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「告白」(佐藤春夫「陳述」の二次創作:人生)
真面目で不器用なのは罪だろうか。
高校の美術部に不器用な少年が居た。手先は器用だ。存在が不器用なのだ。
平凡な外見をしているが、非凡な作品を作る。
それなのに評価されないのは、偏に彼の生き方そのものが不器用な為だった。
例えば、顧問の先生に嫌われている。
嫌われるつもりはないのだが、何故か顧問の前では失言が多く、態度が不遜に見え、なまじ良い作品を作るだけに顧問からは
「あいつは俺を馬鹿にしている」と思われ嫌われていた。
彼は彫刻を作る。絵も描けるが、本領を発揮するのは木を黙々と彫る彫刻で、花を彫ればいかにも繊細で風にそよぐように見え、むくつけき男性像を彫れば、上腕二頭筋がピクピクと痙攣する様が見えるようで、ただの木が彼の手にかかれば命を得た。
もしも美術系の高校だったら彼はもっと正当に評価されただろう。だが、彼の高校は公立の普通科だった。
将来を相談すべき相手にも恵まれなかった。旧弊な価値観を持つ両親は美術に疎いどころか嫌悪感を抱いており、
父親は
「そんなもので将来食える訳はない」
と息子の希望を一蹴し、
母親は
「ほら、仕事は普通の会社員でも、趣味で続ければいいじゃない」
とやんわり否定した。
彼は孤独だった。
彼が二年に進級した年、美術部に新入生が入った。
容姿端麗な美少女で、廊下を歩けば教員も振り返る程。入学試験を優秀な成績で通過して、学年に一つずつあるトップクラスに入った。
そんな彼女が何を思うたか部活動の中でも地味な美術部に入り、彼と遭遇した。
彼はいつも部室の隅っこでコツコツと木を彫り続け、彼女を取り巻く賑やかな輪には入って来なかった。彼女の周りにスポットライトがあたっていて、彼は部室の隅の暗がりに蹲っている。そんな間柄だった。
だが彼女は鋭敏な感覚で彼の才能を見抜いた。
そして同じ感覚で、彼が永久に優遇されないであろうことを悟った。
彼女は元々は平均よりも「ちょっと上」位の存在だったのを、セルフプロデュースの巧さでのし上がってきた。周囲の視線と評価を操る天才的なアンテナを持っていた。
彼女から見る彼は欠点に溢れていた。
(ああ、あの作品はもっとこうすれば一般受けするのに)
(まただわ。どうしてあんなに顧問に嫌われることを喋るのかしら)
焦ったく苛々させられるのに、何故か目が離せない。
彼女は彼の情報を集めた。
そして偶然、彼と同じマンションに住んでいることを知った。
「先輩」
密かに近づいた。
ひと月も経たずに虜にした。
半年後、彼女の絵は大きな賞を受賞した。それまでとは全く異なる画風で。
成人した彼女はテレビ局に就職し、芸能人と結婚しながら仕事も続け、暫くマスコミから遠のいたと思ったら突如絵の展覧会をひらく等、華々しい活躍を続けた。
「・・・彼との交際は続いたわ。彼は無口だから私のことを誰にも喋らなかった。社交的でもなかったから彼が作品を作り続けていることを誰も知らなかった」
「その人、家族は?」
「ご両親は早くに亡くなってね。彼にマンションと財産を遺したの。彼はたまに短期の仕事をすることはあったけど、殆ど家に篭っていたわ」
「ねえママ」
「ん?」
彼女は年を重ね、成人した娘がいる。
娘は母の告白に慄きながら
「何故、今更言うの。彼の作品を盗んでいたこと・・・」
「盗むっていうか、初めから命じて描かせてたわ。絵も彫刻も。写真も全て」
「信じられない!!」
娘は怒りのあまり、テーブルの上のボイスレコーダーを叩きつけた。
「なんで?私ママのこと尊敬してた!綺麗で才能があって自慢の親だった!なのになんで今更、そんな話をするのよ!しかも私・・・私これでも週刊誌の記者だよ?暴露しろっていうの!?」
「そうよ、いいネタでしょう」
「な・・・」
「本当はもっと前に言っても良かったの。でもあなたが大人になるまで待ったのよ」
「なんでそんな卑怯なこと・・・」
「そうしないと、彼の作品は埋もれていたからよ」
彼女の眉間に皺が寄る。
「アートって人に依るの。同じ作品でも、地味で無口で非社交的な彼が発表するのと、私みたいに目立つ人間が発表するのとでは評価が違う。私はそれを高校の時には分かっていたわ」
彼女はベッドの上で話し続ける。
「ねぇ。無口で不器用って、イコール誠実だと思う?私は不実だと思うわ。彼は自分を演出するのを怠っていた。なのに才能には絶対の自信を持っていたから、見ていてアンバランスで仕方がなかった。きっと」
突然咳き込む。娘が水を差し出す。
「・・・きっと、若いうちに遺産が入ったのも良くなかったのね。必死に働かなくても食べていけるものだから、彼は世間に揉まれなかった。私だけが外界との接点だった。私は実家のマンションを訪ねるふりをして彼の元へ通った。誰にも言わなかった。誰にもバレなかった」
「・・・パパが可哀想」
「言っておくけど、私はちゃんと夫を愛していたわよ。二年前に亡くなる時もつきっきりで看病したわ。見ていたでしょう?」
「そうだけど・・・」
「卑怯って言ったけど、彼にもメリットはあった。私は、煩わしい世間との摩擦から彼を守ったの。彼は作品が評価されることを喜んでいたわ。たとえ自分の名前が出なくてもね」
娘が皮肉に笑う。
「そんなこと言ったって、こんなふうにスキャンダラスに暴露したらもっと煩わしいじゃないの。ママは今でもそこそこの有名人なのよ?『死に際の告白、私の作品は全て盗作だった!』とでも書けって言うの?」
「そうよ、派手に書いて。下劣で卑怯な女としてこき下ろして。でないとあなたに遺産を残さないわ」
娘は髪を掻き毟る。ため息をつく。ベッドの周りを歩き回る。
彼女は、静かな目をした。
「お願い。今こそ彼を世間に出したいの。今が最高のタイミングなの」
暴露記事は掲載された。死病に冒されていた彼女は、世間の非難を浴びながら永遠の眠りへ就いた。非難の一部は死と相殺されるかたちで、記事を書いた娘にまでは及ばなかった。
娘は母の名義になっていた実家のマンションを継いだ。
そして同じ建物に住む彼を訪ねた。
一枚の扉を開け、二人は邂逅する。
互いに見つめあった。
アトリエと住まいが混然とした空間に立つひとりの男。
娘は母の告白の意味を知った。
それから母が、娘が成人してからも頑なにパパ、ママと呼ばせた理由を。
このひと言を捧げる為に。
「・・・お父さん・・・?」
二人の顔立ちは、とてもよく似ていた。