【短編小説】続々私刑執行人ツヨイちゃん #5 VS同業者(前編)
垣根殺しの一件以来、私はすっかり異世界での私刑について億劫になっていた。闇男さんのような存在が私を見ているかもしれないというリスク。これ以上自分の身勝手な正義――いや、憂さ晴らしだったのだろうか。そんなもので人生を壊したくない。
うまく利用していけば現実世界の生活は潤う訳だし、垣根のおかげでしばらくの生活は保障されている。
自分のしょうもなさと、エゴ加減に今更ちょっと引いてしまった。
一方で、これまでの行いを反省する気持ちはあっても後悔はしていない。
ま、止めたらいいんだ止めたら。そしたら誰にも攻撃されないはず――と思ったけれど、能動的で無くても向こうから攻撃を仕掛けてくることがあったから返り討ちにした例もある。
何かそういう作用で引きあってるのだろうか。だとしたら避けようがない。
考えても分からないことを考えていると疲れてくるもので、気づけば駅前の喫茶店でアイスキャラメルラテを飲んでいた。甘いものを欲しているらしい。窓際の一人席から道行く人を眺めていると、
「ウッ……アッ、アッ」
絞り出したような――けれども窓越しにも聞こえる声量で呻く男性が現れ、首元を苦しそうに抑え始めた。周囲も気付いて、大騒ぎではないが、目を逸らす人や気になってる人が増えてきた。
瞬きもせずに見てしまっていた私は、その後、彼の首が何もその方向に力を加えるモノはないのに捻じれていく様に思わず口が開いた。こんな光景はここ最近よく見たはずなのに、いざ自分が干渉している訳でも無い何かが起きていると震えが止まらない。
やがて。
その首は、捻じれ切れた。
血の雨と地面に大きな音を立てて頭部が落ちる。
その場は多くの人の阿鼻叫喚。
私は真っ先に異世界のことを思い浮かべた――その間に、黒いマネキンが皆ムンクの叫びのようなポーズを取って立ちすくみ始める。
このままでは自分が特異な存在として浮き彫りになると思い、隠れようとしたときには遅かった。
「あんた、何者? マネキンじゃないね」
しゃがれた女性の声。
見た目は真っ黒な、所謂サキュバスのような恰好をしている。
「私は、これは一体…」
私はすっとぼけた演技をしてやり過ごそうとした。
けれども、間髪入れずに声の主は私の頭に杭を打ち込んできた。
「……いき、なり。何すんだよッ!」
杭を抜き、更に切っ先の尖ったドリルに生成し直し投げつけ返した。
「やっぱり勝手知ってるんじゃねぇか!」
女はドリルを手でキャッチしたが回転の勢いに負けて手が抉れていった。
「いってぇぇぇぇぇぇぇぇッ! クソッ……」
「死ねッ!」
続けざまに毒小瓶を創造し、相手目掛けて蹴り飛ばす。
割れた小瓶から何らかの毒が彼女に降りかかる。
「なんだよ……なんだよこれッ!」
「知らねぇ」
「熱い……痛いッ! 痛いヨォッ! うあああああああああああああ」
「答えて。さっきのネジ切れた男はアンタが殺したの?」
「答える、答えるから助けてェッ!」
「答えたら薬を渡す」
「私が、私がやりました、ウッ……早く」
そこまで聞いて、このまま消してやろうかとも思ったが、こいつは明らかに私の格下だと判断した。
闇男さんのこともある。この世界について得られる情報があるならばその機会を失うのは惜しい。
私は薬を生成し彼女に飲ませた。何が効くか分からないので塗りクスリもイメージして生成もした。
「はぁ……すぐ痛みが引いた。アンタ、何なんだ? その能力チートだろ……」
「言う必要はないかな」
「ㇰッ……」
「で、どうしてあの男の人を殺した訳?」
「あいつは盗撮魔なんだよ……けど、うまく言い訳したり場所変えて捕まって無かったんだ」
「……ふうん。被害者なの?」
「違う。でも、見かけたから。誰も裁かないなら私が裁く」
これは、明らかに最近までの私の発想だった。
しかも、私よりなんだか強い意思を感じる。
「そんなことして何になる訳?」
「何がとか……そういう理屈じゃないよ。でもこの世界に入れるようになって、どうも同じことしてる人がいるかもって勘づいて……それっていいことなんじゃないかなって思ったから」
「なるほどね」
「アンタは何者なの? 力、使いこなしてた」
「私はこんな風に巻き込まれがちだから、身を守るために使えるようになっただけ」
「にしては死ねッ、とか言ってた」
「それはまあ、ね」
「ねえ、二人で世直ししようよ。それでさ、私たちより先にやってた人を探して仲間になるの」
「そんな集団的な動きしてどうするのよ。意味ないって」
私が始めたことなのに、いざ他人として客観的に見ると意味不明だ。支離滅裂。自己中とか、そういう問題じゃない。
何がしたいんだ? という疑問が堂々巡り。
ともすれば私は一体何をしてきたんだろう。
でも、やらなければ被害者は増えていた?
そんなもの誰に分かるのか。私が裁くべきことじゃないのだろうと、急速に冷えていく。
「――アラァ、アラァ。生きてる人が二人もいるぅ」
悪臭。
自分の行動を省みているそんな状況で、それを忘れてしまうような強烈な存在感が近寄ってくる。背中側からじわじわと。
ゆっくり振り返ると、そこには――目玉が落ち、みすぼらしい格好の男が立っていた。
「ここではなんでもしほうだぁい」
男は腐った片腕をこちらに投げつけて来た。
盾を作り防ぐと、その盾にドロリと腕だったものが流れ落ちた。
運命は私をツヨイちゃんとして突き動かしていくようだ。
<続>