存在
生きてると
「変化」や「成長」を自然と
求めたり、恐れたりするのが
人間なのかもしれない。
でも
変化するのは「状態」であって
「存在」ではない
と思ったのね。
切り離して考えるの大事だなぁって。
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「存在」は変えられないというのは、
"トマト"という「存在」は
どんなに憧れても
アボカドにはならないし、
ナスにもならない。
トマトはトマト。
そんな感じ。
「状態」は変えられるっていうのは
冷蔵庫に入れるのか
畑で食べちゃうのか
道に落としとくのか
サラダにするのか
トマトソースにするのか
みたいなこと。
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『より素敵な人になりたい』
っていう願望は
人間に普通にある思いだけど、
それは無意識のうちに
「存在」を変えようとしてることも
あるなと。
『より素敵な存在になるために』って
自分ではない外側の情報持ってきて
トマトがアボカドになろうとするような。
そもそも
「存在」自体はもう最高に素敵で
唯一無二。
トマトはトマトで最高。
凸凹なまんまで
『既に最高に素敵な存在』なわけで。
でもその「存在」である自分も
「状態」は常に変化してる。
寝不足だったり
イライラしてたり
喜び溢れたり
最高のパフォーマンス発揮したり
感謝で溢れていたり。
変えられるのは「状態」の方。
「存在」を最大限に活かす「状態」もあれば
「存在」を濁らせる「状態」もあるわけ。
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振り回されたり
向き合ったり
整えたりするのは
いつも「状態」の方なんだよね。
✳︎
相手にもやりがち。
自分にとって心地よい「存在」に変わってほしい。って。
特にパートナーシップや親子関係など
近い存在に対して。
でも、
相手も同様、「存在」は変わらない。
変わるのは、その人の「状態」だけ。
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「存在」そのものを受け入れるということ。
そしてより良い「状態」で
力を発揮するお手伝いをすること。
他者に対しても、
自分に対しても、
その視点でいることが
一番パワーを生み出す気がしてる。
凸凹のカタチを
ありのままの姿を『知る』ことで
「存在」は深まっていく。
整えたり変えたりするのは
いつも「状態」の方。
状態が良ければ
存在はその力を発揮して
状態が悪ければ
存在はその力を滞らせる。
私たちの「状態」はいつも
波があって一定ではないからこそ。
自分の「状態」との付き合い方が
大切だと感じてる。
✳︎
落書きするだけで
想像以上に自分の心と深く繋がる
「感じるアート」では
自分の「存在」の形を知ることもできるし
今の「状態」を俯瞰して見ることもできる。
そして、
「状態」をどう整えるのが自分に合っているのか
どうしたら「存在」の力を発揮しやすいのか
そんなところもよく見えてくる。
感じるアートの詳細はこちらから✨
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