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「挿絵と旅する男」(原作:江戸川乱歩『押絵と旅する男』)

 日曜日、中学生の息子はリビングで動画ばかり見ている。
「何を見てるの?」
は禁句だ。後ろから覗き込むなど以ての外。
 戸川聖子は40代半ばのシングルマザーで、介護施設で働いている。
 シフト制の休日が珍しく日曜日と被り、正直たまには一人でのんびりしたい所だが、デデンとでっかい息子にソファを占領された。
「図書館に勉強に行くとか、どっか遊びに行くとかしないの?」
と聞けば
「外出ると金かかんじゃん」
と一蹴。
 優雅なお一人様時間を諦めて家事にいそしむ。

「なー、これ見て」
 息子が立ち上がり、スマホの画面を見せてきた。
「え?キャッ!!」
 画面を見た聖子は悲鳴を上げた。息子はケラケラ笑う。
「も〜、お母さん高所恐怖症って言ったでしょう。そんなの見せないでよ」
 山頂の岩の上でポーズを取る動画配信者。
「この人スッゲーの。世界中の絶景を一人で回っててさ」
「全くもう・・」
 聖子は動画配信者をあまり好きではない。
 目立ちたがりの、子供に悪影響を及ぼす存在と見ている。
「言っておくけどあなたが将来そんなことしようとしたら、お母さん引っ叩いてでも止めるからね」
「ヘイヘイ」
 何気ない親子の会話だった。

 翌日職場の同僚に愚痴ると、迷惑系ナントカの真似をしないようにとか、知り合いの子供がゲームの配信に夢中で親が困っているとか、否定的な意見ばかりが揃った。
 聖子はますます配信に批判的になった。
 
 その頃、地球の裏側で配信者は佇んでいた。
 硫黄やガスが噴き出す危険地帯。一歩間違えれば死を招く。
「よし、ここで最後」
 満足げに微笑む。
 
 数週間が経った。偶然、また聖子と息子の休日が重なった。
「なー母さん。テレビで動画見ていい?」
 聖子が眉を顰める。
「てか、見てほしいのあるんだけど」
 聖子は難色を示すが、珍しく息子がしつこい。
 無理やりソファの横に座らされた。
 リモコンを操作し、手際よく息子がある動画を選ぶ。
 画面に以前見せられた危ない動画の配信者が映った。
「え、この人?」
「いいからさー。怖くないって」
 配信者が語り始めた。
 
『ハイどうもー、タッキーでーす』
 髭を生やした30代の男性だ。
『ハイ!今日は皆さんにご報告、デス!実は僕が目標にしていた世界の絶景百選、遂にコンプリートしました〜!』
 効果音の拍手が入る。
『えー。結構長くかかっちゃいました。何せしがない会社員なもんですから。お給料殆どぶっ込んじゃいましたね!動画で収入あるんじゃないの?なんて言われたこともありますけど、正直ねー、僕レベルじゃそんなでもないんですよ。あ、でもね。勿論若干はありましたから、旅費に使わせて頂きました。皆さんのおかげ、デス!』

「・・ね〜、これ」
「最後まで見てって」
 家事の続きをしたいのに、息子に止められる。
 配信者は語り続けた。

『えーと。ちょっと、昔話です。僕が事故で片足を無くしたのは高校生の時でした。その頃僕、サッカーの強豪校に居たんですよ。プロに声掛けられたこともありました。からの、片足切断ですからね。そりゃー凹みますよね』
 配信者は笑顔だ。
 聖子は真顔になった。
『ほんともー、マジでね。死にたくなる位。で、入院してた時、ある人に写真集を貰ったんです』
 画面に本を映す。
『世界の名言やアスリートの言葉と、世界の絶景百選を合わせた写真集。くれた人はその言葉の方を僕に読ませたかったのかも知れない。でも僕は、こっちの景色の方に惹かれたんです』
 話は続く。
『ベッドの上で親に八つ当たりしてヤケクソになってた時に、視界が開けた気がしました。サッカーは好きだったけど、他の世界もあるってのに気付かされました。僕その人にお礼を言ってから退院したかったんですけど、その人が感染症にかかっちゃって、病院に出勤できなくて。それっきりです』
 配信者が真顔で画面に向き合った。
『あの時の看護師さん。僕はあの後、義足でもフットサルやったり、山登ったり、海峡泳いだり。あなたがくれた写真集を持って、世界中を回りました。この写真集と同じ景色を、自分自身の目で見たくて』
 にっこり笑う。
『僕、お名前覚えてなくてすみません!誰か、今から十五年前に○県○市の○○病院に勤務していた女性の看護師さんで、片足をなくした高校生に写真集をくれた人を知っている人がいたら教えてください。その人に渡したいものがあります。この写真集の挿絵と全く同じ絶景を、僕自身が撮影して作った写真集。出来れば直接お渡ししたいです。心当たりのある方はコメント欄に・・』
 
 息子が動画を止める。
「お母さん、介護士の前は看護師でしょ。○県○市っておばあちゃんちと一緒だし。もしかして知り合いで・・って、え!?」
 隣を見て驚く。母親が泣いていた。
「ちょ、おかん、え??」
「瀧彦君・・・」
「え・・」
 母親が涙を拭く。
 画面の向こうの青年と目を合わせる。
 面影の少年が居た。

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