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中世編020-1:帝都防衛隊(01)
非常にグロい殺害シーンや屍姦などがあるため、
一般の趣味のお方にはお勧めできません。
※※※ 性犯罪とその残虐描写がありますが ※※※
※※※ 犯罪助長をするものではありません ※※※
中世編の外伝で、チーナ帝国側のサイドストーリーになります。
Jらを派遣した大陸大帝国の顛末記ですが、時期は中世編019:九王寺攻略と同時期になります。
色々と長い話がありますが、エ"ロリ"ョナグ・グ"ロリ"ョナ系はこのシリーズでは少なくなる予定です。実はこの話にもありません。ちょっとエッチなシーンがある程度です。
【謁見儀典招集】
「この時期に陛下の謁見儀典か……」帝都防衛隊最高司令…最高司令とはいっても多くの兵は既にソヴィー連合軍の侵略で失われており、帝都とはいってもチーナ帝国の都としての機能もそう長くはない…、そんな名ばかりの帝都防衛隊最高司令ではあるが、ゼノビアは謁見儀典の招聘書を前に訝(いぶか)る。
招聘書を携えてきた参謀長は「陛下による帝都防衛隊への励まし」と言ってはいるが、この敗走が見えている時期に励ましのために謁見儀典をなされる筈はない…… ゼノビアは招聘書の意味を考えた。
「まだ将官任命の謁見儀典を受けていない部下の同行もよいか?」将官任命は皇帝勅命によりなされ、可能な限り謁見の下での拝命とする決まりだ。それに従うか?を参謀長に問う。
「将官任命の儀典は予定していないが、謁見儀典への出席は許す」という参謀長の回答に、「将官任命儀典は無理だけど、せめてもの陛下のお心遣いということでありますわね。よろしいでしょう、ありがたく謁見を賜わりますわ」とゼノビアは一礼し兵舎に引き下がる。
帝都防衛隊に限らずチーナ帝国軍の多くの兵が既に失われており、当然、将官の多くも北方のソヴィー連合軍に討ち取られている。将官を空位にする訳もいかず、残存兵で軍を再編成しその長として将官拝命する者が多数いる。そして、ゼノビア配下の四人の将官の内二人はソヴィー侵略後に将官拝命しているが、皇帝の謁見儀典は受けていない。
元帥以外の将官への皇帝謁見は、特段の武勲あるいは、死地に赴く軍将への手向けといった例外を除き、通常は将官任命時の一回のみだ。十年前に将官拝命で謁見を受けた自分が再度の謁見儀典に呼ばれる理由をゼノビアは察する。
【帝国遷都】
百万の軍を擁していたチーナ帝国第十一代皇帝は帝国二百年の祈念である周辺諸国平定を目指し、南方征伐に三十万、東方の海賊地域征伐に十万の出兵をしていた。十五年前の北方民征伐…… 征伐というよりは北方からの侵攻を打破した勢いから「周辺諸国平定」を目指し、五年前に始められた侵略派兵だ。多少の遅滞があったが、南方・東方の両戦線ともに派兵開始後三年で平定の目処がたったと思われた。そんな時、北方からの侵攻が突如始まった。
北方民の反乱・侵攻があったとしても、南方・東方に派兵して残る六十万で充分に潰せる筈であった。北方にはソヴィー地域の四十万がチーナと対立中だったが十五年前の争いで半分の二十万にまで衰退していた。さらに、ソヴィーと北方覇権争いしている十五万程度の軍しか有してないマンスー国、北方諸島アーヌ地域の五万の軍などが乱立しており、北方はほぼ分断・内紛状態だった。北方諸国が寄り集まってもせいぜい三十五万の軍兵であり、チーナ帝国にとっては脅威とは考えられなかった。
北方の奥地、西方の通商遊牧国家スヌーンに二十万程度の軍もあったが、通商交易民族であるスヌーンには商団護衛などの兵が多く、また他国家との交わりから傭兵派遣が多い国で、国としての特定国家への侵略意図は持ってない。寧ろ、スヌーンは周辺国との交易を重視するため八方美人的な軍事政策を採っていた。
南方・東方を平定した後、東方・南方の国々も束ねてから北方平定する…というのがチーナ帝国の長期戦略であった。
北方からの侵攻を受けたチーナ帝国は当初、敵を甘く見ていた。しかし、侵攻して来たのはソヴィー軍だけでなく、ソヴィーと対立している筈のマンスーやアーヌ民の軍もソヴィーと連携しており、さらに西方スヌーンの傭兵団が加わっていることが判明した。
軍事的勢力ではチーナ帝国六十万が、ソヴィー二十万・マンスーとアーヌの十五万、合計三十五万を凌駕して優勢だが、普段は動かないスヌーンの旅団が加わり苦戦を強いられた。さらに、チーナ帝国北方側の諸侯のいくつかが北方民側に付く寝返りがあり、長年チーナ帝国の支配地域であったチセン半島の小国もソヴィーに追従した。その状況を見て周囲のチーナ帝国の有力諸侯も「北方軍勝利後の保身」のために中立宣言を出し援軍派兵を怠った。
大陸有数の大穀倉地帯を版図に持つチーナ帝国は大半が平地であり、侵略軍は容易(たやす)くチーナ帝国の各地を獲得していった。そして、チーナ帝国第二の城郭都市、ホウキンが僅か一週間で陥落した。四十万人が生活し三万の兵と援軍五万の兵が守る城塞都市で籠城戦を試みたが、無駄だった。兵は投降した者含めて殆(ほとん)どが殺され、一般生活民も逃げ延びた者は僅かで陥落後は十万人にまで減っていた。
ホウキン陥落後もソヴィー連合軍の侵略は続き、首都ナーキンまで二百kmまで迫り、勢いは止まらない。
「陛下、ナーキンからのご撤退を…」皇帝御前会議でナーキン軍元帥が訴える。
「撤退して、朕にどこへ行けというのだ?」
「幸い、南方派兵の軍がほぼ制圧しており、南方の島ターワンの城も完成間近であります」
「ターワンの様な辺境の島に逃げ延びよと?」
「島ならば陸兵からの守りも固く、ターワンに入れば、内陸民で海洋戦船がないソヴィーどもを寄せ付けません」
「我らもこの地には戻れまいて……」皇帝が愚痴る
「……」チーナ軍の元帥と総参謀長はただ頭を下げるだけだった。
長年の間、北方にてお互いが侵略しあって対立していたソヴィーとマンスー・アーヌが手を組む……さらに金で動くだけで利に聡いスヌーンがソヴィーに協力するというのはチーナ帝国の上層部もまったく読めていなかった。反乱軍以外のチーナ帝国領内北方諸侯の裏切りと「洞ヶ峠」も想定できなかった。この侵略は単なる偶発的な仕事ではない、周到な準備と連携が必要だ。これを計画した者は周到な準備を秘密裏に行ない、北方各国の協力体制を作ったのであろう。しかし、どこの誰がこれを画策したのか……
裏の計画者の模索よりも、迫りくる脅威への対応が先だ。
皇帝以下の安全確保のために急遽の遷都計画が発令された。首都ナーキンに迫る十五万の敵勢力と、ナーキン近辺に残っている首都防衛軍・騎馬軍の二万程度の勢力との差を考えると、三日ほどで帝都ナーキンは陥落する。ナーキンから南の島ターワンまでは千五百kmあり、遷都…皇帝の移動に三週間は掛かる。ソヴィー軍の侵略速度からするとターワン遷都中に追撃され皇帝一族が捕らえられる可能性が高い。
皇帝を逃がすためには、ナーキン城近辺に軍を留まらせ時間を稼がせねばならない。しかし、敵の勢力はナーキン周辺皇帝軍の五倍を越え、占領地を掌握していた兵、寝返った諸侯の兵をいれたら十倍を越える。兵力差から、当然、ナーキン城は落城する。当然、留まった将兵が捨て駒になるのは火を見るより明らかだ。
帝都を死地とする軍の編成……元帥・参謀長による苦渋の献策。
【謁見儀典】
ゼノビアは副官のマリー・アルグリットとラハブ、新任将官のアグリス、アラクゴを自室に呼び出した。四人とも帝都の情況は理解しており、また、職務・役職から、帝都にて10倍の敵を迎える役目であることは理解している。
「今日の夕方、皇帝謁見儀典が開かれるのよ。貴女がたにも参加資格が与えられたわ。そこで新しい任務が与えられるでしょう……ついては謁見儀典への参加意志を確認したいの」
謁見で勅命を受けたら断ることは出来ない……軍を辞めるならば謁見前が最後のチャンスだ…… ゼノビアとして出来る唯一の「部下への思い遣り」だ。
「あら、お姉さま、水臭いですわね」副官のマリーがちゃちゃを入れる。
「そうですわ、あたしだって少しはお役に立ちたいわ」アグリスが微笑む。
「この戦いでは随分とやられっぱなしで、少しはお返ししたいですし……」とラハブが腰の剣の柄を撫でる。
「……」無言で頷くアラクゴ。
「貴殿らの献身に感謝を……」ゼノビアは深く一礼する。
謁見儀典にて総参謀長と元帥からゼノビアらに伝えられた軍令は、おおまか「帝都防衛軍一万を与える。この地にて一ヶ月の防衛戦の後にターワンに凱旋せよ」というものであった。
チーナの帝都近辺に残る兵員・軍勢は三万に満たない。帝都には皇帝一族直属の五千弱の近衛隊、つまり帝都防衛軍があるが、全て集めても二万五千の兵だ。その二万五千から皇帝一族の遷都・移動支援のための一万五千人の旅団が編成され皇帝一族に随伴し新都に向かう。
帝都近辺の軍勢半分以上が皇帝一族とともに帝都を去る。遷都随伴には、体力的に移動が早い騎馬兵と遷都中の襲撃に盾となり戦える騎兵と男兵が主体になり、帝都に残るのは宮殿警護・近衛隊と、帝都治安部隊と城壁警護を主務とする女兵を主体にした一万ほどの将兵だ。
「拝命致します」軍令は実現不可能だが、ゼノビアは一礼を以て拝命を表する。他の四人の将官も皇帝に跪き拝命の意を示す。
ナーキンに籠もって五倍を遥かに越える敵の足止めをするだけの勝利無き戦い、そんな戦いを命じざるを得ない皇帝らも沈鬱な表情だ。皇帝の苦衷の表情を見て法王が「新都にて凱旋を待つ」と、謁見儀典の終了を告げる。
【ため息とおしゃべり】
謁見儀典が終わり、宮殿を出た帝都防衛隊の将官らは宮殿を見上げている。
「ふぅう」ゼノビアが宮殿の楼閣を仰ぎながらため息を付く。全滅前提の戦いの前に部下の士気をどう高めようか?悩むうちに出てしまったため息だ。
「お仕事の前に、ため息は似合いませんわ」からかい気味な副官のマリー。
「そうですよ、この素晴らしい宮殿でのお仕事ですわ」アグリスが会話に入ってくる。
「この宮殿、ナーキン城は素晴らしいわ。子供の頃からの憧れの場所ですし」ラハブはちょっと俯(うつむ)き「でもね、この宮殿が壊され汚されるのは、つらいわ」と嘆く。
「素晴らしい城、麗しい宮殿、そしてそれを守る仕事、やりがいだらけですわ」他の者にも聞こえる様にマリーは語る。「こんな素晴らしい場所にため息は似合いません」と言い切る。
「それとも、陛下がいらっしゃらないのは寂しくございますか?」全滅前提の首都防衛戦拝命で気が高ぶっているのだろう、マリーにしてはしつこい。
「陛下の進まれる道を啓開することこそ、我らの仕事。寂しさなど微塵もない」ゼノビアの否定。
「そうですわね。陛下は我らにこの宮殿を託された…… 大事な事ですわね」マリーも言い過ぎたことを感じたのだろう。
「ここを死地として陛下に下賜された……ありがたく戴く…… わたしたちに与えられた…… それをわたしたちが守る… 大事なことでしたわね」ラハブは少し考え方を変える。
「死地……いえいえ、わたしどもの下賜されたのは、棺ですわ。豪華な棺…… 確かにわたくしら将兵の棺にしては豪華すぎるかもしれませんけどね」アグリスは覚悟を示す。
「そして、その棺とともに焼かれることになる……それも武人としては本望ですわ」ラハブの士気も高い…ゼノビアは意外そうに彼女らを見る。士気を高めようなどとは不要だった。
「斃(たお)れた後の事など…… 戰うのみ…」アラクゴが誰に言うでもなく呟く。
【蟲玉】
謁見儀典が終わり、皇帝一族と護衛隊の新帝都出発を見送る。宮殿とナーキン城に残されたゼノビアたちは帝都防衛軍の再編と配置について検討をはじめる。帝都防衛軍とはいっても、帝都・宮廷を守る護衛隊・守城部隊・警備隊・風紀隊が付け焼き刃の兵装をしている程度だ。
残された「帝都防衛軍」の兵力は敵に比べて微々たるものだ。体制を整えたところで、ナーキンで持ちこたえる日数がそれほどに増えるものではない。ナーキンから撃って出たとしても二日程度、参謀が示す「徹底防戦、立て籠もり戦略」でも四日程度しか持たないであろう。そして、四日持たせたところで、皇帝ら遷都部隊は新都到着前に追撃され、帝国は消滅してしまうだろう。ナーキンで余裕を見て十日…最悪でも七日を稼げたら、その後に皇帝追撃があっても遷都旅団の兵が盾になれば遷都は達成できるだろう。
その日数を得る方策はないか?参謀とゼノビアらの作戦検討が深夜まで続く。立て籠もり徹底防戦の配置や戦力再編成が検討されるが、行き詰まる。
そんな作戦検討の集まりに修道女二人を従えた司教ゲッセイが訪れる。
”坊主の出る幕ではない”とマリーはゲッセイを睨みつけるが、ゼノビアは「あら、こんな夜更けに司教様のご来場とは…」と迎え入れる。司教ゲッセイの従える修道女の一人が修道女序列一位のビルギッタであり、さらにもう一人が薬剤開発でいくつか功績があるメダイだ。そう素気(すげ)なくする訳にもいかない。
「夜分、すまない、急を要する情況だ、貴殿らに伝えておきたいことがあってな」司教にしては随分と腰が低い。
ゲッセイはチーナ北方の教区の司教であったが、その教区をソヴィーに奪われ無教区の司教となっていた。皇帝遷都に法王も随伴して帝都を去るので、ナーキン地区は司教がいなくなる。法王直轄教区だったナーキンの司教不在を解消するために「ナーキン教区」司教となったのがゲッセイだ。そして、その任期もそう長くはない。
「ここでは防衛戦について検討しておりますが、何か良いご提案でも?」ゼノビアが問う。
「ああ、これを伝えるのは忌々しい事ではあるが、司教としては伝えないといけない」司教として地区を守る仕事もあるのだろうか?と訝る面々。
「どういったご提案でしょう?」というゼノビアの問いに司教は修道女筆頭ビルギッタを手招きする。ビルギッタは蝋封された小箱をゼノビアらの会議テーブルの上に置き、一礼してゲッセイの横に下がる。
「この箱に何かしら?」マリーは小箱に手をかけようとする。
「まずは、この箱に入っているモノについて説明いたす。そして、これを使うか否かを決めて頂きたい」と司教が答える。
「使わないと決めたらどういたしますの?」アグリスが不思議そうに小箱を見ながら質問する。ゲッセイの回答は「その場合、持ち帰り処分いたす」であった。
「では、ご説明をお願いいたします」ゼノビアは司教の説明を促す。
「さきほど、『忌々しい』と仰られていましたわね」ラハブが少し心配そうだ。
「ああ、これは忌まわしいモノだ……わたしだけではなく、多くがそう考えて当然な、そして、そう考えるべきものだ」司教は不機嫌そうだ。
「どの様に『忌まわしいモノ』なのですか?」ゼノビアが促す。
「これは人の体力・膂力を一時的に高める薬ではあるのだが…… 使える者が女に限られており、それ以外の者、男が用いると暴れ狂い最期は自らを破壊するモノだ」ゲッセイは遠回しな返事をする。
「どうせ、毒薬か何かだろうに…」アラクゴが独り言の様に呟く。
「ああ、確かに、毒薬といって良い。そしてその毒を使う者も呪われる」アラクゴに反応してゲッセイが続ける。「わしらはこれを蟲玉(むしたま)と呼んでおる。体力知力感覚を大きく高めるが、これを用いた女人と交わった男は暴れ狂い壊われて死ぬ…… これで説明になるかな?」
「これを使って敵の辱めを受けよと?」マリーがテーブルに乗り出す。
「本来は服用者の体力を向上させるものだ。女人の場合、生き死には無関係、何事もなければ普通に天寿を全(まっと)うする」自殺の薬ではなさそうだ。
「用いた女の命を奪うものではないのですね?」
「そうだ、この蟲玉の問題は、交わった男を狂わせ壊すというものだけだ。だがその効果は用いた女の一生涯に渡って続く…… 悍(おぞ)ましいモノだ」
「そんな毒をどう使えとお考えなのでしょう?」ゼノビアは問い詰める口調だ。
「この蟲玉は女に悪い影響はない、むしろ膂力(筋力)と耐久力、それに判断力と感覚を一時的に格段に高める。個人で差はあるが、効果としては最低でも二割、大半が五割ほど膂力が高まり、感覚も研ぎ澄まされる。兵の少なさと弱さを少しは補えるだろう」
「愛する者ができたとしても男女として接することなく生きることになる。その代わりに敵をより多く倒せるということですね?」アグリスが説明を求めるがゲッセイは話を続ける。
「もうひとつ……この薬で得た男を殺す能力は、その女が死んでも三日ほど変わらない、むしろ高まる」死体の中では蟲も寿命が限られる、当然、寄生先の女が死亡したら次の世代を作ろうとして強化するのだろう。
「つまり、死した後も辱めを受けても戦えということですわね?」マリーが確認する。
「ああ、忌々しいことだが、このナーキンでの戦いでは、そういう戦いになる。なので強制は誰も出来ない。使うかどうかは君等の判断に任せる」
ビルギッタが小箱の蜜蝋を切り破り蓋を開けてゼノビアらに見せる。箱の中の透明な液体に沈む無数の小さい白い球……何かの虫の卵に見える……が詰まっている。「この小箱にあるだけで千人分です、一粒で一人分になります」
「どうしてこんなモノを作ったのですか?」とラハブが汚いモノを見る目だ。
「薬を得意とする修道女が見つけたモノだ。最初は僧兵の回復・体力増進のためになる筈だと作られたモノだったのだが……」ゲッセイが言い淀む。
「蛮族討伐の時に南方で見つけた流行り病の元を、とある修道女が持ち帰り加工したモノです。最初は僧兵向けの精力剤・強化剤として研究されたのですが、男に用いると体力は格段にあがるのですが判断力や知能を完全に喪失し凶暴化します。その後、数日で斃れるという害が大きくて実用になりませんでした」とビルギッタが説明を補う。
マリーとラハブの表情が険しくなる。高貴なることを誇りとする皇帝直掩隊・近衛隊に使わせるものではありえない…… 剣呑な雰囲気が漂うがビルギッタは続ける。
「女性が服用すると、膂力が…たとえば重いモノを持ち上げたり、振り回したりする力が高まります。最低でも二割、多くは五割以上高まります。剣士ならばより長く重い剣を扱え、弓兵であれば矢をより遠くより早く放て、伝令はより短い時間で移動できます」
「さきほど、『一時的』と仰られましたね?」ゼノビアが持続期間を確認する。
「これも個人差が大きいのですが、最低で一ヶ月、大半は一年から三年ほど続きます」
「その後はどうなります?元に戻るのですか?」アグリスが興味深そうに質問する。
「蟲玉と名前が付けられる前、20年ほど前からの経過を調べました。結果、ほぼ元の状態に戻ります。やや感覚が鋭敏にって続く場合もありますが生活には寧ろ(むしろ)好ましい状態が続きます」ビルギッタの説明が終る。
「どうやってそれを調べた?」アラクゴがビルギッタの説明の後ろ盾をゲッセイに求める。
「教会にて、実際に百人以上に使って…… 」ゲッセイが言いにくそうに答える。
「百人以上?犯罪者とか捕虜を使ったのか?」
「これまで、教会の外で使った事はございません。教会の、それも女子修道院の秘伝として、修道女の回復剤として使ったいたものです。内臓や肺腑などの病にも効くことが多い薬でもあります」ゲッセイが言いにくそうなのでビルギッタが応える。
「こんなモノをそうそう使われては堪りません」ラハブが追討ち。
「女子修道院秘伝として門外不出にしており、他では使ってはおりません。でも、これを見つけて研究していた修道女は…… 今は東方におりますが、彼の地で使っているかもしれませんけどね」と修道女メダイが何やら苛立ち気味だ。
「使っているかも?」
「わかりません、あのメギツネなら使いかねないわ」
「めぎつね?」
「毒薬と暗殺を好む、修道女の風上にも置けないメギツネですわ」
「まあ、あの方のことは仕方ありませんわ。彼女も貴女と同様に多くの薬を創っていますし…」とビルギッタがメダイを諌める。
「狡猾で卑劣なサージュと一緒にしないで下さい」なにやら随分と嫌っているらしいが、この蟲玉の使用可否とはあまり関係がなさそうだ。
【蟲玉の採否】
「帝都防衛軍として断れば使われることはないのですか?」ゼノビアは教会が独自に使うことがあるか?を問い質す。
「私の教区、ナーキンの希望する教会の者以外に、今の所は、使う予定はない」……ゲッセイの『修道女に使う予定だ』という回答だ。
「まだ使われてはおりませんのね」ゼノビアが良い回答として敢えて受け取る。
「ああ、使ってはおらん。希望者はおるのだがね」
「教会として蟲玉とやらを与えられる予定の者は修道女だけですか?」教会以外の者に使われたら混乱を招き、軍としても対応が難しくなる…ゼノビアとしてはそれが心配だ。
「言った通りだ、修道女と見習いだけだ」見習い…十五にも満たない子も巻き添えか…ゼノビアは暗澹となるが教会には教会の考えがあるのだろう…と、自分に言い聞かせる。
「あとひとつ…… お伺いしたいことがあります」ゼノビアがゲッセイを睨む様に問う。
「拙僧に答えられることは全てお答えする」
「この蟲玉の存在、陛下はご存知であらせますか?」蟲玉を使う事について皇帝の勅や聖慮があるか?陛下の将官を預かる身のゼノビアとしては、皇帝の将兵として知りたい事を聞く。
「いや…… 陛下は…… 多分、この蟲玉の存在自体をお知り賜れない」
「多分?」
「少なくとも我が教会はこれの存在を陛下にお伝えしていない、そして、これの使用について陛下の勅もご聖慮も頂いてない」
「では、猊下(法王)のお考えによるものですか?」
「……… 」ゲッセイは暫(しば)し言い淀むが、続ける「猊下のお考えは…… このナーキンに残る者に最善の施しを……というものだ」
ゼノビアとしては誰の発令であるかを確認する必要がある。皇帝の将兵は皇帝の命のみに従う。喩え法王であろうとも、命令は出来ない。法皇が命令したとしても皇帝配下の兵は従わない。しかし、皇帝陛下のお考えであれば、従わなくてはならない。
「それでは、これを用いるか否かも、兵に教えるか勧めるかも、わたしどもが決定できるということですね」ゼノビアは陛下のご聖慮ではないと知り、すこし表情が緩む。
「ああ、そうだ。教会としても使用を命じる立場にない」ゲッセイが頷く。
「わかりました……」ゼノビアは少し青ざめた表情になりながらも背後に控える将官に顔を向ける。「貴女がたの部下に使わせるか?まずは隊を預かる者としてお考えを教えて……」
「そんな汚(けが)らわしいモノを部下に使わせるなんて出来ません」宮殿・帝室直掩隊を担うマリーが怒りを露わに答える。
「戦う力が高まるのでしたら希望者には使わせたい、非力な者も多いので…」刀剣近接戦闘部隊のアグリスは消極的賛成を示す。
「薬などで平常心を失うのも弓兵の妨げになります。矢が尽き刀も折れた時には逃げよ、逃げられないなら自害せよと教えております。死して辱めを受けよとは教えておりません」弓・投擲部隊からなる宮廷防衛部隊の長ラハブも否定的だ。
「お前はどう考える?」残るアラクゴに問うゼノビア。
「宮殿の外、ナーキン市街で最初に打撃を受ける…それが私の部隊」アラクゴは答えるというよりも独り言で続ける。
「城壁周辺での切り合いで膂力が増すのであれば使いたい」
「だけど、兵が望まないのであれば無理強いはいけない」
「私の兵たちはナーキン市街の薄汚いゴロツキどもを抑えるのが仕事」
「これまでは、兵士に比べると非力な者ばかりを相手にしてきた……」
「今回は制式の兵士を相手にする…… 力は欲しい」
「薄汚い手段だが………」アラクゴの独白的だが蟲玉使用是認の回答が終る。
ゼノビア直下の将官の意見が割れている。そして、その結果は二対二だ。帝都防衛軍全体としての意志統一は難しい……ゼノビアが考え込む。
「ところで、ゼノビア中将閣下は直属の宮廷近衛軍にはどうなされますか?」ビルギッタの問い。
「………… 」詰まるゼノビア。
「ナーキン地区の最高位将官としては使用禁止も使用義務も決められない…ということですわね。つまり、貴女も悩まれているのでしょう。わたくしも悩みましたし……」ビルギッタの心遣い…かもしれない…助言だ。
「では、ご検討をお願い致します。使われる場合、わたくしにお声がけ下さい。ナーキンに残る者に行き渡る数は用意しております」ビルギッタが小箱を持つと司教らとともに会議室から去る。
【蟲玉への評価】
「さて、どうしましょう?あの蟲玉とやら、兵としての力も増すとか……」司教らが去った会議室、ゼノビアが四人の部下に問い直す。
「倒され果てるは武人として当然でありますが、その屍(しかばね)すら差し出し辱めを受けよとは……武人として、ありえません」と副官のマリーは拒否の姿勢を崩さない。ラハブもその横で頷いている。
「司教殿も心良くは思ってないご様子でありましたね。しかし、皇帝陛下のご安寧のためには仕方なき事……とのご提案でありましょう」アグリスは必要性を遠回しに言う。
「…… 屍(しかばね)に成り果てた我が身を案じても詮無きこと…… 敵を一人でも多く倒し時間を得られるなら、望む部下に使わせてやりたい。だが、その前に、如何程に体力を増すことが出来るか、知りたい」アラクゴは蟲玉使用に前向きだ。
マリーは宮城と近辺警護隊の隊長であり千人ほどの制式訓練を受けた兵士を部下に持ち、ラハブも制式訓練を受けた弓・投擲兵千人の長だ。ゼノビア、マリー、ラハブは宮殿・宮城を仕事場とする制式兵の部隊を率いる。
そして、アラクゴはごろつきを相手に立ち回る市街警備隊・警察・消防・治水管理の部隊を配下に持つ。五千人の部下がいるが制式の兵士教育・訓練を受けた者は少ない。アグリスも制式兵五百人・民兵五百人からなる帝都の城壁近辺を守る部隊の長だ。アラクゴとアグリスはナーキン市街と城壁、その周辺が仕事場だ。兵の制式・民兵率の差と仕事場の差が蟲玉についての考え方の差となっているのだろう。
「わかったわ。各隊で必要な個数を明日の昼迄に教えてね」ゼノビアは作戦会議中断を宣言する。
ソヴィー軍の進軍速度からすると、明日の夜にはナーキン市街周囲の丘に来襲する見通しだ。その丘にソヴィー軍は陣を建て、早ければ明後日の朝にナーキンへの進攻がはじまるだろう。市内警備担当のアラクゴと城壁防衛隊のアグリスの部隊がソヴィー軍を最初に出迎えることになる。その二人が試したいと考えている……
【深夜の訪問】
深夜、ゼノビアの部屋にノックの音。「はい、開いてますよ」と答えても声はない。こういう深夜の訪問をするのは誰か?というとアラクゴしか思いつかないし、入ってきたのははアラクゴだった。
「蟲玉が欲しいのね?」ゼノビアが聞くと、黙って頷くアラクゴ。
「何人分?」
「ひとり分」
「ひとり分だけ?」アラクゴの答えにゼノビアが少し驚く。
「自分が試す」
「試して効果あったら?」
「全員分をお願いする」
「みなさん、希望したの?」
「戦闘前に希望を聞く」
アラクゴは義理堅い、部下に対しても自分で試しもせずに何かを使わせることはない。それはこれまでも拒んできたし、自分が試したモノのみを部下に与えてきた。ただし、部下が自分で使いたいと申し出た場合には他の兵に影響を与えない限りは許していた。
「そうね、部下思いの貴女ですものね。じゃあ、今から、一緒にビルギッタ様のところへ行きましょうか?」アラクゴは一瞬戸惑った様子を見せたが、頷くが動こうとはしない。
「どうしましたの?試すのは早い方がよろしいわよね?」
「試してだめだったら?」アラクゴがちょっと不思議そうに問う。
「捨てたらよろしくてよ」
アラクゴが考え始めた。「捨ててよいのか?」
「ゲッセイ様は『使わないなら処分する』と仰られていましたわよね?処分の仕方は頂く時にお伺いしますわ。あと、使い方とか効果とか、細かい所を教えて貰わないと試せませんわよね?」アラクゴがゆっくりと同意を示す。
「捨ててよいなら、私の部隊全員分を貰っておきたい……」
「わかったわ。ビルギッタさんに全員分をお願いししましょう」
「体力を強化出来たとしても一生、独身よ」と最後の忠告をゼノビアは試みる。
「構わない」アラクゴは感情が読みにくい上に強情…… 直属上司にとっては災難というべき部下だが、部下の信任は篤い。実際、人口八十万ナーキンの治安維持・犯罪対策・災害対策を僅か五千人で担ってきた貴重な部下だ…… 無下には出来ない。
自分の求めへの快諾の返事を受けたが、アラクゴはゼノビアを見詰めたままだ。アラクゴが何か言いたげであることを察するゼノビアだが、何を言いたいのかが掴めない。これまで掴めたことがないことを思い出したゼノビアは素直に聞く。
「どうしたの?」
「すぐに試したい」
「すぐに……って、使い方聞かないとだめでしょ?一緒に貰いにいきます?」
「侵攻は最短で明日の夕刻……」
「それまでに効果を試してみたいのね?で、試すのは何人?」
「ひとり」将が試さずには兵に使わせぬ…… ゼノビアはアラクゴの考えを察する。
「では、貴女の部隊、五千人分でいいかしら?」
「アグリス殿の隊は?」
「念の為、彼女の隊の分、二千も追加で貰っておきましょう」
消極的ではあったが、アグリスも蟲玉の採用には前向きだった。アラクゴは少し安心した表情になる。とはいっても相変わらず読みにくい表情だ。
「これで貴女の帝都風紀隊五千人分、アグリスさんの直掩警護大隊二千人分、わたくしの皇帝陛下近衛隊千五百人、合わせて八千五百人分でよいかしら?」
「近衛隊も?」アラクゴが少し驚いている。
「当然、希望者だけよ。でもね、ラハブさんとマリーさんには内緒にしておいてね」
「??」あの二人に内密にする理由が思いつかないアラクゴは怪訝な顔をする。
「お嫌いな素振りでしたからね、あのお二人」ゼノビアは微笑みながら続ける、「必要だと思ったら言ってくるでしょう」
【蟲玉の受け取り】
ゼノビアとアラクゴが元法王庁…今はナーキン教区中央教会…を訪れる。深夜なのにビルギッタの配下メダイら数人の修道女が待ち構えていた様に二人を公務室に迎え入れてくれる。
「蟲玉を使うことにした。そこで、使い方や取り扱い法の詳細を教えて欲しい」ビルギッタにゼノビアが問う。
ビルギッダはメダイに小声で何か命じると、メダイが一礼して退出する。
「おいくつお望みかしら?」
「その前に使い方を教えて欲しい。使った瞬間に体力が増える訳でもなかろう?」
「そうですわね…… 使い方ですね。普通の場合は蟲玉を一粒、口から飲み込みます。臭いも味もしません、噛まずに飲み込んでもらえば1〜2時間ほどで効果が現れます」
「飲んでも苦しくなるとかないか?効果が出るまで動けなくなるとかはないだろうな」色々と部下に準備をさせる必要があるゼノビアは気にする。
「そうですわね、まれに軽い発熱を伴う人もいますが30分もすれば収まりますし、意識も挙動も損なわれることはありません」
「そうか…… 2時間で確実に膂力が高まるのだな?」
「はい、2時間以上かかる者は殆(ほとん)どおりません、発熱があっても2時間以内に収まります…… 寧(むし)ろもっと短い人が圧倒的、そうですわね9割は1時間で効果がでますわ」
「蟲玉を使った者への影響は膂力の増強と、接した男の破壊、それ以外にはないのか?」ゼノビアは最後の確認をする。
「はい、そうなります。膂力の増強は永続する者もいますし、数ヶ月、数年で消える者もいますが膂力については保証いたします。また、膂力だけでなく、感覚が敏感になり、人によっては算術や会話の能力が増したり視力聴力が増大することもあります。そして、接した男性の末期については、発狂して暴れ回って死ぬ以外は見当たりません」ビルギッダは同じ様な回答をする。
「あと、余った蟲玉はどうやって処分するのだ?」
「熱で死にます。熱湯に数秒、あるいは焚き火にでも投げ込めば焼け死にます」
「ふむ、意外と簡単なのだな」
「万が一、処分できなかったとしても養育液…砂糖水ですが…から出してしまえば三日もせずに枯れてしまいます」
「判った、それなら問題ない。八千五百人分を用意してくれないか?」ゼノビアが注文を出すとビルギッダの表情が曇る。
「微妙な数ですわね。この城に残る女兵は一万余りで、皆、貴殿の配下……」
「ああ、力仕事や荒ごとを担ってない者もいるからな」
「分かりました、そろそろメダイがお持ちするでしょう」
ゼノビアが振り返るとアラクゴが何か言いたそうだ。
「あら、質問してもいいのよ、蟲玉について疑問を残してはいけませんわ」ゼノビアが発言を促す。
「先程、『普通の場合は蟲玉を呑む』と聞いた」アラクゴは確認する。
「はい、確かにそう申し上げました」
「普通ではない方法もあるのか?」
一瞬、ビルギッタの表情が強張るが、すぐに元の笑顔に戻る。
「まあ、なんという直截なご質問ですわね」
「直截だと?そんなつもりはない」アラクゴが語調を強める。
「あ、申し訳ありません…実はもっと直截な方法があるのです…… 」
「その直截な方法とは?」
「はい……」ビルギッタの声が急に小さくなる。
「その者の女陰(ほと)の奥、子宮近くに蟲玉を押し挿れます」
「???」今度はアラクゴが絶句する。
「普通の用法よりも効果が素早く現れます。ただ、発熱も強いものです」
「2つの効果、両方とも?」
「はい、膂力など基礎的な体力と能力拡大と、接した男を狂わせる…2つともです」
「どれくらい素早く?」
「膣に挿れて5分で発熱が始まり、10分、長くて20分ほどで効果を2つ得られます」
「挿れるのには何か器具でも使うのですか?」ゼノビアも声を低く問う。
「専用の器具はございません…… 指でもなんとかなりますが、棒で押し込む……そんな感じでございます」
「棒をあそこに挿れるのか?」アラクゴが困惑している。
「はい、棒といっても筆ほどの細い棒ですわね、長さも20cmもあれば届きますわよね?」
「そんなに入るものなのか?」
ビルギッタの表情が固まる。ゼノビアが下を向く。
「アラクゴ殿におかれましては、そういった経験はされていないのですね」ビルギッタは優しくアラクゴに自分が何を言ったかを教えている。
「え?…… あっ!……」自分が何を言ったか気づいて、頬を赤らめてアラクゴが俯(うつむ)く。その横でゼノビアが、自分の未経験をうっかり漏らしてしまい慌てている様子に笑い声が出ない様に耐えている。
アラクゴがしどろもどろになっている間にメダイが台車に小箱を十数個載せて戻ってくる。先程見せて貰った小箱と同じ様に封蝋してある小箱だ。
「お持ち致しました。仰せの通り、全員分と予備の蟲玉でございます」メダイが恭しく11個の小箱をビルギッタの前に置く。
「ゼノビア様のご指定より多めですが、これで宜しいでしょうか?」ビルギッタは恭しくゼノビアらにお辞儀をする。
「ありがとう。帝都防衛隊の全女兵分は優にありますわね」ゼノビアもお辞儀で返すが、アラクゴは少し憮然とした表情だ。「使わない者」を無視して全員分を配る量があるなら最初から配れば良い、わざわざ勿体付けて…… しかもその勿体つけの間にいらぬ恥を掻いてしまった。
「余る程あるなら最初から配っていれば良かろうに」アラクゴは愚痴ってしまう。
「余っているですって?」メダイが咎める。
「全員分、あるんだろ?なんで個数を聞く?配って使う者に任せたらよいのでは?」
「女兵方々の分を掻き集めたのよ、それでも足りないから作ったのよ」
「この帝都防衛にあわせて作ったのか?」アラクゴは合点がいかない様だ。
「……!」メダイが回答に窮する。教会が作ったのは確かだが、教会にとっては裏仕事だ。それも蟲玉の製造は極めつけに汚れた裏仕事だ。メダイは回答に窮した。作ったと言った以上、作り方を伝える必要が出てくるだろう、だが、それは言えない。
メダイが何か言おうとするのを「貴方はお下がりなさい」とビルギッタは制止する。「アラクゴさん、誰が作ったかとか作り方は知らないとだめですか?」ゼノビアもアラクゴを嗜(たしな)める。
「隠し事はいけませんが…… 教会がどうやって作ったとか、お伝えすることは出来ません」ビルギッタが淡々とアラクゴに答えると、アラクゴも「余計な事をお伺いした、失礼を詫びる」と引き下がる。
【お茶会】
蟲玉の小箱を担いで二人が兵舎に戻ると24時を回っていた。ゼノビアとしては蟲玉が人数分手に入ったので充分に満足な集会ではあったが、アラクゴとしては釈然としない集まりであった。
「どう?お茶でもいかが?」ゼノビアは執務机で蟲玉の箱を数えながらアラクゴに息抜きを促すと「いただきます」と客用テーブルの椅子に腰掛ける。ゼノビアがお茶を淹れている間、机の上に置かれた小箱を見つめ、5個数えては戻す…という手遊(てすさ)びを繰り返す。
「あら、どうしたの?そんなに気になるのかしら?」焼き菓子を添えたお茶をアラクゴの前に置きながらゼノビアが微笑む。
「…ほんとにこれを部下に配ってよいのか?」
「あら、それは貴女が決めたことよ」
「使い方が…その…どちらが良いのか?」そういった経験がないアラクゴが戸惑う様子にクスっと微笑んでしまう。
「使い方も本人らに選ばせたら宜しいでしょ?」
「部下たちの使い方は…それでよいのだが…」お茶のカップを手のひらの上で揺らしながらアラクゴが考え込んでしまう。
まずは自分で試す… それは自分のポリシーであり問題はない… だが、どちらの方法で蟲玉を摂取するか?一般的な経口摂取で試すべきか、手早く効果を得られる方を試すべきだろうか?…… アラクゴは延々と迷っている。何かを自分の奥に挿れるという経験がないという逡巡と経験がないことを知られるのも恥ずかしいという羞恥がアラクゴを迷わせている。
五千人ものの荒くれ連中を牛耳り、部下の親任も篤いアラクゴの思わぬ弱点が判断を迷わせている……ゼノビアとしては少し小気味が良いが、アラクゴが悩む様子を楽しんでいても益はない。
「あらあら、お茶が冷めてしまいますわよ」
「あっ…… すみません」慌てて冷めかけを飲み干すアラクゴ。
「お代わりは如何?どうせ明日以降はお茶の時間もとれなそうですわ」
「はい、お願いします」
「ねえ、貴女の蟲玉お試し、わたしも立ち会っていい?」ゼノビアはお茶を淹れながらアラクゴに気楽を装って問いかける。
「え?立ち会う?」アラクゴの驚く表情にゼノビアが続ける。
「そうね、貴女一人だけで効果が分かります?」
「自分でわかる……」
「ちゃんと調べないと貴女も部下に勧められないでしょ?」
「立ち会いはゼノビア閣下だけ?」
「そうね、他にも呼びたいけど、いい?」
「命令とあらば……」
「命令じゃないのよ、貴女の献身をより有効にしたいのよ」
「献身?当たり前のことをするだけ」
「もし、本当にそんな効果があるなら、効果を見せる、大事なことよ」
「それなら……」アラクゴが折れる。
「じゃあ、立ち会う人はわたしが集めるわ。貴女はもうお休みなさい」
「まだ、眠くない」ちょっと興奮気味なアラクゴだ。
「明日の夕方には戦いが始まるの。休むことも仕事よ」
「わかった。では、明日」アラクゴは残っているお茶を飲み干し「おやすみ」と席を立つ。
アラクゴを見送り、ゼノビアは各部隊の役職名簿を調べはじめる。
【お試し会場?】
翌朝、宮殿前の広場の騒がしさでアラクゴが目を覚ます。起床時間前だというのに騒がしい。窓を開けて広場を見やると兵士たちが何やら広場の外周に観覧席を作って座っている。
アラクゴが軍服に着替えているとドアがノックされる。
「開いておる」と声を掛けるとドヤドヤとアラクゴの副官5人が入ってくる。
「なんだ、朝っぱらから」とアラクゴが慌て気味だ。
「お迎えに上がりました、なんでも凄いお薬があるとか」筆頭副官のサミアが嬉しそうだ。
「お薬?それならそこにあるぞ」と机の上の小箱を指差す。
「お先にお持ちしますね」副官がひとり一箱、小箱を持つ。
「お前ら、それが何か分かってるのか?」
「はい、ゼノビア様からお伺いしました」サミアはニコニコとしている。
「効果をわたしが試す」
「はい、それをこれから見せていただけると…副作用については無理でしょうけど」
「お前ら、想い人とかおらんのか?」アラクゴが呆れながら聞く。
「想い人がいる者は皆、最後の逢瀬を済ませておりますわ」
「そうか……」
「想い人がいない者もいますけど、ご心配なく。皆、覚悟はできております」胸を張るサミアに苦笑するアラクゴ。
「では、試しをするか」立ち上がるアラクゴ。
「わたくしどももご同行いたしますわ」5人もついてくる。
宮殿横の兵舎を出ると、宮殿前広場にはマリーやアグリスなどの各部隊の長と主要メンバーが待っていた。ゼノビアがその奥の席にいる、アラクゴはその席の前に進む。
「こんなモノモノしい立ち会いは聞いてない」アラクゴが不満を漏らす。
「あら、この戦いの鍵を握ってますのよ」
「上手くいったら……」
「そうね、まずは現在の貴女の能力を調べてから、蟲玉でどれくらいに?って調べないとねいけませんわ」
「分かりました、で、何を調べる?」
「それは広場で…」と広場中央を指差すゼノビア。広場の中央には剣技練習用の剣を持ったプレートアーマー装着者やら数人がアラクゴを待っていた。
「この者と?」とアラクゴがプレートアーマー武装の女兵を見ながら問うとマリーが出てきて言う。「その前に走って持ち上げて投げて…といった基礎的な能力ね。隊長業務でなまっていらっしゃるかもしれませんが…」と挑発的だ。
日々の訓練は他の者の倍はこなしているアラクゴだが兵士としての力量は上位3割に食い込む程度だ。徒競走や重量挙げ・槍投げにしても小柄な体躯の割には好成績だが、制式訓練に耐えた兵士・剣士としては標準を少し越える程度の成績しかない。
走っても自分は名うての走者の相手ではないことは知っているアラクゴだが、黙って徒競走のスタート地点に立つ。広場外周、600mのコース、中距離で速度とスタミナのバランスが要求される微妙な距離での競争だ。
「お相手、お願いします」横にラハブ部隊の者が並ぶ。ラハブの弓兵部隊に所属する補給隊の副長ミストラだ。健脚で重い荷物も運ぶ、時には伝令として戦場を駆け巡るのが彼女の仕事の者だ。
「ミストラさんに勝てる訳ないでしょうが、どれくらい走れるか?をまずはね」言いながらマリーがボールを放り投げる。ボールが地面に落ちたらスタートだ。
アラクゴとしても勝てる見込みはないのは充分理解しているが、黙ってスタートの姿勢でボールを見る。
地面にボールが落ちて、アラクゴが飛び出す。並の兵より俊敏にスタートを切り、さらに加速する…… だが、ミストラはスタートしない。ハンデのつもりなのだろう、アラクゴがスタートして5秒ほどしてから走り始めた。
「舐められたもんだな」しかし、アラクゴは熱くならず、さらに速度をあげて60mほど先行するが、ミストラはぐんぐんと距離を詰めてくる。広場外周コースの半分でアラクゴは追いつかれてしまう。追い抜かれまいと加速するアラクゴだが。コースの外回りからあっさりと抜かれてしまい、終わってみるとミストラに30m差をつけられてしまう。
続いて、岩の持ち上げでは110kgほど、槍投げでは70m程度という兵士としては標準以上だが、取り立てて称揚されるほどの記録ではない結果が残された。
15分ほどの休憩の後、広場中央に設えられた剣技エリアにアラクゴは誘導される。そこには先程のアーマーの大柄な女兵が剣を携えて待っている。
プレートアーマーの大柄な兵士がアラクゴに近寄ってくる。兜で顔が隠されていて誰か判らないが、アーマーの様式・紋章などからマリーの部隊の皇帝外出時の随伴護衛兵であることがわかる。
「アラクゴ閣下、お相手を拝命した少尉のデラニーと申します。よろしくお願いします」と近衛隊らしい礼儀正しい挨拶だ。「ああ、お手柔らかにな」位階では上位者としてアラクゴも返礼する。
剣技試合に使う剣は模擬剣で刃は潰されているが、重量は真剣と変わらない。剣士用大剣から小型ナイフのサイズの模擬剣がアラクゴの前に並べられる。アラクゴは常用しているダガーに近い刃渡り40cmほどの模擬短剣を「慣れた武具に近いものを使いたい」と、2本、手に取る。
短剣を手に持ってみると、装飾や鍔などのせいだろう普段使ってるダガーより重い。両手で振り回して型を軽く演じてみると使えそうだ…という感触をアラクゴは得る。短剣を逆手に持って自分より30cmは長身のアーマー兵デラニーの前に立つと、アラクゴは一礼をする。
ゼノビアが立ち上がって「真剣実戦なら致命傷の剣技か、相手の動きを封じたら1本、勝負は3回勝負よ」
ゼノビアが右手をあげると両者は剣技用の構えで開始を待つ。
「はじめ!」ゼノビアの右手が振り下ろされる。
アラクゴは身長差と剣のリーチを解消するため初手からダッシュで詰め寄る。相手も大剣を右肩に載せて左の小手防具を盾にして前進してくる。大鎧の重量で応戦が遅いデラニーは回避すると思っていたアラクゴが少し焦る。この情況でアラクゴが身を引くと相手の大剣に薙ぎ払われる、そのまま前進ダッシュを加速しながら右手の剣をくるりと順手に持ち替えてデラニーのガントレット(小手防具)に斬りつける。
カキン!とガントレットに短剣がぶつかるが跳ね返される。ガントレットには傷ひとつ残っていない。体を丸めてさらにアーマーの足元に近づこうとするアラクゴだが、デラニーは大剣を持った柄を横払いで押し返そうとする。
柄の動きに合わせて相手の右脚下に回り込もうとするが、アラクゴの動きを追う様に大剣が振り下ろされる。身をかがめて前転しながらアラクゴはデラニーの左グリーブ(脛当て防具)に左肩でタックルする。
デラニーの膝を押し込みながらアラクゴはクウィス(脚もも防具)とタセット(股防具)の間の隙間を作る。その隙間に短剣を刺し込もうとするが「え?ここに蟲玉を」と一瞬フラッシュバックでアラクゴの動きが止まる。そこに大剣の先がぶつかりアラクゴは弾き飛ばされる。立ち上がろうとしたアラクゴだがアーマー兵の剣に押されてしまう。真剣だったら切られていた情況だ。
「はい、1本!」アラクゴの負けが決まった。1本目で危うい目にあったデラニーは速度勝負を回避してアラクゴの攻めを躱(かわ)して2本目・3本目も取り、3対0でアラクゴが敗北となった。アラクゴとしては制式兵の強さを味わうことになったが、それでも勝てる要素があること、後少しのスピードと押す力があれば相手の鎧の手足部分の隙間を突ける…という感触を得た。
【初体験】
凡庸な成績と剣技競技では全敗という結果だが、アラクゴは気にしていない。問題は蟲玉の摂取の仕方だ。宮殿横にある兵舎の仮眠所のベッドで蟲玉の小箱を横に置き逡巡している。「今から口から呑むと2時間後か…」
蟲玉前の運動で少し疲れてうとうとしていると、ビルギッタとメダイが仮眠所に入ってくる。
「あら、まだ使われてないのですね」封蝋を付けたままの割小箱を見てビルギッタは微笑む。メダイは舌なめずりをしているのかも…とアラクゴは不安になる。
「ああ、ちょっとな……」アラクゴは言葉を濁す。
「まだでしたら、お手伝いしますわ」蟲玉の封蝋を割って中を確認しているメダイ。
メダイは細いL字型鉄管を手にしてアラクゴに近寄る。先端から20cmの所で90度に曲がった直径5mmほどの細いL字型鉄管だ。
「即席ですが、挿入用の道具も作らせました。お手伝いしましょう」
「あ、いや、自分でやる」メダイが出した鉄管を見てアラクゴが尻込みする。だが、メダイはお構いなしに蟲玉の一粒を鉄管の曲がった先に押し当てて逆側を吸い込む。スポンと蟲玉が鉄管の中に吸い込まれる。蟲玉は管の曲がっている部分に止まっている様だ。
「その管、長すぎないか?」アラクゴは怯えている。ナーキン城下町で散々ごろつきを捕まえ時には討ち取とるのが仕事のアラクゴだ、当然、強姦や殺人の下手人も混じっているし、被害者も見ている。そのアラクゴがわずか太さ5mmの筒に怯えている。
メダイが近付くとベッドの上でじりじりと後ずさりするアラクゴだが、ベッドの奥の壁で阻まれてしまう。強姦された女性の全裸死体と、強姦したごろつきの下半身むき出しのシーンがアラクゴの脳裏を襲う。
冷静になって観察すればメダイの持っている鉄管は極めて細く、自分が体を洗う時の棒ブラシより細いのが判る筈だが、アラクゴは表情を強張らせる。
「まずは戦闘着の下を脱いで下さい」というメダイの言葉に観念したのだろう、アラクゴはすごすごと戦闘着のズボンを膝まで下ろす。
「そのまま、脚を開いて下さい」曲がった鉄筒の先がアラクゴの下着の股布に近付く。
「し、下着はいいのか?」アラクゴが小声になる。
「ちょっとズラして下さいね」アラクゴは恐る恐るで下着をずらそうとするが戸惑いで指がふらふらとしてしまう。
「お手伝いしましょうか?」ビルギッタが寄ってくる。まさか教会の女性序列一位に下着ずらしさせる訳にもいかず、えいや!と股布をずらす。
「おや、綺麗な色合いですね。アンダーヘアのお手入れも…」メダイは鉄管の先をアラクゴがずらした股布に添わせてスリットに押し当てる。
鉄管の冷っとした感触にアラクゴがピクっと驚く。メダイは「動かないで下さい、エッジは丸くしてありますが、動くと危険ですよ」と諫める。
「冷たくて、つい……」アラクゴらしくない弁解だ。
「尿道と膣を間違えると危ないので、じっとしていてください」
「自分でやれば間違えない…と思う」
「今からご自分でやりますか?」途中で交代は無理なのを見越してメダイがツッコミをいれると、「あ、やってくれ」アラクゴが折れる。
鉄管が体内に入ってくる不思議な感覚にアラクゴは戸惑っているが、痛い訳でも気持ち悪い訳でもなく、子供の頃にやっていた自慰を思い出す。するすると鉄管が15cmほど入り込みんだところで止まる。アラクゴも自分の膣奥に到達していることを感じ取る。
「はい、蟲玉を…」メダイは鉄管の反対側を口に含んでいる。
「これで蟲玉が入って…」アラクゴが言いかけたところでメダイが息を鉄管に吹き込み途中で止まっている蟲玉を送り込む。ひゅっという空気と小さいものが当たる感触で自分の体の奥に入ったことを実感する。
「終わったのだな?」アラクゴが不安そうな顔でメダイに問うと「はい、鉄管を引き抜きますので下着を戻して下さい」と引き抜きながら答える。
「意外と簡単なのだな」下着を戻しズボンを履きながらアラクゴは拍子抜けした表情になる。こんなことで要らぬ恥を…… アラクゴにとって痛恨事だ。
「これから数分で発熱があるでしょう、そのまま安静にしてください」ビルギッタの注意に従いベッドの上で仰向けになるアラクゴ。
横になってすぐにアラクゴは体が普段と違うことを感じた。下腹部から始まった得体の知れない躍動感が溢れてくるのを感じる。
「なんか体がおかしい…… 」
アラクゴの訴えにビルギッタとメダイが手分けして体温測定と脈拍・呼吸を調べ始める。「体温平常」「呼吸やや荒い」「脈拍…問題なし」「発汗あり」「気分は?」といったやりとりが始まる。
発熱というよりも体が勝手に張り切っている…漲(みなぎ)っている様にアラクゴは感じていた。下腹部から発したその感覚は上半身・下半身から手足に伝わっていく。その漲りが拡大していくのを感じ取る。続いて筋肉がぴくぴくと力が入ったり抜けたりが続いた。身動きには支障がなさそうだ。
3分ほどの身体の強張りと弛緩が繰り返された後、平温より2〜3度高い発熱が漲りと同様に下腹部から全身、手足に伝播していくのをアラクゴは感じていた。しかし、不思議と不快感はない。
「蟲玉の通常の反応ですね」メダイがビルギッタに確認する。
「発熱が普通より早いかしら?身体能力が高い子にありがちね」ビルギッタも蟲玉の反応としては問題ないと診断する。
「発熱がちょっと高めです。39度4分…6分」メダイが体温計を読み上げる。
「40度を越えますね」ビルギッタは何か期待している様な声。
「40度越えました、40度2分です」メダイも平然と読み上げる。
「40度?わたしが?」アラクゴは発熱で汗を流してはいるが表情は平静なままだ。寧ろ、ゆったりと全身の変化を楽しんでいる様にも見える。そして40度の体温でも平然としている。
「蟲玉の反応としては普通ですわ。特に女陰から挿入すると高い発熱になります」ビルギッタが説明するが、アラクゴは釈然としない。ちょっと熱っぽい感覚はあるが平常と大差ない、寧ろ快適といってよい。
「ほんとに40度?」アラクゴが信じられずメダイに聞く。
「はい、40度……6分…ここらへんがピークではないかと…」メダイが脈や手足の状態を確認しながら答える。
「不思議だなあ、そんな重病人みたいな体温」40度6分の状態が続くが、自覚がまったくないアラクゴはベッドの上で手持ち無沙汰にしている。ビルギッタとメダイは細かくチェックしているが何か問題があるという素振り(そぶり)もない。
蟲玉を挿入してから40分ほどでアラクゴの体温が下がりはじめ、ビルギッタとメダイは診察をやめる。
「ちょっと手足を動かしてください、まずは利き手から…」ビルギッタに言われて右手を持ち上げてみるが異常はない。
「異常はない、快適だ、軽く他も動かしてよいか?」
「はい、軽く運動などなさって下さい」ビルギッタが促すとアラクゴは起き上がって両手を振り回して足踏みをしながら「前とあまり変わらないが?」と不満そうだ。
「物を持ったり人と触れる時に注意して下さい」とビルギッタ。
「うん?なぜ?」
「たぶん、貴女、以前より力が強くなってますので…」
「元の体力が高いほど、発熱が多いほど、蟲玉が増やす力は増えます。貴女、たぶん、倍近い筈」とメダイが教える。
「倍?よく判らないが注意する」
「特に剣技試合ではお気をつけを……」
「あの兵士相手だ、気にしてたら勝てない」アラクゴが苦笑する。
【効果の確認】
宮殿前広場に戻ってみると見物人、ゼノビアが言うところの立会人の人数が増えている。
「さきほどのを繰り返しね。差があるといいわね」マリーがアラクゴを広場外周コースのスタート地点に誘導する。そこにはさきほどのミストラが待っている。
「準備させてくれ」アラクゴはコースの上で軽く屈伸体操する。体が随分と軽く感じられるがさらに数m走ってみると速い、軽いダッシュでも加速が速すぎてちょっと違和感がある。横で軽い準備運動をしていたミストラも驚いている。
「さっきより調子良いみたいだな、だが我が隊一番の俊足に勝てるかな?」マリーが少し蔑んだ様な目で見ている。
「あら、アラクゴさん、10年前は結構、脚は速かったですわよ」とゼノビアが嗜める。「先程みたいにスタート遅らせたり、抜いてから加速やめるとか舐めない方がよいでしょうね」アグリスも興味深げにアラクゴを見ている。
「ふん、あんなもので強くなれる訳もない、膂力のみでは決まらず…だ」ラハブもマリーと同様、蟲玉に否定的だ。
「じゃあ、そろそろ始めていい?今度はちゃんと走りなさいね、ミストラさん」とマリーがボールを高く放り上げる。二人の走者はスタートの姿勢をとりボールを見ている。
放り上げられたボールがコースの上で放物線を描きゆっくりと落ちてくる。
ボールが地面に着いた瞬間、二人はほぼ同時にスタートを切るが、アラクゴが半歩先に飛び出る。前回のスタートではボールが地面に付いて跳ね上がった時にアラクゴはスタートしていたが、今回は走りに慣れている自分より精密なスタートだ…… ミストラは少し驚くがすぐアラクゴの背後に回って自分への空気抵抗を減らし追走体勢をとる。
アラクゴの走りのスタイルは戦闘訓練スタイルそのままで前傾姿勢で腕の振りも小さく脚の上げ方も低い。戦闘訓練向けではあるが、平地を速く走るためだけならの背を垂直にして脚を上げるスタイルが優位だ。ミストラとしては無駄の多い走法のアラクゴに付いていけば途中で抜きさることが容易いと考えていた。実際、コース半分のところでアラクゴに並び、徒競走用のスタイルで追い抜いていた。
追い抜かれたアラクゴもミストラの後ろにぴったりと付けている。
「走り方が随分違うな?」鋭敏になったアラクゴの感覚は、前方のミストラと自分の走法の差を全力疾走中でも感じ取った。「背を伸ばして、脚を高く?」…ミストラの直後を走っているので具体的な差を読み取るのは簡単だった。「真似てみよう」ゆっくりと前傾姿勢から垂直に、脚の上げ幅をあげてみる。「ちょっと慣れないな」と感じるがミストラとの距離が狭まっている…… つまり、加速していた…… 気づいたら並び返していた。
「なんで?この加速、ここで出る?」残り150m、ラストスパートの前に抜き返されたミストラは驚く。このままでは置いて行かれるので無理な残距離からラストスパートを掛ける。それ以上は引き離されなかったが、その距離差は縮まらず、さらにミストラはゴール手前20m程で力尽き、10m差を付けてアラクゴがゴールを駆け抜ける。
それ以後の検査も続き、蟲玉の効果は600m走で5秒短縮、持ち上げは30kg加重、槍投げは20m延長と目を見張るものが示された。残る剣技試合は、防具の有無・武器の長短で明確にアラクゴが不利なものだ。アラクゴがどう対応するか?1本とれるか?、皆の注目が集まる。
剣技試合前の小休止、アラクゴの周りに人だかりが出来る。「凄いですね。槍投げの成績があんなにアップするなんて」「ミストラ殿が走りで負けるのって何年ぶりかな?」など色々と励ましのつもりだろう。アラクゴにとってもそう悪い気分ではなかった。
「ずるいぞ、お前だけ抜け駆けするとは」アグリスがアラクゴの傍らに近づいて冗談めかして本音を言うが、アラクゴも「アグリス准将を誘うがひまがなくて」と謝る。
「蟲玉は修道院の者が挿れてくれた。まだ、兵舎にいるはずだ」とアラクゴが教えると「この剣技試合の結果、楽しみにしている」と言い残し、アグリスはゼノビアの元に戻る。
プレートアーマーを装着しているデラニーの周りにも小さい人だかりが出来ていた。マリーやラハブ、それにゼノビア直下の宮廷近衛隊の者たちだ。「蟲玉とやら、侮れない」「膂力で決まるものではない、いつも通りに実戦と同じ様に振舞えばよい」「一発当たれば楽勝だ」などと励ましている。だが、デラニーはアラクゴの変化を見て少し不安になっている。
実際、一本目の股下からの一撃は決められたと思っていたが間一髪で偶然逃れただけだ…… 今のアラクゴの速度と機敏に勝てるか?力押しと重量での攻めで対抗出来る筈だ…… と募る不安を抑えようとしている。
どちらの人だかりにも入らずに宮殿前広場の中央に陣取っているゼノビア。そのゼノビアにアグリスが何やら耳打ちをしている。耳打ちに相槌を打ってはたまに口元を隠しながらアグリスに返事をしている。
剣技試験が始まる前に、アグリスはゼノビアの元を離れ、十数名の部下を引き連れて宮殿横の兵舎に入っていく。アグリスも蟲玉容認派、いや採用派なので既に部下には説明済みでアラクゴの結果を見て希望する部下とともに蟲玉投与を受けに行っているのだろう。ゼノビアは剣技試合の結果を見て決めるつもりなのだろう。
アラクゴは前回と同じ短剣2本を手にして振り回してみる。前回よりも軽く感じられるのは蟲玉の効果だろう。華美な装飾は自分には似合わない気恥ずかしさもあるが、ナックルガードがなく自由に持ち替えが効くのが気に入った。このまま次の剣技試験でも使うことにする。
【剣技試験】
準備が整ったアラクゴとデラニーが広場中央の剣技エリアに向かい合う。両者一礼のあと、ゼノビアが立ち上がり右手をあげる。デラニーは右肩に剣を乗せ横に払い切る体勢、アラクゴは両手の短剣を逆手に持ち替えて体勢だ。
「剣技試験、1本目、開始!」ゼノビアが右手を振り下ろすとアラクゴは初回の1本目と同じく一気にダッシュ…初回の様な正面への走り込みではなく、右肩に大剣を担いでいる右腕に向かって飛び出す。
大剣の薙ぎ払いを回避するだろうと予想していたデラニーは右半身を引きながら左手の金属小手防具でアラクゴを払い飛ばそうとする。デラニーの左手を右手の逆手に持った短剣で防ぎながらアラクゴはデラニーの右脚にタックルを掛ける。
右側にしがみつこうとするアラクゴに右肩に担いだ大剣を振り下ろすが、近すぎて当たらず、徒に地面に突き刺さる。アラクゴはデラニーの右足の後ろに回り込み、デラニーの膝裏にダガーを叩き込む。
ガギン…… 短剣が歪みながらプレートアーマーの右膝の留め具を破壊する。アーマーの膝肘といった関節部の接合は弱く、破壊されると動きの自由度が喪失する。右膝が曲がったままで固定されたデラニーは移動できなくなってしまった。
背中をとったアラクゴはデラニーの背後に体当たりして押し倒す。地面に俯(うつむ)けに倒れ込んだデラニーの背中に馬乗りになって立ち上がれない様に押し付ける。動きを止めたプレートアーマーの兜と胴着の隙間に短剣を差し込む。
「それまで!アラクゴの1本!」ゼノビアの判定の声が響く。アラクゴはすぐに立ち上がったがデラニーは曲がったままの右膝のままで立ち上がれない。負傷者手当要員の修道女たちがデラニーに駆け寄ってアーマーを外して負傷情況を確かめている。
「怪我はありませんが、膝の甲冑が食い込んでいて…」修道女がゼノビアに報告する。
「立ち上がれないみたいね、次の相手はいます?」ゼノビアがマリーに聞く。
デラニーを宮廷横の兵舎に運び込ませながら「すぐに準備させます」とマリーはゼノビアに答える。
マリーの部隊のハーフアーマーの軽装歩兵が兵舎から出てくる。肩当て胸当てと膝上の鉄板を織り合わせたスカート、肘膝から先は布の防具の女性兵だ。右手には鞘に収まった1m程の細身の剣、左手には小型の盾を携えている。
「デラニーの代役、すまんなケイシー」マリーが剣技エリア手前に立つ女性兵に声をかける。
「……」ケイシーと呼ばれた女性兵は黙って頷き、アラクゴを見ている。
「勝てそうか?」マリーが心配そうに聞くと、「デラニー殿の、いや、重装兵の弱点をよく見極めた戦いをされていましたね」と答えている。
「自信はあるか?」マリーが再度、問う。
「身のこなしと判断力、手強いと感じますが、ぜひともお手合頂きたく」と答えて剣技エリアに歩き出す。
アラクゴも開始位置について、ケイシーと向かい合う。
「知略・策略集団戦の名将と伺っておりましたが、剣技もこれほどとは…」ケイシーが一礼しながら挨拶する。
「名将と言われてもな。将官拝命はつい数ヶ月前のことだ」
「ご謙遜を…… あれ程の剣技、間合いの見切り、うちの隊にも数える程しかおりません」
「ふん、その数える中にお前もおるのだろ?」アラクゴが苦笑交じりに答える。
「剣技はともかく見切りについては、隊一番と言われております」
「迎え撃つ敵は大半が軽装歩兵だ、練習になる、ありがたい」
ゼノビアが立ち上がり、「剣技試験、2本目、構え!」と号令を掛け右手を上げる。
ケイシーは開始ライン1m程後方で左足を引いて剣を右肩に乗せ、左手の盾をアラクゴに向ける姿勢を取る。アラクゴは逆手持ち短剣を持つ両手を体の前で交差させ中腰の体勢を取る。
ケイシーの構えは防御主体で間合いを測りつつアラクゴの動きを伺うものだ。間合いの測り合いではリーチが短いアラクゴの不利が大きくなる……。アラクゴは左手を背中に隠し短剣を逆手から順手に持ち替る。右手の短剣も順手に握り直し開始ラインぎりぎりまで進める。
両者の姿勢が整って「始め!」とゼノビアが右手を下ろす。
アラクゴはケイシーの左側、剣を乗せている右肩のさらに左側を目掛けてダッシュ。ケイシーも左手の盾で防ごうとアラクゴを正面に置くために向きを変えるが、さらにアラクゴはぐるんとケイシーの右側の空間に円を描く様に加速する。
自分の周囲をぐるりと一周し、さらに走り続けるアラクゴの意図が掴めず、困惑しながらも左手の盾をアラクゴに向けた体制でケイシーはその場で一回転してしまう。アラクゴが盾の影になるのもまずいので、相対位置の合わせとアラクゴの挙動確認がケイシーの神経を削って行く。
二周目中頃でアラクゴが左手の短剣を振り上げ投げつける素振りを見せる。ケイシーも左手の盾を上げて防ぐ体勢をとる。盾を掲げる時、打撃に備えたケイシーの右足が引かれるのを確認すると、アラクゴは速度を速めてケイシーの背後を伺う。
右肩に剣を乗せて右側にいる敵は討ちにくい。ケイシーは、より正面にアラクゴを捉えるため、先行して右転向することになる。アラクゴはケイシーの足さばきを見て、回転に合わせて右足を引いたタイミングで短剣投げのフェイントを掛ける。
投げられた短剣を左手の盾で防ぐために、盾を突き出すケイシー。右足をさらに引く格好になり、重心が右足に掛かる。その瞬間、アラクゴはケイシーの盾の下に右短剣を投げ付け、ケイシーの右半身に向けて突進する。担いだ剣を振り下ろそうとするケイシーだが、右半身が下がる動作で右肩の剣の動きが一瞬遅れる。
ケイシーの遅れて振り下ろす剣がアラクゴの背中を掠め空振りする。突進するアラクゴの肩がケイシーの右腰に当る。左手でアラクゴを払おうにも手の甲に付けられた盾が邪魔になり、さらに右足膝は後退動作で力が入らない。
腰にタックルを喰らい右膝が崩れたケイシー、腰砕けになり尻もちをついてしまう。アラクゴはすかさず短剣の先をケイシーの胸当ての隙間に突き入れる。
「ま、まいった」ケイシーが剣を投げ出す。「それまで!アラクゴの1本!」ゼノビアの判定の声が広場に響く。
「大丈夫か?」アラクゴはケイシーの手を引いて立ち上がるのを手助け。
「この試合、完璧に負けました」頭を下げるケイシー。
「こっちの動きを待ってくれたからな」
「最初から剣戟で動きを封じるべきでしたね」
「ああ、飛び込むのを待っていたな?」
「はい、剣の打ち込みと間合い取りには自信がありましたので…」
「その細身の剣、さぞや速い打ち込みであろう」
「しかし、それが封じられてしまい……」
アラクゴは落ちているケイシーの剣を右手で拾い上げ、軽く上下に振る。
「見た目よりしっかりした造りだな」
「はい、この剣で大剣を受けることもありますゆえ」
長さでは大剣と同程度だが、剣の峯の太さは大剣の半分程度だ。狭い屋内での戦闘には不向きな長さだが屋外では有効そうにも見える。数回振り回した後、ケイシーに剣を手渡すアラクゴ。
「さて、次も貴殿が相手かな?」
「そ…それは…マリー閣下のお考え次第です」ケイシーはマリーを見やる。
宮殿前広場のすみでマリーはラハブと何やら相談をしている。ケイシーに何かアドバイスでも考えているのだろう…と、アラクゴは考えていたが、どうも違う様だ。デラニーがフルプレートアーマーから剣技訓練用の胸あて・肘膝防具にオープンフェイスタイプの兜という軽装防具で二人の話を聞いている。
「デラニー殿との再戦になりそうですね」ケイシーが残念そうにアラクゴに伝える。
「今度は随分と身軽な出で立ちだな」
「練習用の防具ですね、軽量で動きやすい防具になります」
「前回より俊敏か?面倒な相手だ」アラクゴが苦笑する。
マリーらとの打ち合わせも終わったのだろう、デラニーが剣技エリアのアラクゴの前に移動し、開始位置のラインぎりぎりに立つ。
「剣は?」デラニーが剣を持っていないので訝るアラクゴ。
「ケイシー、剣を貸してくれ」と細身の長剣をケイシーから受け取っている。
長身で身軽な防具、さらに軽い剣… 重装騎兵を捨てた構成だ。一回目の様にはいかないだろう、一回目の大剣は相手を切り倒すタイプだったが、今回の剣は突き刺しも切りも出来る。アラクゴはデラニーが剣を変えた理由を考えた。
アラクゴが考えている間にゼノビアが剣技エリアの横に立ち、右腕を高く上げる。
「これが最後よ、三本目、用意!」
アラクゴはいつも通りに短剣を逆手に持ち、腰を落として低く構え一礼する。デラニーは両腕を頭上に伸ばし、両手握りで剣先をアラクゴに向けて構える、所謂、雄牛の構えだ。この構えは切るのも突くのも自在の構えでアラクゴにとっては面倒が増えた。デラニーの長剣の切っ先がアラクゴの顔に向けられる。アラクゴは右膝を折り曲げ、腰を低くしながら短剣を順手に持ち変える。
「始め!」ゼノビアが右手を引き下ろすと同時にアラクゴはデラニーの前に走り出す。デラニーは剣先を沈めてアラクゴの胸に狙いを付ける。デラニーの作戦は、飛び込んでくるアラクゴが間合いに入る前に左右どちらかに飛ぶ筈なので、それを見極めて剣で横殴りする…というものだ。
しかし、アラクゴは間合い直近になっても左右どちらかに飛ぶ気配がない。デラニーは剣を突き出してアラクゴの前進を止めようと左足を踏み込むが、アラクゴは左手の短剣をデラニーの左足目掛けて投げつける。
飛んでくる短剣を避けるためデラニーの左足が止まり、短剣がデラニーの左つま先の地面に突き刺さる。突きの途中で止まったデラニーの長剣を右手の短剣で擦り上げながら、アラクゴはさらに前に進もうとする。長剣を押し込まれたデラニーも押し返そうとする。
長剣の中頃と短剣の根本がぶつかり、押し合いでガジュギジュと軋む音が上がる。片手で押し込もうとするアラクゴと両手持ちで押し返すデラニーの力比べだ。30cm差長身のデラニーが上から抑え込む格好で押し気味だが剣を引いて立て直す余裕がない。
アラクゴも短剣の根本と鍔でデラニーの剣を支えるのに精一杯だ。さらにアラクゴは抑え込まれ徐々に後退を強いられる。一歩引き下がり、もう一歩…… コツンと引いた足の踵が何かにぶつかる。空いている左手で探ると先程投げつけて地面に刺さった短剣だ。
デラニーに気取られない様に体の後ろで短剣の柄を左手で握るアラクゴ。さらにしゃがむ姿勢を低くしながら一歩後退する。押し潰すかの様に抑えつけに掛かるデラニーはさらに前進しようと右足を上げる。デラニーの重心が左足に移った瞬間、アラクゴは下手投げでデラニーの鉄板スカートの中に投げ込む。カキン!デラニーの背後の鉄板スカートにぶつかった短剣が跳ね返ってデラニーの臀部を叩く。
「キャ!なに?」慌てたデラニーの手元が緩む。力が緩んだ剣を弾き返してアラクゴはデラニーの腰にタックルを掛ける。デラニーも長剣を振りかぶろうとするが、そのまま腰砕けになりズルズルと後退する。
押し倒されまいと踏ん張るデラニーは長剣を振り回してはいる。だが、剣が長すぎてアラクゴへの攻撃が出来ない。アラクゴは右手の短剣をデラニーの鉄板スカートと胸あての隙間にコジ挿れる。デラニーは剣を投げ捨てて、敗北の意思表示。
アラクゴが短剣を空に突き上げて勝利のポーズ、同時にゼノビアの試合終了の宣言。
【蟲玉の採否】
勝利したアラクゴのまわりに人だかりが出来る。当然、蟲玉の細かい説明、特に最初に摂取した経験者として皆が色々と聞いている。
「どれくらい強くなるのですか?」「見ての通りだ」
「どうやって使ったのです?」「口からではない方だ」
「あそこ、痛くなかったですか?」「ぜんぜん」
「生理はお遅れたりしません?」「予定は今月末だ」
「ご気分は?」「悪くない、むしろ(勝って)気分は良い」
「お腹が出たり、太ったりしませんか?」「腹は出てない、胸も大きくなってない」
「走っていて息切れしませんでしたか?」「息は荒くなったが苦しくはない」
「時間どれくらいで効きました?」「30分ほどだ」
「お腹すきません?」「ああ、腹が減った」
「たくさん食べちゃいそう」「太る頃には戦いは終わっているぞ」
質問が尽きない。マリーやラハブの部下もまじっていて、マイナス要因を探そうとしているのかも知れないが、アラクゴは素直に答える。
ラハブは評価試験の途中で蟲玉希望の部下とともにビルギッタやメルダから投与を受けていた。昼前には熱も収まり、軽い戦技演習を一般隊員とともにこなしていた。その戦技演習でもラハブは部下の打ち込みや防御姿勢が弱々しく感じていたが、ラハブの隊の者は、ラハブやその直近の部隊長が見せる演習から、蟲玉の効果を理解していた。
経口摂取を希望する兵士も居たが、アラクゴにあやかりたい兵士も多く、同じ腟内挿入を希望する者が多数だ。宮殿横の兵舎でアラクゴに投与したビルギッタとメダイの前に長蛇の列が出来る。蟲玉投与の手助けで女子修道院から20名ほどが駆り出され、兵舎のベッドで膣への挿入投与を支援している。
アラクゴの時に使ったL字型の鉄製挿入器が何本もフル回転して蟲玉挿入に使われている。発熱対応で看護担当の修道女も巡回チェックで忙しそうだ。ソヴィー軍は早ければ夕方には辿り着く情況で、蟲玉使用を決めた兵士たちにはそれほど時間がない。
人数が多いアラクゴの隊の者が大多数だがアグリスの部下も多い、ゼノビアの近衛隊の者もちらほら混じっている。昼過ぎには投与希望者のほとんどに投与が終了した。アラクゴの部隊の九割に達する四千五百人、アグリスの部隊の七割の千五百人、ゼノビアの近衛隊は三割の三百人が蟲玉を受けていた。
「マリーさんとラハブさんの部隊はどうしたのかしら?」蟲玉使用者リストを通読してマリーとラハブの部下が居ないことにゼノビアが気付く。マリーとラハブを呼び出して理由を聞いてみるか?と考えたが、連隊指揮官の二人が嫌っている…というのを今更聞くことになりそうで気が進まない。
「兵士個人の判断に委ねる、各隊長も部下に判断を委ねよ」と、ゼノビアが午前中の全軍訓示で示したことだが、連隊指揮官が嫌っているとなると希望する兵士もやりにくいのだろう。二人の部隊は宮殿とその周辺が管轄なので、攻め込まれても本格的な戦闘は数日後だ、希望する兵士の分も蟲玉はあるので待つことにした。
──── つづく ──
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