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「最後の1分」(O・ヘンリー『最後のひと葉』の二次創作)

「へっへっへ、俺の勝ち」
 チンチロリンとサイコロを振る老人と死神。
 負けた死神がチッと舌打ちをする。
「憎ったらしい爺さんだ。今日はこれで終いだ、俺ぁ仕事に戻るよ」
「おおっと、お支払いを忘れずに」
「はいよ」
 死神はクイっとやけっぱちに大きな鎌を宙に振るう。
「これでまた1分だな。毎度〜、また来いよ〜」
 爺さんはニタニタと笑いながら死神を見送った。

 冥界に戻った死神に同僚が声を掛ける。
「なんだ、またあの爺さんと 賭けてたのか」
「全く喰えないジジイだ。いっぺん死にかけたら死神の姿が見えるようになりやがってな。普通ビビるだろうに、『おいテメェ、俺と賭けをしねぇか』ときたもんだ」
「何賭けてんだ」
「婆さんの寿命だよ」
 死神は同僚に説明する。
 喰えない爺さんには連れ合いの婆さんが居て、爺さんを長年尻の下に敷いてきた。
「そもそも俺ぁジジイの寿命を刈りに行ったのさ。ところが書類の手違いでな。まだジジイは寿命じゃなかった。そこでギリギリ命を取り留めたんだが、年寄りってのは妙に好奇心旺盛だな。俺を見るなり、自分と婆さんの寿命を教えろってんだ」
 死神は爺さんに教えてやった。婆さんは持病が悪化して入院しているがあと数ヶ月は生きる。爺さんはそのひと月前に交通事故死。
「なんでぇ、俺の方が早くおっ死ぬのか。あーあ」
 ところが爺さん、死神が片手で弄んでいるサイコロを見つけた。
「おいテメェ、俺と賭けをしねぇか」
 爺さんは
「俺が勝ったら、クソババアの寿命を削って俺の寿命に足してくんな」
と言うのだ。
 
 話を聞いた同僚は呆れ顔。
「お前、そんなの上に見つかったら馘が飛ぶぜぇ」
「分かってんだけどうまく乗せられちまってなぁ」
 以来、暇があれば爺さんと死神はサイコロを振っている。
 
 今日も今日とて、チンチロリン。
 賭け金は寿命1分。
 爺さんは地味〜に婆さんの寿命を削っていく。
「ところでヨォ、お前らなんでああお迎えに来る時ってのは辛気臭いんだい。もっとドンチャンと楽しそうに来られないもんかね」
「バカ言ってんじゃないよ」
「冷や〜っと空気が冷たくなってヨォ。おっかなくって仕方ねぇや」
 爺さんと死神はサイコロを振りながら無駄話をする。
「爺さん、寿命を削るほど嫁さんが嫌いなのかい」
「若ぇ頃はちったぁ見られたんだが、どんどん横幅も肝も太くなりゃあがって。全く可愛げのねぇ」
「爺さんの話を聞いてると、結婚てな夢も希望も無いようだねぇ」
「結婚は人生の墓場ってぇからねぇ。俺ぁあいつに捕まった時から、棺桶に片足突っ込んでるようなもんさ」
と爺さんは笑う。
 
 ある日死神が言った。
「爺さん。引き算と足し算でよ、お前さんと婆さんの寿命が釣り合ったぜ」
「お?じゃああと1回勝てば、俺の寿命がババアを上回るんだな。よーし」
 爺さん、渾身のひと振りでチンチロリン。
「よっしゃー!!!勝った!」
 しかし、そこで死神はニヒルに笑った。
 
「ヒッヒッヒ。お気の毒だねぇ。折角勝ってお喜びだが、婆さんの寿命はもう刈り入れ時だ。つまり、お前さんの寿命ももう僅かさ」
 死神がふわりと宙を飛ぶ。
 爺さんは慌てて後を追った。
 
 婆さんは体中チューブに繋がれて病院のベッドに横たわっていた。
 枕元に死神が降り立つ。
 婆さんの寿命はあと数分。死神はタバコを一服しながら待っていた。
 爺さんも吸うかい、と誘おうとしたが。
 爺さんはもう死神には見向きもしていない。
 
 ヒュコー。
 ヒュコー。
 か細い婆さんの呼吸音が聞こえる。
 
「おい、ババア。婆さんよ。痛ぇかい。辛ぇかい。頑張ったなぁ。全く医者共と来たら、こんな管だらけにしちまってよ。辛かったなぁ。ようやく楽んなるぜ・・・ん?・・寒い?・・・だよなぁ。お迎えってな寒いよなぁ」
 爺さんは婆さんの枯れた手をごしごしと擦っている。
「何・・あぁ、怖いかい。そうだよなぁ。俺もそうだったぜ。真っ暗な沼に沈んでいくような心地だよな。怖いよなぁ。寂しいよなぁ。なぁババア、俺ぁここにいるぜ。全く腐れ縁だったなぁ。六十年もヨォ」
 白髪で、しわくちゃで、小さく枯れた婆さんに、乾涸びた爺さんが寄り添っている。
「待ってろヨォ、すぐ行くぜ。1分だけナ、待っててくんな、クソババア」
 
 死神はようやくクソジジイの意図が読み取れた。
 ひとりで逝かせない為に。
 ひとりで遺さない為に。
 死神はゆっくりと大きな鎌を振り上げる。
 
「爺さん、武士の情けだ。一緒に逝かせてやるぜ」
 
 斬。


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