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【小説】哀しみの魔法 序章⑤ ステファノーチスからの教え

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𖤣𖥧ステファノーチスの授業①


「授業をはじめます。」

食卓テーブルで向かい合って座り、そう宣言したのはステファノーチスである。

「どうしたのさ、いきなり。」
「メリハリって大事でしょう?」

そうだけど、と渋々ながらも話を聞く体制を整えるブルンフェル。
今日は薬屋の定休日。
余程の事がない限りは、店にお客は訪れない。
朝からのんびりとした2人だった。

「はい、先生。いつでもどうぞ。」
「……。じゃあ今日は、生き物についてにしましょう。」

そう言うと、テーブルの上に厚くて大きい図鑑のような本をブルンフェルが見やすいように置く。
表紙には蛇のような、でももっと勇ましく足の生えた生き物が描かれている。
ステファノーチスは若干のホコリを手ではらい、ゆっくりとその表紙を開けた。

「ブルは今まで、どんな生き物に会ったことがあるかしら?」
「えっと、兎にリス、カエル、蛇でしょ?遠目から見たことあるのは熊、オオカミ、レイブン、鷹……あと、集落の家畜の山羊と鶏と、犬と猫と馬?」
「そうね。私たち人型の生き物を除けば、ここら辺でよく見ることの出来る生き物はそんな感じね。」

「では、生き物と言っても大きく分けると2種類います。その違いは、魔法神経があるかないかになります。」
「魔族以外にも、魔法神経がある動物がいるってこと?」
「その通り。でも、いま言ってもらった動物たちはみんな魔法神経をもちません。そして魔法神経を持つ動物は、今は魔族以外ほとんどその姿を見ることが出来ません。」

ステファノーチスはページを順々にめくる。
グリフォンやドラゴンに始まり、より人型に近いマーメイド、ハーピーなどが絵と共に詳細に書かれている。
その殆どが、使役の為の乱獲、自然淘汰などの理由により姿を見せなくなり、今では本当にいるのかさえも曖昧になったという。

「マーメイドは、暖かい地域に行けばまだいるとはきいた事があるわ。私は見たことがないけれど。」
「ふーん。」
「それから、私たちによく似ている動物…というより種族もいるわ。」

次のページをめくると、一見魔族のようにも見える人型の絵が描かれていた。

「エルフというの。」
「魔族と何が違うの?」
「エルフはね、物凄いわよ。」

本にはこう書かれている。

■エルフ
成人身長:170cm~200cm程(個体差あり)
成人体重:60kg~80kg程(個体差あり)
平均寿命:測定不能

細身で高身長な容姿の整った人型の生き物。
耳は魔族よりも長く、翠眼、髪は金色であることが多い。
独自の生活圏を持ち、人間や魔族から距離を置いて群れを成さず単独で生活している。
言葉や行動に感情が乗り難く、他の生物にとっては威圧的に感じることもある。
感情が無い訳ではなく、その行動は桁外れな理性によるもの。
魔法の能力はあらゆる魔法生物の中で特に秀でており、魔族はその足元にも及ばない。
詳細な生態は不明。
万物の理の理解者。

「最後のどういう意味?」
「聞けばなんでも答えられる程全てを知っている、って事だと私は思ってるわ。エルフ側にその気があればの話だけど…。」

"エルフ側にその気があれば"
魔族と似通った種族でありながら距離を置いている。
つまり、大昔に魔族との間に何らかの確執が出来たのか、そうでなくしても彼ら自身がこちらに近寄らないというのであれば、その気にならない事の方が多いだろうと説明した。

「そういえば、王妃様の家系がエルフとの混血だって話を聞いたことがあるわ。きっとそんな堅物なエルフを突き動かす程のロマンスがあったのね!」
「はいはい…。つまり、エルフはめちゃくちゃ強くてめちゃくちゃかっこよくてめちゃくちゃ頭が良くて、意味わからないくらい長生きな種族ってことだね。」

ロマンスを想像してふにゃふにゃになったステファノーチスを横目に、ブルンフェルはさっと次のページをめくった。

「あーー!!わたしこの動物がこの本で1番好き!」

子どものようにはしゃいだのはステファノーチスだった。
書いてあったのは、猫の背中に蝶の羽を付けたような生き物。

「レピドフェリスっていうの。私が子供の頃は、貴族の人達が好んで飼っていたはずよ。」
「かわいい…。」

ブルンフェルはどちらかと言うとかっこいいものが好きなのだが、さすがにレピドフェリスという生き物の愛らしさには勝てなかったようだ。
まず猫の部分は、普通の猫と同じように短毛長毛様々な毛色があり、羽の部分が青いモルフォ種、アゲハのようなパピリオ種、蚕のようなボンビクス種などその他にも組み合わせが多岐にわたると書いてあった。

「この動物はあらゆる生き物に愛されるように進化したって言う研究者もいるくらいだから、愛好家が大事に育てているんじゃないかしら。」

ステファノーチスはまたページをめくる。
今度は、表紙に描かれていた蛇のような勇ましい動物が現れた。

「これは?ドラゴンにも似てるけど…」
「龍ね。」

ドラゴンは巨大な翼を持ち、属性に準じた攻撃を仕掛けてくる。
例えば火属性ならば炎、氷属性なら氷柱など、出会い頭に他生物を敵とみなし襲いかかってくるとても危険な生き物である。

「ドラゴンは龍と区別する為に、有翼竜という呼び方もあるわ。かといって、龍を無翼竜とは呼ばないのだけれど…。」

■龍
体長:1km~
体重:測定不能
平均寿命:測定不能

翼がなくとも、常に浮遊し続けられる生物。
食べ物など詳細な生態は不明。
あらゆる生物の言葉を理解し、即座に意思疎通が出来る。
世界の真理を知る。

「さっきからこういうの多いけど、これ書いた人って何者なの?」
「さぁ…ね。一応著者が魔族ってことはわかるんだけれど…。魔族って長く生きるから、記憶分野は魔法で補う事が多いでしょう?そもそも本なんて本当は要らないのよ。まぁ私は魔法に自信が無いから、記録を付けて見返す事で何とかしているけれど。そんな便利な魔法に頼らずに本にするって事は、面白い人というか…なんと言うか…。」
「変な人だね!」
「こら!」
「まぁ、僕もファニーにならって記憶は魔法に頼ってないから、仲間だけど。」
「それにしてもあなたは本当に記憶力がいいのよね。」

ブルンフェルが、そうでしょ?と言わんばかりにニンマリと笑う。

「世界の真理って、胡散臭いな。」
「ここに載っている生き物のほとんどは、会うことが出来ないって言ったじゃない?もちろん数が減った事が原因なのもあるし、口伝とかそういう類のもあるんじゃないかしら。」
「龍は居たらいいな〜。絶対かっこいいじゃん。」

ステファノーチスはくすりと笑った。

「食べられないように強くならなきゃね。」
「はいせんせー。」
「まぁ、私が教えられるのは私でも出来る事と、口で伝えられるものになっちゃうけど。」
「僕が言うのもなんだけどさ、ファニーは教えるの上手だと思うよ。じゃなきゃ僕も1発では覚えられないよ。」
「あらそう?ありがとう。」

どうやら龍のページでこの本は最後だったようだ。
本を閉じて、今日の授業は終わり。

背表紙の端には小さく胡蝶蘭の花が描かれていたが、2人とも特に気にする事はなくその本は本棚へと戻された。




𖤣𖥧ステファノーチスの授業②


ブルンフェルの来訪から30年後

この日はステファノーチスが麓に降り、集落の訪問処方をする日だった。
ブルンフェルはそれに着いて回りながら、畑の手伝いで呼び止められたり、人間の子どもたちの遊び相手になったりと右往左往していた。
集落の人々との関係も良好なまま、順調に成長している。

「あ、ブルンフェル!」
「あれ?ヨナス?」

子どもたちと遊んでいると、急に近くの家から出てきた男性に呼び止められた。
ブルンフェルよりも遥かに背が高く、ヒョロっとした男だ。

「やぁ、久しぶりだなぁ。元気だったか?」
「ぼくは見ての通り相変わらずだよ。ヨナスの方は?」
「もちろん元気さ!それに、この前子どもが産まれたんだ。」
「こども…」
「今日はそれで両親に顔を見せに来たんだよ。ブルンフェルも見ていってくれないか?」

隣町へと婿入りして行った男性が、実家のある集落へ里帰りしに来たようだ。
ブルンフェルは、意気揚々と浮かれる男性に背中を押され家の中へと案内された。

「おじゃましまー…す…。」
「あらぁブルンフェルじゃない!いい所に!」
「こっちこっち!」

椅子に座った女性に抱かれた小さな命。
男性の両親や兄妹に囲まれて実に幸せそうである。

「魔族の…男の子?」
「すぐそこの薬屋の子だよ。俺が小さい頃、沢山世話になったんだ。あぁ、歳は同じくらいだよ。」
「あら、そうなの。はじめまして、ヨナスの妻です。」
「ブルンフェルです。」
「赤ちゃん、見るのは初めて?」

首を縦に振る。
おくるみを少しだけ緩めて、ブルンフェルから赤ん坊の顔が見やすいように傾けてくれた。
ぷっくりとした頬は少し赤らんでいて、小さな2つの瞳がブルンフェルを捉えると、にっこり笑って腕をバタバタとさせた。

「女の子なのよ。もしかして面食いなのかしら?」
「おいおい、勘弁してくれよ…。」

部屋中が笑い声で溢れた。
魔族というものは、人間にとっては容姿が整っていて美しくみえてしまうもの。
それは男性も女性も同じで、ほとんどの人間が魔族を愛でたり崇めたくなるような生き物のつくりをしている。
ここに居合わせた全ての人間が、ブルンフェルの事を愛おしく思っており、赤ん坊もまた同じように反応したのだろう。

そんな中、ブルンフェルは"沢山の家族がいる"暖かみというものを目の当たりにして少しだけ心臓の辺りがチクッとした。

男性の家を後にして、ゆっくりと歩きながら考える。
家にはステファノーチスがいる。
何不自由なく暮らせている。
しかし、彼女は師であり『母』ではないのだ。
ステファノーチスは、ブルンフェルが拾われた子だということを直接伝えてはいないが、彼は薄々気付いている。
集落の人々を見ていれば否が応でも気付いてしまう。
彼らには父と母がおり、何らかの理由で片親だとしても兄弟姉妹も含めて容姿に似ているところがある。
ステファノーチスとブルンフェルとの間にはそれが全くもってない。
だからと言って、本当の両親について聞きたいとは思わない。
ステファノーチスが伝えたいと思った時に、改めて伝えてくれればそれでいいと思っているのであった。

その後、処方を終えたステファノーチスと合流したブルンフェル。
昔馴染みの家に子どもが出来たことを報告すると、とても喜ばしい事ねと、彼女も愛しさで顔を綻ばせた。

「あ!では、帰りながら子どもについてのお勉強をしましょうか。」
「どんな勉強さ…。」
「ちゃんとあるわよ?魔族だけの特徴ね?」

微妙な顔をしつつ、いつものようにはーいと間延びした返事をする。

「魔族には子どもの授かり方が2つあります。」
「2つ?」
「ひとつは、日々の営みの中で授かる方法。人間やそのほかの動物たちと同じようにね。」
「うん。それはわかるよ。」
「もうひとつは、魔法を使って授かる方法。これは魔族にしか出来ない方法です。」

父となる者と母となる者の魔力をかけあわせ、魔法そのもので人体を編み上げる方法だと説明した。

「召喚魔法というものもあるけれど、それはこの世界のどこかに存在する何かを転移によって出現させる魔法よ。召喚する物にも寄るけれど、特別大きくない限りは身の安全は保証されているわ。」
「身の安全…?てことは、魔法で子どもを作ろうとするのは危ないってこと?」

ステファノーチスは立ち止まった。

「何も無いところから何かを作り上げる魔法の事を、錬成魔法と言います。そして、魔法で授かった子どものことは錬成子と呼ぶの。錬成子は、両親の魔力そのもので出来ていると言っても過言では無いわ。」
「はい。」
「治癒魔法は、この前やったからわかるわよね?」
「他人の怪我や身体の不調を治す魔法で、初歩的な治癒魔法は術者が直接魔力のみを注ぐことで回復の速度を上げるもの。高度なものになると、傷や不調に直接作用するように働きかけるもの…?」

よく出来ました、とブルンフェルは頭を撫でられた。
ステファノーチスが続ける。

「錬成魔法というのは、その応用も応用。極大魔法とでも言うべきかしらね。存在しない人体を1から編み上げるのだから、とても大きな魔力が必要でね。術者が枯渇状態になりやすいのよ。」
「枯渇…魔力切れ…。」
「私の両親はね、それで亡くなったの。」

ブルンフェルは少し目を見開いた。
夕陽がステファノーチスを照らし、彼女の輪郭が橙色に染まっている。
ブルンフェルの位置からは、逆光で彼女の表情はよくみえない。

「私には妹がいるんだけど、錬成子でね。頭も良くて、顔も良くて、愛嬌があって。両親の魔力そのもので出来ているから、魔法も私なんかよりとても得意でね。でも妹が、フリチルが産まれて、10年も経たない間に…。」
「ファニー。」

ブルンフェルは思わず、ステファノーチスの袖を掴んだ。

「大丈夫だよ。魔法で授かるのには代償が大きいって事だよね。錬成魔法を使う時は、うんと気をつけなきゃいけないってことだよね。ね?」

不安そうに見つめるブルンフェル。
ステファノーチスはあまり身の上を話してこなかった。
でも、この話は彼女をなにか不安定にさせると直感が働き、ブルンフェルは話を制止し矢継ぎ早に要約した。

「そうね。それから、錬成子は魔法で作られているから、骨とか残らないのよ。魔法の粒となって消えていくの。血みたいなものも一応あるけれど、全てが魔法だから見てくれだけね。」

ブルンフェルは彼女がいつもの説明口調に戻り、ホッとして掴んでいた袖を離す。
2人はまた歩き始めた。
森の入口に差し掛かると木々が覆い茂り、夕陽が届かなくなってくる。

「あとは、元々髪の毛の色が多彩な魔族だけれど、錬成子は能力の高い人が多いから、ハッキリした明るい色合いが多いわね。ほら、私は土魔法が得意なポンコツだから、こーんなパッとしないくすんだ色。」

ふわふわと縮れた髪の毛をつまみながら説明する。

「じゃあ僕は何が得意なんだろう?銀って…一体なに?」

歩きながらブルンフェルの肩を優しく抱き寄せさする。

「あなたはね、特別よ。うーんと特別。きっとやろうと思えばなんだってできるわ。」
「なんだかそっちの方がパッとしないけど…。」
「そうかしら?なんでも出来るって凄いことよ。もちろん、沢山学ばないといけないけれどね。」
「はいせんせー。」

木々の間、一本道を抜けていく2人。
今日も1日がつつがなく終わる。



次回:哀しみの魔法 序章⑥
ある冬の日

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