覚的に理解していたのではないだろうか。
なおかつゴール版前で他馬を抜き去ればいい事も、舌をペロペロしながら走ると相手を煽れることもたぶんわかった上で走っていた。なんだこいつ。
ゴルシの母はポイントフラッグ。
芦毛のデカい馬だ。GIにも出たことがある。
この馬に小柄なステゴ付けたらちょうどいいかな〜と思ったら母に似てデカい馬が生まれた。
なお、このポイントフラッグに騎乗していたのが、ゴルシの調教師を務める須貝尚介調教師だった。
須貝師の父は以前紹介したタイテエムで天皇賞を制覇した彦三氏。だが、尚介氏はGI制覇できぬまま調教師に転向。GI制覇は悲願だったのだが、ゴルシのおかげでいきなり二冠を手にすることができてしまった。もちろん須貝さんはゴルシLOVEなのだが、ゴルシは須貝さんに明確な殺意を抱いている。
ゴルシの母の母の母…を辿っていくと、梅城という馬に辿り着く。
当時は競走馬としての名前と別に繁殖名があった。
梅城はハマカゼという馬名だった。ハマカゼは桜花賞馬。
その母はクレオパトラトマス(月城)。今でいう天皇賞馬。
その母が星旗。1931年に下総御料牧場が日本に持ってきた“基礎牝馬”。
つまりめちゃめちゃに由緒正しき家系。
そんな家系からこんな馬が生まれてしまったのだ。
ステゴとマックイーンの影響力恐ろしや。
大逆転
クラシックは二冠馬&三冠牝馬が誕生したが、古馬短距離もアツかった。
キンシャサが引退した後、突如として現れた新星、カレンチャン。
彼女はスプリンターズSの後、香港スプリントに赴いていた。
最後方出遅れから5着と巻き返し、当時としては歴代の日本馬で最高着順。大健闘と言える成績を残した。
この頃は香港スプリントは魔境とされていて、日本馬が勝つのは凱旋門賞と同じくらい難しいと言われていたのだ。
なおカレンチャンは出国する際、飛行機のエンジントラブルで、24時間以上コンテナの中に閉じ込められていた。地獄か?
人でも苦しいのに馬ならなおさら。そんな中での5着は立派どころの騒ぎではなかった。
高松宮記念
そんな激戦と困難を潜り抜けたカレンチャンは、もう一度日本で一華咲かす。
昨年の2着馬サンカルロが意地で追い込んでくるが、先行2番手から堂々たる競馬で完勝したカレンチャン。しかしなぜかやや波乱扱い。
原因は3着ロードカナロア。鞍上は福永祐一。
デビューから全戦連対&5連勝からのGI初挑戦で3着に甘んじてしまった。
まして前走シルクロードSが中山1200mGIIIで57kg背負って馬群の内側を9番手で追走、直線に入ってから大外に出して8頭を軽くちぎって流して勝利という規格外の内容だったため、カレンチャン以外に負ける要素が無かったのだが…
キャリア初の左回りに困惑した説が大きいが、それにしても痛い敗戦だった。
なお、このレースはロードカナロアが生涯で唯一連対を外したレースである。
しれっと言ったがなかなかにぶっ飛んでいる。
函館スプリントSに次走を定めたカナロアはシルクロードSの再現をしようとしたのだが、中々外に馬を持ち出せず、やらかしの2着。
勝者はドリームバレンチノ松山弘平。重賞初制覇。
後の一流ジョッキーの悲願を手助けしてしまう形となってしまった。
陣営は福永を降ろし、岩田に騎手変更。
ロードカナロア、ジョワドヴィーヴル、ワールドエースと1番人気を飛ばし続けている福永騎手。不運だ。
セントウルSでは緩く仕上げて斤量4kg差のエピセアローム武豊にしてやられたものの、本番はきっちり整った。
スプリンターズS
日本競馬史に残る大記録がかかっていた。
カレンチャンがここで勝てば、史上初のスプリントGI3連覇。そしてサクラバクシンオー以来のスプリンターズS連覇。
彼女の最大のライバルは、最大の親友だった。
前が飛ばしまくってカレンチャンですら5番手に控える。隊列が落ち着いた頃が4コーナー。
カレンチャンはギリギリまで追い出しを我慢しながらも、能力の高さとコーナリングでじわりと前に進出。
追い出した時にはもう一瞬で先頭。勝ちは見えたかと思いきや…
桁違いの手応えで後ろからやってきたのは、ロードカナロアだった。
カレンチャンを一瞬で過去にするカナロア。ドリームバレンチノ松山も追い込むが、それとほぼ同速度で突き放される。
走破タイム、1:06.7。
アグネスワールドが小倉競馬場改修直後に走って記録した爆速レコードに、自力で0.2秒差まで迫る時計。
もちろん、これ以降スプリンターズSを1分6秒台で走れた馬は1頭もいない。不滅の大レコードだ。
そして、彼らは香港へ飛んだ。
🇭🇰香港スプリント
スプリンターズ勝ち馬ロードカナロアと、2着カレンチャンは実はどちらも同じ厩舎。
2頭はとても仲が良く、親友のような関係だったという。
カナロアくんはメンタル面があまり強くない馬で、初の海外遠征という事もありかなり怯えていたのだが、カレンチャンがいることでなんとか平穏を保てた(カレンチャンが精神依存先だった)という。
もちろんカレンチャンはコンテナに丸1日閉じ込められても平気だった精神力の鬼なので、陣営はとにかくカナロアとカレンチャンを離れさせないように工夫した。そしてカナロアのメンタルも安定した。
もう一度言うが、香港スプリントは当時、凱旋門賞級に難しいとされていたレースだ。それを踏まえて見て頂きたい。
カレンチャンは大出遅れ。
香港はゲートボーイと言われる、ゲート内で馬のしっぽを持つ係員がいる。
この後に紹介する出遅れ王さんとかにはプラスに働くのだが、ゲートボーイが逆に良くない説もある。22年も普段スタートのいい日本馬ばかり出遅れていた。
カレンチャンは内をすくってじわじわ伸びたが、さすがに出遅れは取り返せなかった。
対して…
ロードカナロアは、前年の香港スプリント覇者らを突き放して圧勝した。
龍王
ロードカナロア
父 キングカメハメハ 母父 ストームキャット
19戦13勝[13-5-1-0]
主な勝ち鞍
🇭🇰香港S連覇 国内スプリントGI3連覇 安田記念
主な産駒
アーモンドアイ サートゥルナーリア パンサラッサ
ダノンスマッシュ レッドルゼル ダノンスコーピオン
🇦🇺タガロア ステルヴィオ ダイアトニック ジンギ
11世代
香港馬名、龍王。
ありとあらゆる日本のスプリンターの常識を覆した馬。それがロードカナロアだ。
カナロアはある意味特殊な馬だった。
強いスプリンターは、能力は高いけど気性が悪かったり、コーナリングが下手でワンターンの競馬しか出来なかったり、スタミナがないパターンがほとんどだが、カナロアは違う。
気性はいいし真面目で賢い。スタミナもある。
競馬を見る上で重要になってくるのがラップタイム。特に最後の600m、上がり3ハロンの持ちタイムは着順や馬の実力に大きく影響するので予想に重要なファクターとなる。
だいたい日本で強い短距離馬(マイル含む)は上がり最速で突き抜けて勝つパターンが多いのだが、カナロアは上がり単独1位で国内GIを勝ったことがない。
カナロアの強みは、序盤から終盤までずっと速いこと。そして、追えば追うほど伸びること。つまり無敵。
カナロアのような馬はマイル〜2000mで活躍してもおかしくないのだが、そこは入った厩舎の影響。
トウカイテイオー元主戦、安田隆行師はやたらと強い短距離馬をつくることに定評がある。
陣営の育成方針がハマった結果、日本最強のスプリンターがここに誕生。
直線の長い香港で、持続力のある末脚が見事に炸裂して圧勝。日本馬悲願のタイトルを手にした。
世界最強スプリンターの座を手にしたのだ。
カレンチャンはこのレースで引退。後に仲良し2頭の愛の結晶がターフを駆けることになるが、それはまた別のお話。
ヴィクトリアマイル
お次は牝馬路線。
ジェンティルドンナのオークス圧勝に湧く中、古馬牝馬は変革期が来ていた。
3〜4歳次は強かった三冠牝馬アパパネが、早熟血統が祟ったためか急激に衰えていた。
本命不在を制したのは、クラシックで涙をのんだ馬。
ジェンティルドンナの姉ドナウブルーも襲いかかるが、内から抜け出したのは芦毛らしからぬ瞬発力。
白鯨
ホエールキャプチャ
父 クロフネ 母父 サンデーサイレンス
30戦7勝[7-4-5-14]
主な勝ち鞍
ヴィクトリアマイル 府中牝馬S ローズS 東京新聞杯
11世代
父クロフネ、母グローバルピースからの捕鯨とかいう畜生ネーミングは一周回って癖になる。
(読者の中で鯨肉食べた事ある人はどれくらいいるんだろう…ちなみに自分はあります)
前年のクラシックは悔しい思いをしたが、ようやくここで逆転の一打。
ヴィクトリアマイルがクラシック惜敗馬の救済地となりつつあった。
エリザベス女王杯
4歳世代の善戦マンが報われたからか、エリ女では3歳世代のヴィルシーナが1番人気となった。
だが、例年のごとくエリ女は荒れる。
タニノギムレット産駒オールザットジャズの早め先頭逃げ粘りの中、馬体を併せて伸びてきたのは4戦連続2着のヴィルシーナと、重賞未勝利のレインボーダリアだった。
連戦が祟ってか思うように粘れないヴィルシーナ。
ダリアが抜け出した。
ダリアはナカヤマフェスタ、ナカヤマナイトと同じチームの馬。二ノ宮厩舎×柴田善臣。
ダービーで奮闘したナカヤマナイトが古馬になり(中山競馬場以外で)あまりいい結果を出せない中、善臣騎手としてはある種恩返し的な勝利となった。
マイルCS
安田記念は福永祐一騎乗ストロングリターンが勝ったが割愛。
マイルCSは混戦ムードだった。
朝日杯、NHK、安田と今のところマイルGI全連対のグランプリボスやストロングリターン、VM2着ドナウブルーらも集ったが、主役は彼らではなかった。
GI馬になり損ねている馬がいた。
以前は世代の星とされ、クラシック最有力とされたその馬は、三冠馬の誕生を近くで見届けた。
能力も人気もある。昔は結果も付いてきていた。なのに勝てない。
苦しい日々からの脱却を決めるための最後のピースは、同じ境遇に立たされた名手だった。
ヒルノダムールの天皇賞(春)で、武豊は社台グループから見切りをつけられた。
武豊を主戦から降ろすタブーを犯した角居厩舎とウオッカ。
そのタブーがローズキングダム惨敗劇での主戦変更の引金になり、サンデーレーシングならびに社台系クラブの有力馬に武豊が乗ることはほとんど無くなってしまった。
岩田康誠、内田博幸ら地方出身組。
横山典弘、蛯名正義、福永祐一ら中央勢。
M.デムーロ、C.ルメール、R.ムーア、C.デムーロ、U.リスポリ、C.ウィリアムズ、C.スミヨンら短期免許外国人。
武豊ですら、替わりはいた。
だが、スターとは進化を止めない者。
80年代に期待の新星としてデビューし
90年代に日本競馬の頂点に立ち
00年代に日本競馬のレベルすら引き上げたその腕。
ここまでは、強い馬に乗り強い競馬をする騎手だった。
10年代は社台という一大勢力に真っ向から立ち向かい
20年代は力の足りない馬すら上位に食い込ます。
騎手としての円熟期に、ここに来て入ろうとしていた。
あるいはこの一戦が、その始まりだったのだろう。
先頭シルポート川田の逃げはマイルだからかあまり距離が開かない。しかし彼について行った馬は総崩れ。
対して、1枠1番白の帽子、武豊とサダムパテックは内ラチ沿いを虎視眈々と走る。
京都の4コーナーから直線。
外の馬は大きく膨れ左へ、内の馬はラチを頼って右に行く。
その中を豊だけはまっすぐ進ませ、進路を確保。
あとは鞭を入れ伸ばすだけ。
グランプリボス、ドナウブルーの猛攻も及ばず、ついに無冠の王者がビッグタイトルを手にした。
果ての栄光へ
サダムパテック
父 フジキセキ 母父 エリシオ
半妹 ジュールポレール
30戦6勝[6-2-3-19]
主な勝ち鞍
マイルCS 京王杯SC 弥生賞 東スポ杯2歳S 中京記念
11世代
ある者は父に見た夢を、ある者は父以上の期待を。
されど黄金の脚にその栄光を阻まれた無冠の大器。クラシックとは違う、マイルの舞台に己の道を求めた。
そしてやっと掴んだ勝利。
それは辛苦の道との決別であり、カタルシスであった。
挫折を経験した若きスターと、生涯最大の挫折を味わっていたレジェンドの邂逅、そして共に掴む勝利。
たぶんウマ娘でやれたら一番アツいやつ。
オルフェさん実装への道のりが遠すぎるよ…
「お久しぶりです!」
勝利騎手インタビューでそう語った武豊は、この勝利でようやく地獄から片足抜け出した。
そしてこの勝利でJRAの平地全GI競走完全制覇に王手をかけた。
朝日杯FS以外の全中央GIを制覇したのだ。まさに伝説。
ここからは王道路線と海外。
エイシンフラッシュとスマートファルコンが一緒にドバイワールドカップに挑んだのがこの年だ。
(なおファルコンさんはゲートに思いっきりぶつかり撃沈した)
武豊の低迷期に彼を支えたのがスマートファルコン。
そんな彼とのラストランがあって、半年後に巡り会ったのがサダムパテックなのだからドラマティックだ。
🇭🇰クイーンエリザベス2世カップ
何としてでもタイトルが欲しい馬がいた。
ルーラーシップの出遅れ癖は、名門角居厩舎をもってしても修正不可能だった。悲しいかな。
なので海外志向の角居さんは考えた。
「香港ならゲートボーイがいるし出遅れないんじゃないか」と。ビンゴだった。
あのルーラーシップが、インの3番手で折り合いを付けている。ちょっと信じられない光景。
しかもそこから最内をスルリと抜けて、ゴール前からガッツポーズできちゃうほど突き放してゴールイン。
これが彼の本当の強さだった。
高貴なる支配者
ルーラーシップ
父 キングカメハメハ 母 エアグルーヴ
半姉 アドマイヤグルーヴ 半兄 フォゲッタブル
20戦8勝[8-2-4-6]
主な勝ち鞍 🇭🇰クイーンエリザベス2世C GII3勝
主な産駒
キセキ メールドグラース ドルチェモア
ソウルラッシュ ダンビュライト リリーノーブル
リオンリオン エイシンクリック ロバートソンキー
エヒト グランパラディーゾ ビターグラッセ
10世代
4馬身差圧勝で見せつけた強さ。
鞍上はキンシャサに乗ってたリスポリ騎手。
でも日本帰国後はまた出遅れる。悲しいね。
あまりの出遅れっぷりに、2ch競馬板では「ルーラーシップの母です この度は息子が申し訳ありませんでした」とエアグルーヴママが謝罪するネタが定着した。
これが定着するのも無理もないくらい出遅れるので、順を追って出遅れ王の軌跡と、ついでに三冠馬のその後を見ていこう。
日経賞(猫)
まずは日経賞。(これの次走が香港)
AJCCを勝利し波に乗っていたルーラー。
スタートも悪くない。
この超豪華メンバーのGII。力を見せつけるにはうってつけだったのだが…
逃げ切ったのはネコパンチ。ネコパンチである。
鞍上の江田照男さんは穴馬での騎乗に定評があり、「忘れた頃にやってくる」とされている。高配当を狙うならとりあえず江田さんを注目すべき。
そしてこれが伝説のインタビューでございますにゃ。
ただただ江田さんの好感度が上がった一戦であった。
22年現在、江田さんはカレンチャンの親戚テリオスベルで何度か穴を開けている。
執筆途中に重賞制覇したが、その時のインタビューも服がピンクで両手でマイク持ってたからアイドルみたいだと言われていた。ネタには事欠かない。
阪 神 大 笑 典
ネタといえば、この年どころか10年代の日本競馬屈指のぶっ飛んだレースが、阪神大笑典(大賞典)。
オルフェーヴルの復帰戦となったこのレース。
この頃には凱旋門賞遠征も決まっており、ディープ以来の三冠馬による挑戦に期待がかかっていた。
管理する池江師にとって理想のサラブレッドはシンボリルドルフであり、ルドルフのように先行して強い競馬ができれば、オルフェーヴルも更に強くなれるのではないかと期待していた。
なので、池添騎手に前めでのレース運びを指示した。
その結果がこれだよ!!
逃げ馬不在、ただでさえ前の方に付けていたところを途中でナムラクレセントにまくられたため、1周目のゴール板がゴールと勘違いしてしまい、加速して先頭に立ったあと、レースが終わったと勘違いして外に逃避したオルフェ。
この瞬間、勝機があると踏んだ他馬の騎手たちは一斉に手を動かしはじめる。ちょっと面白い。
しかし最後方からリスタートしたオルフェは、衝撃的な巻き返しでもう一度先頭に立とうとした。
オウケンブルースリに騎乗していたアンカツさんは思わずオルフェを2度見し、「戻ってきたー!?」と大困惑。
なんとかハーツクライ産駒ギュスターヴクライ福永が粘り切るも、あの自滅不利がありながら2着に食い込んだオルフェーヴル。逆に勝ち馬が空気のレースとなった。
(勝ち馬の説明で「ロスなく運んだ」とか普通聞かないんだよな…)
天皇賞(春)
前走の敗戦をもとに、池江師はとりあえずオルフェにブリンカーを付けてみることにした。
だが、強靭な肉体の割に精神が子供すぎるオルフェ。
ブリンカーで視界を塞いだ結果…
まっっっったく伸びなかった。
全頭オルフェの出方を伺っていたが伸びないため、前々で競馬をしたトーセンジョーダン岩田、早めに見切りを付けたウインバリアシオン武豊も調子が狂い、逃げ切りを許してしまった。
青毛のダークホース
ビートブラック
父 ミスキャスト 母父 ブライアンズタイム
34戦6勝[6-4-3-21]
主な勝ち鞍 天皇賞(春)
10世代
菊花賞3着のスタミナ。いつぞやのイングランディーレの再現。完璧なペース配分で駆け抜けたビートブラック石橋脩が勝利した。
今では京都競馬場の誘導馬となっている。見た目がかっこいいので一目で見分けがつく。
オルフェーヴル陣営は逆境に立たされた。
「三冠馬は絶対に最強でなければならない」
その固定観念は呪いのようなもので、厩舎スタッフだけでなく騎手にもその矛先が向けられた。
2度に渡る不甲斐ない敗戦。池添騎手は心無い言葉を何度も浴びせられ、「騎手を辞めたい」と人生で初めて、本気で思ったという。
宝塚記念
春のグランプリ。ここを勝って凱旋門賞に行きたいオルフェ陣営は、色んなことを諦めた。
オルフェに求めることは、「自分の競馬をすること」だけだった。
それが彼にとってベストだったということは、これからが証明していく。
ルーラーは微出遅れから徐々に位置を上げていく。
ネコパンチ、ビートブラック、アーネストリーらが前でペースを刻む中、オルフェはひたすらに馬群の中で折り合いを付けることだけに専念した。
ルーラーが外から先頭に迫る中でもまだ馬群の中。
そしてコーナーを回り直線。
阪神開催も末期、馬場の荒れ切った内をいとも容易く数完歩で抜け出し、先頭に並びかけるオルフェ。
最後は流して完勝。夢は拓けた。
「本当に…キツくて…」
勝利騎手インタビューでそう語った池添。
ようやくしがらみは解けた。
オルフェと凱旋門を目指す為に、海外で修行を重ねたり、日々の研鑽を絶やさなかった池添謙一。
日本人騎手初の凱旋門賞制覇へ向けて、この勝利は大きな一歩になった。誰もがそう思っていた。
ある日、池添に池江師から電話が。
「凱旋門賞はスミヨンで行く」
それは、無情の宣告だった。
凱旋門賞2012 〜儚き夢とアヴェンティーノの献身〜
日本競馬の威信を賭けた一戦であることは、池添自身も理解していた。
しかし、いざ乗り替わりとなると心も折れる。
もっとも、乗り替わりを指示したのは調教師ではなくサンデーレーシングだ。
天下の社台グループ。歯向かうと有力馬を預けてもらえなくなる可能性もある。彼らが絶対だ。
陣営に出来ることは、1%でも勝率を上げることのみだった。
オルフェーヴルは子供だ。
そんな馬が海外遠征となると、カナロアでいうカレンチャンのような精神依存先が必須になってくる。
そんな馬が都合良く…いた。
アヴェンティーノという馬がいた。
3勝クラスの条件馬だったのだが、オルフェの隣の馬房で暮らしている彼は真面目で賢く、何をするにもオルフェと一緒。とても慕われている馬だった。
(ちなみにジャンポケ産駒。同じくジャンポケ産駒のトーセンジョーダンもオルフェに慕われていた)
なので、海外遠征でもオルフェはアヴェンティーノの後ろを歩き、調教もアヴェンティーノの後ろを追走させた。
そしてそれは…レースでも。
凱旋門賞の前哨戦、フォワ賞を彼らは走った。
アヴェンティーノが先頭を行く。
郷に入っては郷に従え。
池江師の戦略は、欧州競馬を踏襲して勝ちに行くこと。
アヴェンティーノをラビットとして、オルフェーヴルを勝たせに行った。
アヴェンティーノが失速する中、最内を抜けるオルフェーヴル。驚異のロングスパートでフォワ賞を勝ち切った。順応力が桁違いだ。
抜群の手応え1着のオルフェーヴル。
これに満足したのが鞍上のスミヨン。
もちろん池江師からオルフェの危うさを伝えられていたが、体感することの無いまま、自信満々で凱旋門賞に臨んでしまう。
凱旋門賞は本命不在ともいえるメンバーだった。
当時の最強馬はフランケル。(未だに今世紀最強馬)
14戦無敗、GI10勝、2着との平均着差が5馬身半。
このレースの11馬身後方で2着になったエクセレブレーションすら15戦8勝2着4回。なお2着になったレースの勝ち馬は全てフランケル。恐ろしい。
そんな名馬が距離適性の観点から凱旋門賞を回避。
さらには前年の凱旋門賞馬デインドリーム、エリ女連覇のスノーフェアリー、後の最強牝馬エネイブルの父ナサニエルらが相次いで出走取消。
強い馬は二冠馬キャメロットくらいだった。
日本競馬の悲願のための一戦。
抜群の出来で飛び出していったオルフェーヴル。
そこには衝撃の展開が待っていた。
まずは映像より先に文面だけ読んでほしい。
大外18番枠からのスタートだったオルフェは、行き脚がつかず最後方から。道中は斜め前にアヴェンティーノを見ながら、変わらず最後方で進む。
フォルスストレートに入り、もう馬群から離れスパートの準備をするスミヨン。
アヴェンティーノが自分より後方に下がり、やや口を割るオルフェ。
残り500mの標識を過ぎた瞬間から追い出しを開始。あまりにも早すぎるスパート。
残り100m。オルフェが右によれて手応えが悪くなったのか、スミヨンは右ムチを連打。
これが逆効果で大失速。
これだけ読めば2桁着順必至のちぐはぐなレース運びだ。映像を見てみよう。
ご覧の通り、勝てたレースを落とした。
そういうレースだった。
アヴェンティーノは最後の最後までオルフェをアシストした。アシストしたがそれでも苦しかった。
凱旋門賞級のレースで500mもスパートし続けてバテない馬はいない。まして重馬場である。
ダービーの時もそうだったが、オルフェはラチ側によれる癖がある。
加えて、気を害すと走らなくなるので、ムチ連打など以ての外。負けるべくして負けている。
レース後、顔面蒼白になったスミヨン。
彼自身、このレースを「10回やれば9回は勝てたレース。何もかもが早すぎた」と述懐している。
1着は世紀の伏兵、重馬場巧者ソレミア。鞍上は日本競馬をよく知るオリビエ・ペリエ。
「ペリエを乗せていたら勝てていた」とこぼした関係者もいた。
ペリエはブエナビスタで規定より重い斤量を載せてドバイシーマクラシックを2着に敗れている。(減量苦によるものだったらしい)
それさえなければ、オルフェにもペリエが乗っていたかもしれない。
最も強い走りを見せておきながら、悔しい結果になったオルフェーヴル。
その走りは確かに、世界に届いていた。
修羅と美と
ここからは出遅れ王と共に見ていく秋古馬三冠。
横浜新田競馬場が仮設された1862年からちょうど150年。「日本近代競馬150周年記念」として開催された第146回天皇賞は、ヘブンリーロマンスの時以来の天覧競馬となった。
当時の天皇皇后両陛下は以前にも天皇賞をご観覧された事があり、その時はニッポーテイオーが勝利したらしい。並の競馬ファンより長期間見てらっしゃる。
天皇賞(秋) 〜美しき閃光〜
美しき戦いは此度も本命不在。
昨年2着のダークシャドウ、GI馬になったルーラーシップがいながら、人々は期待を3歳馬に求めた。
無敗で来ているカレンブラックヒルと、ダービー2着フェノーメノ。
問題はスタート。観客は固唾を飲んで見守った。
もちろんルーラーシップは出遅れた。
内でタイミングが合わず前に行けなくて気まずそうにしている6番がルーラーだ。
シルポートが1000m57.3の鬼畜ペースで逃げ、大きく離れた2番手にブラックヒル。
ブラックヒルが最後の直線でシルポートに迫り、差し切るかというところを最内から黒い馬体が抜ける。
ブラックヒルは失速し、外からフェノーメノ、出遅れたルーラー、そしてダークシャドウが飛び込み終幕。
府中の直線、上がり最速で駆け抜ける伏兵…そう。
エイシンフラッシュだ。
中距離GI2勝目、そして春天と有馬で2着。
一線級の実力を誇示して駆け抜けた。
この天皇賞を語る上で外せないのが、レース後のデムさんの“ある行動”だ。
このレースは天覧競馬。勝ち馬の鞍上は両陛下に然るべき挨拶をしてほしい、という旨は外国人騎手にももちろん伝えられていた。
そこで彼が取った行動がこれ。
ヘブンリーロマンス松永幹夫は日本流の馬上礼で陛下に敬意を表したが、デムーロは欧州流の最敬礼で盛り上げた。
本来、騎手は馬の怪我などを除き、レース確定まで下馬することは禁止されている(不正防止のため)。
だが、今回に限りJRAさんが「陛下の前で不正があるわけがない。よって不問」という粋な結論を出した。
こういう計らいもあって、上記の光景は「日本競馬史上最も美しい瞬間」の一つとして語り継がれている。
6歳でも現役を続行し、かなりの好成績を残したエイシンフラッシュだったが、GI制覇には至らず引退。
種牡馬としては社台入りしたにも関わらず鳴かず飛ばずの大失敗でレックススタッドへ…左遷された途端にヴェラアズールという父の良い所ばかりを受け継いだような名馬が覚醒したので、これからどうなるかというところだ。期待したい。
ジャパンカップ
10年代に入ってから、サンデーレーシングの勝負服同士が1着を争う構図が急に増える。この年のJCもそうだ。
三冠馬オルフェーヴルVS三冠牝馬ジェンティルドンナ。
これだけ見ると空前絶後の名勝負になりそうな気しかしないが、賛否両論のマッチレースになった。
個人的にはあまり良い印象は無い。
(※ルーラーはまた出遅れました)
この日の馬場はとにかく前が止まらないようで、9Rのキャピタルステークスでは18番人気の馬が逃げ切り、単勝397.4倍の大波乱が起こっていた。
その辺も加味してオルフェは早めに外からまくっていく。ジェンティルは3番手でレースを進める。
問題は直線を向いてから。
池添はオルフェを少しずつ加速させながら先頭へ迫る。トーセンジョーダンを捉え、抜き去った瞬間に本気のハンドライド。ここからビートブラックを抜かして堂々先頭へ…
という所で馬体ごとぶつけてきたのがジェンティルドンナ岩田だった。
オルフェはもともと斜行癖があり、それを活かした上でビートブラックに馬体を併せることでジェンティルの進路を潰そうとした。これはそういうテクニックだ。
それに対して無理やりタックルで応戦したのが岩田。
内ラチ沿いに2頭分くらいの進路があったのに、無理やり外に進路を求めている。
正直、これが是とされるならだいたいのGIで着順が変わってくる。
ただでさえ阪神大賞典と凱旋門賞のあれこれでオルフェファンが増えていたところに岩田がタックルしたので、もちろん禍根を残した。
馬に罪は無いが、タックルドンナなんて不名誉なあだ名も付いた。勝ちに急ぎ過ぎた騎乗ではあった。
ジェンティルドンナが強い競馬をしたのは事実だが、目を見張るべきはオルフェーヴルだ。
重馬場凱旋門賞からたった中6週。
普通の馬ならパフォーマンスすら回復しない間隔だが、彼はレース後すら平然としていたという。
心肺機能がいい意味で異常だ。
そしてジャパンカップの瞬発力勝負で堂々2着。
上がり3F37.4の重馬場凱旋門賞から、上がり3F32.9の良馬場ジャパンカップに6週間でアジャストできる馬がこの世にどれだけいるだろうか。
しかも、池添騎手はこのレースをオルフェーヴルとの信頼関係に充てた。
スミヨンとの凱旋門賞で色々あったので、今回はオルフェの気持ちを損ねないように走った。
よく見てほしい。最後まで一度も鞭を使っていない。
惜しい敗戦だったが、収穫も大いにあった一戦だった。
有馬記念
年末の大一番。
さすがにしんどいのでオルフェとジェンティルは回避。ということで今年はこんなメンバーになった。
ゴルシVSルーラーの二強対決と予想されていたが、気になるのは3番人気エイシンフラッシュ。
なんとこの日、騎乗予定だったデムーロが尿管結石になってしまい、代わりに三浦皇成が駆り出された。
三浦皇成騎手は武豊の再来とされ、新人最多勝記録を大幅に更新したニューホープだったのだが、なぜかGIで勝てないままデビューから4年が過ぎた。
この日が最大のチャンスだった。
(※ルーラーシップ、秋古馬出遅れ三冠達成)
ルーラーのゲート内での立ち上がり方がフェラーリのロゴに似ていると話題になった。
ルーラーのせいで霞んでいるが、ゴルシの行き足の付かなさも中々だ。
アーネストリーとビートブラック、ノースヒルズの勝負服が2つ、先団を駆ける。
いつぞやの有馬のようにハイパースローにはならず、1000m通過は1分ちょうどくらい。
エイシンフラッシュ三浦皇成は内ラチ沿いを走らせる。その外からオーシャンブルー、スカイディグニティと外国人騎手勢が上がっていく。
3コーナーでゴルシがロンスパ。直線を向くとゴルシとルーラーが外から迫る。
残り250でエイシンフラッシュ三浦皇成が追い出しあっという間に先頭に立つが、残り50でオーシャンブルーに交わされる。
やっぱり一瞬しか末脚がもたないらしい。
出遅れたはずのシップ組が外から迫り、1着3着。
ルメール騎乗の伏兵オーシャンブルーが2着。
上から順にステゴ産駒、ステゴ産駒、出遅れ王。
クセ馬サイン馬券となった。
あまりにも強すぎて青嶋アナの語彙力を吹き飛ばしたゴールドシップ。つよーーーーい!!!!!
マックイーン由来の化け物じみたスタミナで他馬を圧倒。翌年の活躍も期待されたが…
古馬になると彼のステゴ産駒×母父マックの片鱗が見え始めてくる。
GI6勝なのに一度も年度代表馬になれなかった迷馬ゴルシ。今回取り上げたのは、まだ化けの皮が剥がれる前のレース。本番はこれから。
このレースをもってルーラーシップは引退。
社台SSで種牡馬入りとなった。
産駒にも出遅れ癖が遺伝する…かと思いきや、母も出遅れ癖があったメールドグラースは普通にレースしてたし、ドルチェモアに至ってはむしろスタートが上手い。
でも代表産駒のキセキはやたらと出遅れた。これも角居厩舎の馬だったので、単純に角居厩舎の育成方法が合わなかった可能性はある。
22年現在、ウマ娘に登場するモブキャラを馬名に逆輸入した「ビターグラッセ」という競走馬が走っており、現在はオークスの出走を目標にローテーションを組んでいるはず。ちなみに母父はバクシンオー。
この馬も出遅れないしオープン入りも出来そうなほど強い。応援しよう。
激動の2012年を終え、2013年は古馬筆頭オルフェーヴルと仲間入りを果たしたゴルシ、フェノーメノらステゴ軍団と、ジェンティルドンナ、ヴィルシーナらディープ党の二大勢力に、斜め前からニュースターが登場する。
そして、オルフェーヴルのラストラン。
金と銀の暴君の行く末は…。
あとがき
あまりにも文章量が多すぎるこの頃。
2018年が今から心配です。3万字くらい行きそう。
個人的に2013年は21世紀日本競馬の中でもかなりアツい1年だと思っているので、この熱量を近いうちにお届けできたらと思っています。
それでは。