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マルタ・アルゲリッチとユジャ・ワン

私はピアニストのマルタ・アルゲリッチとユジャ・ワンが大好きです。もちろん他にも好きな演奏家はたくさんいますが、無条件で観てしまう、聴いてしまうのはこの二人。

芸術という大きな分野で活躍する人を批評する評論家がいますが、私はそれを仕事にしている人達を立派だと思い、尊敬しています。

たくさんの知識と見解から「どのような見方をし、書き方をすれば聴衆の目を引くことができるか?」を考えると、褒めてばかりでも商売にならないし、酷評だけなら「じゃぁ、自分がやってみろ!」とディスられる中で、精神的タフさを保ち、それがよっぽど好きでなければできない仕事をまっとうしているからです。それに、今は評論家がSNSで一般人に批評されるという、怖い世の中にもなりましたし。

私は評論家ではないので、CDを買う時も、音楽をダウンロードする時も、選ぶ基準はレビューを参考にします。そのレビューもとりあえず読むだけで、よほどボロボロに書かれていない限り、自分の好みで選んでいます。

好き・嫌いの基準はいろいろで、顔やスタイル、雰囲気という外見から、プロフィールや受賞歴の場合もありますが、どんなに有名で演奏が素晴らしくても、自分にとって何かが違うと『!?』となります。そういう場合はコンサートにも行かなければ、Youtubeも見ません。当然ですがご本人に落ち度はなく、きっと私の波動が彼らのレベルまで高まっていないのでしょう。

ということで、専門的な批評は評論家にお任せし、ここでは私がお慕い申し上げている掲題のお二方について勝手に語りたいと思います。


マルタ

アルゲリッチの存在は子供の頃から知ってましたが、実際に演奏を聴き始めたのは10年前くらいからであります。ユジャ・ワンを知ったのはYouTubeで、どちらもお金を払わずに聴けるようになってからということになります。なんと便利な世の中だろう!ビバ・インターネット!

この二人、外見こそ似ていませんが、実は似ている部分が、結構あります。

1. 姿勢

2. 女性でありながら、男性を上回るテクニック

3. 人を惹きつける何か

3つ!?は少ないようですが、ピアニストとしてこの三つの要素が似ていれば「結構似ている」の枠に入ると思いますので、勝手に検証していきます。

まず、二人の弾くときの姿勢は良く似ていまして、重心を下に置いてブレない弾き方。感情が溢れ出るあまり身体をブンブン揺らしたり、「エクスタシー」って顔を舞台でさらしてしまう、などというのはこの二人には全くございません。そもそも舞台上でそれをして良い人はジミーちゃんだけですわ(わからない人、調べてね)。

テクニックに関して二人に共通して際立つのは「オクターブの連打」です。これは手の大きさにも関係してくるので、女性でありながら、あの連打ができるのは本人達の努力の賜物以外の何ものでもありません。

ちなみに女性でも見るからに手の大きそうなピアニストもいらっしゃいまして、実際の手を見たわけではありませんが、youtubeからも余裕で「手が大きい・指が長い」と分かる場合があります(その場合は背も高い)。そういう人の場合は技術(努力)でカバーしているわけではないので、それはそれで素晴らしいのですが私はあまり感嘆しません。「手がデカくて羨ましいな」で終わります。

私の目がつい女性ピアニストに目が向いてしまうのは、音楽的にどれだけ優れているかも大切ですが、できれば投影できる人を探しての結果でありましょう。体型が違い過ぎるのは追いかけても無理というものですから、自分の中には入って来ないし、入っていけません(おこがましい 事を口走っておりますが、観賞する時くらい自由にさせて…)。

オクターブの連打以外では、二人ともテンポが速く正確で、決して乱れないのも私が大好きなところです。バリバリと弾いているのがいい感じで、サバサバと歯切れよく実に気持ちがいいのです。若い頃のアルゲリッチに関しては少し走り気味の傾向がありますが、それでも弾ける(走る前であっても十分にテンポが早い)のでご愛嬌、ということで。

二人は甘めの曲も(ショパンなど)決してやり過ぎず、崩し過ぎず、絶妙なバランスを保って弾いていて、甘さ控えめです。スイーツはもともと甘い食べ物なのだから、過度な甘さは必要ありません。そのままでも十分に甘いのだから、控えめくらいが丁度よいのです。塩を入れて小細工するのも嫌いです。甘みと塩でどんだけくどくなってしまうのでしょうか?

ドタキャンの多いアルゲリッチの代役としてユジャ・ワンが舞台に立ったというのも頷けます。彼女だったらアルゲリッチを聴きに来た聴衆をも満足させることができる腕前と話題性を持っている逸材だからです。

さて、その話題性という意味で、3に書いた「人を惹きつける何か」についてですが・・・これについてはブログで書いてはいけない内容になってしまいそうなので有料にすべきところですが(冗談)、ここでは大丈夫な程度にサラッと語りたいと思います。表現が過激になった場合にはお許しを。

ユジャ氏はいつも、いままでのクラッシック界の常識を覆すような奇抜な衣装と、靴や髪型で我々を楽しませてくれます。しかし、彼女の本当のすごいところは、それが何であれ許されてしまうところです。


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「衣装?いや、着ていればいいのです!!」


と、何もなかったことにされてしまうほどの演奏!もう、誰も、何も、彼女に文句は言えません。それを知ってて、あれらの衣装を選ぶユジャちゃんは、確固たる自信と周りの信頼を得ている100年に1人くらいの化け物なのです。それに、彼女はそれを楽しんでいるかのようにも見える。彼女がどんな衣装をまとおうが、それが場末のキャバレーであったとしても、ハイヒールで転びやしないかとヒヤヒヤさせられようが、演奏のあとの聴衆は「恐れ入りました」とスゴスゴと何事もなかったかのように帰るしかないのです。

それとも、古い固定概念に囚われている私がもう終わっているのでしょうか?

対するアルゲリッチは素材で勝負しています。若い時の衣装は白と決まっていて、不安気な表情は無垢な天使のようです。無垢な天使が男勝りの腕前でバリバリ弾きこなすのですから、そのギャップにオジさん達はヤられてしまったに違いありません。

ですが、黒しか着ない時代もあったようで、マスコミ嫌いが「いつも不機嫌」と映るようになります。三度の結婚&離婚で父親の違う子供を三人もうけ、奔放なイメージがまとわりつきました。それでも無垢のイメージを保っているのは、無垢であるがゆえに素直で正直なのだと思います。常に相手に対して真摯でいたいがゆえの離婚だったと贔屓目で見ています。演奏は人柄が伺えるものです。もう随分と歳をとってしまいましたが、それでも白髪を染めず自然体で舞台に立っていられるのは、やはり自信からくるものでありましょう。

ということで、この二人には怖いものなどありません!いや、きっとあるはずなのですが、アプローチの仕方こそ違いますけれど、それぞれ別の角度から自信を装うことが彼女達の戦略なのです(アルゲリッチはそのまんま野生児という説もありますが)。

ユジャ・ワンも決して不細工ではないのだから、むしろ、男受け、一般受けするような髪型や衣装にすれば、スタイルは抜群だし妖精になれるはずなのに「何で〜?」と思います。だが、敢えてあの衣装と靴。自信があるからこそ、と思えば納得です。そして「普通に上手な人」となってしまうのを避けるためかもしれません。

ユジャ・ワンの幼少期の動画を観ましたが、どこまでも基本に忠実で、幼少期の訓練の上に成り立って今があるのだと納得しました。イチローの毎日スクワットと同じです。

ピアノを始めた時期はアルゲリッチの3歳(2歳8か月)に比べると、ユジャワンはピアニストとしては少し遅めの6歳です。ブゾーニ、ジュネーブ、そしてショパンという国際コンクールで優勝しているアルゲリッチに対し、ユジャワンのコンクール受賞歴は意外と少ない(仙台国際音楽コンクール3位)。いきなり代役で名声を獲得してしまいました。若干20歳で巨匠の代役を務めて好ましい評価を得たのだから、彼女にコンクールなど必要ないのでしょう。

既に巨匠のアルゲリッチの若い頃をこの目で見たかったし、これからどんどん円熟度増して、演奏に奥深さが出てくるであろうユジャ・ワンが巨匠となった時、どんな衣装で魅せてくれるのか楽しみです。

更に度肝を抜かせてもらいたいと願うばかりであります。


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