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「夏の思い出」(夢野久作「死後の恋」の二次創作:相続)
・・・・・・あ・・・・・・貴下もですか。・・・・・・ああ・・・・・・
どうしよう・・・・・・ま・・・・・・待って下さい。逃げないで・・・・・・ま・・・・・・まだお話することが・・・・ま、待って下さいッ・・・・・・。
ああッ・・・・・・
・・・・・・アナスタシヤ内親王殿下・・・・・・。
(一部引用)
「あーあ、それにしても何にも無いな」
「だから言ったじゃない。もう建物ごと処分でよかったんじゃない」
「それでも何かないかって探すのが、人間の性だよな」
「まぁまぁ、兄さんも姉さんも。早く片付けましょうよ。四人ともわざわざ仕事を休んで来たんだし」
四人の男女が古い一軒家を訪れていた。内訳は長男、次男、長女、次女、年齢は20〜30代。最後に兄と姉を宥めた次女がそっとため息をつく。
(皆んなで集まろうって言うから、おばあちゃんを偲ぶのかと思ってたけど・・・)
兄と姉は遺産の話ばかり。
次女は仏壇に飾られた遺影を見て、もう一度ため息をついた。
額の汗を拭う。遠くから蝉の声が聞こえる。こんな日は皆んなで縁側に並び、スイカに齧り付いたものだったと、次女は夏の日を思い出していた。
四人の祖母が亡くなった。祖母の息子、つまり四人の父親は昨年亡くなっており、他に親族もないことから遺産は孫たちで分けることになった。
しかし遺言によると四人に残せるのはこの古い一軒家、そして
「お前たちと過ごした思い出じゃよ」
とのことだった。
「全く。思い出なんて一銭にもなりゃしない」
「そんな・・・おばあちゃん、よく私たちの面倒を見てくれたじゃない」
「確かにそうだけどさぁ、私はちょっと恥ずかしかったな。おばあちゃん、いっつもくたびれたよれよれの服着てたから。一度友達にホームレスと間違えられたんだよね」
「弁当のおかずもババ臭かったよなぁ」
「よれよれって言うけど洗濯はしてたし、お弁当だって食べてたじゃない」
次女がムキになると
「あんたは小さかったから気づかなかったんだろうけど、私たち結構おばあちゃんのことで揶揄われてたんだからね。それに、あんた達三人はさっさと地元を出ちゃったでしょ。私は結婚して引っ越すまではこっちにいたから、ばあちゃんのことでは色々言われたのよ」
長女に何倍も言い返された。
母親が亡くなって四人の世話が祖母に代わった時、上の三人は所謂思春期で、芯から祖母に懐く様子ではなかった。
まだ幼かった次女だけが、おばあちゃんおばあちゃんと後からついて回った。
大人になってから振り返れば、確かに祖母は兄や姉の言うように身なりも構わなかったし、少し風変わりな性格で、素敵なおばあちゃまとはお世辞にも言えなかった。
(それでも、雨の日も風の日もうちに来てくれたじゃない)
次女は年下だけに兄弟間での地位は低い。
ため息をつきながら祖母の家の片付けを続けた。
家探しは2、3時間で終わったが、結局めぼしいものは見つけられなかった。
長男が
「空振りかぁ。じゃあもうこの家取り壊して更地にして、売って現金にしよう。それでいいな?」
と腰を上げる。
「杏奈、その写真持って帰るの?」
次女が仏壇の遺影を抱えている。
「駄目?」
「別にいいけど」
「鍵を返しに弁護士んとこ寄らなきゃな。その後飲みに行くか?」
「俺パス。明日早いんだ」
長男が玄関を閉めると、派手なキーホルダーがジャラリと鳴った。
次女だけが振り返って祖母の家を見る。
お骨が灰になったように、家も潰れてしまうのか。
思い出が無くなるような気がした。
ひと月後、四人の元へ封筒が届いた。
<○○川花火大会 打ち上げ2万発 ご招待券>
差出人は祖母を担当する弁護士である。
聞いたことのない花火大会だった。それにしても、何故弁護士からそのような招待状が届くのか。
長男が問い合わせたが答えははっきりしない。
四人はもう一度故郷の町で集まることになった。
わいわいがやがや ワイワイガヤガヤ
会場の河川敷は人混みで一杯。出店も並んでいる。
待ち合わせていた弁護士に促されて観覧席へ向かう。四人の席は周囲より広く空間をとられた最前列だった。
「明美ぃ、今日はありがとねー」
人混みから声を掛けられて長女が振り向く。
「やだ、高校の同級生じゃん。私何かしたっけ?」
他にも既に酔っ払った男の声で長男や次男に向かって、ご馳走様や有難うといった声が掛かる。通路脇に座る人たちは四人が通ると会釈をする。席に着くと初老の男性がやってきて
「これはこれは立花さんのお身内の方で。市長の河内でございます。この度は」
と挨拶を始めた。弁護士が慌てて止めて
「いや困ります。この方々には今からご説明をする所で」
「おやそうでしたか、これは失礼」と市長は元の席へ戻っていった。
「何で市長が?」と次男。
弁護士は汗を拭きながら
「実は、この花火大会の主催は立花藤子様。皆さんのお祖母様なのです」
「ハァ?」
その時、開始を告げる花火が上がった。
花火の音や人の賑わいで聞きづらかったが、弁護士の話はこうだった。
祖母は東北の良家のお嬢様で、祖父と大恋愛の末に駆け落ちした。仲睦まじく暮らしていたが実家に居所を突き止められ、生まれた赤ん坊を跡継ぎとして差し出せとひと悶着。しかしその後実家の事業が吸収合併され、跡継ぎの話は流れた。実家は手を引き、三人に平和な暮らしが戻った。
「まるでメロドラマじゃない」
と長女が呆れる。
何年かして祖母の実家は事業を畳むこととなり、その際幾許かの財産が祖母に分けられた。一部は祖父や四人の父親が使ってしまったが、それでも預金が1億円程は残ったのだと言う。
「1億円?」
長女の顔がパッと輝く。しかし長男が
「ちょっと待て。ばあちゃんが主催って言ったよな。つまりその1億円は・・」
「まさか、コレに?」
次男が指差した頭上で大きく広がるスターマイン。
「まじか〜〜〜」
そこからはもうやけ酒の花火大会。
「信じられない。よくもそんな大金隠していたものね。全然分からなかった」
「しかし、よくお考え下さい。お父様の事業が上手くいっていなかったにも関わらず、四人のお子様を大学や専門学校にお出しになった。しかも三人は県外へ進学なさったでしょう。全てお祖母様からお金が出ていたのですよ」
「てっきり親父が貯めてたと思ってたよ」
「俺は、お袋の生命保険が残ってたのかと」
「でもお金があるなら、なんでおばあちゃんは貧乏みたいな格好をしていたの?ご飯も何もかも質素だったし」
「ご主人と息子さんのことが教訓になったのでしょうな」と弁護士。
「なまじ財産があることを教えた為に、二人とも中途半端に事業を立ち上げて失敗なさった。孫達に同じ道を歩ませたくない、と藤子様は仰ってました」
話を聞く間も、知り合いが気を利かせてビールや食べ物を出店から持ってきてくれる。代金を払おうとすると手を振られた。
「出店の代金も藤子様で。皆さん今日の飲食は無料なのです」と弁護士。
道理で周囲の視線が温かい。
四人は顔を見合わせる。
「・・・まぁ、金が無いと惨めだなぁって子ども心に叩き込まれたよな」
「それで勉強も頑張ったし、ちゃんとした職に就こうとは思ったな」
「おばあちゃん、節約料理とかもよく教えてくれたよね」
長女が次女を見て
「一番影響を受けたのは杏奈かしらね。会社勤めをしながら投資で稼いでるんだって」
あははと次女は誤魔化す。
「花火大会といえば、皆さん思い出しませんか?」
「え?」
「お母様がご存命の頃、家族みんなで隣町の花火大会にいらしたでしょう」
ああ、と三人が声を上げる。
「杏奈は分からないでしょう、赤ちゃんだったから」と長女。
弁護士によると、祖母にとって夏の一番の思い出がその花火だったという。
つまり祖母は、花火を覚えていないであろう末の孫の為に。
「え・・・じゃあ今日の花火大会って」
弁護士がニッコリ笑う。
「そうです。杏奈様が、ご兄弟と同じ思い出が作れるように」
おおお、と歓声が上がる。
河川敷の対岸に渡されたロープから川面に、花火の滝が降り注いだ。
「・・・なんかごめん。私のせいで遺産が」
「いいよ、もう」
「野暮なこと言うなよ」
「ばあちゃんが好きにすりゃいいんだよ。大体」
ぽん、と長男が次女の頭を叩く。
「お前が一番、ばあちゃんばあちゃんって懐いていたんだから」
花火大会が終わり、皆がホテルに引き上げようとすると次女が引き止めた。
弁護士も同席で祖母の家に来て欲しいと言う。
皆は不思議がったが、妹が感傷に浸りたいのだろうと付いて行った。
祖母の家はまだ電気が点いた。
次女と弁護士が意味有り気な視線を交わし、弁護士が話し始めた。
「まず、申し上げておりませんでしたが、私はお祖母様のご実家の顧問弁護士をしております。・・・皆様お座り下さい。話が長くなります」
畳の上に座る。
「ご実家は東北でも、いえ国内でも有数の古いお家柄です。ご先祖は源義経公ともご縁がありました。そのご実家も人が減り、藤子様は直系の最後のお一人でした。ご親族としては、皆様の中からどなたかにお家を継いで欲しいとのご意向です」
「継ぐって、事業は潰れたんだろ。まさか借金があるのか?」
「潰れたというか、綺麗に畳まれたのです。借金はございませんよ。本家の屋敷が残っておりますから、出来れば誰か継いでそこへ住んで欲しいと。ご親族と藤子様はどなたにお願いするか相談されてましたが、結局藤子様は選択を私に託されたのです。自分が死んだ時の言動を見て決めてくれと。それで、こちらにボイスレコーダーを仕込ませて頂きました」
ジャラリと音を立てたのは玄関の鍵についたキーホルダー。
「大変失礼ですが・・・皆様のお話を聞いたところ、一番お祖母様の死を悼んでおられたのは次女の杏奈様。私は内々に杏奈様に打診をして、杏奈様は承諾をされました。後はご兄弟の方々の承諾を頂きたいのですが、如何でしょう」
三人は顔を見合わせる。
「俺はいいよ。自分の会社があるから東北へなんて引っ越せない」長男。
「俺だって、嫁さんの実家を継ぐのに婿養子に入ってるしな」次男。
「私も旦那や子どもが。無理よ。杏奈はまだ独身だし、本人がいいなら」長女。
意向を聞いた次女は頷く。
「ありがとう。それでね、大事なことを言わなきゃいけないの。弁護士さんから話してもらえる?」
「ええ・・藤子様の遺産の預金1億円については花火大会で使い切りました。預金については、ですな。問題はこちらです」
仏壇を指し示す。
「ご実家は東北の名家と申しました。皆様、中尊寺というお寺はご存知で?」
「社会で習ったわ。確か・・・」
三人が目を剥く。
「おい、嘘だろまさか!!」
「はい。こちらの御仏壇は金無垢でございます」
「えええーーーーっ!?」
「代々伝わる物でして。跡継ぎ云々の話が出た時に持ち込まれたとか」
「ウッソだろ。よく床が抜けないな!?」
「床下を補強したそうですよ」
「うわぁ、えっと・・・今金って幾らだろ」
「よく盗まれ・・・盗めないか。重くて」
三人の喧騒を弁護士が抑える。
「本当は、跡継ぎの杏奈様にだけお知らせするつもりだったのです。しかし杏奈様が」
「黙ってこれをまた実家に運ぶなんて不公平でしょ。四等分して分けるのが公平かも知れないけど、由緒ある物だからこのまま残したいの。それで今の金の価値に換算した金額を三人に分けるわ。それでいいかな?」
三人はあんぐりと口を開けたまま言葉も出ない。
仏壇の重さは、軽く相撲取り程はあると言う。金が1グラム8500円位だとして、一体・・
「よかった。おばあちゃんとみんなで、いい思い出が作れて」
杏奈はニッコリと笑った。
(補記:AmazonのKindleで「死後の恋」は読めます。
リンクを貼る腕が無くて申し訳ない)