続々私刑執行人ツヨイちゃん #1 VS電車男
小学生の頃、私は想像力豊かな子供だった。
「面見田(つらみだ)さんは自分で答えを出してしまうような、面白い子ですよ」
私の母親は小学校の先生からそんなことを言われたらしい。
そんな言葉を未だに誇っている私。
それ以外に嬉しかった言葉をかけられなかったとも言える。
しかしその想像力は二十五歳になった今、存分に発揮することが出来ている。
常夜の数メートル先に走っている男。
私はこれを捕まえるために鎖鎌をイメージした。無の空から手元に有の鎖の部分が現れる。手に持ち、ブンブンと振り回して『必ず当たる』ということを念じながら勢いに任せて投げた。
「グエッ!エーッ!」
気色の悪い悲鳴と共に血飛沫が上がる。
鎖の部分にも随分かかったようだ。鎖鎌の先端はそう簡単に彼の体から抜けない。私は鎖を手繰り寄せて本体に近づいていく。
「お前、この辺で露出狂やってたろ?」
私は彼に尋ねた。
「あ……あ……」
ビクンビクンとのたうち回って、ロクに返事をしない。
「よく出るって噂の雑木林に毎日通ったら――あんたがバカみたいに陰部出して女の人困らせてるとこ見たんだよ」
「しょ……証拠は?」
「はぁ……この期に及んで証拠求める訳?」
「だって、だって」
「こんな目に遭ってることに驚いてない時点で、お前確定じゃん。じゃあどうして警察じゃなくてこんなことするのかって聞きたそうだね」
「ああ……ウゥ……」
「どうせお前みたいなグズは反省しないからに決まってんだロ!」
深く刺さっている鎌の柄の部分をトンカチを打つのと同じように、私は何度も踏みつけた。
「ぎゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!」
「こんなんで叫ぶなよなぁ? お前の気色悪いブツ見た方は一生頭から消せないんだぞ? こんな物理的な痛みそのうち治るやん?」
「治る……治らな……」
「まずごめんなさいだろうがッ!」
「ああああああああああああああああああああああああああああああッ!」
私は次に大きなハンマーを呼び出して、変態男の頭を目掛けて振り下ろした。三秒ほど間を置いて、ゆっくりハンマーを振り上げると、グチャグチャになった頭が見えた。底面積が広かったからか、そこまで骨の破片は飛び散っていない。いくつか大き目の破片が彼の頭を突き破って出ていた。
「気持ち悪い。想像力で出来たものじゃないから終わってるわやっぱ」
私は完全に沈黙した彼を確認すると、ハンマーと鎖鎌を消滅させた。出すことが出来れば消すことも出来る。
パトカーのサイレンの音が遠くから聞こえて来た。
鎖の音や悲鳴で誰かが通報してしまったかもしれない。
私は足早にその場を立ち去った。
xxx
朝十時。昨日は随分と遅くに寝たので深く眠ったらしい。
ありがたいことに今日は仕事が無いため、ゆっくりと朝を過ごしている。コーヒーは嫌いだから紅茶を優雅に用意した。
なんとなく無音過ぎる部屋がつまらなくて、テレビを垂れ流していると昼にかけて放送されるワイドショーがやっていて、
『連続猟奇的殺人事件について、新情報です』
『残忍ですね。今回の被害者は鎌のような物と……何より頭部が』
『メディアより先に駆け付けた一般人が写真を挙げてしまっているとか』
『一体何の動機があればこんなことするんでしょう』
『一刻も早く捕まって欲しいですね』
と、コメンテーターたちが自由に意見を交わしている。
犯人は私だ。
勿論自首するつもりも無ければ反省もしていない。
数か月前、私はこの世界とは違う世界に行き来し、謎の力を得た。
違う世界へ自由意思で行くのは難しかったが、それは初めて行けた時に感覚的に知った、感情のコントロールでどうにかなることが分かっている。
私が明確な意思を持ってその世界を望むと、体が道化師のような見た目になり、自由に物体を出し入れすることが出来るようになるのだ。
今はこのシステムを解き明かすことよりも、自分のために利用することに夢中である。
私はこの力を得るまで弱者的立場にばかり置かれることが気に食わなかった。頭の中では人としての倫理観を重視し、天秤にかけて我慢すべきことは我慢していたし、仕方のないことだと思っていた。
けれど、圧倒的な力を手に入れてしまったらそんなことどうでもよくなった。
凶器は消せるし、何より足が付きにくい。
痕跡もまた、消すことのできる対象だ。
ただし自分が知覚出来ていないものは消し忘れてしまうから、それにだけはいつも気を付けている。
昨日殺した男は、夜な夜な痴漢と公然わいせつを繰り返していた男だ。警察もマークしていたけれど、時期によってスポットを変えたりして、うまく逃げていたらしい。
私は異世界でコンピュータ・ウィルスを作り出して警察の情報を盗み見た。向こうの世界にもこちらの世界の情報は共有していることは別件で理解済み。後は自分の日頃の生活を犠牲にしてまで行方を追って殺してやった。
事件後に被害者の心境を異世界で聞きに行くと、『偶然かどうか、良かったと思ってしまった』という声もあった。
私はこの声を見て心が晴れやかになった。
たかが痴漢とか、そんな風に思う奴もいるだろう。
――だが私はそういう心理につけこんだ悪魔みたいな人間が大した量刑になっていないのは許せない。
冤罪ではないし、裏も取った上で殺したのだ。
誰に許しを請う訳でもないけれど、正当な行動であると思っている。
くだらないワイドショーを見るのは世間の動向を探るためだ。
私は私の行いを世間のリアクションで正しかったかある程度は考えるようにしている。今日はもう十分かな、と思いテレビの電源を切った。
もう一人、ターゲットが居る。
今日はそいつを殺す。
xxx
午後五時四十六分。
xxx線、下り。
ホームを見渡すと、帰宅時刻と被っていることもあって沢山の人が並んでいる。
私はその中から一人だけを探していた。
そいつは朴訥とした雰囲気を醸し出していて、強そうには少しも見えない。男だけれど、異常さは全くない佇まいだ。
けれども凶悪な犯罪者である。
元々は通勤中に様子がおかしく見えて、その後異世界で調べたのだけれど――彼はネットで仲間を募って痴漢をするクズのリーダーなのだ。
他にも、あえて弱そうな女性の肩にぶつかるなどしょうもないことを繰り返しているらしい。
その心理について解くつもりはない。何が満たされているかなんて全く分からないからだ。
すべては事実。あいつの行いで不快に思った人がいるということだ。
警察は未だに捕まえることが出来ていない。
一体何の仕事をしているのか。まあ、悲しいことに似たような事件が多すぎてどの件と紐づいてるのか分からないのが難しいところらしい。
私の行いで一人二人殺したって世界は変わらないのかもしれない。――だけれど、そんなことを言い訳に辞める理由は私にはない。
あいつを視界に捉えて、しっかりと感情を昂らせると――夕日が強まりカラスが飛び回る。世界は逆転した。
関係しない人物たちは皆、黒いマネキンになっている。
該当人物――沢地(さわち)だけは、異形の姿となっていた。
腕と足が合体ロボットのような関節になっており、電車がモチーフになっている。それに始まり、頭部や胴体は無機質なロボットのであるのに対して、体すべては桃色。何故か陰部だけは肉々しい質感で、パンツ一枚を隔てて隠されている。
沢地ロボはマネキンの中に目立つ道化姿の私に気付いた。
「オマエ、自我アルノカ?」
「私に言ってんの?」
「ソウダ」
私はこれまで何人かこういう奴を殺してきたが、大体似たやり取りを交わす。けれど、最近は面倒になっていて。
――長い長い槍を生成し、遠くからぶっ刺してやった。
「いっちょあがりかな」
ロボに表情はあまりないと思っているけれど、槍を持ち上げて空に掲げることでその最期を見てみようと思った。
が、しかし沢地ロボは槍を受け止めていた。
「トランスフォーム」
天に掲げられた彼はそう呟くと両手両足を広げた。そして四方に散った。分離したんだと私はすぐに察した。
「めんどくさ……」
どのパーツから追いかけるべきか?
一つ一つ壊したいところだけれど、あのタイプはきっとコアみたいなのがある気がする。
頭部がコントロールしてそうだというのは直感的にあったので、まずは槍の先にある胴体と頭部を狙うことにした。
槍をそのまま上に投げ、次にバズーカを生成した私はしっかりと狙いを定めてぶっ放した。
当たった。――が、壊れていない。
「迎撃システム、起動」
反対に、奴の頭部と胴体が棚の扉みたいに開いて、一つ一つが太いミサイルが私の方へと飛んできた。
金属バッドを生成し、すべて打ち返す。ミサイルは跳ね返ることは無かったが壊れて、墜落していった。
翼を背中に作り、羽ばたく。四つのパーツを利用して今のような攻撃をされたらたまらない。頭部を備えた胴体が命令しているのは恐らく間違いない。特にいちいち言葉で次の動作を言っている辺り、頭部はかなり怪しい。
空を飛び頭をバッドでぶっ飛ばそうとすると、
「再編成」
その言葉をきっかけに発散した腕と足が彼の元に向かって戻ってきた。ただ辿った道を戻っている訳では無い。私を目掛けて猛スピードで飛んでくる。
バッドを両手で持ち、自分の前へと真っすぐ伸ばす。
大回転をイメージし、ミサイル同様打ち返してやった。
打ち返したパーツたちは私への攻撃を諦め、沢地胴体へと戻った。
「ムーヴ・モード」
素早く、彼は新幹線のようなフォルムへと変わった。空に留まれるようにか、機械の翼が広がっている。
突如レールが現れ、それに沿って沢地が超特急で移動する。パーツ時、ジェット噴射で移動していた時より素早い。追跡するが、大分遅れを取った。
元の世界で使われていたレールに沢地は収まった。
このまま逃げるつもりだろうか?
とてつもない速さで先を走り始めている。
追いかけてもキリが無いと判断した私は同じくレールの上に乗って地面に両手をついた。
5秒くらい経って、沢地はどのような仕組みかは分からないが、
『勝利、我ラ勝利。次回、貴様ノ正体ヲ突キ止、コロス!』
ホームのアナウンススピーカーで私に勝利宣言をしてきた。
まるで反省していない深層心理を理解して、私は心置きなく自分の攻撃を仕掛けた。
――地面から私の先方に噴火する小さな山々が生えていく。
レールに固定されて猛スピードで動く沢地は空に居た際のスムーズな連結解除は出来ないようだった。
山の創生スピードはとてつもなく早く、加えて噴出されるマグマが上から沢地に降り注ぐ。
『…………! ヤメロ、ヤメロ! ヤメテクレェ!』
「もう遅いし、散々こっちを殺そうとしておいて何言ってんだよ……」
呆れるしかなかった。
マグマはしっかりと彼を包み込み、やがて形が無くなって、ドロドロと周囲を溶かしていった。
バズーカを当てた時に無傷だった時点であまり兵器は意味が無いと判断した私は、金属製が高い体なのであれば熱の攻撃が良いのだろうと思っていた。当てるチャンスを作ってくれたのはむしろ向こうの方で、四方に散られた方が面倒であった。
……証拠の残らない世界。圧倒的な強者としていられるはずなのに、存外大変な戦いになった。
これまでもいくつか抵抗されたことはあったけれど、ここまでのは初めてだ。
奴もこの世界に頼って犯罪を続けていたのだろうか?
もう答えは分からない。
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沢地殺し以降、私はいつもと違う世間の動きに驚いた。
仕事があって外に出ていたのだけれど、昼ごはん中にSNSを見ていると、どこにでもいる痴漢だったはずの沢地について大きく取り上げられていた。
結論――沢地は死んでいた――が、他にも四名死んでいたのだ。沢地を筆頭とした痴漢集団が軒並みやられていた。
あの異世界での姿は全員で一つだったらしい。あの時、近くにいたのだろう。
つまり五人死んでしまった。だからいつもより騒ぎが大きい。
残党の中には女性も一人いたらしい。
人というのは分からないものだと思った。
死体は異世界ではマグマで溶かされたけれど、現実では骨が見つかったらしい。最近まで生きていた人間が白骨化していることに関して警察は相当疑問視しているようだ。
更に、今回亡くなった人物たちの捜査の共通項が痴漢犯罪だったということと、猟奇的な死体の状況から近々の連続猟奇殺人との関連を疑っているらしい。
これはまだメディアには警察からリークしている情報では無いが、世間の推理マニアが動き出していることと、異世界での警察の情報から分かったことだ。
私が始めた私刑は、どうやら世の中を騒がせる事態に発展している。
少し、流石に焦った。
が、ここで辞めるのはもっと嫌だ。むしろ知らしめてやるべきだと思った。
自分のために行っていることが評価される気持ち悪さと、反して高揚感。同時に私を支配した。
次は誰を。
<続>