「真相は藪から棒」(原作:芥川龍之介『藪の中』)
ー執事の話ー
はい?何故そんな昔の話を・・ええ、そんなことがありましたな。
坊っちゃまがお生まれになる、少し前のことです。奥様が急にいつもとは違う庭師をお呼びになりまして。
奥様ですか。あまり社交界にご興味はございません。殆ど家においでで、急に「絨毯を替えたい」とか「庭に薔薇を植えたい」とかは仰いますが、そんなもの我儘とも贅沢とも申せませんでしょう。
そうですな。あの時庭師が帰った後で、その親方から電話がございました。弟子が梯子を置き忘れてないかと。
随分とぼんやりした弟子ですな。顔は男前でしたが。
いえ、うちには梯子はございませんでした。
実はあの後、いつも出入りしている庭師をこっそり呼んで点検をさせたのです。
お気を悪くされるといけませんから、奥様には内緒でね。
何事もなかったとの報告でした。
ー出入りの庭師の話ー
ああ、あのお屋敷ね。私ゃ何十年もお世話になってましたがね。
あ〜、あん時・・そういやぁ、大したことじゃございませんが。
藪の下に棒っ切れが転がってたんでさ。
よく見るとバラバラになった梯子でした。おおかたその業者が壊しちまったのをほっぽって帰ったんでしょう。
執事さんにゃ言ってませんよ。植木がどうかした訳じゃなし。
棒っ切れは私が持ち帰りました。
それだけの話ですよ。
ー出入りの庭師の女房の話ー
棒っ切れ?ああ、あれ・・
いらないって亭主が言いましたんで、風呂の薪に燃やしましたねぇ。
気づいたこと?ちょっと窪んでた位ですよ。
長い部分の真ん中がね、まるで何かの閂にしたみたいに。
そこを目印に鋸で短く切ったんで覚えてるんですよ。
燃やしちゃだめでしたかねぇ。でも昔の話ですよ。
ーお屋敷の元小間使いの話ー
ええ。私、結婚するまではあのお屋敷で働いていました。
旦那様は、よくは存じ上げないんです。
貿易のお仕事をしていてしょっちゅう外国にいらしてましたから。
急にお出かけの時なんて、執事さんですら後から話を聞く位お忙しいようでした。
昔っから居た台所の人に聞くと、あんまりお優しい方ではないようでしたね。でも奥様は穏やかな方で、みんなに好かれてました。
ふふ、それにあのお屋敷、まかないが美味しくて。
特別に取り寄せたっていう上等なお肉の煮込みとか。
奥様は少食であまり召し上がりませんから、残ったらみんな私たちに下げてくださるんです。通いのお手伝いさんが持って帰っても全然煩いことは仰らなくて。本当に優しい奥様で。
坊っちゃまですか。
私が結婚でお暇する少し前にお生まれになりました。
その時も旦那様はお仕事でいらっしゃらなくて。
幾らお金持ちでも、妻のお産にも駆けつけない夫なんてって、みんな怒ってましたよ。
坊っちゃまはお元気かしら。え、もう学校へ上がってらっしゃる。日が経つのは早いこと・・
まぁ旦那様はそんなでしたけど、あんな良いご奉公先は滅多にないと思いますよ。
蔵?
ええ、お庭にありましたよ。
中を見たことはありません。
それが何か。
ー執事の話(2)ー
おや、またあなたですか。
色々お調べになるのはよろしいが、旦那様の行方はまだ知れないのですか。
こっそり教えてください・・本当はご存知なのでしょう。女の所ですね?そうなんでしょう。
その癖は悪い御方でしたから・・・奥様も随分お悩みになりました。
こう申してはなんですが、遊びの合間を縫って奥様のお相手を・・ゴホン。
何はともあれ、一粒種の坊っちゃまがお生まれになったのは目出度いことです。
旦那様の事業は共同経営の方が引き継がれまして、奥様には十分な資産が渡りましたから、坊っちゃまのご教育に不自由というのはございますまい。
あ、聞こえましたか。
坊っちゃまが庭で犬と遊んでおいでです。
奥様そっくりの美しい御子で。あの健やかなお声を聞くだけで寿命が伸びる思いです。奉公人は皆奥様と坊っちゃまをお慕いしておりますよ。
私もこのお屋敷が長くなりました。
これからも誠心誠意、お二人に仕えていく所存です。
コックですか?台所におります。お話を聞かれるならご自由に。
良いコックですよ。難点?そうですなぁ・・・時折、庭の藪の中に生ゴミを捨てるんですよ。肥料になるからって。匂うことがあるので私は嫌なのですが、奥様が構わないと仰るので。
ま、それ位ですかな。腕は良いし、忠実な良いコックです。
その他に何か?
特にございませんよ。庭師が変わった位でしょうか。以前一度だけ頼んだ庭師が弟子から親方になりまして、今はその者が出入りしております。
ーコックの話ー
(コックの話は聞けなかった。ただ、『特別に取り寄せた上等のお肉とは?』と問いかけた所、気難しい顔でジロリと睨んだ)
取材者の記事は未完成のまま終わった。
中途半端に終わった記事は何処へも掲載されずお蔵入りとなった。
行方不明となっている屋敷の主人については、どうせ女の所だろうというのが周囲の意見である。
ーお屋敷の様子(現在)ー
「そーれ、取って来ーい!」
坊っちゃまと犬が遊んでいる。その朗らかな声は聞く者の心を和ませる。
「ウフフ、お前は本当にお利口だね。おや、どうしたの?藪から棒が。これは何だろう・・」
気難しく眉を寄せた顔は、美しい奥様にも他の誰かにも似て見える。
その眉をパッと開くと
「あ、きっと出汁を取った何かの骨だ。コックさんの仕業だな。ちょうどいい長さだねぇ。今度はこれを投げてやろう。そーれ、アッ!」
投げた骨がコツンと人に当たった。
「ご、ごめんなさい」
振り向いた男はにこりと笑う。
「いいんですよ。大して痛かありませんや」
新しい庭師である。
「けれど坊っちゃん、あんまり蔵の近くで遊んじゃいけませんって奥様が仰ったでしょう?」
二人の側に白壁の蔵が建っている。
「ウン。でもつい夢中になっちゃって」
庭師は骨をチラリと見た。
「こりゃあ坊っちゃんの玩具としちゃちょいと汚いですねぇ。どうです、私が木の枝で何か拵えましょうか」
「いいの?ありがとう!」
輝く笑顔を庭師は眩しそうに見る。
整った顔は誰かとも似ている。
庭師は犬が咥えた骨をそっと取り上げ、自分の道具箱に入れた。
「さて、そろそろお昼でしょう。奥様がお待ちですよ」
「はぁい。じゃあ後でね!」
坊っちゃまは元気よく犬と一緒に走っていく。
庭師は蔵を見る。
「さぁて、午後からまた一仕事だな」
扉には閂が掛かっている。
取材をしていた記者?探さぬ方が賢明だよ。
言ったじゃないか。お蔵入りってね。
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