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コトバアソビ集「おかしなおとなのおかしのはなし」

「では皆さん。スポンジの熱が冷めるまでの間、お茶にいたしましょう」

 講師の言葉に雰囲気が和んだ。大人向けを売りにした製菓教室はリキュールを多用するお菓子作りと合間のティータイムが人気だ。
 講師は元々SNSでお菓子作りを紹介していた女性で、三十代にも四十代にも見えるが実はアラフィフだとの噂もある。ハンドルネームで活動しているので本名も不詳だが、丁寧で分かりやすい教え方で人気がある。
 教室へ通う生徒は30代後半から50代と様々な女性たち。
 講師おすすめの紅茶をお供に、世間話が花開く。

「子どもが小さい頃はクッキーとかパンケーキが多かったけど」
「そういうお菓子って大人は飽きちゃうのよね」
「ここのお菓子だと香り付けにお酒が入るから、子どもは食べられないのよ〜って言えていいんですよ、先生。勿論美味しいから好きなんですけど」
「うふふ、でも分かります。子育てでもお仕事でも、疲れてひと息つきたい時。真夜中のおひとり様のティータイム。息抜きって大事ですもの」
「そうそうそう!旦那が飲みに行くのに比べたらお手頃なんですから、ねぇ!」
 旦那のワードが出るともう大変。スイッチが入ったかのように既婚者から愚痴が出るわ出るわ。そして既婚者から未婚者へは
「仕事は辞めないほうがいいわよ〜、お金って大事」
「結婚前に義両親に会って違和感を感じたら、よく考えた方がいいわ」
等とアドバイスの嵐。未婚者からは
「え〜、でもオッサン上司の相手も大変ですよぉ。毎日セクハラ発言で」
「私なんかぁ、お菓子の教室通っているって言ったら課長に『僕にも作って』って強引にお願いされて。渋々渡しましたけど、なんでも糖尿だから家では奥さんに甘いもの禁止されてるんですって。だからって部下にたかるなーっ!て」
「あらあら、しょうがない課長さんねぇ」
 どんな愚痴や悪口も講師は軽やかに受け流す。
 古株のアラフィフ女性の
「習い事や特技って意外と内緒にしておいた方がいいわよ。英語が得意な職場の子がね、ママ友から子どもに英語教えてって頼まれて困ってるの。タダでよ?世の中色んな人がいるから」
という言葉も、
「まぁぁ、お気の毒・・では、このお教室も秘密に致しましょう。当分ご新規の会員様は募集しない予定ですの。皆様、ひ・み・つ!でお願い致しますね」
 あははは・・
 その日の教室も和やかに終わった。
 
 後片付けを終えて解散という時、講師が一人の生徒に近づいた。
「山根さん、ちょっとよろしい?」
「あ、はい・・・」
 呼ばれた女性は何処か表情が暗い。
 他の生徒は帰って行き、教室には二人が残った。
「お節介だとは思うんだけど心配で。その後、ご主人とはどう?」
「先生・・・実は、お話ししたいと思っていて」
 二人は椅子に掛けた。
 山根という女性は30代の既婚者。教室へ通い始めた理由は、夫との仲が悩みで気分転換の為とのことだった。年上の夫はモラハラ気味で、手は上げないものの言葉で妻を追い込むタイプ。女性は日々神経をすり減らしていた。
「相変わらずです。ここで作ったお菓子を持って帰ると、主人は『お前は教室で食べてるんだからいいだろう』ってそのまま取り上げて、姑の所へ持って行きます。姑にとっては、可愛い息子が手土産を買ってきたと思ってるんでしょうね」
「山根さんが作ったとは言わないの?」
「あの人、私と姑の仲を取り持つ気なんてありませんもの。それなのに同居の話を進めてきて。『母も高齢だし一人では心配だ』って」
 女性は寂しく笑う。
「ごめんなさい先生。せっかく、私の作る分には特製のシロップを足して下さるのに」
「私にはそんなことしか出来ないけれど」
「そんな。先生とお話ししてると気持ちが軽くなります。ありがとうございます。私、もう少し頑張ってみますね」
 女性は頭を下げて帰って行った。
 
 教室には講師だけが残った。と、思いきや。
「先生」
 アラフィフの生徒が中へ入ってきた。
「あら、森川さん」
「あの程度の牽制じゃなくて、はっきり言えばいいのに。もうご新規は受けませんって」
「そうね。でも募集はとっくに辞めてるし、問い合わせがあっても全部断っているのよ」
「そう。ところで次は山根さんなの?」
「・・・」
「私は途中で気づいたけど、彼女分かってなさそうね」
「知らない方がいいわ」
「私は気づいても続けたし、終わっても続けてる」
「どうして?」
「ここの人達、見てて楽しいもの」
「私は悪い人かしら」
「先生は天使よ」
 アラフィフの生徒は微笑む。
「生徒の悩みを親身になって聞いてくれて、家庭の事情や家族構成を丁寧に調べ、美味しいお菓子の作り方を教えてくれる。それにちょっと、魔法のシロップを足しただけ。おかげで私は幸せになったわ。なかなか別れてくれないヒモ男が死んでくれて」
「時間はかかるけど、痕跡は残らないから」
「本当に魔法のシロップよね。材料は何?」
 先生はふふっと笑った。
「ヒントだけね。昔、検索で『○○液』と入力したら候補に『旦那』と出てきてどうして?って思ったの。後はまぁ、お勉強次第かしら・・ねぇ森川さん。もう少し時間があるわ。一緒にお茶でも如何?」
「ええ、勿論」
 女性もふふっと笑う。
「でも、シロップは結構よ」

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