番組を使い倒す
某局の職員ではないし、仕事相手でもない。それでも敢えて語りたいのは、自分の「スキ」の整理に役に立っているからだ。大河ドラマや大リーグ中継にアニメも見るが、今回取り上げたいのは、趣味や教養の射程を延長してくれるプログラムだ。
偏向報道や政権との距離の取り方、ヤラセ演出や不可解な人事など、多々ある問題は承知している。だが、大量の職員を抱える組織である限り、醜聞を撒き散らす人や、時代遅れの価値観を押し付ける人も紛れ込んでくるだろう。BBCやF2に比べて、公平性や取材力が低いと指摘も理解できるし、民放と程度の変わらない番組もある。それでもyoutuberやインフルエンサーなどの個人の思想に傾聴するよりは、遭難する可能性は低い。
ニュースや朝ドラなど、視聴習慣が付いている人向けの番組は変化が少ないが、趣味の深掘りや社会問題の伝え方など、時代に沿ったテーマを見せるリカレント教育プログラムの手法は、昔に比べて大きく変化している。外部のクリエイターを上手く使い、民放では難しい映像表現への挑戦がめざましい。世情を反映するスピードとクオリティは、タレントのキャラクターに依存する民放には真似できない。数分の連続情報番組や、3−4話で完結するドラマなどの演出も、民放ではスポンサーをつけにくい。その点、地上波とBSの4chを使い分け、内容に応じてチャレンジできる舞台を変えられる自由度は、番組の時間の融通も効きやすい。取材先の企業名や商品名は言葉には出せなくても、画面に映り込む分には許容範囲のようだ。
情報の整理方法や演出表現など、気になった番組をいくつか取り上げる。
「美の壺」
初心者のための、美の鑑賞マニュアルとして重宝している。名前は知っていても深く知らないモノに対する全方位なテーマの情報図鑑だ。この番組の売りは、習慣として見続けることによる、興味が無かったモノへの強制的なアプローチだ。時代を超えて今も残っているものは美しく、受け継がれているのには理由がある。伝統芸能、民芸品、特定の場所などジャンルを超え、国語辞典の解説をビジュアライズするように紹介している。テキストや写真の情報を30分の映像として見せることで、鑑賞のタッチポイントを明確にする。思いもよらなかったボタンが押され、大きな背景に興味がかき立てられ、深掘りしていくきっかけになる。
「光秀のスマホ」
織田信長への士官から本能寺の変までの明智光秀の行動を、5分×6回という時間での演出で、スピード感と臨場感を持って語られる。今風にエゴサーチやライングループ内での内緒話、フォロワー数を気にする様子など、遊び心にあふれている。POV(Point Of View)といわれる主人公目線のカメラアングルで、戦後時代仕様のスマホ画面でのやり取りだけで演出している。POVの主観映像は、ゲーム画面では慣れていても自分で操作できず、手持ち仕様の揺れがあるため、画面を長時間見せられるのは苦痛を感じやすい。それを、スマホ画面の内外で話が同時に進行するスピーディに演出することで、配信に慣れた視聴者層にも受け入れられやすかった。
歴史上の転機となった選択を、現代の戦略分析家や脳科学者など、異分野の研究者の目線で解説する「英雄達の選択」と共に、歴史を新しい切り口で見せる企画が秀逸だった。
「オリバーな犬、(Gosh!!)このヤロウ」
脚本と演出に加え、警察犬の役までこなした、オダギリジョーの才能が感じられるコメディドラマだ。「仮面ライダークウガ」で世に出た俳優だが、元々監督志望が強く、カリフォルニア大学での記入ミスで俳優コースを選んでしまったエピソードが知られている。無駄に豪華なキャスティングと、先の読めない演出は、イメージを裏切る。出演した作品の壁を壊し、可能性を広げることを信条としている彼ならではアプローチだ。映画の演出を理解した上で、どこまで自由に遊べるかを探っているこのドラマを見て、このテイストの商業映画も見てみたいと思う。
その他、地質と地形から地域の歴史を探索する「ブラタモリ」、目利きのバイヤーの買い付けの同行気分が味わえた「世界はほしいモノにあふれている」、植物学者目線による偏愛バラエティの「植物の生存戦略」、名作ゲームの舞台裏を探る「ゲームゲノム」、漫画の作者にカメラが密着して手法を解き明かす「浦沢直樹の漫勉neo」など、情報の切り口のエッヂが鋭いものが多い。
テレビ番組は、配信動画に比べて、タイムパフォーマンスが悪いと評される。それでも、タイムラインから流れてくる心地よい言葉から距離を取り、自分にかけられたフィルターを破くためのサーチエンジンとしての利用価値がある。最先端の情報はネットの方が、早いし詳しい。だが、自分の好みにカスタマイズされたSNSや、ブックマークしたウェブサイトでは出会えない動きを捉えるには、テレビ番組を検索窓として使用する方法も有効だ。自分で情報を選択しないで、判断だけ行う。たとえ借り物だとしても、オピニオンを持つことが推奨される時代だからこそ、フラットな姿勢が問われる。
情報の消費方法が問われている。バズった情報には打ち返すスピードが優先され、変化を追わないため変質していても気にされない。大きな波を乗りこなし、すぐ次の波に乗り替える技が、情報社会の生存戦略だと考えられている。耳触りのいいパンチラインを旗印に、共感を集めた者が勝っている世界だ。その姿に憧れて、列の後ろに我先に並ぶことは、賢い生存戦略ではないだろう。自分で考えることを止めて、真実や正義に見えるものにすがるのは楽だが、それは被害者予備軍への入り口だ。信じたオピニオンが、正義のままであるとは限らない。
ニュースやドキュメンタリーを見ても盲信せず、情報は全て不正確な部分があり、作り手のバイアスがかかっていると割り切れば、番組蘭も優秀なポータルサイトのトップページになる。事実は一つでも、切り取られたアングルでは、その一面しか見せることは出来ない。一次情報にさかのぼれば、真実には近づけるが、送り手の目で見ることで本質は変容する。各々の持つ価値観の相違点を突き合わすことは不可能だ。賢い視聴者となるには、幅広い知見が必要となる。
今年、某局はメインチャンネルの午後7時から10時までのゴールデン・プライムタイムを「番組開発ゾーン」と位置付け、ふだん見ていない層にもアプローチしていく取り組みとして,50本の挑戦的な番組を制作することになったらしい。「ゲームゲノム」もその一つらしいが、紹介するゲームが特定の企業の商品だとしても、新しい世界観や哲学的なメッセージなどがあれば、文化的な価値があるとして認められるようだ。
習慣で読んでいる雑誌の中に組み込まれた異物から受ける刺激は新鮮だ。同様に思いもよらない表現方法で知らされた情報は、自分の中の興味と欲望をリサーチするきっかけになる。未知の出会いを生むシステムを、日常に組み込むことが、情報の利用の上級者だ。その入り口は、意外なほど近くで、急速に進化を遂げている。
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