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ウマ娘で学ぶ競馬史 #25.5 影の英雄たち (2006)

みなさん、ウマ娘やってます?

なにやらウマ娘で地方GI実装の噂が流れており、早いこと競馬史芝編終わらせてダート編いかないとやばそうな空気になってきました。
トレンディモンスターなのでブームにはあやかりたいのです。


そんな気持ちとは裏腹にディープインパクト回のボリュームが鬼になりそうなので、今回は06世代のクラシックを分けてご紹介します。ディープを知りたい方はもうちょい待ってね。
ということでこの年のニューヒロインさんにサムネをお任せしましてよ。ブチ上げて参りますわ。

規格外の女王

ディープインパクトが名を馳せ、初の敗北と沈黙が中山を包むその少し前、英雄に負けぬ強さを秘めた新世代が走り始めた。

2006年クラシック。
なにかとディープインパクトの衝撃にかき消されがちで、例のごとく知名度と評価が過小すぎる世代。
そんな時代に駆けたのは、二冠馬と晩成の素質馬たちだった。


まずは牝馬。05年の阪神JFから見ていこう。

このレースはフサイチパンドラコイウタアサヒライジングなど後の重賞馬が顔を揃えていたが、武豊に乗り替わり後4戦4勝で駒を進めたアルーリングボイスが1番人気。
この馬は未勝利戦からずっと逃げ切り勝ちで進めてきていたが、前走のファンタジーSで戦略の幅を広げるため、差しに脚質転換。無事勝利した。


ところで皆さんは馬券を買うとき、武豊という騎手をどう見ているだろうか。彼のこんなシーンを見たことはないだろうか。「強い差し馬を後方で待機させすぎて差し切れずに終わる」シーンを。

橙の帽子14番がアルーリングボイスだ。全く伸びてない。

ド偏見だが、騎乗フォームが綺麗であまり全身を使わない騎手は逃げ先行の方が強い。対して全身でゴシゴシ追う騎手は差し追い込みでもある程度届く。
武さんも逃げ先行馬に乗ると無類の強さを誇るが、なんかいつもかなり後方で競馬しがちである。
前走の走りを過信しすぎたのかもしれない。


今回の勝ち馬はインパクトの鬼だった。

美少女戦士

テイエムプリキュア

父 パラダイスクリーク 母 フェリアード

37戦4勝[4-1-1-31]

主な勝ち鞍 阪神JF 日経新春杯

06世代

テイエムの馬主さんはとにかく安い馬を好む。
1000万以下で買えるお手頃な馬を買ったり牧場で生産して、夏の小倉開催時に解き放ったり、佐賀や高知で大暴れさせている(ド偏見)。
馬名も色々とおかしい。テイエムチューハイとかテイエムシチーボー(牝)とか。もうちょいなんかあるやろ。

この馬もセリで250万で落札された馬だった。
(なおサトノダイヤモンドは2億4150万、22年皐月賞に出てたデシエルトは2億7000万、サイバーエージェント藤田晋さんのドーブネは5億1700万)

とはいえこの馬は走ると確信を持って購入した1頭。
当時幼かった娘さんがプリキュアがいいと言ったのでテイエムプリキュアになった。そうはならんやろ。


彼女の父の代表産駒が川崎記念勝ち馬カネツフルーヴだったり、祖母の産駒がアンタレスS勝ち馬だったりとTheダート血統だったため期待されてなかったが、無傷の2連勝でJF出走。8番人気で差し切り勝ち。

もちろんその後は名前のインパクトもあり注目されたが、放牧から明けると馬が変わったみたいに走らなくなった。その闇から脱するまでに4年を要した。
なので、次この馬を解説する時は2009年の回だ。

その頃には美少女戦士というより奇術師に転向してしまう。とにかく、ここではまともなレースをしてたことを目に焼き付けといてほしい。



(テイエム)プリキュアも出走したGIIIチューリップ賞では、三冠の本命候補が花開いた。

栗毛の美少女

アドマイヤキッス

父 サンデーサイレンス 母父 ジェイドロバリー

18戦5勝[5-3-2-8]

主な勝ち鞍
ローズS チューリップ賞 京都牝馬S 愛知杯

05世代

レイパパレの母シェルズレイとの壮絶な叩き合い。
これを制してクラシック最有力株に名乗りを上げた。
結局武豊だった。

アドマイヤキッスはとにかく人懐っこく可愛らしい馬だったそうで、武豊が「美人の中の美人。しかも性格も素直。彼女にしたい馬」と語っているし、福永祐一に至っては「嫁にしたい」と言ったとか。




桜花賞は一強ムードが漂っていた。
GIIだったとはいえ当時からGIIフィリーズレビューより全然本番に直結してたチューリップ賞を勝ったアドマイヤキッスが抜けた1番人気。
フラワーカップを逃げ粘って2着だったフサイチパンドラが2番人気、チューリップ賞4着テイエムプリキュアが3番人気、フィリーズレビュー1着ダイワパッションが離れた4番人気だった。

しかし、勝ったのは実績馬ながら過小評価されていたこの馬だった。


亡き父に捧ぐ桜花

キストゥヘヴン

父 アドマイヤベガ 母父 ノーザンテースト

27戦5勝[5-4-2-16]

主な勝ち鞍 桜花賞 京成杯AH フラワーC 中山牝馬S

主な産駒 タイムトゥヘヴン

06世代

フラワーカップ1着馬、キストゥヘヴンが勝利。
着順は上から順にキストゥヘヴン、アドマイヤキッス、コイウタ。恋愛サイン馬券となった。


ところで皆さんは直近2022年の桜花賞はご覧になられただろうか。

早世した名馬ドゥラメンテの子が、中々勝てなかった今までが嘘のように覚醒して差し切った。
導いたのは乗り替わりでの騎乗となった名手カワダだった。馬主は吉田和美さん(社台グループ)。

対してこの年は、早世した名馬アドマイヤベガの子が前評判を覆して嘘のように覚醒して差し切った。
導いたのは乗り替わりでの騎乗となった名手アンカツだった。馬主は社台レースホース。

アドマイヤベガは余りにも早くに逝ってしまった。
ファーストクロップからGI馬やGI級の馬を輩出していたが、たった4世代の産駒を残したままこの世を去ってしまった。
マイルGI馬から障害GI馬まで、様々なタイプの馬を産んだだけに、極めて大きな損失だった。

ドゥラメンテのさよならも余りに早かった。
ファーストクロップからGI馬やGI級の馬を輩出していたが、たった4世代の産駒を残したままこの世を去ってしまった。
マイルGI馬から超長距離GI馬まで、現時点で名馬が生まれ続けているだけに、極めて大きな損失だったに違いない。

偶然だとは思うが、旬の話題なので絡めさせてもらった。いつの時代も名馬中の名馬は早世するか種牡馬として大成しない。一部を除いて。


キストゥヘヴンはその後もマイルを中心に走り続けたが、GIでは善戦止まりだった。
しかし、京成杯AHでは強烈な脚で差し切り勝ちを収めたり、最後まで非凡な能力を発揮し続けた。

そして、2022年。
ダービー卿チャレンジトロフィーにて、キストゥヘヴンの子、タイムトゥヘヴンが母譲りの強烈な末脚で勝利した。タイムの調教師はキスを担当した戸田さん。この勝利には感慨深いものがあったという。


キストゥヘヴンの母系は今も繋がっており、2番仔アヴェクトワの産駒ヒュミドールがオープン入りしている。今の競馬を追ってる人なら小耳に挟んだことがある馬名なはず。

天国にいる父に届くようにと名付けられたキストゥヘヴンという名前。
その祈りのキスは、今でもターフを色付けている。




オークスはキストゥヘヴンには距離が長いと思われたか、またもアドマイヤキッスが1番人気になった。

しかし、ヒロインは遅れてやってきた。

2分26秒2。タニノギムレットのダービーと同じ走破タイムだと言えば凄さが伝わるはず。
後方待機勢が軒並み差し届かない中で最後まで粘ったのは、突如として現れた新星、カワカミプリンセスだった。

父、キングヘイロー。母、タカノセクレタリー。
祖父に80年代欧州最強馬ダンシングブレーヴ、史上初の米国無敗三冠馬シアトルスルー。祖母にGI7勝のグッバイヘイロー、曽祖父に米国最強馬セクレタリアト
お嬢様中のお嬢様なド良血馬だったが、それを差し引いても彼女はとにかくキャラが濃すぎてどうしようもない馬だった。



まずは彼女の生い立ちから。
6月となかなか遅生まれの馬で、まだキングヘイロー産駒が走っておらず甘く見られていた時期でもあり、セリでは誰も手を挙げなかった。

なので、「主取り」になった。
セリに売った本人が引き取るということだ。
彼女の生産牧場はこういう時のために馬主登録もしており、年間1〜2頭を所有して走らせている。
牧場名が三石川上牧場なので、馬名はカワカミプリンセスになった。


6月デビューということもあり、慎重に育成を進めた陣営。2歳時から使い詰められることはなく、デビューは3歳の2月末。新馬戦のシーズンが終わる頃だった。

ヤエノムテキ、カツラギエースなどの名馬に乗り、調教師転向後もあまり活躍馬が生まれなかったタマモクロスの産駒、マイソールサウンドを重賞で大活躍させたりと、評判の高かった西浦勝一厩舎に入厩。
同厩舎の名馬、二冠牝馬テイエムオーシャンと同じく、鞍上を本田優騎手でデビュー戦を迎えた。

9番人気、阪神1400m不良馬場を逃げ切るというとんでもないレースをやってのけた後、2戦目は良馬場の同コースを後方から追い込んで上がり最速で勝利した。ちょっと意味がわからない。

そんなことができる馬がオークストライアルのスイートピーS(OP)で負けるわけもなく差し切り、オークス本番でも先行策で勝利した。無敵か?



秋華賞はカワカミプリンセス一強ムードになるかと思いきや、またしてもアドマイヤキッスが一番人気だった。
理由はカワカミがトライアルレースを使わず、オークスから直行ローテを組んだからである。
とはいえテイエムオーシャンの時も陣営は直行で勝たせている。ローズS→秋華賞→エリ女の間隔詰め詰めローテを嫌ってのことだろう。

それにも関わらずこうなったのは単純にアドマイヤキッスの人気が凄すぎたからなんじゃないかと思う。

前め好位に付けておきながら差し追い込み馬と同レベの上がりタイムで駆け抜けた馬を、誰も捉えられるはずがなかった。
かくして今世紀3頭目の二冠牝馬は誕生した。

じゃじゃ馬お嬢様

カワカミプリンセス

父 キングヘイロー 母父 シアトルスルー

17戦5勝[5-2-2-8]

主な勝ち鞍 無敗牝馬二冠(オークス、秋華賞)

06世代

(普通に生きててみぎゃぁあああああって叫ぶことある?)


グレード制以降初、1957年のミスオンワード以来となる無敗二冠牝馬の称号を得たカワカミだが、その裏には陣営のとんでもねえ努力があった。


唐突だが、皆さんは「パイロ」をご存知だろうか。
知らないなら産駒のミューチャリー、メイショウハリオ、ケイアイパープルという馬をご存知だろうか。

パイロという馬はとにかく気性が荒くあまりにも凶暴なので、念の為パイロ棒という棒を持って接する。

手練れのスタッフを何人か病院送りにしている馬で、産駒もここまで酷くはないにせよかなり激しい馬もいる。厩舎の壁に穴が空いたりなんかは日常茶飯事だ。


厩舎の壁に穴を空けるのはカワカミプリンセスも同じ。カワカミの場合は噛みつき癖もあり、さらに厄介だった。

なのでウマ娘カワカミがパンチで全てを解決しようとするのは史実準拠なのだ。


なにはさておき、その荒っぽい性格はレースにおいてはプラスに働いた。
デビューさえ遅れてなければ三冠もあっただけに惜しかったが、その後の動向を見るに、二冠で良かったのかもしれないと個人的には思う。



エリザベス女王杯

カワカミVSスイープという世紀の気性難対決になった一戦。
エリ女というレースは毎年のように荒れるが、この年の荒れ方は質が違った。

1:55〜あたりからのカワカミの挙動を見てほしい。
多少強引だが、空いたスペースに馬を導いて、パワーでねじ伏せた騎乗に見える。

しかし、これが危険騎乗とみなされた。
審議の末に出た結果は、カワカミプリンセス降着
11位入線のヤマニンシュクルの進路を妨害したため、12着に降着。GIで1着が降着になるのは、メジロマックイーンの天皇賞(秋)以来のことだった。

1着になったのは2位入線のこの馬。

禁断の女王

フサイチパンドラ

父 サンデーサイレンス 母父 ヌレイエフ

21戦4勝[4-4-4-9]

主な勝ち鞍 エリザベス女王杯 札幌記念

主な産駒 アーモンドアイ

06世代

カワカミと同世代の3歳牝馬フサイチパンドラ。
パンドラの名の通り、この一戦で全てが変わった。


テイエムの馬主が安値の馬を好むのに対し、フサイチの馬主は高額馬こそステータス!な人だった。
ダービー馬フサイチコンコルドを所有し、アメリカのセリで幼駒を5億で競り落とし、フサイチペガサスと名付けられたその馬がケンタッキーダービー馬になるなど、個人馬主とは思えない資金力にものを言わせていた。
しかし、このシリーズで紹介した事がほとんどないという事実が意味するのは、彼の成功は氷山の一角であり、実際は巨万の富を全て競馬に溶かしていたということだ。

フサイチパンドラの勝利こそ輝かしいものだったが、この勝利を最後に彼の本業が傾き(退任した?)、馬主活動は急激に縮小。最終的に持ち馬が地方裁判所に差し押さえられるなどして、現在では本人が消息不明。亡くなったともされている。

彼のその後こそパンドラボックスなのだが、このエリザベス女王杯の影響はそれだけに留まらなかった。


カワカミ鞍上の本田騎手は本年で引退が決まっており、「俺はいくら制裁金を取られてもいい、馬の方は勘弁してやってくれ」と懇願したが、降着判定が覆ることはなかった。
その後カワカミは騎手が乗り替わった影響か、敗北を引きずったのか、異次元の走りは鳴りを潜める。
ファインモーションと同じ道を辿ったのだ。


そして斜行をもろにくらったヤマニンシュクルは怪我で競争能力を喪失。走れなくなってしまった。

ウマ娘ではスイープトウショウの育成シナリオで「シュガーニンフェ」というモブが登場するが、これのモデルがシュクルだとされている。
こうしてモブで実装されてしまった以上、本馬がウマ娘化する可能性は低い。

もっとも、競走馬としての最後がこんなにも悲しい馬に、ウマ娘化の許可を出せない理由は察するに余りありすぎる。サイレンススズカやアストンマーチャンの馬主が特殊なだけで、サクラスターオーやヤマニンシュクルが出てこないのは当然と言えば当然だ。


一方、フサイチパンドラはその後もちょこちょこ活躍した。ダートGIIエンプレス杯で2着になったり、札幌記念を勝ったりと活躍を続け、引退後に最強牝馬アーモンドアイを産んだ。
高額馬の申し子の所有馬の産駒がクラブで総額3000万の出資を受け、19億を稼ぐ。なんとも皮肉だ。


そしてずっと1番人気ながらGIに手が届かなかったアドマイヤキッス。5着に敗れたこのレースの後もアドマイヤグルーヴのように古馬GI制覇を狙ったのだが、手が届きそうになった頃に亡くなってしまった。本当に悲しい最期だった。


カワカミのエリザベス女王杯はウマ娘育成シナリオでもかなりシリアスに描かれている。
その裏には「無敗馬が斜行で他馬を故障させ、降着処分で初の敗北を喫した」という現実があった。

しかしながら、馬に罪はない。
カワカミの競争能力は非凡なもので、枠順や展開さえ違えばすんなり無敗で女王の座に上り詰められていただけの実力はあった。
それだけに、惜しすぎる結末だった。




二冠馬と素質馬

牡馬クラシックの方も物騒な1年になった。
朝日杯は福永祐一がフサイチリシャールを勝利へ導いたが、3歳春の本命はやがて武豊とアドマイヤムーンへ移行していった。また豊だ。



アドマイヤムーンは2歳時は4戦3勝で重賞を勝っており、3歳になり共同通信杯で2歳チャンピオンのフサイチリシャールを倒した。
唯一の敗戦だったラジオたんぱ杯勝ち馬サクラメガワンダーにも弥生賞でリベンジを果たし、いざ本番へ。


皐月賞
小雨が降って良馬場ながら若干の水分を含んだ馬場。
中山の舞台は牙を剥く。

松田博資調教師(以下マツパク)は名伯楽ながら、やたらと後方待機策を好む人だった。この日もアドマイヤムーンは後方から3番手に位置した。

直線手前ではそこそこいい位置にいたのだが、隣の馬にすごいプレッシャーをかけられ、大きく外を回らざるを得なくなってしまう。

その馬こそ岩田康誠騎乗のフサイチジャンク。約3億5000万円で買われた3番人気の高額馬だった。
馬名の由来は馬主と同郷の芸人、ダウンタウン浜ちゃんがやってたジャンクSPORTSという番組から。
ここまで無敗で来ていたが、その後のジャンクは以前紹介したモノポライザーのような生涯を送ることになるので言うに及ばず。


最後の直線で抜けた2頭は好位置につけ、インからスパートをかけた馬たちだった。
2着は後の無冠の王者ドリームパスポート、そして勝ち馬は…

個人牧場で生まれ、オグリキャップやネオユニヴァースを育てた瀬戸口厩舎で育ち、実力はあるが未だGIを勝ててない石橋守騎手を乗せ、完全に欧州血統ながら雑草魂で戦い続け、デビューから10戦目にして皐月賞を制覇した、メイショウサムソンだった。


今となってはメイショウといえばドトウ、アドマイヤといえばベガだが、実績や評価だけならサムソンとムーンが最も上だ。
この世代はサムソンとムーンが引っ張っていくことになる。



日本ダービー
皐月賞の走りが評価され、堂々の1番人気に支持されたサムソン。

期待されたのはフサイチジャンク、アドマイヤムーンとの激闘。NHKマイル勝ち馬ロジックも虎視眈々と勝利を狙う。
しかし、意外な展開でレースは進んだ。

柴田善臣、アドマイヤメインの超スロー逃げ。
メインの後ろで2番手を競っていた3頭のうち2頭は距離不安、1頭はギリギリの状態で出走してきたため脚を使えない。

1000m通過が62秒5。他馬が掛かってもおかしくないペースだが、有力馬はみな動かない。

そして最後の直線に向いた瞬間の位置でほぼ着順が決まった。
まだ脚を使えるサムソンと、根性で走るメイン。
アドマイヤムーンは馬群に沈む。
後方から予想外の豪脚で追い込んできたドリームパスポートも3着で精一杯。


順調な道のりではなかった。
ここに来るまで、5度の敗北を経験した。
それでも騎手は変えず、馬も諦めることなく、ひたむきに走り続けた。

走るごとに強く、勝つごとに逞しく。
人馬一体。共に戦ったレースの数々が、この馬の強さの証明だった。

堅牢なる勇士

メイショウサムソン

JRA特別賞受賞馬

父 オペラハウス 母父 ダンシングブレーヴ

27戦9勝[9-7-2-9]

主な勝ち鞍
二冠(皐月賞、日本ダービー) 天皇賞春秋制覇
産経大阪杯(GII) スプリングS

06世代

日本ダービーは全ての騎手の憧れだ。
最後の直線で感じる気迫は、騎手の執念の現れだ。

だが、サムソン鞍上・石橋守騎手はゴール前、追うのをやめていた。
後に本人は「必死に追ったつもりだったけど…無意識に手綱を緩めていた。 ただ、あの時のサムソンならもう一度、並び掛けられても抜かれない自信があった。」と語っている。

ダービーで1番人気。それは騎手が一生に一度経験するかどうかの出来事で、緊張とは切っても切り離せない。
それでも「僕が馬を一番よく分かっている」という自信と、これまで何回も共に歩んだレースが、ゴール前に手綱を緩めるほどの「いつも通り」を後押ししたのかもしれない。


牡牝馬共に小さな牧場から二冠馬が生まれた。
これが生産界に大きな希望を与え、そして2020年にドラマはつづく。


ところで、デビューから11戦目がダービーの馬なんてなかなかいない。朝日杯と皐月賞を両方制覇したロゴタイプですら9戦目だ。

サムソンは7月デビューなので、そこから翌4月まで毎月1回は出走してたことになる。超タフだ。

このタフさの源泉は間違いなくサムソンの父、オペラハウスだろう。
オペラハウスといえばテイエムオペラオーの父。オペラオーといえば古馬王道GIを全制覇するほどタフ。


日本の馬はピリピリしている馬が多い。
主にサンデーサイレンスの血のせいだが、日本のようなスピードが出る馬場なら、闘争心があって多少喧嘩っ早い馬の方が強く出られる。

対してオペラハウスの父サドラーズウェルズの血は、欧州競馬では必要不可欠とされているほどのスタミナ血統。
多少馬場が悪かったり使い詰めても平気で、日本比だとおっとりした馬が多い傾向にある。


今までサムソンが制覇した重賞はスプリングS、皐月賞、ダービーだが、このどれもがパンパンの良馬場ではなかった。雨上がりだったり、稍重馬場だったりした。前残りの根性比べな展開も彼に味方した。

それだけに、彼の強さが世間に知られてからのレースは苦難の連続だった。



一方そのころ、札幌記念
アドマイヤムーンはここにいた。

皐月賞やダービーは馬場と展開に泣かされた。
夏を越し、一回り大きくなる…どころかむしろ絞ってきたムーン。
馬体重や筋肉の付き具合はレースを大きく左右する。
弥生賞勝利時とほぼ同じ身体で挑めたこのレースは、最初から結果が決まっていたのかもしれない。

この凄まじい末脚を見よ。
外を回してなお突き抜ける。上がり35.5。

完全に本格化したアドマイヤムーン。
目指す先は菊にあらず。
古馬の壁を超え、秋の盾制覇を目指した。




秋初戦。
神戸新聞杯にて、サムソンは久々の敗北を喫した。
勝者はドリームパスポートだった。

パンパンの良馬場での発走の影響も少なからずあっただろうが、恐らく一番の問題は、「デビューから1度も放牧させていなかったこと」にあった。

競馬ゲームをプレイされてる方や今の競馬に詳しい方なら驚きを超えて戦慄するだろうが、昔はよくあったことらしい。(そもそも短期放牧が根付いたのもここ20年の話なので)

そしてなにより調教師はあのク○ローテを飲み込んでオグリキャップに栄光を届けた瀬戸口先生。そこのノウハウに関しては他の人の比じゃなかったため、ノン放牧で二冠を取らせることが出来たのだろう。

だが、さすがに秋はサムソンも長期の厩舎暮らしが堪えたのか、ちぐはぐな競馬が続いた。
そしてなにより、ライバル馬の騎手がサムソンの攻略法を思い付いてしまったのが痛かった。



菊花賞

アドマイヤムーンが天皇賞に進むため、サムソンとドリームパスポートの一騎打ちになった淀の舞台。
快晴の中行われた最後の一冠は、とある馬と騎手がレースを掻き乱した。

またしてもアドマイヤメインの猛烈な逃げ。
1000m通過タイムが58秒6。2000mのレースでも早めと感じるペース。
こうなると前方の馬はスタミナを削られる。サムソンには厳しい展開。

しかしメインはなかなかバテない。
そこは鞍上武豊。調教師橋田満。サイレンススズカコンビなので高速逃げの流儀を弁えている。


最後の直線で慌てて飛び出してしまったサムソンはメインに届かず、後続にすら差し返されてしまった。

これは逃げ切りも有り得るかと思われた頃、後方からすごい勢いで追い込んできた馬がいた。それはもう、まるで風のような走りで。


前年のディープのレコードを約2秒縮める、圧巻のレースだった。

ソングオブウインド

父 エルコンドルパサー 母父 サンデーサイレンス

11戦3勝[3-4-3-1]

主な勝ち鞍 菊花賞

06世代

天国の父に捧ぐ菊の歌。
エルコンドルパサー産駒、ソングオブウインド。


さっきの話と被るが、ほんといい馬ほど早くに亡くなる。エルコンに至っては3世代しか子孫を残せてないため、このシリーズでエルコン産駒が出てくるのはこれ含め2頭しかない。

すごい末脚を炸裂させたソングには今後が期待されたが、香港ヴァーズ4着のあと屈腱炎で引退した。
菊花賞のラスト数百mを追込でロングスパートをかけたのだ。激走の代償はあまりにも大きかった。


そろそろ2着の馬も解説しておきたい。

名勝負請負人

ドリームパスポート

父 フジキセキ 母父 トニービン

22戦3勝[3-7-3-9]

主な勝ち鞍 神戸新聞杯 きさらぎ賞

06世代

ソングオブウインドと馬体を併せる形で伸びてきたのは、皐月2着、ダービー3着のドリームパスポートだった。


この馬のある所にはいつも名勝負があった。
彼自身が主役になる事は少なかったが、その走りは見る者を魅了した。

この馬もまたマツパク厩舎。
騎手をコロコロ変えることに定評のある厩舎で、元は厩舎の所属騎手だった高田潤を乗せ神戸新聞杯を制覇した後、横山典弘に乗り替わりになった。

とはいえそこにもこだわりがあるらしく、後に有馬記念でその年1勝もしてない高田潤を起用し、馬主と反りが合わず後に転厩した。


そしてこの馬はフジキセキ産駒。
菊花賞2着ということでますますフジキセキ幻の三冠馬論に信憑性が高まったが、母方の血がほぼステイゴールドなのでなんとも言えない。

この馬もGI制覇が期待されていたが、古馬になり春に骨折。その後はパフォーマンスが落ち、そのまま引退となってしまった。



(ところで弊シリーズではここ数回に渡ってレコードと故障が頻発しているが、全て偶然ではない。

度重なる名馬の故障から、馬場造園課は「走りやすい馬場」をテーマに芝の改良を続けてきた。
そうして生まれたのが、改装後の東京競馬場のクッション性に富んだ走りやすい馬場。
が、しかし。走りやすくしすぎてスピードが出まくる馬場になってしまったために、キングカメハメハの死のダービーのようなレースが増えてしまった。

馬場の改良、レースのスピード化、調教技術の向上…これらは全て故障の要因になる可能性がある。

そしてここから数年間は故障地獄がつづく。相当数の名馬が競走生命を絶たれるので身構えて読んでほしい)



06年はサムソン、ムーン、ドリパス、メインの4頭がクラシック上位組だったが、古馬になるとクセの強い馬が名をあげるのもこの世代の特徴。07年以降はすごい。

次回はディープインパクトと06世代の台頭。
そして次なる英雄の花開くとき。
ひとつの時代が終わるとき、至上のドラマは生まれる。


あとがき

えー、ほんとはこの回でディープインパクトを引退させる予定だったのですが、図書館でディープの本読んだり、色々調べてるうちに書かなきゃいけないことが増えすぎまして、先にサムソンとムーンとカワカミについての回を設けることになりました。


カワカミのウマ娘シナリオはめちゃくちゃ重いことで知られてますが、史実が史実なので納得してしまいますね。だからこそ乗り越えた後のストーリーが感動的なのです。

いつの間にかウマ娘を「見られたかもしれない競走馬のif」を見せてくれるコンテンツとして楽しんでる自分がいます。
いつかオルフェーヴルが実装されますように…


次回はようやくディープ引退回です。お待たせしました。お待たせしすぎちゃってるかもしれません。
ディープの時代でこんなことになっちゃってるので、オルフェカナロアジェンティルの時代には#32.1みたいな意味わからんナンバリングに走る可能性があります。許せ。(意地でも2020JCを#40の目玉にしたいというこだわり)


どうか夏までには終わらせられますように。
それでは。


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