ウマ娘で学ぶ競馬史 #23 宇宙と愛と(2003)
二十何回もシリーズやってると、お決まりの挨拶とか定型文とかぶっ壊したくなる時期が来ます。
もうええやろ。どうもマツウラです。
最近、世界情勢が乱れに乱れてて不安です。
これ以上大事にならないで欲しいし、あそこまで悪役がはっきりしてる戦争ってなかなかないです。誰か暴走を止めてくれ。
今回取り上げる2002〜3年の競馬も、世界的に情勢が良くなかった時代のできごと。
そういうことがあった後なので馬券の売上も冷え込み、割と競馬暗黒時代だった頃。
ですが、今と繋がる部分が多い一年のお話です。
今回の記事は今の競馬とリンクさせて書いてます。
今まさに競馬を楽しんでる方にこそ読んでほしい記事です。どうか♥と拡散をよろしくお願いします。
(とても23話という中途半端な話数で書く内容ではない)
↓前回
宇宙と愛と
2002年、阪神JF。
アメリカ同時多発テロから一年。
誰もが願った想いを乗せて、走った馬がいた。
その馬はターフに記した。ひとつの祈りを。
平和の祈り
ピースオブワールド
父 サンデーサイレンス 母父 カーリアン
従兄 タイキシャトル
10戦4勝[4-0-1-5]
主な勝ち鞍 阪神JF、ファンタジーS
03世代
今の競馬を見ている方なら、この馬名とこの勝負服に既視感を抱く人も多いのではないだろうか。
順を追って紐解いていきたい。
この馬の馬主、飯田正さんはオーナーブリーダーだった。自分で馬を生産して馬主をする人ということだ。ダビスタやウイポ、メジロ牧場やシンボリ牧場、ノースヒルズと似たようなものだと考えてもらっていい。
正さんが代表を務めていた千代田牧場はかなり有名な牧場で、社台グループの牧場を除けば当時から5本の指に入るくらいの有力牧場だった。弊シリーズでも既に取り上げた、ハルウララの父ニッポーテイオーを生産した牧場だ。
そんな牧場の代表者なので、もちろん国外のセリにも顔を出す。そんな時に、出先で大事件が起こった。それが9.11。アメリカ同時多発テロだった。
実際に間近で経験したからこそ、我々よりも遥かに思うことがあったのだろう。だから、期待馬に「世界平和」を願う馬名を付けた。
ピースオブワールドという馬は、元より期待されていた馬だった。近親にタイキシャトルがいる血統で、父がサンデーサイレンス。今の時代ならセリに出せば億は下らないはず。
そんな馬なのでもちろん名門厩舎に入厩。
マヤノトップガンやキングヘイローで時代を作り、デュランダルでまたも波に乗っていた坂口正大厩舎。
この坂口先生という人が非常に温和で人徳のある方で、飯田さんは彼の性格も踏まえてピースオブワールドという馬名を付けたという。
(坂口先生の話はロジャーバローズという馬を語る時に取っておく)
ピースオブワールドは事前評価に違わず、10月にダートデビューで6馬身差圧勝。しかもこれ1400mです。狂ってる。
その後、芝を試してみようと1勝クラスに出すと、ここでも2馬身差で勝利。阪神JFに焦点を定め、ファンタジーSも勝利。3連勝。
そして、上の阪神JFで単勝1.5倍を背負って勝利。
4戦無敗の2歳女王が誕生したのだ。
鞍上の福永祐一は同厩舎のキングヘイローで結果を残せなかったリベンジを果たした。
こうなるとラモーヌ以来の牝馬三冠も見えてくる。
しかし2月、おそらくチューリップ賞に向けての調教中に骨折。以降、全盛期の走りは鳴りを潜め、そのまま引退となってしまった。
2022年現在、飯田正さんは亡くなられ、跡取りの正剛さんが千代田牧場の代表となった。ピースオブワールドも繁殖牝馬を引退した。しかし、彼女の影響は今も強く残っている。
ラストクロップ(最後の産駒)のインコントラーレが現役で、今のところかなり好走している。
ドライスタウト(22世代ダート最強馬)に5馬身ちぎられてはいるが、2着に食い込めているため、重賞制覇もそう遠くないはず。
そして、2021年阪神JF。
彼女と全く同じ勝負服が仁川の舞台を先頭で駆け抜けた。
生産、千代田牧場。馬主、飯田正剛。鞍上、ミルコ・デムーロ。馬の名は、サークルオブライフ。
父の代の名馬の名前を踏襲し、「命の輪」と名付けた馬で、19年前と同じレースを制覇したこと。
そして、今度は怪我も無くクラシックにも出られそうなこと。
きっと牧場関係者は万感の思いで桜花賞へ臨むだろう。
ナミュールという馬が三冠牝馬候補と騒がれているが、こういう背景を知るとどうしてもサークルを応援したくなる。
結果がどうであれ、最高のレースを期待したい。
(脱線したので駆け足で行きます)
ピースオブワールドが逃した三冠は、思わぬ形で伝説となった。
桜花賞
本命不在でも、スター不在とはならなかった。
1番人気はアドマイヤグルーヴ。
名前で分かる通りエアグルーヴの娘で初年度産駒。
鞍上は武豊。母が出たくても出られなかった桜花賞制覇を目指す。
ほとんど差のない2番人気がスティルインラブ。
鞍上は幸英明。勝利数は多く、重賞でも度々穴を開けているジョッキーだったが、GI級の名馬には恵まれていなかった。
スティルの兄は“幻のGI馬”とすら言われたビッグバイアモン。期待は大きかった。
この2強と、鞍上安藤勝己で阪神JF11番人気2着と穴を開け、フィリーズレビューを勝ち進んで実力を証明した3番人気ヤマカツリリーが有力馬だった。
スタートと同時にアドマイヤグルーヴは出遅れ。この馬はかなり気性が難しい馬で、折り合いを付ける特訓をするためにチューリップ賞じゃなく距離の長い若葉ステークスを使ってここに出てきたような馬だった。
最後方から懸命に追い上げるも、好位で競馬をしたスティルには届かず3着。
2着は13番人気の大穴、シラオキの子孫で22年川崎記念3着馬ヴェルテックスの母、シーイズトウショウだった。鞍上は池添謙一。トウショウの馬で結果を残せたからこそ、数年後のスイープトウショウがあったのかもしれない。
オークスもアドマイヤグルーヴが脆さを見せた。
めちゃくちゃに入れ込んでしまったアドグルは失速。
真面目にレースを進めたスティルが二冠達成。
夏を越え、三冠牝馬誕生の声も囁かれてきた頃に迎えたGII、ローズステークス。
ここで三度の再戦となったスティルとアドグル。
ここで初めてスティルが1番人気に支持される。
(武さん人気とエアグル人気でずっと2番人気だった)
しかし、休養明け特有のボケか、5着と初めての凡走。骨折から復帰したピースオブワールドに先着されてるのも痛かった。
不安要素を残したまま、秋を迎える。
秋華賞でも、スティルはまた2番人気だった。
成長し、気性面での弱さが少しずつ改善されはじめたアドマイヤグルーヴ。
果たしてどうなる事かと思われたが…
やっぱり強い馬は強かった。史上2頭目の三冠牝馬。
日本競馬史に愛の名が大きく刻まれた。
愛の女王
スティルインラブ
父 サンデーサイレンス 母父 ロベルト
16戦5勝[5-2-1-8]
主な勝ち鞍 牝馬三冠
03世代
常にアドマイヤグルーヴと比較され続けながら、最後はハナ差で掴み取った三冠。
鞍上の幸さん(イケメン)は史上初の20代三冠ジョッキーとなり、後にブルーコンコルドやホッコータルマエといったダートの名馬で地方を荒らしまくることになる。
しかし、勝負はここで終わらなかった。
エリザベス女王杯
3歳牝馬にとっては四冠目となるこのレースで、アドマイヤグルーヴは逆襲を見せた。
最終コーナーを曲がり、進路を見つけて外に出したスティルインラブ幸。
さらに鞭を入れてアドマイヤの進路を潰そうとしたが、武が左に進路を取って馬体を併せる形に。
熾烈なデッドヒートの末の勝利の決め手は、母譲りの勝負根性だった。
皇女
アドマイヤグルーヴ
父 サンデーサイレンス 母 エアグルーヴ
半弟 ルーラーシップ
21戦8勝[8-1-3-9]
主な勝ち鞍
エリザベス女王杯連覇 阪神牝馬S ローズS
主な産駒 ドゥラメンテ
03世代
女帝の血を引く馬、アドマイヤグルーヴ。
母が不運にも勝てなかったレースを、武豊自身の手で手繰り寄せた。
以降、スティルインラブとアドマイヤグルーヴは対照的な道を歩むことになる。
アドマイヤグルーヴは女帝エアグルーヴと真逆で「牝馬重賞でのみ強い馬」になった。要するにメジロドーベル的なやつ。
引退後もエアグルーヴ同様そこそこ優秀な馬を出し続けた。そして今、孫のデシエルトがダートでめちゃくちゃ強い。一応芝も試してみて、良さそうなら三冠も出てみるらしい。応援しよう。
加えて言えば菊花賞馬タイトルホルダーも孫にあたる。今年の天皇賞(春)に出走予定。ディープボンドとの熱戦が期待される。
一方、スティルインラブは全く走らなくなってしまった。エリ女の敗走以降、掲示板に入着すらままならないまま引退。理由は分からないし、それのせいで「国内最弱の三冠馬」という扱いを受けている。
(でも人気はなぜか後の三冠&GI5勝馬アパパネより高い。こういう馬もいてもいいと思う)
そこから幸騎手はずっとエリザベス女王杯を勝てないままでいた。
しかし、18年後の2021年。忘れ物を取りに、運命の糸を手繰り寄せる瞬間がやってきた。
スティルインラブのお陰で有力馬に乗る機会が増え、ダートを主戦場にGIの舞台でコンスタントに活躍できるようになった幸さん(イケメン)。
しかし、芝ではローカル競馬場で平場の鬼のまま。条件戦で勝利数を稼ぐが、芝GIにはそこまで出られない日々が続いていた。
そんな現状を変えたのがアカイイト。スティルで取り忘れたエリ女を制し、そのまま有馬記念へ直行することができた。
有馬記念の日は裏開催のローカル競馬場に全レース出走するのが毎年のルーティンだった幸さん(イケおじ)。
2021年が45歳にして初めての有馬記念だったのだ。
(ここまでベテラン&評価も高い騎手で有馬出たことない人って多分幸さんくらいしかいなかったんじゃないだろうか)
その後もアカイイトと幸さんは善戦を続けている。
スティルの時代には無かったヴィクトリアマイルも、もしかしたらもしかするんじゃ…?と、今から期待を膨らませている。
一方の牡馬路線は一波乱あった。
朝日杯
ここの1番人気はサクラプレジデントという馬だった。
メジロダーリング然り、この頃はまだ大手オーナーブリーダーが息してた頃。
プレジデントは父サンデーサイレンス、母父マルゼンスキーというスペシャルウィーク配合(?)であり、祖母がサクラチヨノオーとサクラホクトオーの母、サクラセダンだった。
この血統から分かるのは、おそらくサクラ陣営はこの馬に社運を賭けていたということ。
絶対に成功させようとしていた。ローレル以来のGI馬をつくろうとしていた。
もちろん調教師はチヨノオー主戦の小島太先生。
そして鞍上は田中勝春。メジロダーリングとかも含めここ最近は悔しい思いしかしてないため、何としてでも勝っておきたかった。
札幌2歳Sを完勝し、しばらく期間を置いての出走。
とはいえ1番人気。
絶対に勝たないといけないレースだった。
然して競馬に絶対は無し。
プレジデントはゲートで立ち上がり出遅れ。伸びを見せたが最後は脚が止まった。
“勝者”が掲げたガッツポーズ。
曇り空を裂くような激走。
時代が変わろうとしていた。
走破タイムは1:33.5。
グラスワンダーの不滅のレコードが破られた瞬間だった。
エイシンチャンプ
父 ミシエロ 母父 マニラ
41戦5勝[5-4-5-27]
主な勝ち鞍 朝日杯 弥生賞 大井記念(地方重賞)
03世代
名実ともにチャンプとなったエイシンチャンプは、あのオグリキャップを管理していた瀬戸口厩舎の馬だった。そして鞍上は福永祐一。阪神JFに続き2週連続GI制覇。
ちなみにこの馬、アメリカ産だが外国産馬扱いされない。
「は?」って思ったかもしれないが、「生まれた年の年末までに日本に到着してれば内国産馬扱い」という決まりらしい。意外とガバ判定。
そしてもう1つの実質GIレース、ラジオたんぱ杯でまたしても後のGI馬が誕生した。
1番人気は東スポ杯2歳S(GIII)勝ち馬ブルーイレヴン。
後の大馬主金子さんの馬で、父サッカーボーイ、母父シンボリルドルフという、いかにもヤバそうな馬が産まれそうな血統。
実際ヤバい馬で、気性難を手中に入れて勝つことに定評のある武豊が乗っても、かかり癖を抑えるので精一杯だった。
単勝1.4倍を背負っての出走だったが…
ブルーイレヴンは制御しきれず敗北した。
前走、京都2歳Sでエイシンチャンプの2着となったザッツザプレンティが1着。
鞍上は河内洋。奇しくもイレヴンの父サッカーボーイの主戦騎手だった。
そして河内騎手は調教師転向のため、これが最後の重賞制覇となった。
その後、ブルーイレヴンは1度もGIに出ることは無かった。
年明け京成杯はツインターボばりの逆噴射で11着。
武豊が「僕には無理です。御せるのはお相撲さんくらいじゃないですか」と語ったという。
この時の「僕には無理です」という言葉が、ブルーイレヴンを管理していたある調教師の胸に突き刺さった。
調教師の名は角居勝彦。
顕彰馬ウオッカをはじめ、日本馬初のアメリカGI制覇を果たしたシーザリオ、日本馬初のメルボルンカップ勝ち馬デルタブルース、日本馬初のドバイワールドカップ勝ち馬ヴィクトワールピサ、他にもエピファネイアやカネヒキリ、キセキなど、数え切れない名馬を輩出した名伯楽で、藤沢和雄師と双璧を成す平成のレジェンドトレーナーだ。
しかし、そんなレジェンドの域にに辿り着いたきっかけは、他でもないブルーイレヴンという馬だった。
角居師にとって、ブルーイレヴンは特別な馬だった。この馬が厩舎初の重賞制覇を届けてくれた馬だったからだ。
武豊の言葉を受け止め、「無理です」と言われないよう、「いい馬です」と言われるためにはどうすればいいか必死に模索し、巻き返しを図った。
馬の怪我もあり、長い間勝利から遠ざかっていたものの、試行錯誤を重ね、4歳夏、ついに関屋記念(GIII)を制覇。掛かることはなく、先行策から好位抜け出しで復活勝利。毎日王冠3着の後に故障引退してしまったものの、癖馬の教育方法を理解した角居師。
後にかなり気性が荒いリオンディーズや、出遅れ王ルーラーシップでGIを勝たせているあたり、この馬が与えた影響は多大なるものだったのだと思う。
そんなブルーイレヴン不在の牡馬クラシックだが、こっちもこっちでかなり盛り上がる一年だった。
シンザン記念はトゥザヴィクトリーの全弟、サイレントディールが勝利。
京成杯はサイレンススズカの近親、スズカドリームが勝利。
きさらぎ賞はサイレントディールとシンザン記念2着のマッキーマックス(鞍上クリストフ・ルメール)が上位人気になったのだが、ネオユニヴァースが先行策から粘りに粘って勝利。
そして弥生賞では圧倒的人気のザッツザプレンティがレース中に落鉄してしまい、順当にエイシンチャンプが勝利した。
さて、ここで究極の選択を迫られたジョッキーがいる。福永祐一である。
牝馬クラシックこそピースオブワールドで出走できなかったものの、牡馬クラシックではエイシンチャンプとネオユニヴァースという超有力馬2頭で勝利を収めていた。ちなみにどっちも瀬戸口厩舎。福永Jはとにかく人がいいので調教師がいい馬を乗せたがる。
身体は1つしかないので、皐月賞で乗れる馬はどちらか1つだ。
ここで彼が出した答えは、エイシンチャンプだった。
まっさらな状態でなら間違いなくネオユニヴァースを選んだと思うが、エイシンの馬主さんにはプレストンでお世話になりまくった身。そういうこともあってチャンプにしたのだろう。
この乗り替わりが、“ある男”の人生を大きく変えることになる…
スプリングステークスはネオユニヴァースVSサクラプレジデントの構図に。“ある男”に乗り替わったネオユニヴァースが1着、サクラプレジデントが2着。中々勝てないプレジデント。
迎えた皐月賞。
ネオユニヴァース、サクラプレジデント、エイシンチャンプ、サイレントディール、ザッツザプレンティの順で人気は推移していたが、かなり割れていた。
実力が拮抗したクラシックだと見られていた。
実際、接戦になったし、人気通りの決着になった。
しかし、勝ち馬は着差以上の強さを見せつけた。
1:40〜からのすんごい進路取りを見て欲しい。
こんなレースで勝ち切れてしまったのは、この馬とこの騎手だったからだろう。
超新星
ネオユニヴァース
父 サンデーサイレンス 母父 クリス
13戦7勝[7-0-3-3]
主な勝ち鞍
二冠(皐月賞、ダービー) 産経大阪杯 スプリングS
主な産駒
ヴィクトワールピサ ロジユニヴァース
アンライバルド ネオリアリズム
サウンズオブアース デスペラード グレンツェント
母父としての主な産駒
アエロリット ルヴァンスレーヴ
03世代
多くの方は勝ち馬の解説よりゴール後の騎手の奇行が気になって仕方ないと思うので、そちらから解説したい。
鞍上はミルコ・デムーロ。後の日本人である。
短期免許で来日していたデムさんは勝利の興奮を抑えきれず、2着馬サクラプレジデントの鞍上、田中勝春に「最高のレースしたのになんでそんな俯いてんだよオイ!!」と頭をしばいてしまったのである。
短期免許なので、田中騎手がGIで惜しい負け方ばかりして全然勝てなくなっていることは知らなかったはず。仕方ないとこもある。
なお、その後は無事に和解するどころか、プライベートでも仲良くしているらしい。22年2月の勝春騎手1800勝達成の時も記念写真を一緒に撮っている。
(ターフィーくん持ってるのが勝春騎手、筋肉ムキムキがネコパンチ江田照男騎手、左端がデムさん、その隣がチョリーッス松岡正海騎手、その隣がゴルシとフラッシュとバク宙でお馴染みウチパクさん。右端は若手。丸山元気騎手とオニャンコポン菅原明良騎手。)
馬の方の解説に戻ろう。
ネオユニはとにかく柔軟性がすごい馬だった。
語らずともさっきのレースぶりで分かるだろう。普通の馬はあんなにすんなり馬群をさばけない。
前の壁を無理やりこじ開けて掴んだ一冠。
非凡なポテンシャルは、次の一戦でさらに開花する。
日本ダービー
ネオユニヴァースの背には変わらずデムさんの姿があった。イタリア人のデムさんは向こうの乗鞍も重要なのだが、専属契約しているトレーナーからの許可が取れたため、コンビ継続。
抜けた1番人気のネオユニ、2番人気にサクラプレジデント、3番人気は藤沢和雄厩舎の大器、青葉賞勝ち馬ゼンノロブロイ。
台風の影響で重い馬場での開催となったダービー。
最後の最後は鞍上の騎乗が光った。
荒れた馬場を嫌って最後の直線で外に回した有力馬たち。
ネオユニヴァースを信じて荒れ切ってないギリギリの進路を取ったデムーロ。信頼関係の勝利だった。
外国人初の日本ダービー制覇。
この勝利がきっかけで、そしてネオユニヴァースがきっかけで、ミルコ・デムーロの人生は大きく変わる。数年後には福岡県久留米市出身の納豆大好き日本人になるのだから。
しかしこのレースは2着馬も強かった。
道中2番手から粘って粘って上がり35秒7。
後の世代最強馬とも言える黒き雄の名は…
漆黒の猛将
ゼンノロブロイ
父 サンデーサイレンス 母父 マイニング
20戦7勝[7-6-4-3]
主な勝ち鞍 秋古馬三冠
主な産駒
サンテミリオン マグニフィカ ペルーサ グリム
トレイルブレイザー ルルーシュ アニメイトバイオ
母父としての主な産駒 アスクワイルドモア
03世代
(秋古馬三冠バさん…?)
ウマ娘のイメージは置いておいて、ロブロイは気高き雄馬である。厩舎でもボス的立ち位置だったらしい。
この馬は当時としては珍しくレースごとに鞍上が変わりまくっている。ここまでは横山典弘だったが、ペリエやデザーモ、柴田善臣や武豊などが立ち替わり騎乗して、どこでも善戦している。たぶんそれだけ乗りやすい馬だったのだろう。
NHKマイルもサクッと解説しておこう。
最近ウマ娘にサトノダイヤモンドが実装され、ストーリーで「サトノの馬はGIを勝てない」というジンクスがあったことについて言及されたが、ウインの馬の方がひどかった。全然勝ててなかった。
そんなウインで唯一中央GIを勝った馬がこの馬だ。
愛されホース
ウインクリューガー
父 タイキシャトル 母父 ビーマイゲスト
従兄弟 ディープインパクト
34戦5勝[5-0-2-27]
主な勝ち鞍 NHKマイル アーリントンC
03世代
9番人気で鞍上は武幸四郎。
詳しいディテールはこっちを読んだ方が楽しめる。
2ch民特有の悪ノリに愛された馬だった。
菊花賞
ダービーでエイシンチャンプが距離の壁に屈したことと、デムさんの短期免許の期間が切れたことにより、神戸新聞杯は福永祐一がネオユニヴァースに跨ったのだが、3着。
そして本番はデムーロが帰ってきた。
なんとJRAがルール改正。
という、ネオユニヴァースのための法改正を打ち出したのだ。
どう見てもネオユニのためかつネオユニにしか適用できなさそうなルールだが、ダミアン・レーンもこれを使ってリスグラシューの有馬記念に臨んでいる。案外ナイス改正だったのかもしれない。
JRAとファンが望んだのは外国人ジョッキーによる三冠。しかし、“壁”は大きかった。
それは距離の壁、血の壁、ローテーションの壁、長距離GIの騎乗の壁だった。
ザッツザプレンティ
父 ダンスインザダーク 母父 ミスワキ
16戦3勝[3-3-2-8]
主な勝ち鞍 菊花賞 ラジオたんぱ杯
03世代
ダンスインザダーク。万能のように見えた彼だったが、種牡馬になって産駒が走ってみると、彼の本質が垣間見えた。
産駒の勝ち鞍のほとんどが長距離かマイルで二分化されていたのだ。
スタミナたっぷりでキレもそこそこあるダンス産駒の激走。そして安藤勝己の完璧すぎる騎乗。ネオユニには苦しかった。
そして、サクラプレジデントも距離の壁に屈した。
ウマ娘のサクラチヨノオーの育成シナリオは、「早熟で早枯れである自分との戦い」が描かれている。
ピークアウトという競走馬(ウマ娘)としての戦力外通告が彼女らにどう映るのか。
ウマ娘スタッフは「チヨノオーは故障で能力を発揮できなかった」と片付けて、故障せずずっと全盛期で戦えたIFシナリオを用意してもよかった。
そうさせなかったのは、サクラホクトオーと、他でもないサクラプレジデントの存在だ。
チヨノオーの弟ホクトオーと、チヨノオーの母サクラセダンの血を継ぐプレジデントは、どちらも4歳春で枯れた。血に抗えなかったのだ。
つまり、サクラプレジデントはGIを勝てなかった。
サクラ軍団は、サクラローレル以降GIを勝てていない。これが現状だ。
サクラローレル(ウマ娘)のコミカライズが決まった今、もう一度サクラ軍団の隆盛を目にしたいものだ。
そして菊花賞2着はこの馬。
リンカーン
父 サンデーサイレンス 母父 トニービン
23戦6勝[6-5-3-9]
主な勝ち鞍 阪神大賞典 日経賞 京都大賞典
主な産駒 オマワリサン
03世代
「生まれてきた時代が悪かった」
鞍上、横山典弘が数年後のとあるGIレース後に呟いたコメントだ。
強い馬なのだがどこか足りない。他馬の物差しに使われるような馬だった。
だが、リンカーンに先着されたネオユニヴァースが弱かったわけではない。
敗因の1つとして考えられるのが、「過酷なローテによる競争能力の減衰」だ。
それを語るついでにこの年の古馬GIを見ていこう。
奇跡と王者
天皇賞(春)
本命不在の年だった。
1番人気が阪神大賞典勝ち馬ダイタクバートラム。
2番人気がツルマルボーイ。
もちろんどちらもGI未勝利である。
だいたいこういう年は、人気薄になったGI馬が勝ちを収める。
ヒシミラクル。
彼の父サッカーボーイは、長距離を走るように狙って配合された。ご存知の通り主な勝ち鞍はマイルCSだが。
しかし、産駒は長距離で強かった。サッカーボーイの気性難が母方の血でいい感じに中和されたからだろう。
この天皇賞も、本来サッカーボーイで目指したかったタイトル。子世代でようやく成し遂げた。
とはいえ阪神大賞典12着、産経大阪杯7着からどうやって調子戻したら天皇賞勝てるのかが知りたい。
普通じゃありえんでしょ。
宝塚記念
春のグランプリだけあって豪華メンバー。
1番人気はシンボリクリスエス。去年の秋古馬二冠馬。
そして2番人気になんとネオユニヴァース。
3歳馬ながら出走となった。
この流れを作ったのは昨年のローエングリン。
社台グループの所有馬が3歳で宝塚3着できたんだから、ネオユニなら勝てると踏んだのだろう。
宝塚が6月末になったのは、JRAが3歳馬の出走を促すため。これはJRA的にも嬉しい流れだっただろう。
同じくダービー4着サイレントディールも出走することになった。
3番人気にアグネスデジタルが推され、春のグランプリにふさわしい出走メンバーになったが、今挙げたメンバーは全頭馬券外となった。
ヒシミラクル。
フロックだと思われていたその強さは本物だった。
長距離馬だと思われていた馬が中距離で勝つことの大きさ。
このレースはレース内容よりミラクルおじさんが語り草になっている。
(この記事のミラクルおじさんの項を参照)
(ぼくもこんな馬券の買い方してみたい)
こうしてタマモクロスから脈々と受け継がれてきた芦毛最強馬の系譜はヒシミラクルに辿り着いた…のだが、ヒシミラクル以降全っ然強い芦毛馬が産まれない時期が続く。
理由はおそらくサンデーサイレンスから強い芦毛が生まれなかったから。
ここから数年はほぼ鹿毛と黒鹿毛で名馬が埋まるのでご覚悟を。
そして完敗した3歳馬勢。
サイレントディールは期待通りダートに転向し、最高成績フェブラリーS2着で引退。
4着に敗れたネオユニヴァース。
そもそもこの馬名は社台レースホースクラブの会員(L'Arc~en~Cielファン)がラルクの曲名からもじって決まったものだったのだが、この頃になると本人の耳にも届いていた。
ボーカルのHydeはライブで馬券を破り捨て「勝つまで歌わない!」と言ったとか。(実際引退まで封印した)
極限まで馬体を作り上げたダービー直後の宝塚ほど負担のかかるものはない。この馬の辿った道は、エアシャカールに近かったのだろうと思う。
ここからは秋の古馬戦線。
ところで、先程のエリザベス女王杯をご覧頂いた時、妙な違和感を覚えなかっただろうか。
そう、ファインモーションがいない。
ファインモーションはバリバリ現役だったし、まだまだ能力は高かった。
そんなファインがキャリア後半で輝けなかった理由の1つが、出走ローテにあると思っている。
今の競馬ではよく耳にする「使い分け」という言葉。
同じクラブの馬が多数レースに出る時や、有力騎手を確保できない時に、そのレースを回避して他のレースに出させたりすることをこう呼ぶ。
そんな使い分け黎明期にいたのが、ファインモーションという馬だったのだと思う。
ファインモーションを管理していた伊藤雄二調教師は「武豊を乗せるために」ローテーションを組んだ。
だからアドマイヤグルーヴが出るレースにファインモーションは出なかったのだ。
マイルチャンピオンシップ
ファインモーションはここにいた。
女王としての威厳を示し、牡馬との戦いで頂点へ。
そんな夢を斬り裂いた名刀。
例年のレースなら勝てていた走りだった。
しかしデュランダルは格が違った。
この年のスプリンターズステークスも勝利していたデュランダルは、一気に短距離界の頂点に立った。
一方、能力の高さだけでマイルをこなしていたファインは、翌年以降苦しいレースを強いられる。
天皇賞(秋)
宝塚を休養明けで残念な結果に終わらせてしまったシンボリクリスエスだったが、能力の高さからこのレースでも1番人気に。鞍上が去年の有馬と同じペリエだったのも期待を加速させた。
その期待を裏切らない、余裕のレースを見せた。
直線で突き放して後は余裕の走り。
外からツルマルボーイこそ突っ込んできたものの、他馬を相手にしないほどの強さで完封勝利。
ジャパンカップ
もちろんここでもボリクリが抜けて人気だったが、繰り広げられたのは、歴史に残る伝説のレースだった。
重馬場で大逃げ。
この時点でもう普通のレース展開では無いことは分かるのだが、恐るべきはその逃げ方にある。
タップダンスシチーはサイレンススズカの逃げとはまた異なる。特段道中でペースを緩めて休憩することもなく、とにかく淀みないペースで逃げ、最終コーナー曲がった直後で早めにスパート。軽く突き放す。
後は後続がバテるのを見ながら自分のペースで逃げ粘るのみ。
そして結果が2着ザッツザプレンティに9馬身差。
驚異的な競馬を見せたタップと佐藤哲三。
もう敵はいないとすら思わせた。
有馬記念。
こんな事をされるとは思ってもみなかったのはシンボリクリスエスの藤沢厩舎。
藤沢先生は「馬優先主義」の人で、とにかく馬の負担になりすぎないように身体をつくる人だった。
もちろんそれは引退レースでも変わらない。
シンボリクリスエスはこの有馬で引退予定。種牡馬になった後も「タップダンスシチーに9馬身ちぎられた馬」という印象がつく事だけは避けたかったが、馬の一生の方が大事だ。
ただ、鞍上のペリエはどう思っていただろうか。
ボリクリの強さはペリエがよく知っていた。
だからこそ、その強さを見せ付けたかった。
結果として残ったのは、ダイユウサクの不滅のレコードを更新し、JCで付けられた9馬身差をそのまま有馬記念で返すという、魂の激走。
オリビエ・ペリエは後に語った。
と。
後にディープインパクトに乗った武豊がこの表現を多用するが、元ネタはペリエだという。
ペリエ騎手は凱旋門賞4勝含め各国のGIを勝ち続けているトップジョッキーだが、生涯で乗った名馬の中でもこの馬を最上級に高く評価している。
GI14勝の名牝ゴルディコヴァらと並べて評価している。
それだけでどれだけこの馬が凄かったのかがわかる。
シンボリクリスエスが残したのは伝説のレースだけではない。
産駒として名馬エピファネイアを輩出。そのエピファネイアの血は今の競馬の最前線を走っている。
祖父と同じく、3歳で天皇賞と有馬記念を制したエフフォーリア。
走りの力強さが祖父を彷彿とさせる。
(阪神ではてんでダメなのも祖父っぽい…)
この馬がシンボリクリスエスと同格の名馬なら、22年の有馬記念は9馬身差でゴールすることになるが…どうだろうか。
そして、そのエフフォーリアのライバルとして立ちはだかろうとしているのが、同世代のジャックドールという馬だ。
淀みないペースで逃げ続け、最後に後続をバテさせて勝利。まるでタップダンスシチーのようだとは思わないだろうか?
実際、刻んだラップタイムを見てもタップダンスシチーのそれと酷似している。
タップダンスシチーという馬は、金鯱賞を3連覇しているほど中京競馬場巧者だった。
そして、彼の出した金鯱賞の走破タイムが、破られないままレコードとして残り続けていた。
そして2022年の金鯱賞で、タップと同じような戦法でレコードを塗り替えたジャックドール。
何か運命的なものを感じずにはいられない。
今回は何かと現在の競馬と重ねてレースを紹介したが、全て偶然だ。
「令和のツインターボ」と呼ばれて久しいパンサラッサや、世紀のじゃじゃ馬メイケイエールなど、過去最高クラスに競馬というコンテンツの魅力という魅力が溢れ出ているのが現在の競馬最前線だ。
この記事を読んだ人は、歴史を辿るのもいいけど今を追ってみてほしい。新しい気づきがあるかもしれない。
あとがき
ジャックドールの金鯱賞が衝撃的すぎて、内容を大幅に改稿してお届けしました。
バケモン去ってまたバケモン。強い馬ばっかじゃんじゃん出てくれてファンとしては嬉しい限りです。
次回以降はようやく盛り上がる時代に突入します。
キンカメ&ディープ&ハーツ。好きな時代の1つです。
お楽しみに。
(補足:デムさんが久留米出身の日本人になったソースはこれです)