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「人でなしの殺人」(原作:江戸川乱歩『人でなしの恋』)

 にれ和彦と楡孝彦、大戸仁亜にあは恋愛において三角関係にあった。その結果、死者が出た顛末をここに記す。

 和彦と孝彦は楡兄弟という筆名で多数の小説を発表していた。推理小説から少年漫画の原作まで幅広く執筆し、デビューから数年で人気作家となった。
 出版社が彼らの身の回りの世話をするべく、所謂「お手伝いさん」を採用することとなり、選ばれたのが大戸仁亜である。
 採用条件はまず、口が堅いこと。未発表の原稿を外に漏らされては困る。
 生活様式に拘りの多い兄弟の要望に応えられること。
 仁亜は条件をクリアする上に可憐で愛らしい容貌をしており、兄弟も気に入ったようだった。
 
 楡兄弟は敷地の広い一軒家に住んでいた。
 旧家の邸宅を買い取ったもので裏庭に蔵があり、改装して書斎としていた。
 二人は殆ど蔵から出ずに創作活動を行っていた。弟の孝彦が原案を出し、兄の和彦が知識の裏付けと構成の組み立てを行い文章へ起こす。作業量は和彦の方がずっと多い。かといって和彦には孝彦のような独創的なアイディアは出せないので、二人は能力を補い合える良いコンビだった。
「あら。和彦様はまだ書斎ですか?」
「うん、夕食はいらないって」
「珈琲豆はまだ有る筈だし、摘めるナッツ類も補充してありますし・・・御用がないか、後で私からうかがってみますね」
 蔵を出て母屋へ戻ってきた孝彦と仁亜の会話。
 この二人は一緒に居る時間が長く、仲も親密になっていった。
 そしてある日。
 作業に区切りをつけて母屋へ戻ってきた和彦が、決定的な瞬間を目撃する。 
「孝彦、仁亜さん。何処だ?」
 家の中を探した結果見たものは、二人の性行為だった・・・。
 
 数日後。ホテルの会議室に出版社とA社、B社の人間が集まる。
 出版社:「えー、結果はとんだことになりましたが・・『自律思考型ロボットによる創作物は読者に受け入れられるか』。この実験については成功でした。ご協力いただいたA社、B社の両社に感謝申し上げます」
 A社:「えー、和彦をA、孝彦をA‘と呼びます。2体に分けることで『ロボットが他者とアイディアを練り合わせながら創作が出来るか』という実験となりましたが、これは全く問題ございませんね。読者は作者がロボットと知らずに受け入れていた訳ですし。失礼ですが失敗の原因は大戸仁亜、つまりB体の介入によるものではないでしょうか」
 B社:「いや待ってください。A’とBの性行為を目撃したAがB体を攻撃した。これが最初の破壊行動ですよね。AとA‘にプログラミングされていた兄弟愛が強すぎたのではないですか」
 A社:「我が社では恋愛対象に性の差別化は盛り込んでおりませんので、兄弟愛になるかは微妙です。嫉妬と言えるかも知れません。それはさておき、そもそもB社さんの介入は当初の計画にはなかったことですよね。我が社としては反対だったのですが」
 出版社:「いやそれは、B社の会長の大戸氏から直々にご提案を頂きまして。『精巧に出来たロボットを、人間としてロボットに紹介し交流させた場合どうなるのか』。実際、特注品だというB体は全く人間と見分けが付かず・・いや、勿論それはA社さんも同様ですが」
 B社:「B体は大戸会長が、娘を亡くした奥様の為に設計した特注中の特注です。損失は億では済みません。いくらB体が魅力的でもまさか性行為に及ぶとは誰が想像しますか」
 A社:「ハァーー、それはうちもですよ。激昂した A‘とAが互いに全損しあうとは。兄弟の開発に我が社がどれほど・・まぁでもB社さん。お宅は介護用、愛玩用の分野で。ウチは小説含め創作活動の分野で。販路を分けるってことで今後モトを取ることに致しましょうか」

 出版社、ここで記録用の撮影機材のスイッチを切る。
 
 出版社:「B社さん。ぶっちゃけ、おたくの技術には感心しましたよ。録画を拝見しましたが、B体ほど精密な性行為が可能な機体は需要ありまくりでしょうね。いやぁ、個人的には今のうちにおたくの株を買っておきたいものです。爆上がりでしょうな」
 B社は微妙な表情を隠す。
 B社:「ま、まぁそれならA社さんは、今や莫大な利益を産む漫画やアニメの創作の前段階として小説を手がけられた訳でしょう。人間の作家と違い体調も崩さず、年中無休でヒット作を連発する人工知能。今後はA社さんこそ、ねぇ」 
 
 A社とB社は顔を見合わせて笑う。
 その隙間に出版社が声を挟む。

 出版社:「で、そのう。B社の会長夫人・・大戸氏の奥様が自殺なさった件、これについては病死とされるんですね?」
 B社:「会長のご意志です。奥様は本物の娘さんを亡くして以来情緒不安定でした。そこへ第二の娘、大戸仁亜まで破壊されたという知らせを聞いて発作的に」
 ふ、とため息をつく。機材の録音が切れていることをチラリと確認する。

 B社:「ここだけの話で願いますよ。私の推測ですが、全ては会長の計画だったのではないか・・そう思うんです。会長は夫人を持て余しておられましてね。愛人が妊娠したという噂もありますし。奥様の愛するB体を実験へ介入させ、破滅的な行動をとるようにプログラミングを変えた。B体を失った奥様がどうなるか。賭けですが成功率は高い。会長は全く自分の手を汚さずに、望んだ結果を得た・・そうでも考えないと、会長が強引に実験に参入した理由が分からない」

 B社の担当は、冷め切った珈琲をひと口啜り呟いた。
 
「今後人工知能が幾ら発達しても、殺人を計画するのは人間にしか出来ないのではないか・・私はそう、思うのです」
 

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