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映画『サタデー・フィクション』 12月9日(土)佐野伸寿様、関智英様トークイベント事後リリース

第76回ベネチア国際映画祭コンペティション部門正式出品
コン・リー×オダギリジョー共演

太平洋戦争開戦前夜の魔都上海
日本海軍少佐と女スパイの偽りの愛と策略の7日間の物語

中国、太平洋戦争が勃発する直前の魔都、上海。世界各国の諜報員が暗躍していた時代を舞台に、人気女優とスパイの二つの顔を持つ主人公を中心に据え、当時上海の中心とされていた現存する劇場「蘭心大劇場」で巻き起こる愛と謀略の物語を美しいモノクロ映像で描き出す。

この度『サタデー・フィクション』の公開を記念して、 元自衛隊員で映画監督の佐野伸寿さんと津田塾大学学芸学部准教授の関智英さんのお二人に、映画では知ることが出来ない当時の日中関係や上海について新たな視点から『サタデー・フィクション』について対談いただきました!!
 

佐野伸寿さん(映画監督)プロフィール
1965年生まれ
元自衛隊員。2020年、情報本部を最後に退官。在カザフスタン日本大使館での勤務時に、現地で、KGB、CIAなど世界各国の情報関係者と接触した経験を持つ。祖父が上海の特務機関に在籍。
自衛隊時代に映画プロデューサーとして『ラスト・ホリデイ』『アクスアット』等を製作。また、監督として『ウイグルから来た少年』『春、一番最初に降る雨』を手がける。12月にアップリンク吉祥寺で公開される実在する民間人抑留者を描いた『阿彦哲郎物語 戦争の囚われ人』『ちっちゃいサムライ 三浦正雄の子供時代』の監督を務める。
 
関智英さん(津田塾大学学芸学部准教授)プロフィール
1977年 福岡県生まれ
津田塾大学学芸学部准教授(中国近現代史、日中関係史)。
2011年、東京大学大学院人文社会系研究科博士課程満期退学。14年、同大学より博士(文学)授与。
主な著書『対日協力者の政治構想――日中戦争とその前後』(名古屋大学出版会、2019年)で大平正芳記念賞、三島海雲学術賞(人文科学部門)を受賞。また共編著『グレーゾーンと帝国――歴史修正主義を乗り越える生の営み』(勉誠出版、2023年)、監訳『中国の「よい戦争」――甦る抗日戦争の記憶と新たなナショナリズム』(みすず書房、2022年)、監修『日中戦争期「対日協力政権」』(全10巻、ゆまに書房、2020-21年)、共編訳『文革――南京大学14人の証言』(董国強編、築地書館、2009年)ほか、論文多数。
 
佐野伸寿さん
「今回『サタデー・フィクション』の魅力を語る上で一番大事なロウ・イエ監督が生まれ育った上海についてですが、まず当時の中国には色んなグループがいたという点についてお伺いできますか?」
 
関智英さん
「日中戦争で日本と中国が戦争をしていたということはご存知だと思います。これは正しいのですが、一面では間違っているとも言えます。というのも、当時日本は中国国民党の指導者である蔣介石や中国共産党の指導や毛沢東に代表される抗日勢力と戦う一方で、日本との和平を標榜する中国人の組織した政府を正当な中国政府と認めて条約を結んでいるからです。日本が認めた政府のリーダーが、汪精衛(汪兆銘)です。もともと汪精衛も中国国民党のナンバー2として蔣介石と共に中国国民党を率いて日本と戦っていました。ただ日本との戦争が長期化する中で、汪精衛は中国国内が戦場として荒廃していくこと、さらに国民党の宿敵である共産党の勢力拡大に憂慮するようになりました。
結局汪精衛は、日本との和平を選択します。日中戦争勃発後、国民政府は首都南京が攻撃目標となっていたため、重慶に遷都(かんと)していましたが、1938年12月に汪精衛はこの抗戦の首都重慶を抜け出し、紆余曲折を経て、1940年3月に南京に日本との和平を標榜する国民政府を樹立します。これを汪精衛らは「還都」と呼んでいます。首都を重慶から南京に「還す」という意味です。したがって、これ以後の日中戦争は、重慶に日本と戦う国民政府(重慶政府/蔣介石政権)があり、南京に日本に協力する国民政府(南京政府/汪精衛政権)があるという状態だったのです。」
 
佐野伸寿さん
「では上海には、汪精衛政権のグループもいて、もう一つの国民党も共産党もいたわけですが、上海というのは、主にどういう方々が活動していたかということについて教えてください。」
 
関智英さん
「映画の舞台となっている1941年12月の段階では、すでに上海を含む中国沿岸地域は日本に協力する南京の国民政府(汪精衛政権)が統治していました。これは日本軍の影響下にあるということです。ところが上海の租界だけはポツンと島のように自由な空間が残っていました。中国語では「孤島」と言います。ですから重慶国民政府、蔣介石側のスパイも比較的自由に活動ができたのです。本作に登場するバイ・ユンシャン(白雲裳)は、重慶側のスパイであり、モー・ジーイン(莫之因)は南京側のスパイです。また本映画では扱われていませんが、実は中国共産党のスパイも上海の租界を舞台に活動していました。上海とはそのような空間であり、そこが上海という街のすごく面白いところです。」
 
佐野伸寿さん
「いま租界という話が出たのですが、イギリス以外にもフランス租界などもありましたが、ヨーロッパの租界というのはどのぐらいのものだったのでしょうか?」
 
関智英さん
「上海には2つの租界がありました。1つが、公共租界と呼ばれるイギリスを中心とする欧米列強や日本が関わっている租界です。その南側にフランスだけが管理するフランス租界がありました。租界は1840年に勃発したアヘン戦争で当時の清朝がイギリスに敗北し、以後列強が中国の要地に拠点として設置したことにはじまります。租界はいわば列強の植民地で、租界内には中国政府の権力は及びませんでした。
フランス租界の中に、本作のタイトルにもなっている蘭心大劇院(実際の名称は蘭心大戯院)があります。もう1つの主要舞台として三角屋根のホテルが出てきました。このキャセイホテル(現和平飯店)はフランス租界ではなく、公共租界にあるホテルです。
上海には日本人もたくさん住んでいたことをご存知の方もいるかもしれませんが、実際には日本租界というのは存在しません。公共租界の中に日本人が集住している地域(虹(ホン)口(キュ)、閘(コウ)北(ホク))があり、それを日本租界と通称していたのです。そこには、日本の海軍陸戦隊(海軍に所属する陸上戦闘部隊)の本部もありました。」
 
佐野伸寿さん
「上海には色んな租界があるということで、中国の中でも唯一自由が溢れた街というところが、日本にも中国にとっても西洋のようだったわけですね。だからロウ・イエ監督は、自分の上海というカオスなのだけれども、その自由な魅力を生まれたときからずっと感じ、それを映画にしたかったのだろうなと思ったのですがいかがですか?」
 
関智英さん
「監督は上海の見どころを知悉(ちしつ)していると感じました。撮影の舞台も、上海に訪れたことがある人であれば、一度は見たことのある場所で、そうした名所がうまく映画に取り入れられています。映画では海軍将校役でオダギリジョーさんが登場しますが、オダギリさんが泊まっているホテルはバンドに面したキャセイホテルです。ただ部屋の場面は、キャセイホテルではなくて、そこから少し離れたところにあるアスター・ハウス・ホテル(浦江飯店)という別のクラシックホテルで撮影しています。このホテルもとても風格のあるホテルです。
上海の租界は中国にありながら、実質的には欧米だったと言えるかもしれません。映画の舞台である1941年頃は上海租界ができて100年近く経った時期になりますが、そこでの主人公は欧米人であり、街並みから生活文化まで西欧風だったのです。当時の日本にとっても、最も身近な「西洋」は上海だったとはよく言われることです。
中国政府の影響力が直接及ばないため、戦時期にありながら租界は相対的に自由が保たれていました。むろんそのことは租界が安全であるということを意味しません。租界には諸々な勢力が入れますので、お互いにやり合うこともできます。本作でも銃撃戦のシーンがありましたが、実際にあのような事件が頻発していたのです。もちろん、多少の脚色はしてあるでしょうが、重慶側と南京側がお互いに暗殺し合っていたのです。重慶側も南京側も元々は国民党として同根です。当然相手の手の内はわかっていますから、その抗争は熾烈を極めます。そしてその舞台は多くの場合上海の租界だったのです。ですから本作品の中で描かれていることは、かなり真に迫っていると言えます。」
 
佐野伸寿さん
「それぞれの陣営が情報を一生懸命取ろうとする意味が映画の最後に分かるわけですが、その真珠湾攻撃の情報というのは、誰が欲しかったのでしょうか。戦略的な意味では、実際にどこの基地をどのように攻撃するかという情報ではなく、単純に真珠湾とアメリカがいつ戦争するかということを両陣営とも非常に注目していたと思うのですが、いかがですか?」
 
関智英さん
「1941年12月8日に、日本はアメリカとイギリスに宣戦布告をします。日本では一般にこの時に戦争が始まったと意識されていますが、すでに日本と中国の戦争は4年間にわたって続いていました。ただ戦線は膠着状態で、どちらが勝つのかがなかなか読めず、戦争は長期化の様相を呈していました。当時の中国の指導者 蔣介石は、この戦争が中国と日本だけの戦争である限り、中国には勝ち目はないと考えていました。
ではどうするのか。蔣介石は日中の戦争に欧米を巻き込むことを考えました。日中の先端が開かれた盧溝橋は北京の郊外にあります。上海から見ると北方です。1937年にそこで日中が衝突しました。しかしその状況では欧米を戦争に巻き込むことはできません。そこで蔣介石は上海で先端を開きます。上海が戦場になれば、租界に権益を持っているイギリスもアメリカも我が事として中国を応援してくれるに違いない、という読みです。盧溝橋事件は7月に勃発していますが、翌8月には上海で日中の戦端が開かれます。
ところが蔣介石の期待は外れます。この段階ではアメリカもイギリスも日中戦争に介入しなかったのです。それはそうでしょう。アメリカとイギリスは日本とも付き合いがあるわけで、中国だけに肩入れするわけにはいかなかったのです。したがって蔣介石は非常に苦しい立場に立たされます。共に抗戦陣営にあった汪精衛が重慶を離れ、日本との和平運動を開始し、さらに南京に国民政府を樹立する1938年から41年にかけての時期は、蔣介石にとって日中戦争中、最も厳しい時期だったと言えるでしょう。
こうした蔣介石の窮状を救ったのが、日本の対米英宣戦布告です。日本が自分から英米と戦争を始めてくれたのです。蔣介石は「これで勝てる」と思ったに違いありません。一方で日本に協力してきた汪精衛は驚愕します。まさか日本がアメリカと戦争するような無謀なことをするはずはない、と思っていたからです。どのような形になるのかはわからないものの、いずれ日本が負けるであろうことを悟った汪精衛政権幹部の中には、退廃的に流れる人もでてきます。
日本の対米英宣戦布告は、一般の日本人にとっては、日本とアメリカの戦争の始まり、という風に認識されています。しかし日中の関係から見ると、実は日中戦争にとってもとても大きな意味を持っていたことがわかりますし、それが本作品の背景にあるのです。」
 
佐野伸寿さん
「だからあの最後のシーンで、本当にアメリカと戦争するのかどうか情報合戦しているわけですね。その最大の舞台になっているのが上海だと。上海には色々な人たちや色々なグループがあって、特に海外の人は自由に動けて自由に情報宣戦をしていたという認識があります。このような背景というのは、単純に1つの情報スパイ合戦ではなく、色々な背景がある中で、色んな人がやってくる。例えば、映画では女優がスパイになっているのですが、スパイをしていた人が女優になったのではなく、色々な人たちがグループの中で協力しているところに、より特殊な技能を身につけて、スパイをする可能性はあったと思いますがいかがですか?」
 
関智英さん
「本作品の原作はフィクションだと思いますが、実際に蔣介石派国民党の女性スパイが、汪精衛派国民党の幹部を色仕掛けで陥れ入れようとした事件は起きています。今からもう10数年前になりますが、『ラスト、コーション』(2007)という映画が公開されました。この映画も日中戦争時期の上海租界における重慶側と南京側とのスパイ合戦が伏線となっている映画です。『ラスト、コーション』では、色仕掛けで迫る蔣介石派国民党の女性スパイに、汪精衛派国民党の幹部が翻弄されるのですが、ギリギリのところで企ては暴露され、女性スパイは処刑されます。これは汪精衛政権成立前夜の実話を元にしているのですが、当時の上海では似たような背景をもった抗争が大小さまざまあったのです。」
 
佐野伸寿さん
「映画の中でドイツの武器が出てくるのですが、日本は軍事同盟を結んでいながら、実は中国がナチス・ドイツから武器を奪っているということを国民には隠していました。」
 
関智英さん
「日中戦争以前、蔣介石率いる国民政府とナチス・ドイツの関係は非常に友好的でした。当時、中国の統一を成し遂げた国民党が指導する国民政府は、中央集権の国家建設を進めていました。端的に言って、ナチス・ドイツはそのモデルの一つだったのです。当時のドイツは第一次大戦で敗北し、莫大な賠償金を背負って、国を復興させている段階です。欧洲の中では孤立していました。そうしたドイツにとって、アジアの新興国である中国は与しやすい相手でしたし、中国で産出される希少金属などの資源は自国の産業にとって必要不可欠なものでした。一方、中国にとってもドイツ製の武器や機械類は、国内の共産党を鎮圧する上で産業発展のためにも有用なものでした。ですからドイツは中国に武器など工業製品を輸出し、中国から希少金属など資源を輸入する、というお互いにウィンウィンの関係ができていて、その関係が、日中戦争勃発後もしばらくは残っていたのです。」
 
佐野伸寿さん
「この映画の中に出てこない登場人物で中国では重要な登場人物がいます。それは中国共産党ですが、当然中国共産党もすごく活動してはいたのですが、映画の中には出てこない中国共産党について少しだけ触れていただけますか。」
 
関智英さん
「実はこの時期中国共産党も上海に地下党員をたくさん送り込んでいます。その中には袁殊(ユアンシュ)のような、俗に五重スパイと言われるような人物もいました。袁殊は中国共産党員でありながら、中国国民党、汪精衛政権、日本の上海総領事館とも情報のやり取りがあった人物です。本作で触れると、恐らく話がものすごく複雑になるので出てきませんが、実はこの袁殊を媒介に、共産党が汪精衛政権との提携を模索していた、という話があります。当時の上海を調べてみると非常に錯綜して、そこがまた面白いところでもあります。ご関心のある方は是非拙著『対日協力者の政治構想』(名古屋大学出版会)を読んでいただければ嬉しいです。」
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『サタデー・フィクション』
監督:ロウ・イエ
出演:コン・リー、マーク・チャオ、パスカル・グレゴリー、トム・ヴラシア、ホァン・シャンリー、中島歩、ワン・チュアンジュン、チャン、ソンウェン/オダギリジョー
2019年/中国/中国語・英語・フランス語・日本語/127分/モノクロ/5.1ch/1:1.85/日本語字幕:樋口裕子
原題:蘭心大劇院/英題:SATURDAY FICTION/配給:アップリンク 宣伝:樂舎/©YINGFILMS
<本リリースに関するお問合せ>UPLINK :film@uplink.co.jp


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