「治安ガチャ」を垣間見る日々。
今年に入って世間では碌なことがなく、思わず会社の同僚に、「ほんと、碌なことないですね」と言ったら、「地球も人もダメですよ。世界が終わってます。ははッ」なんて軽い感じで返されて、いやいやいや、さすがにそこまで絶望するには早いよ。細川たかしだって結婚したじゃんとか思ったりしました。細川たかしは人類の希望かよ。
それはどうでも良いんですが、先日の能登での地震も、去年から前兆があったとはいえ、まさか元旦に大地震になるとは誰も思っていなかったわけですよね。それと、去年あたりから芸能界でのパワハラだとか、セクハラとかの衝撃的なスキャンダルも多く、最近また超有名な芸能人に疑惑が持たれている。地震と芸能スキャンダル。一見なんのつながりもないようだけど、私は、世の中に対する影響力が実に似てるなと思います。
何が似てるのか。それらの影響が明るみになるたび、「治安」というものに対する認識が揺らぐことです。災害も、被害報告が増えていくに従って悲惨さが白日の元に晒されていきます。スキャンダルも、被害者の悲惨な体験が明らかになっていくことで、特定の個人や組織の内情の異様さが際立っていく。そういったものを一緒くたに眺めている我々は、自分たちが享受している「治安」というものが、果たして本当に信用できるものか、改めて疑念を持たざるを得なくなるわけです。
言わずもがな、日本は世界でトップクラスに治安が良い国だそうです。ざっくり判定すればその通りだと思うんですが、実際には、治安といっても多岐に渡り存在します。漠然と多くの人が享受できる治安もあれば、地域レベル、組織レベル、個人レベルと、いろんな領域にとっ散らかっており、巡り合わせが悪いと「治安ガチャ」でハズレを引くこともある。ある地域特有の災害に巻き込まれたり、ある組織内でパワハラやセクハラを受けたり、もしくは、貴方を直接狙うような犯罪にあったりもするわけです。
災害や犯罪のニュースを安全圏から眺めるというのは、同じ国でありながら、多様な治安が混在しているという、当然の事実を再確認する行為になる。そして、治安に対して個々人の見解は異なり、それをめぐってSNSなんかでは延々と意見のぶつかり合いも生ずるので、側から眺めてると不毛に思えたりする。ですけど、そういった反応があるうちは、まだ治安は維持されるのではないか。少なくとも、治安の悪化などが秘匿されるよりは良いと思うんですが、どうでしょう。
このあたりの話は日本に限ったことじゃなく、GDP世界一位のアメリカなのに、なんでフィラデルフィアあたりじゃドラッグでわけわかんなくなった人たちが通りをフラフラしてんのかとか、GDP世界二位の中国なのに、なんで国外逃亡を図る人が多いのかとか、そういう光景を見知っている私たちは、もうすでに神の目線で世界を眺めていて、自分の治安が脅かされない限り、あーでもないこーでもないといいつつ、腹が減ったらペヤングソース焼きそばとかを食べているわけですよね。ちなみに私はペヤングより明星一平ちゃん夜店の焼きそば派。
細川たかしをじっと見てると神に見えなくもない。