ナノテラスの何がすごいのか 〜シンクロトロンの仕組み解説〜
2024年度から新しい放射光施設、通称「ナノテラス」が仙台にて運用される予定になっています。
「太陽の10億倍の明るさ!」「ナノの世界が見える!」
など、「なにやらすごいらしい」ということはなんとなくわかるけど、実際なにがすごいのか、そもそもどういう仕組みになっているのか、何ができるようになるのか、など大学生レベルの知識があっても意外と難しくてわかりにくいと思います。
そこで、今回は「大学2年生(理系)くらいの知識があれば十分に理解できる」難易度を目指して、「ナノテラス」こと正式名称「3GeV高輝度放射光施設」について解説します!!!
自分で色々調べた内容に加え、実際にナノテラスのオープンデイに足を運び、施設の人に話を伺った内容を盛り込みました。
この記事では以下の知識を前提とします。
⚠️私は放射線物理の専門家ではありません。
間違ってたらごめんなさい。
気になる部分は一次資料を当たってください。
放射光とは
ナノテラスの公式の説明を引用してみましょう。
この説明で納得できる人はこの章を読む必要ないです。飛ばしてください。
まずはこの文章から解説していきましょう。
制動放射(シンクロトロン放射)
なんで光速まで加速された電子からX線が放出されるのか・・・
この現象は「シンクロトロン放射」と呼ばれています。
これを理解するためには、もう少し広い概念としての「制動放射」を知ると理解が進みます。
光、つまり電磁波は電磁場を伝わる波動です。
水たまりの表面に石を落とすと波紋が広がるのと同様に、電磁場に対して電荷(今回の例の場合、電子)で衝撃を与えれば電磁場に波を与えることが出来ます。下のgif画像はイメージを掴むのに最適だと思います。
(あくまでイメージの話ですが)
この現象を本気で説明しようとするととんでもない文量になってしまうので、とにかく原因と結果だけ把握してください。
要は、移動している電荷が、磁場や電場の影響を受けて減速すると、失われたエネルギーが電磁波として放出される。
のです。
詳しい説明が欲しい人は英語版のwikipediaがおすすめです。
ナノテラスのような装置(施設)はシンクロトロンと呼ばれ、蓄積リングという円形の加速器で電子が光速に近い速度で回転させられます。
そして、いきなり高校物理の内容ですが、円運動は円の中心方向への加速です。つまり、「制動」が生じているのです。これによって、失われたエネルギーが光として放出されます。
先ほどのgif動画では、制動放射による光は電子から全方向に出ていましたが、光速に近い速度の電子から放出される光は、相対論的効果(魔法の言
葉)によって円運動の接線方向に集中します。
以下の動画はナノテラスの公式ウェブサイトが公開している、電子の動きと放射光が放出される方向がよくわかる動画です。
(youtubeに挙げてほしかったな・・・)
https://www.nanoterasu.jp/nanoterasu_online_poster4/images/video/accelerator.mp4
と、このようにしてシンクロトロンでは、光速で円運動している電子から、制動放射による光を取り出すことができるのです!!!
・・・という嘘説明を一旦受け入れてください。
挿入光源
「え、てことは、電子が円運動してる間ずっと接線方向に制動放射し続けてるってこと??? いろんな方向に光が飛んでいっちゃうじゃん」
って気持ちになるじゃないですか。
なんか勿体無いですよね。
シンクロトロンの最終的な目標は強いX線を使って、物質を解析したりすること。いろんな方向に制動放射光が飛んでしまうのは勿体無いです。散乱するX線を一方向に集めて、ギュッとしたい。偉い人はそう考えました。
もう一度、引用した文章を読んでみましょう。
そうなんです。
ただ回すのではなく、一部区間では直線の装置で何度も蛇行(制動)させるのです。シンクロトロンは正確には電子を円形軌道で動かしているのではなく、電子を蛇行させる部分(挿入光源)と曲げる部分(偏向電磁版)に分かれています。
(電子を加速する部分、電子の塊の形を整える部分もあります。)
このようにすることで、蛇行する部分では、何度も同じ方向に制動放射を引き起こすことができるため、放射光を集中させられます。
いいアイデアです。
ちなみに、ナノテラスには挿入光源として、アンジュレータとウィグラーという二つの装置が組み込まれています。
ここまでで一旦、放射光とはなんなのか、どうやって放射光を出しているのかがざっくり掴めたと思います。
まとめると、
ナノテラスなどのシンクロトロンでは、光速に近い速度で電子を動かし、挿入光源によって蛇行させて制動放射を起こし、一方向にX線を集めている。
のです。
ナノテラスの強み
シンクロトロンは国内にも以前から存在します。
最も有名なのは兵庫県播磨市にあるSPring-8でしょう。
SPring-8とナノテラスでは何が違うのでしょうか。
一番の違いであり、ナノテラスの一番の売りは
「高輝度の軟X線を放射することができる」という特徴です。
これにより、高い時間分解能・空間分解能で表面解析を行うことが可能になります!!!
・・・この説明で納得できる人はこの章を読む必要ないです。
さようなら。お元気で。
このことについて説明しましょう。
軟X線とは?
軟X線とはX線の中では周波数が小さいX線です。反対に比較的周波数の大きいX線は硬X線と呼ばれます。シンクロトロンでは光速に近い速度で電子を動かしていますが、動きが速いほど周波数が高い硬X線になり、遅いほど周波数が小さい軟X線または紫外線のような光になります。
つまり、光速よりもちょい遅め(とは言っても超速い)の電子から放出される制動放射光が軟X線です。軟X線は硬X線と比較して、透過性が低い光です。これは逆に言うと、表面解析がしやすい光ということになります。
そもそも、どうやってX線をつかって、物質を解析したりするのでしょうか。それを考えるのに役立つ概念が「相互作用」です。
最も馴染みのあるX線の使い方、レントゲン検査を例に考えてみましょう。
骨折しているかどうかを確かめるためにレントゲン検査をしたとしましょう。この検査で使われるX線は、皮膚や血管や筋肉は透過しますが、骨はあまり透過しません。その結果としてレントゲン写真では、骨だけを見ることが出来ます。
これは、レントゲン検査で使われるX線が、「皮膚や筋肉を構成する原子(炭素や水素など)とは相互作用を生じないが、骨を構成する原子(カルシウムなど)とは相互作用を生じている」ということです。
「透過しない」とは逆に相互作用を生じやすいということでもあるわけです。では、具体的には何と相互作用しているのでしょうか。
軟X線のエネルギーに相当する数十 eV~数 keV のエネルギーの領域は,軽元素の内殻から重元素の外殻のエネルギー範囲と重なります。そのため,軟Xは、これらの元素と相互作用を起こしやすいのです。
X線によって、物質中の電子が揺すられたり、弾き出されたり、X線を吸収したり、はたまた物質中の原子自体がX線を放出したり・・・
そのような相互作用の結果として出てきた電子やX線が、どのくらいどんなふうに出てくるのかを解析することで、物質の状態を深く理解することが出来ます。
ナノテラスから放射することのできる軟X線は、レントゲン検査に用いるX線よりもエネルギーの小さい光です。そのため、硬X線では通常透過してしまう炭素などの軽元素で構成される物質の解析に適しているのです。
高輝度(明るい光)だと何が良い?
太陽の10億倍明るいってなに、なぜ明るい必要が?
という疑問が当然生じると思いますが、端的に回答すると
「時間分解能・空間分解能を上げるため」です。
時間分解能・空間分解能とはそれぞれ
どのくらい短い時間ごとに撮影をすることが出来る能力があるか、
どのくらい高い解像度の画像を撮影をすることが出来る能力があるか、
を表す言葉です。
時間分解能が高い撮影とは、卑近な言い方をすると、スローモーション撮影です。ここでいうスローモーションが、どのくらいスローかというと、1コマがフェムト秒(10のマイナス15乗秒)レベルのスローモーションが撮影できます。フェムトというのはナノより小さいピコより小さいSI接頭語です。意味わからないくらい短い時間ですが、これが可能になると、物質が壊れる瞬間の原子の様子や、化学反応を直接見ることが可能になります。
なぜ、明るい光だとスローモーションが撮影できるのでしょうか。
逆に考えて見ましょう。
ある完全に真っ暗な部屋があるとします。
光が粒だとして、空間の明るさは光の粒の量だとしましょう。
部屋の窓を1フェムト秒だけ開け、その瞬間カメラで撮影をするとしましょう。撮影にとって十分な光の粒が得られるでしょうか。無限に思える光の速さも有限です。はっきりとした撮影をするためには、一瞬のうちに大量の光の粒が必要になるのです。
空間分解能も同様です。
非常に低濃度の試料や非常に小さい試料から、観測可能なほど大きい信号を検出するためには大量の光の粒を当てて、大量に相互作用を起こし、見えやすくする必要があるのです。
どうして高輝度に出来る?
高輝度だと試料の観測に有利なことは理解できたと思います。では、具体的にどうすれば輝度を高めることが出来るのでしょうか。
輝度を高めるための主な要素は
・ビーム電流
・エミッタンス
の2つです。(分解能的にはコヒーレンスも重要ですが、省きます。)
ビーム電流
これは、シンクロトロンの中で回転させる電子の量です。きっととんでもない莫大な電流が流れているのでしょう。ナノテラスでは、Spring-8の4倍のビーム電流!!!
なんと、400mA!!!
あれ?? 意外に小さい?
そうですね、一般的な家庭用コンセントの電流は15Aですからね。
電流の値だと小さく感じるので、電子の数で表現することにしましょう。
ナノテラスのシンクロトロン内部では、400個の電子の塊(バンチ)を同時に回します。ひとつのバンチに電子が約100億個含まれています。
これらが挿入光源によって曲げられるたびに制動放射によって100億個の光子を出します。単位って大事ですね。なんかスゴさが増えました。
エミッタンス
エミッタンスは電子ビーム径と角度広がりの積です。エミッタンスが小さい加速器は、電子や放射光が狭い範囲に集まるので、高輝度光源となります。
厳密には違いますが、虫眼鏡で集光すると輝度が上がるのと似てます。
要は光がギュッと集まってる度合ですね。
これを制御する能力がシンクロトロンの神髄だったりするみたいです。
軟X線×高輝度の難しさ
ナノテラスの強みを再度確認しましょう。
「高輝度の軟X線を放射することができる」
でした。これの何がすごいのか。
ある図を引用します。
引用元:最新の放射光施設が照らし出すGXの未来
https://fc-cubic-event.jp/wp-sympo/wp-content/uploads/2023/04/cb2ddfef0ccba9c024a7634874c0b428.pdf
1990年代にはすでにSPring-8が完成し、高輝度な硬X線を用いることに成功しています。しかしながら、軟X線は低輝度しか達成していませんでした。
しかし、これは不思議です。
輝度と放射光の周波数には一見、相関を見い出せないからです。
輝度は「ビーム電流」と「エミッタンス」で決まり、
放射光の周波数は「電子の速度」で決まります。
それぞれ独立した因子に思えます。
しかし、図を見ると明らかに輝度と放射光の周波数に比例関係があるように思えます。そして実際に「軟Xを扱うのは技術的に非常に難しい」のです。
これには、いくつかの理由があります。
理由1:軟X線の相互作用
軟X線は硬X線と比較して、物質と強い相互作用を引き起こします。これは表面解析をする上では長所でした。しかし、気体原子などに素早く吸収され、途中で大きく減衰してしまうため、輝度が下がってしまうという短所でもあります。これを解決するために、高い真空度を維持する必要があります。
理由2:粒子速度とエミッタンス
荷電粒子からの制動放射とエミッタンス(電子ビーム径と角度広がりの積)には実は重要な関係があります。
荷電粒子の速度が光速に近い時、相対論的効果によって制動放射光は進行方向に集中します。つまりエミッタンスが小さくなります。つまり、虫眼鏡の例えに戻ると、荷電粒子の速度が速いほど、ギュっと集まった光になります。逆に、速度が遅いと、広がりのある制動放射光になってしまうため、輝度が下がってしまいます。軟X線を放出する電子の速度は、硬X線を放出する電子の速度よりも遅いため、光の集中が弱く、エミッタンスが悪くなります。そのため、電子の塊(バンチ)自体をよりギュっと集める必要が出てきます。電子はマイナスの電荷を持っているため、電子同士を一箇所に集中させるという行為そのものが難しいとされています。
このように、一見すると相関がないと思われる輝度とX線の周波数には実は深い関係があります。軟X線で高輝度を達成するためには硬X線よりも高い精度と設備の高度化が要求されるためこれまで難しいとされてきたのです。
このような難題をなんとかしたのがナノテラスということになるでしょう。
ナノテラスで出来ること
ここまでで、ナノテラスによって達成される高輝度な軟X線を理解してきました。最後に、これまでのシンクロトロンでは出来なかったが、ナノテラスによって観測できるようになると期待されている課題についていくつか紹介してみましょう。
・ゴムの破壊
炭素や硫黄などの軽元素を硬X線は透過してしまうため、従来のシンクロトロンでは解析が難しかったとされています。しかし、軟X線を用いることで、炭素などの状態を観測できるようになるため、ゴムがどのように破壊されるのかを詳しく調べることができるようになり、耐久性の向上につながると考えられています。ゴム以外にも農作物や食品、髪の毛など、やわらかい物質の解析が発展すると考えられています。
・触媒の機能の解析
高い時間分解能と電子の状態を見ることができるという特徴を活用して、燃料電池の白金触媒の酸化還元反応を観測することが出来ます。触媒の機能が明らかになれば、性能を向上させるヒントが得られます。
「高い時間分解・空間分解能があり、電子の状態を見ることができる」という特性は解析できる現象の幅が非常に広く、
・半導体工学
・スピントロニクス
・摩擦工学
など様々な分野から期待されています。
おわりに
ニュースなどでは語られない、シンクロトロンの仕組みや性能について深掘りしていきました。冒頭にも書きましたが、私は放射線物理の専門ではないので、間違っている情報や、例え話にしても的を得てない例えをしたりしているかもしれません。それでも、興味を持っていただける機会になれば幸いです。
参考文献
Spring-8夏の学校 応用講座2: 軟X線分析
https://www.eng.u-hyogo.ac.jp/msc/msc7/data/h19/sp8ss2007text.pdf
Spring-8夏の学校 応用講座3: 軟X線分光
http://www.spring8.or.jp/ext/ja/sp8summer_school/sp8ss2004/sp8ss2004doc/ouyou3.pdf
Spring-8夏の学校 基礎講座 3 挿入光源
http://www.spring8.or.jp/ext/ja/sp8summer_school/sp8ss2003/sp8ss2003doc/kiso3.pdf
円形加速器の概要と 単粒子力学の基礎
http://accwww2.kek.jp/oho/oho08/lecture/03_harada.pdf
新たな軟 X 線向け高輝度 3GeV 級放射光源の整備等について
https://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/gijyutu/gijyutu2/090/shiryo/__icsFiles/afieldfile/2018/01/19/1400539_6_1.pdf
修正
2023/8/6
1バンチあたりの電子の数を10億から100億に修正