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【怪談手帖】エコー【禍話】

「小劇場だったのかなあ。ちょっとした劇だとか音楽会だとかやれるくらいの、そこまで広くないホールのある建物なんだけど」

Aさんは平日昼の静かな喫茶店でコーヒーを待ちながら、そのように語りだした。

「建てられた当時の目的とか、詳しい事情知ってる人がもういなくてさ、私達が子供の頃にはほぼ廃墟と言ってよかったし」
「それでそこに!?」
「う、うん。『小人』が出てたんだよね」

小人の幽霊の話が聞けるという事で知人に紹介してもらったのが、証券会社で事務員をされているAさんであった。

小さいおじさんという都市伝説ならば、それなりに僕の周りでも聞いた事があるが、幽霊というのはなかなか珍しい。
僕が些か興奮気味にいるのが伝わってしまったのか、Aさんは若干引き気味になりつつ、本当に幽霊だったのかわからないんだよ、と予防線を張るように付け加えた。

「ただずっとそう言われてたから私達もそう扱ってきただけで」
「いや!実際はどうであれ、幽霊として扱われていたのが大事なんですよ!
 ぜひ話を聞かせてください!」

という僕の言葉に、ちょうど到着したコーヒーのカップへ手をつけながら、それじゃあと言って続ける。

「まあそんなに大層な体験じゃないんだけど」

曰くその小劇場と思しき建物は、ロビーとホールと控室だけで構成されたシンプルな造りだったが、そのホールに小人が出たのだという。

客席に当たる席や、下っていく階段窓にぼんやりとした小人の座っている姿がフッ、フッと浮かぶ。
背中を曲げて口元に手を当てた有名な彫刻、『考える人』 — オーギュスト・ロダンの制作した『地獄の門』の頂上に坐するブロンズ像 — のようなポーズで。
大体小学生の背丈の半分ぐらいだという。
服は着ていて男らしいが、細部はよくわからない。

「まあ廃墟だから薄暗い所為もあるし、ホールは光が入りにくい造りだから。明かり取りの窓はあるんだけどねえ」 とAさん。

ひと所に出るのではなく、階段の途中だったり席の隅だったり。フッと浮かんでは、あっと思って見ると消える。するとまた別の所にフッと現れる。
そういう事を幾度か繰り返すのだという。

いつもというわけではないが、それなりの割合でそれは見ることができた。
だから学生達は、肝試しにそのホールに行く事がよくあった。
Aさんも友達と一緒に肝試しに出かけて、それを見たのだという。

「もうびっくりして叫んで、二人して泣きながら逃げちゃったから、細かい見た目なんて観察している暇はなかったんだけど…。
 でもやっぱり考える人みたいなポーズしてるちっちゃい人が、気付くとあちこちに見えるのよ」
「それでその小人の曰くというのは!?」

そう話を続けると、Aさんはあっけらかんと「全くわかんないんだよね」と言った。

何故そんなものが出るのか、あれがどういうものなのか何も知らないのだという。
一応周りにあれこれ聞いてみた事もあるそうだが、小人の正体や由来らしきものについて、きちんと知っている者は誰もいなかった。

なるほどと興味深く聞きつつも、若干パンチが弱いかな、と失礼な感想を抱いていたのだが。

「ただね、その…、どうも昔は小人じゃなかったみたいなんだよね」
「え?!」

思わずペンを止めた僕に、Aさんは少し楽しそうに笑って続けた。
「うちの親の頃は、小人とは言われてなかったみたいなんだよね。
 考える人みたいな『小柄な男の幽霊』が廃劇場に出るって」

どうやらこのホールの幽霊の話は、結構な昔からその地域で語られているものらしく、遡ればAさんの祖父母の時代には既に噂があったそうだ。
そしてAさんのお母さんの頃には、幽霊というのは背の低い男だったというのだ。

「まあうちのお母さんも詳しい由来だとか、それが誰だとかは知らないんだよ。ただ少なくとも小人とかじゃなかったって。
 背はだいぶ低いけど、大人の男だったって言うんだよね。それに顔とか表情とかも見分けられたんだって」

Aさんのお母さんは娘同様、細部を確認する前に逃げてしまったそうだが、同世代の友達はその男の怖い顔を確かに見たのだという。
どう怖いのか。怒っていたのか叫ぶような顔だったのか、それとも別の何かだったのか。
そこが伝わっていないので、眉唾かもしれないとの事だが。

「でも何せいつの間にか普通の男の幽霊が小人になったって事ですか、それは興味深いな…」
「ああ、これで終わりじゃないんだよね。この話」
「え!?」
「もっと昔だから、もっと曖昧になるんだけど、お祖父ちゃんお祖母ちゃんの頃には、『巨人の幽霊』だったって」
「巨人!?」
「うん。大人の二倍くらいの背のすごく大きな男が舞台の隅に腰掛けてて、物凄く恐ろしい顔してて…。
 それを見た人は呪われるって、そういう話だったんだって。
 それでお祖父ちゃんの知り合いが実際見た後に事故で亡くなってるって」
「えっ…。でもAさんの頃には見ると呪われるみたいな話はなかったんですよね?」
「うん。結構色んな子が見てたけど、見たからどうにかなったって話は少なくとも私は聞いた事ないな。
 ああ、それとお祖父ちゃん達の頃にはね、出てくる場所はその舞台の端っこっていうのが決まってて、階段とか客席に見えたりはしなかったみたいだよ」

つまり、そのホールに出る幽霊はどんどん小さくなっている。

そして最初は決まって舞台の隅にだけ出現していたその男は、背丈が縮むと共にホール内のあちこちに現れたり消えたりを繰り返すようになり、『見たら呪われる』というものから『見ても無害なもの』に変わっていった。

「お祖父さん達も、その幽霊がどこの誰でどういうものかというのは…」
「全然知らなかったし、そういう話もなかったみたい。
 ていうか今考えたらそれも変だよね。これだけ長く出てるなら…ねえ。そこで死んだ音楽家の霊だ、とか何かそういう適当な話がつけられてるわけじゃん…。
 でも不思議なくらいそういうのなかったんだよなあ…」
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コーヒーとケーキの代金を払い、お礼と共にAさんと別れた後、僕は帰途に着いた。
帰ってから共有のメッセージでやり取りをしている親しい友人のHくんにこの話をしたところ、彼はぽつりと
「なるほど。幽霊というか『残響』、『エコー』というところですね」と言った。

「残響?」
「廃劇場のホールなんでしょ。
 最初に何か恐ろしく大きな音が響いて、その音が反射して。
 少しずつ反響しながら、小さくなっていく。
 なんだか、そういうイメージが浮かびませんか」

そう言われて僕もなんとなく腑に落ちた。いや、別に何も説明がついていないのだが、何故か納得のいったような妙な気持ちになった。

「元々は幽霊にもちゃんとしたプロフィールがあったのかもしれませんけど、誰もそれを知らないのなら、音が反射して小さくなりながら拡散していくのと変わらない気がするなあと。
 まあ考察でも推理でもなんでもないですけどね」

そう補足しつつ彼はさらに「ところで体験者の下の世代ではどうなっているんですか?」と聞いてきた。
それについては、Aさんに聞いていた彼女の姪が地元にいるそうなので、今回の取材にあたって連絡を取ってみた。姪の話によると、ホールの幽霊の話はほとんど聞かれなくなっているらしい。

「とうとう消えちゃったんですかねえ」
僕がしみじみとそう言うと、Hくんはどうでしょうねと呟き、最後にこう言った。

「もしかしたらその幽霊は消えたんじゃなく、虫よりも小さくなって…ホール中にびっしりと反響し続けているのかもしれませんね」


出典

この記事は、猟奇ユニットFEAR飯による青空怪談ツイキャス『禍話』内の (シン・禍話 第三十六夜) 余寒の怪談手帖『エコー』(36:25~)を再構成し、文章化したものです。

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(この記事のお話は、「禍話叢書・壱 余寒の怪談帖」に収録されています)

ヘッダー画像はイメージです。下記のサイトよりお借りいたしました。
Pixabay

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