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虎ノ門
9月9日月曜日20時過ぎ、東京観光4日目。
虎ノ門
今これを書いている僕の周りには意識高い系の女と意識高い系の男しかいない。
垢抜けてない大学生みたいな変な格好をしているのは僕だけ。
実際垢抜けていない大学生なので間違っていないと思っている。
僕の周りにだけ異常にハエがたかってくるのは、当然のことなのかもしれない。
9月7日に渋谷の公園で開催されるイベント見るために東京に来た。
ただ、何を思ったか帰りのバスをとっていなかった。
流石にマズいと思い、価格比較サイトを見ると、9日(月)深夜発の夜行バスが2500円と破格の値段だったため即決。
特に行く目当ても無い中、今日まで東京観光をすることに。
行きたい場所がなさすぎたため、Googleで「原画展」と調べて、開催されている原画展を3軒ほどハシゴすることにした。
展覧会を3軒ハシゴしたのにも関わらず時計は未だ18時を指していた。
バスの出発時刻は24時半。
残りの6時間、何かしらの展覧会には行こうかと考えYouTube shortsを見る。
Perfume展が開催されているらしい。
最新の3Dグラフィック技術を体験できる展覧会だそう。
開場時間は20時までと書いてある。
足早に未知の街『虎ノ門』へ向かった。
東京に来る時、基本的に僕は最初に東京駅に向かう。
理由はコインロッカーの数が多いから。
東京駅構内のコインロッカーに荷物を置き、身軽になったところから、その日の予定に向かって動き始める。
何も決めていない日はその場でその日の予定を決めるのだが、何も無い日は六本木に行くことに決めている。
人生で初めて六本木に行った時、新潟の、田舎のテレビに映っていた景色がそこにはあり、痛く感動したことがきっかけだった様な気がする。
東京駅から六本木に行こうと思ったら、丸の内線に乗り霞ヶ関まで。
1つ乗り換え、日比谷線に乗って六本木に着く。
ここで日比谷線を使うと必ず通過する駅、虎ノ門ヒルズ。
毎回通り過ぎる度に「天王洲アイルと並んでVTuberみたいな駅名だな〜」と思っていていた。
いざ、降りるのは初めてだった。
電車を降り、駅のホームから出ると、そこは建物だった。
外じゃなかった。
空が見えなかった。
駅を出たはずなのに空調が効いている。
涼しい。
今日の最高気温は33℃らしい。
急にここにだけ秋が来たのかと思った。
ホームを出るなりすぐさま最寄りのコンビニまでチャージスポットを借りに走った。
電車の中でスマホの充電が3%しかないことに気付いたためである。
田舎にはそんなサービスが普及していないので、正直よく理解していないが、とにかくスマホが充電できるらしいということだけ知っている。
東京はなんて便利な街だろうとつくづく思った。
残り少ないバッテリーを駆使し、GPSを起動してコンビニを探す。
新宿や池袋では3歩歩けばコンビニにぶつかったが、虎ノ門にはなかなか少ないようだ。
セレブはコンビニなど利用しないのだろう。
Googleマップを頼りにコンビニに向かうが、ビルがあるだけでコンビニはない。
3軒回って3軒ともただのビルだった。
文明の利器が使い物にならない東京はなんて不便な街だろうとつくづく思う。
冷や汗をかきながらエリアをよくよく見てみると駅を指している。
急いで来た道を戻り、駅の改札まで行くと普通に置いてあった。
どうやら基本的に東京の駅にはどこも置いてあるらしい。
僕の大切な20分を返して欲しいと強く願った。
この時点で僕は虎ノ門というこの街がうっすら嫌いになっていた。
展示会場があるらしいビルに着いた時、時計は19時を回っていた。
建物の中に入ってみると、近未来な内装が眼前に広がる。
ネジキ戦かと思った。
思わず足がすくむ。
これから映画が上映されそうなくらい控えめな照明の通路。
あまりにも年寄りに優しくない。
エレベーターに到着すると、受付嬢が立っていた。
虎ノ門という街はエレベーターを乗るのにも許可がいるらしい。
駅、階段がガラ空きの中エレベーターに長蛇の列を作る都会の価値観に違和感を覚えていたが、田舎と都会とでは移動装置に対する心構えが違うようだ。
展示情報だけを見て、チケットの確認をしていなかったと気付きチケットページへ
大学生:2800円
目玉が飛び出るかと思った。
多分飛び出てた。
高すぎる。
1500円くらいかと思ってた。
これが虎ノ門か。
行くか5分くらい迷った。
本気で悩んだ。
高すぎる。
帰りのバスを安いからという値段だけで決めて丸1日無計画になる男に、それ以上の大金を払う決断はあまりにも重すぎた。
対象は正直そこまで興味も無いPerfumeである。
人生何事も経験だから、と人生初風俗に行った時と同じ言い聞かせ方をしていざ2800円を手放す。
45階に到着すると細い廊下の前に女性が1人。
1人で一人一人に案内をしているらしい。
萎縮。
「左手側にPerfume展入場口がございます。右手側にはオーディオコメンタリーがありますのでお求めの際は右側までお進みくださいませ」
すぐに右手側に向かった。
そのままトイレへ駆け込んだ。
あまりにもおしゃれな雰囲気が怖くて逃げてしまった。
トイレもおしゃれだったのであまり意味は無かった。
便座に座り、少し気持ちを落ちつけ、排便も排尿もせずにトイレを出ると、そこは東京だった。
全面ガラス張りで、東京の夜景が一望できる作りとなっていた。
窓際にはバーがあり、いかにもな男といかにもな女がカラフルな酒を飲んでいた。
手前には何故か外車が2台置いてあり、車屋と勘違いして思わず車検を頼みそうになってしまった。
バーと車屋とギャラリーとトイレの狭間に僕は立っていた。
45階、虎ノ門、東京。
展示自体はとてもいいもので、2800円以上の価値があったと思う。
閉場間際だったこともあり人が少なく、快適に展示を見ることができたのが良かった。
気のいい展示員さんに乗せられて1人でダンスを踊らされていたスーツ姿のバーコードハゲおじさんや、
展示されていたPerfume年鑑を見てたら「邪魔だ!ボケが!死ね!」って大声で叫んできた一眼レフを持ったおじさん、
僕が入場してから退場するまでの約1時間、同じ映像展示をずっと見続けていたおじさんなどがいたが、
僕の文章力では面白い話にはできないので割愛させていただく。
とにかく、いい展覧会だった。
帰り道。
虎ノ門周辺を歩いていると本当に高い建物以外無いことに気がつく。
思い返してみれば血眼でコンビニを探していた時、全く上を見上げていなかった。
タワーオフィスがズラーっと乱立している。
その建物から出てくる人は全員新品のような輝きを放つ立派なスーツを着ていて、日本語訛りのない流暢な英語を話している。
年収なんか4桁万円軽く超えているんでしょうね。
建物の中、周辺にあるバーやマッサージ店、牛丼屋なんかを見ても、顔のいい人間しかいない。
そしてもれなく日本人か白人しか働いていない。
新宿のコンビニなんか、日本語なのか母国語なのかすら判別できないくらいメチャクチャな言語で喋ってる外国人しかいなかった。
日本から差別をなくしたいと言うならこういうところから改善するべきなんじゃないかと心の底から思った。
高いのはオフィスばかりではない。
人が住む場所もだ。
この建物を世間一般ではタワマンと呼んでいるのだろう。
年収が億を超えていないと住めないと風の噂で耳にしたことがある。
下からタワマンを見上げる俺。
アニメーター。
来年から働く内定先、初任給18万・手取り14万。
惨めだ。
もちろん自分の選んだ道に後悔はしていない。
やりたいことを仕事にできている分、むしろ恵まれている方だとも思う。
ただ、人生を生きていく上でお金というモノがとてもとても重要であることは強調したい。
上を向いて歩いていると、ちょうどそれの真下くらいに僕と同じタワマンを眺める女性が2人いた。
はしゃぎ声がすごく大きい。
どうやら彼女らも日本人観光客らしい。
もしかしたら僕と同じことを思っているのかもしれない。
「そうですよね、どんな人生を送ったらこんなところに住めるんですかねぇ」
思わず声をかけたくなるほど僕の心は締め付けられていた。
タワマンの入り口から全身ユニクロの男が出てきた。
すごく太っていた。
ああ、こいつか。
こういう奴が私腹をこやして、僕みたいな貧乏人を下に見て、馬鹿だなんだと罵っているのか。
嫉妬とか羨望とかが入り混じった目で見ていた。
女性2人はその太った人に駆け寄っていった。
男は中国人らしく、何を言ってるのかわからなかった。
女性達も「何言ってるかわかんな〜い!」と言って笑っていた。
3人はタワマンに消えていった。
僕は、ただ1人で今この文章を書いている。
ただ1人で帰りのバスを待っている。
虎ノ門
そんなまち