悪意のナイフは突然に「映画 『ナイブズ・アウト/名探偵と刃の館の秘密』」
映画上演前の予告編で「面白そう!」と思い、後にアカデミー賞脚本賞にノミネートされていると知った「ナイブズ・アウト」。
古畑任三郎とか、飄々とした探偵が登場するミステリーは結構好きなので、公開されたら迷わず観に行こうと決めていました。
しかし、「ナイブズ」が「ナイフ」の複数形だということを、スクリーンに英字の字幕が表示された時に初めて知りましたよ。英語苦手なもので。いやはや。
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世界的なミステリー作家の大富豪、ハーラン・スロンビーが、85歳の誕生日パーティーの翌朝、屋敷の自室で遺体となって発見された。
当初自殺として扱われたが、他殺の可能性があるとして、匿名の人物から調査依頼を受けた名探偵ブノワ・ブランが、この事件の真相を調べるべく、屋敷にやってきた。
第一容疑者は、誕生日パーティーに参加していた家族や看護師、家政婦ら、屋敷にいた全員。
皆に話を聞き、調査を進めるうちに、それぞれが口にした些細な嘘から、ブノワは少しずつ一族の隠された秘密を知ることとなる。
様々な目論見、秘め事、欲望が交錯する中、ブノワは看護師・マルタに協力を得ながら、真実を解き明かしていく。
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以下、ネタバレを含む内容の為、閲覧にはご注意下さい。
冒頭の通り英語が苦手な私が「knives out」をgoogle検索したところ、「ナイフを出す」という和訳が表示された。
タイトル通り、「ナイフ」がキーになる話だと思った。
実物としての「ナイフ」はもちろん、ふとした所から飛び出す言葉の「ナイフ」、感情の「ナイフ」。
一見平穏で幸せそうに見えている関係性の中に、突如飛び出す悪意の「ナイフ」に、何度もゾクッとさせられた。
冒頭の、探偵ブノワ、エリオット警部補、ワグナー巡査が、第一容疑者全員に聞き込みを行うシーンで、ハーランと一族の関係性が少しずつ見えてくる。
各々が語る話は皆主観的で、不都合な真実は言葉巧みに誤魔化し伝える。
ブノワ達はそれぞれの話を照らし合わせ、そこから見える僅かな矛盾に目を向け、推理を進める。
若い女性と不倫をし、ハーランにそれを咎められた、ハーランの長女リンダの夫:リチャード・ドライズデール。
ハーランの後を継いだ出版社で、ハーランの作品を取り扱う事を止められた、ハーランの次男:ウォルト・スロンビー。
娘メグの進学の為のハーランからの援助金を二重に受け取っていたことをハーランに指摘され、援助を止められた、ハーランの亡き長男の妻:ジョニ・スロンビー。
一族の問題児で、ハーランに相続を外された、長女リンダとリチャードの息子:ランサム・ドライズデール。
この4人が、ハーランに恨みを持ち、殺害した可能性がある人物として挙げられた。
そんな中、最後に話を聞くことになった、ハーランの専属看護師:マルタ。
マルタはハーランの良き友人でもあり、一族からも信頼されていた。
マルタは「嘘をつくと吐いてしまう」という癖がある程、正直で誠実、心優しい人物として描かれていた。
ブノワは、「嘘をつけない人物」「ハーランから多くの話を聞き、一族について最もよく知る人物」そして「ハーランの死で得をしない人物」として、マルタを謎を解き明かす為の助手役に任命した。
ここから、物語が急展開する。
何と、ハーランの死に繋がる医療ミスを起こしたのはマルタであり、実はハーラン自身がマルタを庇う為、マルタにトリックの為の行動を指示し、マルタを容疑者から外すよう仕向けたのであった。
突然の犯人のネタバラシにより、私はここから、この物語が「刑事コロンボ」や「古畑任三郎」のような、いわゆる倒叙モノとしてストーリーが進む展開になると思った。
マルタはミスの際、必死でハーランを救おうとし、自らの罪を打ち明けようともしていたが、ハーラン自身がマルタを庇おうとした気持ちを汲んで、罪を隠すことにした。
ブノワと行動する中で、トリックがバレる証拠が見つかりそうになる度、それを必死で隠滅していく。
ブノワの発言通り、マルタは一族の人間ではないので、遺産相続においてハーランの死により遺産を得ることがない。
決定的な証拠がない限り、マルタが疑われる可能性は低いはずだった。
だが、ここからまた急展開が発生する。
何と、ハーランは遺産の全てをマルタに相続するという遺言を残していたのだった。
一族に愛され、「ハーランが亡くなっても君の面倒は見る」と言われたマルタに、この瞬間一斉に「ナイフ」が向く。
泥棒猫、アバズレ、ハーランをたらし込んでいたんじゃないのか、etc…
困惑するマルタに、「相続を放棄しろ」と詰め寄る一族。
事件についてこれまで一度も疑われていなかったマルタだったが、マルタが犯人なら相続から外れるという思惑の元、犯人であることを望まれるようになる。
この映画を象徴するナイフのオブジェのように、一斉に向けられた「ナイフ」。
一癖も二癖もある一族が、あれだけ大切にしていたマルタに対してさえ、一瞬で豹変する姿は恐怖だった。
これまでマルタを愛していた一族の気持ちのどこかに、無意識ながら「自分たちよりも下である」という感情があったのだろう。
心と懐にゆとりがあるからこそ大切にできていた相手と立場が逆転した瞬間に、人の醜い部分が飛び出してしまうのは恐ろしいけれど、私達の普段の生活の中でもよくあることなのだろう。
遺産の相続人となったマルタに、この後も一族から心ない言葉や差別意識を向けられる。
そんなマルタに救いの手を述べた放蕩息子のランサムと共に、二人は一族の悪意の「ナイフ」、ブノワや刑事達からの真実の追及の為の「ナイフ」、そしてマルタを脅す謎の人物からの脅迫という「ナイフ」から逃れる為に奔走する。
この先は是非実際に映画館で観てほしい。
ここからエンディングに向けて、予想もしなかった展開が次々と繰り広げられていく。
表に見えない最大の「ナイフ」が隠されていたことを、ブノワの推理が解き明かしていく。
重くドロドロしたテーマだが、ポップでスリリングなストーリー展開が、観る側を最後まで飽きさせない。
登場人物が皆個性的で、特に探偵ブノワの飄々とした謎解きと、ハーマンの芯が強く堂々とした、それでいて茶目っ気のある人物像が、このミステリーを華やかに彩っている。
あまりに切ない事件の真実と、自らの誠実さが自らを救う結末は、ナイフのように鋭く心に突き刺さる。まさに傑作といえるミステリー映画だと思った。
https://longride.jp/knivesout-movie/