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【小説】哀しみの魔法 序章③ ステファノーチスと弟子のブルンフェル

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𖤣𖥧赤ん坊の名前


赤ん坊が来てからというもの、ステファノーチスの家には薬目的ではない者たちの出入りが多くなった。中には、なんの対価もなく食べ物を恵んでくれる者やステファノーチスの代わりに赤ん坊をあやしてくれる者など、毎日を静かに過ごしていた彼女にとってはとても賑やかなものだった。

「そういえば、この子の名前は?」
「え………?」

「(((え……………???)))」

部屋が一瞬にして静まり返った。
村人達は、ステファノーチスの方を見て驚愕している。

「この数日間なんと呼んでいたんだい?!」
「え、えぇ…いや、だって、もしかしたら親が現れるかもしれないし……その…」
「「「絶対にないっ!!!」」」

集落の人間達は口を揃え、とにかく名前を付けるようにとステファノーチスを説得する。

「でも私たち魔族の間では、子どもの名前は母親が付けるという決まりがあるんです。だからそこら辺もよく考えないと…。」
「大丈夫よ、もう母親みたいなもんじゃないか!」
「あんたなら絶対いい名前を付けられる。」
「それに、実はとうに考えていたんじゃないのかい?」

そうね…、と呟く。
赤ん坊を抱き、その背中をトントンと軽く叩きながらあやしているステファノーチスは目を瞑った。
しばらくそのまま黙り込んでいたが、ゆっくりと目を開き赤ん坊と目を合わせる。

─────ブルンフェル

ステファノーチスがまるで赤ん坊に語りかけるように呟くと、それに応えるかのように喃語を発し両腕をバタバタと動かした。

「ほら、応えたよ。なんていい子なんだい。」
「とっても聞き分けの良さそうな子だねぇ、うちの男どもとは大違い!」
「そうだろうさ!」

笑顔の絶えない暖かな空間に、ステファノーチスの表情も綻ぶ。

「困った時はあたしらを頼るんだよ。」
「私たちに出来ることがあればね!」
「いつもお代以上に助かってるんだから。」

「ありがとう。」

魔族の成長は人間よりも遅い。
厳密に言えば、人間で言うところの3歳くらいまでの成長は、たったの2ヶ月という僅かな期間で終える。
それはまるで野生に生きる動物たちが、生まれてすぐにでも天敵から逃れる力を付けていくように、凄まじい早さだ。
しかし、人の言葉を話し始めて自我が芽生えてからは、精神年齢によって身体の成長具合が決まる。
精神の成長にはどうしても時間がかかってしまい、個人差はあれど急激にその速度が落ちるのだ。
心が子どもであれば、一生大人の姿になれないというのが魔族の特性のひとつである。
そして、魔族で言うところの成人の目安はおおよそ100歳。
だから、この人達がブルンフェルの成人した姿を見ることはないだろうけれど、彼らに出来うる限りしっかりと見届けて欲しい。
彼らの代が替わっても、ずっと人々から愛される子に育って欲しい。
ステファノーチスはこの日、そう願うのだった。




𖤣𖥧少年ブルンフェルのとある1日①


約20年後。


ブルンフェルと名付けられた赤ん坊は、少年と呼べるほどに成長した。
野山を駆け回り、時にはイタズラをしステファノーチスに叱られる。
しかしやんちゃではあるが、ここぞという時に聞き分けもよく頭もいい。
ステファノーチスが教えた事はすぐに吸収し、みるみるうちに自分のものにしていった。

例えば、薬作りもそのひとつだ。
彼女が作っている横で眺めていれば、大方その通りに出来てしまう。
特に、魔法を使わなくても生成できる傷軟膏や各種痛み止めの薬なんかは、すぐものにしてしまった。
今でこそ手際良く出来ているステファノーチスだが、ものすごく器用という訳でもないので、覚え始めの頃は大層苦労している。
彼女にとってブルンフェルの成長は嬉しくも、自分の能力の低さに溜め息が絶えない日々であった。

さて、ここでブルンフェルのとある一日を覗いてみよう。

彼の朝は早い、訳では無い。
大体はステファノーチスが日の出と共に目覚め、その支度をしている物音で起きる。
汲み置きされた水を使って洗面器で顔を洗い、寝ぼけまなこで着替え、2階から店と台所のある1階へと降りる。
パンや干した果物、ヤギのミルクなどが並ぶ食卓へ。
ちょうどステファノーチスがスープを温めて来たようだ。

「おはようファニー。」
「おはようブル。」

ブルンフェルは、喉が乾燥しているようなガラガラとした声で朝の挨拶をした。
パンの横に、取り分けられた湯気立つスープが置かれる。
2人とも黙々と食べ、食事が終わると片付けは一緒にする。
そしてステファノーチスが店の準備を始めている最中、小さなポーチ付きのベルトを絞め、厚めの皮で出来たベストを着る。

「今日はどこまで行くの?」
「上の方に登ってみるー。」
「じゃあ見つけたらで良いから、ウバユリを採ってきてくれる?」
「実は付いてた方がいい?」
「根だけで大丈夫よ。素手で触らないようにね。」
「はーい。」
「5つくらいでいいわよ。あんまり採ると無くなっちゃうから。」
「はーい。」

お互いに支度をしながら、大きめの声で会話をする。
持ち出した背負子の中には、彼の身体に合う小さめの弓矢と釣竿、そして布で隠すように入っていたのは、彼にとってはまだ少し早い中級魔法の教本。
ステファノーチスに見つかれば没収されるところだが、その後何食わぬ顔で家を出発した。


木々が覆い茂る獣道を、山を登る形で進んでいく。麓の集落方面とは違いどんどん森は深くなって、日がある時間帯でも辺りはいつでも仄暗い。ブルンフェルはしばらく行くと、早速お使いを頼まれていたウバユリを見つけ、綺麗に根だけ採って柔らかい布に包んで背負子の1番上に優しく入れた。進んでは収穫、進んでは収穫。そうして、苦労すること無く5つ集まった。

お使いを早々に終えて、軽く息を整える。
大きな岩壁のある場所へ行き着いた。
これ以上先、つまり山の頂上にはどうやっても行けなさそうである。
岩壁はまるで大きな刃物でスッパリと切られたかのように、手や足を引っ掛けられそうな凹凸が全くない。
その周りもぐるっと1周したことがあるが断崖絶壁であり、浮遊魔法が無ければ頂上には行けないだろう。
ブルンフェルはまだ浮遊魔法を知らない。
まだ初級魔法を習得し終えていないのと、ステファノーチス自身が出来ないという事で、教本があってもどうやっても教えられないという事だった。

そこで勝手に持ち出した教本の出番である。
採ったウバユリの根が潰れないように、順番に背負子の中から出していく。
教本の表紙を眺めて少しニヤつくブルンフェルだった。

よく岩壁を見てみると、ほんの少しだけ傷の付いている箇所がある。
どうやら教本を持ち出しては、ここに来る度にこっそり魔法の練習をしているようで、その他にも足元には炭化した木の枝や真っ二つになった石等が複数転がっている。

「雷《いかづち》の魔法…?」

パラパラとめくった教本の真ん中らへんで、浮遊魔法よりも先にふと目に止まった。
長ったらしい文字で書かれた原理のページをめくると、雷の魔法を使う魔族の絵があった。
あまり立体感のない古風な絵。
ブルンフェルがグローブを外してその絵に軽く触れてみると、絵が勝手に動きだした。

絵の中の魔族が片手を上に掲げる。
頭上にもくもくとした暗雲が渦を巻いて発生し、その中で小さな光が点滅する。
暗雲が次第に大きくなるにつれ、光の点滅も激しくなる。
そして最後に、大きな暗雲から地面へと閃光が打ち付けられた。

絵はその一連の流れを繰り返す。
何度も何度もその様子を確認する。

「雲ってことは、雨…まずは水かな。」

荷物や教本が濡れないように、少し遠ざける。
胸の前で広げた右手で、じゃがいもほどの水の玉を作ってみた。
が、それはそのまま地面へと落ちて土を濡らす。

「浮かぶ程軽く…。」

今度は同じくらいの水の玉を細かく細かく分裂させていく。
いつの間にか胴体と同じくらいの大きさの霧状のものが出来ており、上手くいったと笑みが零れる。

「風…。空からは雪も降るっけ。」

教本の動く絵を思い浮かべながら、霧の一部を凍らせ風は渦を巻くように。
段々早く。
細かな水と氷が消えないように、もっと早く。
すると、目の前には暗雲が出来上がり、チカ…チカ…と中で光を帯び始めた。

順調に暗雲が大きく育ち始めたその時。

「いっっっ!!!!?」

ブルンフェルは右手を押さえるようにしてうずくまった。
暗雲は空気に紛れて消えてしまった。
改めて痛みのする場所を見てみると、人差し指の先が少し腫れている。

「なんだこれ…、っっったぁ!!!!えぇ??」

触れると、細くて長い荊でも刺さったかのような鋭い痛みが走る。
深いため息をしながら、教本やら何やらを背負子の中へと片付け、苦痛に顔を歪めながらグローブをはめて、言い訳を考えつつとぼとぼと家路に着くのだった。

昼前─────

岩壁のある山頂近くから、中腹の彼らの家まではそう遠くない。
もとより山といっても、集落からもっと遠くに見える山脈に比べればずっと可愛いものだ。

ブルンフェルは店の前の扉に佇み、入る機会を伺っている。
話し声が聞こえるので、きっとまだお客がいるのだろう。
考えているうちに、そのお客は店からでてきた。

「やぁブルンフェル。元気かい?」
「うん…まぁまぁ…かな。」
「うん?」

覇気のない返事に首を傾げていると、後ろからステファノーチスが顔を覗かせた。

「あら、おかえりなさい。今日は早かったのね。」
「うぅん…。」
「ステフ、ブルンフェル、ではね。」
「コルトさん、ありがとうございました。」

お客を見送って、視線をブルンフェルに向けるステファノーチス。

「何かあった?」
無反応。
「怖いことでもあった?」
首を横に振る。
「もしかして、ウバユリ素手で触っちゃった?」
首を横に振る。
「もぉどうしたのよ〜。言わないとわからないわよ?」

そう言って、ブルンフェルの右腕に触れると身を竦ませた。
何かがおかしいと思ったステファノーチスは、変なところがないか至る所に視線を送る。
そしてグローブから出ている指が、右手の人差し指がパンッパンに膨れ上がっているのに気付いた。

「え!?それ…どうしたの!?」
「いたい。」
「なにした?」
「……。」
「指、無くなるわよ。ハッキリ言いなさい。」
「魔法を使いました。」
「何の。」
「……いかづち。」

一瞬固まったステファノーチス。
ブルンフェルは左腕を勢いよく引っ張られ、あっという間に家の中へと吸い込まれてしまった。




𖤣𖥧少年ブルンフェルのとある1日②


「いだぁぁいぃぃい!!!!」
「我慢なさい。ん〜、ここら辺かしら…。」
「あ"あ"あ"ぁぁぁぁあ!!!!!!」

痛みに耐えきれず、顔を真っ赤にさせながら大粒の涙を流すブルンフェル。
ステファノーチスはブルンフェルの右手を固定し、腫れている人差し指の先に、ピンセットで青白い針のようなものを差し込んでいく。
入り切ったところでゆっくりと引き抜くと、黒い煤のようなものが針に付いて出てきた。

「はい、終わったわよ。」

食卓テーブルにぐったりと脱力して、スンスンと鼻のすする音と共に肩をしゃくり上げる。

「あれっほどまだ杖を使いなさいと言ってるのに、グローブまで外して…。」

返事ができる状態ではないようだ。
ステファノーチスは、魔族用の炎症を抑える塗り薬で残りの処置をしながら続けた。

「あなたの魔力は確かにその歳にしてはとても大きくて、何でも出来るように感じるかもしれないけど、まだまだ基本の鍛錬が必要なの。
魔力量に対して身体が伴っていないのよ。
さぁ、魔法発現の源はなんでしたか?」
「…想像力。」
「そう。頭の中で思い浮かべて、それを魔力に対して働きかけることで初めて発動します。
身の丈に合わない事をすると?」
「…爆散。」
「まぁ…そう…、確かに爆発系の魔法を使えばそうなるかもしれないわね…。
身の丈に合わない魔法を発動させると、魔力の枯渇と暴走の原因になります。枯渇は体内の魔力が極限まで消えること。暴走は、魔力の制御が出来なくなること。
ここまでいいわね?」

伏したまま無言で頷く。

「そして、もうひとつ。幼い魔族が陥りがちなのがこれ。魔力神経の火傷。」
「やけ…?」
「魔法の鍛錬をさほどしてない状態で素手で魔法を使うと、特にあなたみたいに魔力量が多い子は、通り道である神経に物凄い早さで魔力が流れてしまう。
魔力の摩擦で、中が焼けてたの。」

先程指の先へ入れていたものは、神経の冷却と治癒をする為の特別な道具だそうだ。
魔力というものは身体の尖っている部分から出やすく、特に自在に動かすことの出来る手の指というのは、魔力を体内から放出するのに1番適している。
魔族のこどもが使用する杖というのは、個々の神経の太さや強度と魔力量に合わせて調節をしてくれる制御装置の1種。
杖での鍛錬を重ね、やがて少しずつ素手での行使へと変えていき、杖からの卒業が魔族として1人前になる為の第1歩と言われている。

包帯が巻かれ処置が終わると、ブルンフェルはゆっくり起き上がる。

「それで、どこまで出来たの?」
「へ?」

鼻水と涙でぐちゃぐちゃな顔のまま、そんなことを聞かれるとは思ってもみなかったというように、間抜けな声が出た。
ステファノーチスは、ブルンフェルが持ち出した教本をテーブルに置き、雷の魔法のページを開く。
彼女が絵に触れると先程と同じように動き出し、一連の流れを繰り返す。

絵の中で暗雲が出来上がり、小さな光を帯び始める。

「ここ。」

袖で顔を拭いながら答えた。

「そう…すごいじゃない。」

ステファノーチスは驚いた顔になり、口を押さえながら小さく呟いた。

「この魔法は、雲の中で光を帯びさせるまでが大変なの。もうここまで出来ていれば、慌てなくても必ず…」
「ほんとに!」
「でも!杖付きの鍛錬はまだまだ必要です。」

右手の人差し指に視線をやる。
ブルンフェルからは深いため息が零れた。

「魔法を使うのもしばらくお休みしなさい。」
「えぇ〜!」
「えーじゃないでしょ。今度は人差し指だけでは済まないわよ。」

ステファノーチスは椅子から立ち、教本を持って仕事に戻った。
食卓テーブルに1人残されたブルンフェルは、次はもう少し上手くやろうと心に決めたのであった。

「あ、あと!」

ステファノーチスが店側からひょっこり顔を出した。
少し身体を伸ばしてドキッとするブルンフェル。

「おつかいありがとね、助かったわ。」
「あぁ…うん…。」

小さく返事をして椅子に深く沈んだ。

その後は、人差し指を庇いながら少しだけ店の手伝いをして、あっという間に夕刻に。
夕飯を食べ、身体を綺麗にし、何事もなく床についた。

「ねぇ、ブル。」
「なぁにぃ。」

欠伸をしながら応える。

「雷の魔法は、他を傷付ける為の魔法よ。」

ステファノーチスは続ける。

「中級魔法には、他にももっともっと沢山あるわ。
もちろん、それを生業にする人たちもいるから、一概に覚えるなとは言わないけれど。」
「なりわい?」
「お仕事ってこと。王国を守る魔導騎士団とか。」
「かっこよさそう。」
「今度書いてある本を探してみるわね。でも、使い方をちゃんと考えないと人を殺してしまう魔法でもあるの。そういう事にも使われる魔法なの。」

ブルンフェルは押し黙った。

「見てくれはかっこいいけれど、それだけは覚えて置いてね。」
「…うん。」
「じゃあ、おやすみなさい。」
「おやすみ…。」

ステファノーチスがサイドテーブルのランプを消すと、部屋は真っ暗になる。

そうして、ブルンフェルのとある1日が終わった。



つづく

次回:哀しみの魔法 序章④   
幕間

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