クラブを愛する情熱は国境を超える。
みなさん、こんにちは。けれむです!
2023年3月18日、ついに僕の夢がひとつ叶いました。僕はついに愛してやまないTSGホッフェンハイムのホームスタジアムである、PreZeroアレーナで現地観戦することができました。今回はこの一連の出来事について、自分の備忘録も兼ねてまとめたいと思います。
TSGとの出会い
僕がTSGホッフェンハイムと出会ったのは2016年の年末でした。Jリーグでは地元の川崎フロンターレを応援している僕は、Jリーグの放映権がスカパー!からDAZNに移ることが決まり、2017年シーズンが始まる少し前に先立ってDAZNに登録していました。皆さんご存知の通り、DAZNは数多くのコンテンツを配信しています。僕はJリーグを見るだけでは損だなと思い、他の配信コンテンツに目を通してみると、そこにはブンデスリーガがありました。
当時のDAZNはブンデスリーガの1部リーグ全試合を配信していたので、僕はひと通り見てみることにしました。ブンデスリーガにはバイエルン・ミュンヘンやボルシア・ドルトムントなど名門クラブが存在していますが、その中でも僕が惹かれたのがTSGホッフェンハイムでした。当時は史上最年少で監督に就任したユリアン・ナーゲルスマンに導かれ、前年の残留争いから大躍進を果たして欧州カップ戦の出場権を争っていました。
僕はサッカー素人で真剣にボールを蹴ったこともないような人間なのですが、攻撃的なサッカーでとても面白いなと思い、見ていくうちにどんどんと魅力に惹かれていき現在に至ります。このシーズンから応援し始めて今季で7シーズン目を迎えますが、TSGと過ごしたこの7シーズンでは酸いも甘いも味わってきました。大半で欧州カップ戦出場という甘い思いをさせてもらっているのでとても幸せです。今はかなり酸っぱいですが…。
そうだ、PreZeroアレーナに行こう
僕は個人的な事情で3月に自由な時間を持つことができました。その時、ふと思ったのは「そうだ、PreZeroアレーナに行こう」ということでした。本来であれば大学生のうちに行きたかったのですが、就活やコロナの影響で現地に行くチャンスを逸したまま社会人になってしまいました。僕は「こんなチャンス簡単に巡って来ないし、行ける時に行こう」ということで今回のPreZeroアレーナ現地観戦を決めました。推しは推せる時に推せというのと同じ感覚です。
いつの試合にしようか迷いましたが、残念なことに3月のTSGはホームゲームが1試合しか無く、自然と今回観戦したヘルタ・ベルリン戦に限られてしまいました。僕はTSGのクラブ会員なのでチケットは先行販売で購入できるため、購入開始日に気合を入れてバックスタンド最前列のチケットを購入しました。チケットを買えただけで既に浮かれていましたが、現実は浮かれていられない状況でした。
チケットを購入した1月のブンデスリーガはまだウィンターブレイクの期間でシーズンが中断していましたが、TSGは10月から未勝利の期間が続いていました。当時は「そのうち勝つだろう、すぐに勝つだろう」と、まだ物事を軽く考えていました。しかし、シーズンが再開しても全く勝てない現実に肩を落とす日々が続きました。それでも「現地に行くまでにはさすがに勝つでしょ」って思っていましたが、結局のところひとつも勝てないまま現地観戦の日を迎えることになりました。
突然の取材依頼
その一方で、現地観戦の日が近づいているのに勝てない日々が続いていた2023年3月2日、今回の現地観戦でのサプライズに繋がる出来事がありました。僕は現地観戦する予定だったヘルタ・ベルリン戦のチケットを自宅でプリントして受け取る方法に設定してしまい後悔していたところ、クラブ公式アプリで電子チケットを表示できることを発見して安堵のツイートをしました。
話が逸れますが、購入当時は紙の方が記念になるかなと思って選択したのですが、直前になってから他にも持っていく書類が多くてとにかく嵩張ることに気づきました。また、家やホテルに置き忘れたり、コインロッカーに預けるスーツケースに入れたままだと何もできず泣き寝入りしなければならないということにも気づきました(そんなヘマはしないでしょうけど、万が一のことがあると怖い…)。そして、当日の近隣の公共交通機関の料金がタダになる(コンビチケットになる)というので選択しましたが、よくよく考えたらジャーマンレイルパスを持っていた自分にはあまり必要ないメリットでした。そういう事情から安堵していました。まあ、スマホさえあれば基本的に何でもできる時代なので、何をするにも選べるなら電子チケットの方がいいですね。
話を戻すと、そのツイートをした約2時間後にMarvin Schebenさんという、TSGホッフェンハイムが発刊しているクラブマガジンに寄稿している記者の方からフォローされましたが、僕は特に気にすることなく放置していました。すると、放置して少し時間が経った頃に彼から「僕をフォローしてください。TSGホッフェンハイムに関する情報があります。」と先に書いた内容のツイートにリプライが来ました。僕は「Okay」と言った後にすぐフォロバ。すると、彼はすぐにDMを送ってきました。このDMで初めて彼の肩書きを知ったのですが、ここから予想外の展開に発展していきました。
「取材させてくれ!」
DMは「英語かドイツ語話せる?」という内容から始まりました。僕は英語が苦手で、例え読めたとしても単語を繋ぐ程度でしか喋れない上にヒアリングも弱いですし、ドイツ語も最近単語の勉強を始めたばかりで当然ながら話せるようなレベルにはありませんでした。両者を天秤にかけてみて、まだ確実に読めるのは英語だったので「英語でお願いします」と答えると、嬉しそうに今回の本題を話してきました。
「我々はTSGのクラブマガジンであるSPIELFELDであなたに関する記事を書きたい。TSGの試合に行くようですが、試合前にお会いして少しお話すること、また、写真を撮らせてもらうことは可能ですか?」という内容の文言が送られてきたのです。
僕は英語が苦手なだけあって英文を読むのがあまり好きでは無いので、「うわ、長文来たなぁ…」と思いつつ文章を眺めていると、最初に目に飛び込んで来たのが "SPIELFELD" という単語でした。これだけで何を言いたいのか8割くらい理解した僕は自室で1人「やばい!やばい!」と叫びながら飛び跳ねて喜びました。
なぜ喜んだのかと言うと、以前からSPIELFELD では、不定期ではありましたが、ファンを紹介する記事が多々掲載されていたのを知っていたからです。そのようにファンもフォーカスされるのであれば、僕も遠い極東の日本から応援しているファンとしていつか取材されたいなぁなんて漠然と思い、「叶うわけないだろうけど、いつか叶ったら嬉しい夢」として密かに心の中に抱いていたからです。
僕はこのオファーを快諾しました。そして、その後、少し冷静になって英語をまともに話せない不安に駆られましたが、クラブに対する熱い情熱とジェスチャーで強行突破してやるという、取材を受ける側の人間としてはかなりのストロングスタイルで臨むことを決意しました。
柔軟な対応でストロングスタイルを回避
「英語で話すのは苦手でたどたどしいものになってしまうし時間がかかると思う。だからテキストで返す方が正確だし上手く答えられると思う。」と承諾時に付け加えると、「それでは後日質問を送るので返信お願いします。」と返信が来た2時間後に質問がいくつか送られてきました。「後日じゃなくて当日やん」と思いましたが…。とりあえず、肝心の質問内容はかなりオーソドックスなものばかりでした。
これが全ての質問です。自分が現状で出せる全力の英語と翻訳アプリを駆使してなんとか返答しました。ちゃんと質問に対して正しく回答できていたか分かりませんが、彼からはすごく感謝されました。また、回答後に遅ればせながら自己紹介をさせていただき、年齢を伝えるととても驚かれました。僕のTwitterを長らくフォローしてくださってる方は年齢をご存知かと思いますが、日本の年度制度(4月〜翌年3月)で言うと、僕はTSGのデニス・ガイガー、ヤコブ・ブルーン・ラーセンと同い年なんです。おそらく、彼が思ってたより若かったんでしょうね…。笑
質問内容と回答
では、ここで先ほど挙げた質問にどのような回答をしたのか紹介させていただきたいと思います。ただ、このクラブマガジンはドイツ語で本文が書かれているので、僕は英語で回答しましたが、Marvinさんは英語からドイツ語に翻訳して記事にします。そのため、完全に僕が意図して回答したことがそのまま記事になっているとは限らないので、参考までに僕の意図した回答をこちらに書かせていただきます。
こんな感じでした。実際に記事に使われたのはこの中の一部でしたが、上手いこと答えられたなと自画自賛しています。笑
"TSGファミリー"の一員に
そして、ついに迎えた2023年3月18日。TSGホッフェンハイムvs.ヘルタ・ベルリンの一戦が行われる日です。本来であれば、僕は前日までの拠点としていたデュッセルドルフから早朝のICEに乗ってハイデルベルクまで来て、要所を抑えた軽めの観光をしてからPreZeroアレーナに行く予定でした。しかし、取材依頼が入れば話が変わってきます。「観光よりもフットボールだ!」という一般の人には考えられないネジが飛んだイカれた発想でハイデルベルクの観光を取りやめました。特に観光で訪れる予定だった所はどこも予約していなかったですし、1人旅だったからできたことですので、良い子のみんなは絶対に真似しないでください。
僕は行きに関しては、ジンスハイム中央駅からスタジアムまで出ている無料シャトルバスを利用してスタジアムに向かいました。バスに乗ると、車椅子に乗ったおじいさんが乗ってきました。どうやら足が悪いようで、僕に「足を車椅子に固定してくれ」と話しかけてきました。僕は彼が要求した通りに固定すると、すぐにバスが発車しました。彼は僕に「どこから来たの?」と尋ねてきました。「日本から来たんだ」と答えると、とても嬉しそうに胸ポケットからステッカーを出して「日本の友だちに配ってね」と話しました。その後、バスの中で一緒に写真を撮り、「日本のどこから来たの?」など様々な会話をしているとスタジアム前のバス停に到着しました。
後から聞いた話なのですがこの車椅子に乗っていたおじいさんは、2001年にクラブ史上初となるTSGホッフェンハイムのファンクラブを立ち上げたレジェンドサポーターのTorroさんという方でした。こんな凄い方といきなりお会いするなんてとても驚きました。
バスから降りると、同じバスに乗り合わせていたおじさんを初めとした3人組の方々に話しかけられました。「名前は?」「どこから来たの?」と聞かれて握手を交わした後に、「もう僕らは友だちだよ!」と笑顔で話してくれました。チャントやBadner Liedを歌いながら一緒にスタジアムまで歩かせてもらってとても楽しかったです。何よりも、とても温かいTSGファミリーの一員に余所者の日本人を入れてくれて感激しました。こうしたスタジアムに到着するまでに起きた出来事はずっと忘れることはないと思います。本当にありがとうございました。
試合当日、緊張のご対面
話は戻って、取材依頼の件です。Marvinさんから「着いたら電話してくれ、ファンショップの前で待っている」と言われていたので、電話をかけてファンショップの方に向かうと、彼をはじめとした複数人の男性集団が待ち受けていました。
笑顔で出迎えてくれたMarvinさんは「はじめまして、よく来てくれたね」と言って、クラブの公式カメラマンの方やTSG-TVのカメラクルーの方を紹介してくれました。インタビューについては事前にTwitterのDMで答えたもので問題なかったようで、「後日テキストを送るから確認してくれ」と言われました。当日は紙面で使う写真の撮影だけ行いました。スタジアム前の広場で1人マフラーを広げた姿を本格的なカメラで撮ってもらうのは少し恥ずかしかったですが、とてもいい経験になりました。
そして、最後に「チケットを見せてくれ」と言われたので見せると、カメラマンの方たちと「1列目じゃん!」みたいな盛り上がりを見せて彼らと別れました。試合中も写真撮るのかなと思いましたが、それを遥かに上回る出来事が起こるなんて思いもしませんでした。
夢の楽園 ファンショップ
彼らと別れた僕は、そのまますぐ近くにあったファンショップに足を運びました。他クラブのショップに比べると店舗は狭いため多くの人でごった返していましたが、シーズンが終了に差し掛かっているにためユニフォームがセール価格で販売されていたからだろうなと思いました。
それにしても、TSGグッズでいっぱいの空間は本当に夢のような空間で、ずっと入り浸っていたかったです。今回はユニフォーム2着とオートグラフカードセットを購入し、クラブ会員のバースデー特典として非売品のキーホルダーを頂きました。今でも浮かれてるくらい幸せな買い物でした。
全てにおいて最高な空間
グッズ購入を済ませて浮かれている僕は、ついにスタジアムに入場しました。ユニフォームへのネーム圧着で少し時間が掛かってしまったため遅めの入場になってしまいましたが、入場ゲートを潜るとスタンドとピッチの一部が少し見えて上がっていくテンション。ビールとカリーヴルスト mit ポムス(メニュー1)を購入してから自分の席に向かいました。
そして、スタンドの出入口を抜けると、いつもテレビや写真で見てきた夢のスタジアムの姿を見て鳥肌が立ちました。あの時の感動は今でも忘れられないですね。さらに、ピッチの近さ、ビールとカリーヴルストたちの美味さ、聞き馴染みのあるチャント。全てに感動して試合も始まっていないのに目から汗が…。笑
試合前にTSGホッフェンハイムはクラブのファンソングであるUNSERE LIEBEというバラード調の曲と、バーデン・ヴュルテンベルク州の州歌であるBADNER LIEDを歌うのですが、UNSERE LIEBEの時点で感極まって涙が止まらなくて全く歌えませんでしたね。「何回泣くんだよ」って自分で自分にツッコミながらスカそうとしましたがダメでした。でも、BADNER LIEDは全力で歌えたので良しとします。笑
これらの曲を歌ってからスタメンとサブの選手の選手紹介をスタジアムDJとファンのコールアンドレスポンス方式で行います。ずっとやりたかったやつ!大興奮でした!
残留争いの大一番で完勝!
この日のヘルタ・ベルリン戦は、残留争いをしている両クラブにおいて非常に重要なゲームでした。それでも、TSGは前半にクラマリッチのPK2発と後半のべブーのゴールで余裕を持った展開で快勝を収めました。ちなみに、TSGが先制したのは第17節のVfB戦以来8試合ぶりで、複数得点は第19節のBOC戦以来6試合ぶりでした。また、長らく続いた連続未勝利記録は公式戦で数えて15、リーグ戦のみで数えて14でストップし、リーグ戦の連敗も7で止まり、半年ぶりの勝利であり2023年の初勝利となりました。この勝利で一気に最下位脱出だけでなく降格圏まで脱出できて、最高なゲームとなりました。残留争いのライバルが勝ち点を落とした他会場の結果が表示されると歓声が沸いていたのも面白かったです。勝ったボーフムにだけブーイングでしたが。笑
日本のブンデスリーガファンの間でも人気があるTSGのTorhymneを3回も聞けましたし、イケイケな時にしか聞けないレアなチャントも聞けてとても嬉しかったです。また、最後の最後に失点してしまうTSGらしさも、途中出場から2分で退場してしまうダブールまで、全部いい思い出です。もちろん、勝ったから言えることですけどね。笑
この勝利に大いに盛り上がりました。試合後にゴール裏のサポーターと勝利を喜ぶ選手たちの姿は今でも脳裏に焼きついていますし、素敵な光景だったなと思います。ゴール裏から掲げられた"GEMEINSAM"(日本語で一緒にという意味)の横断幕もチームの現状に合ったものでとても良かったです。また、Twitterでは多くのTSGファンからポジティブな言葉を掛けてもらいました。「ドイツではあなたの事を幸運の持ち主と呼ぶ」「もっと頻繁に来てくれたらいつもこういう試合になるのに」などなど…。なかなか実現しにくい内容もありましたが、ここでも歓迎して頂けたのを感じてとても嬉しかったです。
また、いつも現地では「半空のスタジアム」とバカにされますが、この日のこの対戦カードにしてはかなりの人が集まり25000人を超えました。予想してたより人が入ってるなぁって感じましたが、この集客は必然だったように思います。TSGファンがこの試合の重要性を認識して現地でサポートしようとしていたのはもちろんのこと、クラブもこの試合の集客にかなり力を入れて営業していた印象があったからです。これはTSGファミリー全員の勝利だと思います。みんな、おめでとう!
誰も予想できないビッグサプライズ
そして、試合を終えて勝利後の喜びを共有してスタンドで余韻に浸っていると、クラブスタッフとオリヴァー・バウマンがバックスタンドに向かって走ってきました。近くの席の子どもたちがユニフォームを欲しがっていたので、プレゼントするのかなぁなんて思っていたら、クラブスタッフの方が僕のことを指さして「日本から来たファンの人!Twitterだよ!」って言うんです。
これに驚いた僕は「僕!?Twitter!?」って言いながらTwitterを開こうとすると、スタッフの方は「違う違う、そうじゃなくて写真を撮ろう」と言い、続けてバウマンに「日本から来たファンなんだ」と僕のことを紹介してくれました。バウマンは爽やかな笑顔で僕に「はじめまして!」と言いながら手を差し出してくれたので、僕も「日本から来ました!はじめまして!」と言ってガッチリと握手を交わしてツーショットを撮って頂きました。そして、僕が「Danke!」と言うとバウマンは爽やかな笑顔で手を振ってくれました。バウマン、超イケメンでした…。
短い時間のやり取りでしたが、今でも全てのやり取りを鮮明に覚えています。そして、試合前にチケットを確認された伏線をここで回収してくるなんて…。人生で1番嬉しい幸せなサプライズでした。
帰国してもTSGファミリー
僕が日本に帰国する日、翻訳アプリを使ってドイツ語にした文章をツイートしました。すると、多くのTSGファンから反応していただき、「また来てね」という言葉をたくさん頂きました。中には、わざわざ日本語で反応してくれた方もいました。これにはとても感激しました。また、これまでの一連の流れで多くの現地ファンにフォローしていただき、声をかけて頂きました。本当にありがたいことです。必ずまた行くから!待っててね!
クラブを愛する情熱は国境を超える。
ここまで僕がPreZeroアレーナで現地観戦した一連の出来事について書いてきました。この一連の出来事で強く感じたことは、例え言葉が違ったとしても、物理的に遠く離れた場所にいたとしても、自分が愛するクラブに注ぐ情熱は国境を超えて伝わるということです。DMで質問に答えた時、僕がTSGをあまりにも好きすぎるため、Marvinさんに驚かれることが多くありました。また、現地に行ってファンの方とお話している時も、同じように驚かれることがたくさんありました。
確かに、これくらいの規模のクラブにかなり熱を入れて応援している極東の人間は本当に珍しく、自分で言うのも恥ずかしいですが、まさに文字通りの「激レアさん」です。もし、僕がバイエルン・ミュンヘンのファンだったらこのようなことはきっと現実には起きていないでしょうし、TSGだったから実現したと言われても仕方の無いことです。それは否定しようのない事実だと僕も思います。それでも、このクラブを強く愛する気持ちがあったからこそ、この情熱が伝わったからこそ今回の出来事が実現したと思っています。
これからも僕はTSGと共に歩んでいきます。そして、今後の長い人生で何度ジンスハイムまで行けるか分かりませんが、必ずまた戻って来たいと思います。今度はゴール裏に行ってみたいですね。笑
このような機会を作ってくださったMarvin Schebenさん、そして、TSGホッフェンハイムの関係者の皆様、交流して頂いたファンの皆様にはとても感謝しています。本当に貴重な経験をさせていただきありがとうございました!
Vielen Dank!!! 💙🤍
P.S.
SPIELFELDへの掲載時期がまだ未定なので、決定次第Twitterで報告させていただきます。おそらく、5月までには掲載されると思いますのでよろしくお願いします。
けれむ
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