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「魔法使いのティー・パーティー」(昔話「分福茶釜」の二次創作)

「あの、大丈夫ですか?」
 夏菜子は路上で蹲る背中に駆け寄り声を掛けた。
「・・少し眩暈が・・・」
 覗き込むと品の良さそうな老婦人だ。夏菜子は手を貸して歩道の脇へ寄せた。
「ごめんなさいねぇ、暑いせいかしら・・」
「ちょっと待っててください」
 夏菜子はコンビニまで走ると経口補水液を買ってきて飲ませた。
「お宅は近所ですか?お送りします。それとも病院へ行きます?」
「まあ・・・でも・・」
 遠慮する老婦人を促して家へと向かう。
 それが夏菜子の運命の分かれ道だった。

 老婦人は街外れの洋館に住んでいた。長く海外で暮らしていたが近頃帰国したという。送り届けた夏菜子はそのままお茶をご馳走になった。
 部屋の中は西洋と東洋が混在した骨董品が飾られている。婦人のオリジナルブレンドのお茶に手作りのクッキー。お礼にと渡されたのはハーブ入りの手作り石鹸。元気を取り戻した婦人は笑顔が可愛らしく話題も豊富で、夏菜子はすっかり婦人のファンになった。夏菜子経由で評判が広まり、婦人の家は近所の女性たちの憩いの場になっていった。すると、不思議な出来事が起こり始めた。

 まず夏菜子だが、趣味でイラストを描いていて、かねがね仕事に繋げたいと思っていたのだが、依頼があって広報誌の挿絵を描くことになった。
 嬉しい報告をする為に訪ねると、婦人は丁度庭いじりをしていた。
「平儀野さんのおかげです。こちらの素敵なお家やお庭のイラストが担当者の目に留まったみたいで」
「あらまぁ、それはあなたの実力よ。でも嬉しいわねぇ、私もお花を育てた甲斐があるわ」
「良いお知らせが他にもあるんです。この間、五月さんと一緒にお茶会に来ていたお嬢さんがいたでしょう?ピアノのコンクールで賞をとったんですって!」
「まぁ素敵。さぁ夏菜子さん、お茶にしましょう。今朝焼いたパイがあるのよ」
 いつか近所では、婦人のお茶会に招ばれると幸運が訪れるという評判が立っていた。

「へぇ。そんな素敵なご婦人なら取材したいですね」
 広報誌の担当者が興味を持ち、平儀野老婦人の洋館は写真付きで広報誌に紹介された。大正期に建てられたという小さな洋館。庭は木の枝が優しい陰を落とし、花々が咲き乱れている。
 記事を見て訪ねて来る人を老婦人は歓待し、ますますお茶会への参加者は増えていった。
 そして幸せの輪も広がっていき・・・一方で、異なる波紋も広がっていった。

(五月さんの奥さん、不倫して離婚ですって。相手は娘のピアノの先生で)
(スーパーのオーナーがこぼしてるわ。万引きが増えたって)
(ああ眠い。お隣さんが毎晩夫婦喧嘩でうるさくて)
(あそこのお舅さん行方不明ですって。ほら、嫁いびりで有名な)

「近頃、変な噂が多くて滅入っちゃって・・ここに来るとホッとします」
 夏菜子はまた老婦人の家を訪れている。
「あなたは大丈夫?」
「ええ。お仕事も順調なんです。不思議です。私、平儀野さんのお顔を見ると元気が出て、アイディアや意欲が湧いてくるんです」
 老婦人はニコニコと笑っている。
 ひと口お茶を啜って、カップを置いた。
「そうねぇ・・・やっぱりあなたは見どころがあるわねぇ・・・」
「え?」
「わたし、また海外へ出ようと思うの。ねぇ夏菜子さん。この家とお茶会をあなたに任せられないかしら」
「ご旅行ですか。何日位?」
「さあ、帰って来ないかも」
 老婦人はウフフと笑う。夏菜子が呆気に取られていると
「土地と家をあなた名義にしてね。お金はいらないわよ。ただわたしが今していることを引き継いで欲しいの。一番大事なのはお茶の調合と、定期的なお茶会ね」
「ちょ、土地と家って。他人の私がそんな」
「決まりね。早速お茶の調合を覚えてもらいましょ」
「ひ、平儀野さ」
 目の前に老婦人の顔が迫る。
「断る?断らないわよね?」
 意識が朦朧となった。

・・・さぁ、お庭に摘みにいきましょう・・・お茶に入れるのはその葉っぱと・・・ああ駄目よそこ踏んじゃ。遺体を埋めたばかりなの・・・・生で使うのと、乾燥させて使うのと・・・この芥子けしは人に見せないでね・・・

・・あなたは適合したの。liberation・・・Befreiung・・・このお茶は解放するのよ。意識の枷から。才能も悪意も全て・・・よかったわ、跡継ぎが見つかって・・・

 夏菜子は夢を見た。夢から覚めると別の夢の中へ。夢から夢へ。
 夏菜子の脳内に花が咲き乱れる。花の中心、雌蕊の先から別の花が咲く。色が濃くなっていく。闇から闇へ。

 夏菜子に必要なすべを授け、老婦人は旅立っていった。

 ワルプルギスの夜へと。

 

 
 
 

 

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