「食べる音楽」リターンズ
No.6 魅惑の修道院ごはん
托鉢修道女:「革袋ひとつ分のオイル」
シスター・ドルチーナ:「まあ!素敵!」
別の托鉢修道女:「6連のヘーゼルナッツ」
托鉢修道女:「小かごいっぱいのクルミ」
シスター・ドルチーナ:「塩とパンと相性抜群!」
修練長:「シスター!」
托鉢修道女:「ほら小麦粉よ、まだミルクが滴っているチーズもあるの、ケーキみたいに美味しいわよ!ひと袋分のレンズ豆、卵、バター、これでおしまい」
G.プッチーニ<修道女アンジェリカ>より
バロック以前の音楽演奏を生業としていると、ヨーロッパにおける演奏会場はいきおい歴史的建造物か教会となることが多い。中世から続く現役バリバリの教会で、十字架にかけられたイエス・キリストを背負いつつ受難曲を、十字架の下で涙するマリアを描いたルネサンスの名画を横目に見ながらスターバト・マーテルを歌う。なんと得難き経験であろうか。そしてイタリア各地の教会で演奏機会が増えると、現地の修道院が宿泊施設としてあてがわれることも多くなる。こうして枕元に十字架がかけられているだけの部屋で、本番までの日々をもれなく観想的に過ごすこととなる。
さて、ミートソースで有名な街、ボローニャでは「聖ジャコモ音楽祭」という名のコンサート・シリーズが行われている。毎週なんらかの演奏会が催されているのだが、なんと主催者は聖ジャコモ・マッジョーレ教会のアウグスチノ修道会なのだ。会場となる礼拝堂内には、壁一面に聖チェチーリアの一生が素晴らしいフレスコ画によって描かれており、同時代のルネサンス音楽を演奏すると、これはもう雰囲気抜群である。筆者も在伊中、この音楽祭に毎年出演していた。
あるとき、こちらの神父から演奏会前の昼食に招かれた。修道会では毎日ホームレスの人々に炊き出しをしており、厨房から漂う香りにすっかり集中力を失っていた筆者は、すぐさま楽譜を片付け食堂へと向かう。清貧のお見本のような寄宿舎を渡り歩いてきた経験から、きっと修道院での食事も質素なものに違いないと思い込んでいた。ところがどっこい、テーブルの上にはセモリナ粉で作ったモチモチのパン、サン・ジョヴェーゼをベースとしたボローニャ近郊産の赤ワイン、様々な種類のレタスとトマト、一口大のモッツァレッラを使ったボウルいっぱいのサラダ、そしてボローニャ名物オーヴン焼きのラザーニャがずらりとならべられているではないか!
ミートソースが好き、という理由だけで留学先をボローニャ大学に決めた裏声歌手は、このメニューに狂喜乱舞。ベシャメル・ソースの柔らかい甘みと何種類もの野菜の旨味が溶け込んだミートソース、そして手打ちの生麺であろうラザーニャの生地が織りなすポリフォニーに酔いしれ、至福の時を過ごしたのであった。
ただし、食事前のお祈りを、会食者中ただ一人すっ飛ばしそうになり、一旦手にしたフォークを赤面しながらテーブルにそっと戻したことは、音楽の守護聖人、聖チェチーリアの名に免じてお許し頂きたい。