書くことは瞑想
文章を書くことが特別に好きと感じたことはなかったんだけど、なにかに感動した時や気持ちを整理したいとき、私はいつも「書く」事を手段として選んでいたように思う。
書くと不思議と考えがまとまるし、空にふわふわと浮かんでいるアイデアや記憶をしっかりキャッチしたり、インプットしたりするのに、私にとってはなくてはならない。
いつか「書くことは瞑想」といった一文を見つけた。そう、書くことは心を穏やかにする一つの手段でもある…。
話すことも好き。関西の人間なので、「笑い」には貪欲で、日常の中にいちいちネタを探す癖があって、それを親しい人たちに話して笑いに昇華をする快感ったら。 笑えばまた一歩大きく歩きだせるような、「笑い」も一種のリトリート。 ちょっとくらい嫌なことだって、笑いに変えられる術は自分自身を大いに生きやすくしてくれる。
ここ2年、私は家族新聞を書いている。 イラストと文章でA3裏表をめいっぱい埋め尽くす。それをコピーして、日々の出来事(子どもたちの話題が多い)を伝えたい人たちに送っている。
親や義親、友人、子供の保育園時代の友人、同僚。
上の写真のものは、新聞を楽しみにしてくれていてた友人の子が、色を塗ってくれたというもの。何度も何度も読み返して、笑ったり泣いたりしたよ!と教えてくれる。
何で両方の鼻に磁石詰めて抜けなくなるねん
何!その可愛い言い間違い
京都銘菓は「タカハシ」ちゃうよ!「ヤツハシ」よ!
おいおい!兄弟喧嘩の内容、なんやそれ!
ツッコミどころ満載の2男子育児の記録と、自分の感じることや興味をただ書いてるだけ。ずっと頭にはあったけど、実行するのにえらい時間がかかった。
でもはじめた途端、届けた人たちから思わぬ反響をもらえたことが、ものすごい嬉しかった。
ただいま2年目、年に4回くらい発行。
特に決めないし、ルールもないし、とにかくとにかく楽しもうと思っている。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?