48時間の1日 | いりえで書く

1日が48時間になることが発表された。
ある日突然、政府が「1日48時間制」を提示して、来年からの施行を予定、その他詳細は未定、質問は受け付けない、と添えた。人間は新しいものをまず拒絶しがちだけれど、単純接触効果のように何度も触れれば当たり前に思える、と政府は考えたのだろうか。発表後は当然のように否定的な意見ばかり、SNSは大いに盛り上がった。
程なくして出た第2報は日付や月のこと。1-12月の括りは変えずに日付を減らす、と。31日の月は16日までで、16日は半日(元の1日)。30の月はぴったり15日。閏年の2月は半日の15日。曜日はそのまま。つまり新しい1週間は元の2週間分(月を跨ぐと半日分少ない週もある)。
1日生まれ以外は誕生日が変わる。元の日付が残る人、たとえば元「4日生まれ」は、新しい自分の誕生日を「2日」か「4日」から選ぶことができる。元の日付がなくなる人、たとえば元「24日生まれ」は、生まれ月の中なら好きな日付を選べるが、元の位置(24日生まれなら新12日)を推奨する。
また時間表記は、0時から48時と記す。第2報はそんな内容だった。

さて国民の批判もむなしく、発表の翌年に予告どおり48時間制がはじまった。人々はさすがに混乱した。
1日に朝が2回来るし夜も2回訪れる。あくまでカレンダーが1日48時間になっただけで、太陽の光が変わるわけではないし、活動可能時間が伸びたり必要睡眠時間が短くなったりするわけでもない。1日に2回眠り1日に2回起きる。
何十年間、24時間の1日をすごした癖はなかなか抜けない。「8時」と口にすると「8時、20時、32時、44時」の4つの可能性が生まれ、確認に時間を要した。日付を跨ぐテレビ番組の「50時」などという表現は、その時間が明るいのか暗いのかさえわかりにくかった。「1/27の夜空いてる?」とメッセージを送っては、相手もつい「空いてる!」とだけ返して、1回目の夜/2回目の夜が行き違った。しっかり者は「どっちの夜?」と返信した。前の夜/後ろの夜、最初の夜、とか、まちまちの表現で意思の疎通をはかった。人々の間に数えきれないほどの混乱や小さな争いや行き違いを招き、ただただ不便だった。
iPhoneのホームボタンがなくなったときの気持ち悪さとか、TwitterがXになったときの不快感には結局慣れたのに、こればっかりは。と職場で愚痴をこぼすと、若者が「何の話ですか?」ときょとんとしていた。同年代には「ちょっと!平成生まれすぎるから!」と爆笑しながら肩をたたかれ、若者は苦笑いしながら「平成...」と呟くばかりで会話は途切れた。
お風呂の話は、日常的な世間話でもメディアやSNSでも人気の話題のひとつ。24時間制の時「お風呂に入るのは1日1回」だった人が「48時間に1回」派と「24時間に1回」派で分かれたのだ。元々1日2回で1日4回になった人もいたけれど、48時間に1回の人も大勢いた。シャンプーやボディソープの会社は売上が落ちたのかもしれない、彼らがしきりに流しはじめたCMの「1日2回お風呂に入ろう♪」というフレーズが大流行したあと、48時間に1回の者はやや肩身が狭くなった。
祝日が2倍になったことだけは嬉しかった。でもクリスマスやハロウィンなど、祝日ではないけれど月の後半に位置するイベントは所在なさげになった。しかも日本以外の国はまだ1日24時間。だから他の国に合わせることになった。ハロウィンは10/16(半日なのでいつも通り)、クリスマスイブは12/12の後半でクリスマスは12/13の前半。12/12と12/13丸々、かつての4日分クリスマス気分を楽しむ人もいた。
カレンダー上の休日は、散々議論された末、1日24時間制の月火水木金土日、のタイミングでめぐってきた。そのため、1日丸々休みの時もあれば、1日目の後半と2日目の前半に別れる時もある。企業の採用情報には「月の休日は旧8日」などと示され、たまに旧をつけ忘れた企業があると応募が殺到したけれど、単なるつけ忘れであることがほとんどで、社会問題となるほどの内定辞退が発生した。
結局、どうして1日を48時間にしたのか、その理由は説明されなかった。政府は「国民のため」の一点張りで、いつまで経っても慣れない国民は何が「国民のため」なんだかわからないまま、1マスが大きくなったカレンダーを見つめていた。

ところで、48時間制が発表される2ヶ月前に就任した総理大臣はその実行力と誠実さを買われ頭角を表したが、総理になるやいなや就任挨拶で「前例のないことをやってみたい!」と満面の笑みで語った。当時国民は「ふわついたこと言ってんな」くらいで気にも留めなかったけれど、この48時間制こそが”今までにないこと”なのかもしれなかった。いつからか「政治は遊びじゃない」というスローガンが流行し、「24時間制に戻せ」という声が日に日に大きくなった。そして1月1日に開始した48時間制の施行からたった半年、7月1日には「来年からは24時間制に戻す」ことが発表されたのだ。

今やあの年のカレンダーは高値で取引されている。

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