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短編小説|「あしたはきっといい日になる」

今度の旅行は、雨が降りそうです。

Yahoo!の天気予報を見る限り、降水確率は90%なので、ほぼ確実に降ります。嘘だと思って雨雲レーダーの予測を見てみても、やっぱり直撃です。

どうにかならないものかと思って、僕は偉い人にお願いに行くことにしました。

と言っても僕の知り合いにそんなに偉い人はいません。一番偉いのは誰か...と考えて思い当たったのは、僕がいつもお世話になっている小さなインテリアメーカーの社長さんでした。

社長さんに、

「今度の旅行の日、なんとかして雨が降らないようにできませんか?」

と聞いてみました。すると社長さんは困った顔をして、

「うーん、私にはそんな力はないなぁ。科学者に聞いてみたらどうかい?」

と言いました。なので僕は、知り合いの大学院生に聞くことにしました。

「うーん、天気の予報はできても、それを変えるってのはなかなかできたもんじゃないんだよ。それをやるとすれば、科学者よりもエンジニアだな。発明家だよ。僕らは発見の専門家だけど、解決の専門家じゃないんだ」

大学院生の分際で随分偉そうなことを言うな、と感心しましたが、エンジニアに聞くべきだと言うのはもっともな気がしました。

今度はベンチャー企業とかいうところでエンジニアをやっている人を訪ねました。

「うん、天気を変える、か。いやあ、ドラえもんがいたらちょちょいのちょいなんだろうけどねえ」

エンジニアの人はそう言って、遠くを見ているようでした。なんだか、寂しそうな感じがしました。

とうとう僕は、途方に暮れました。エンジニアの人にも天気を変えることはできないとなると、もう僕にはすっかり頼る宛がありません。

まいったな、と思いながら不恰好なてるてる坊主を作っていた時、不意に電話がなりました。

「はいもしもし」
「お、○○くん、天気を変える方法、見つかったかい?」

声の主は社長さんでした。

「いいえ、ダメです。ベンチャー企業?のエンジニアの人にもお願いしてみましたが、無理みたいでした」
「そうか...。○○くん、最後の手段があるんだが、聞くかい?」

びっくりしました。まさか、社長さんからアイデアが出てくるとは思っていなかったからです。どんなに寝ぼけた内容でも、きっと試してみようと思いました。

「それはいったい?」
「いいか、○○くん。プラスチックの薄いシートを、雲一体に貼るんだ。ついさっき、撥水性のシートが大量に手に入った。なんのために仕入れたかはちょっと説明しないけど、そんなに高い物じゃないからいくら使ってくれてもいい。また仕入れなおすさ。どうだ、やってみるかい?」

はっきり言って、何言ってんだこいつ、と思いました。だって雲はとんでもなく大きいのだし、そんなプラスチックのシートとやらが何枚あったところで、足りないに違いないからです。でも僕は、どうしても旅行は晴れがいい、と思ったので、やっぱりそのシートをもらって雲に貼り付けてみようと思いました。

自転車をこいで会社に行ったら、段ボールいっぱいのシートを積んだミニバンに乗って、社長が待っていました。

「来ると思ってたよ!じゃあ行こうか」

なんだか嬉しくなって、ジャンプなんかしてしまいました。

車内では、高橋優の「あしたはきっといい日になる」が流れていました。社長がこんな曲を聞くとは思っていませんでしたが、なんにせよ、今の僕らの気分にはぴったりの曲です。もう僕たちはルンルンでした。

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対向車がスリップしたような、してないような感じがしてーーそのあとからの記憶がありませんが、気づくと僕は病室にいました。どうやら事故にあったみたいでした。

目が覚めてから聞いた話によると、僕は丸2日眠っていたみたいです。社長さんは、残念ながら即死だったとききました。

僕はベッドの上で、いろんなことを考えました。まず思ったことは、旅行に行けないな、ということです。僕は旅行を楽しむためにシートを雲に貼りに行ったはずなのに、そこで事故にあって、結局旅行に行くことすらできなくなってしまったわけなのです。これを本末転倒と言わずしてなんと言うのだろう、と思ってすこし可笑しくなりました。

そして次に考えたのは、社長さんのご家族に申し訳ないな、ということです。社長さんの提案ではあったものの、僕のために車を出してくれて、その道中で亡くなられたのですから、僕が社長さんの家族なら、きっと少しだけ僕を恨みます。

でもなぜか、僕の気分はどん底というわけでもありませんでした。それは頭の中で、高橋優の「明日はきっといい日になる」がジャンジャカ流れていたからです。

目を閉じれば、雲ひとつない青天の下、旅行先を優雅に歩く僕と、その頭上をふわふわ浮かんでついてくる小さな高橋優が容易く想像できます。

明日はきっといい日になる。いい日になる。いい日になるでしょう。

僕はただ、気分とは裏腹にどんどん流れる涙をティッシュで懸命に拭き取りながら、おぼつかない口笛を吹いて、そして大雨の窓を見ているのでした。

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