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【短編小説】続々私刑執行人ツヨイちゃん #6 VS同業者(後編)
<これまでのあらすじ>
普通のOLとして過ごしていた面見田麗美(つらみだ うらみ)はある日勤め先の歯科医からのストレスをきっかけに異世界で自由にモノを創造できる能力を手に入れる。
特殊能力と共に異世界に行き来できるようになった麗美は自分にとって悪とする人間を次々と裁いていく。
しかし異世界での死体は現実に戻ると猟奇的な――不審死死体として現れ、世間では徐々に関連性が疑われている。
麗美は警察の動向を気にしつつ、私刑を続けていく。
腕――というよりは、ほとんど泥。新鮮な肉だったものが腐敗して、形を保てなくなっているのは間違いない。投げつけられたそれは盾によって防いだものの、臭気性のガス兵器とも言える力強さで私たちの鼻腔を殺した。
「あ……頭が」
「痛い……」
私は自分と彼女の顔に手をかざしてガスマスクを生成した。
「ありがとう……」
「それより何なのあいつは?」
「あれ、多分さっき話した盗撮魔の姿だよ」
「現実の方でネジ切れて死んだんじゃないの?」
「見ての通り、ゾンビ……?」
異世界のことをすべて把握してる訳ではない。しかし、こちらの死はあちらの死で、あちらの死はこちらの死のはずだった。こんなの反則じゃんと思ったけれど、私の能力だって大概。
「とにかくあいつをここでも殺さないとね」
死体と言うのであればお得意の火炎放射器で燃やす。私の能力はルーティン化されるとイメージが洗礼されていくのか、その威力などの解像度も増すことが最近分かって来た。
「火力最大……死ねッ!」
ゴキブリスプレーを噴射するとき、私はいつも必要以上に噴射してしまいがちだ。それと同様のパワーでゾンビ野郎に吹きかけてやった。
視界が逆さになる。激しい破裂音で耳から血が出た。音が聞こえない。
何が起きたのか?――ゆっくりと視界の端に自分の首から下の体のパーツが四方の吹っ飛んでいるのが見えた。
生成。生成。生成、生成、生成、生成。
決死の判断で、私は体が繋ぎ合わさるモノを脳内に逡巡させた。以前、腕を破壊されたときは機械でつなぎ止めたが、今回はその反省も生かして筋肉への理解を深めておいたおかげで体が戻った。――が、全快とはいかない。頼りないイメージの産物だ。腕、足、その他がちぐはぐであるものの、なんとか生きている。
何が起きてるのかはそのコンマ数秒後。恐らく、私の花った火と奴の放つガスが化学反応を起こし爆発したのだ。
辺りは火の海になりつつある。ガスマスクのおかげで肺に熱風や一酸化炭素の急激な吸い込みは防げた。
「あ」
小さく、一言が聞こえる。
その方を見ると、サキュバスの子は体が千切れ飛んでいた。断面からは血が垂れており、自分が死んだのか、どういう状況なのか理解できていないらしい。顔だけはまだ意識があるように見えた。
助けるか否か。そんなことをいちいち考える自分は相当自分だけが幸せな世界にのめり込んでしまったのだと思う。彼女の行いが悪かったのか、それは自分にも繋がるのか。もう考えたくないのにイライラする。
間に合うかは分からないけれど、私は彼女の体を修復した。やはりすぐには動けないらしい。
私が私の能力は壊すのとは反対に治すために使ったのは初めてだった。
――そうだ、ゾンビは?
火炎地獄のその中に、確かに私は私たちと同様に吹き飛んだ体の欠片を捉えた。そしてそれは徐々に復元されていく。
元の形が歪であるはずなのに、何故か完全に戻ったと言わせるような姿。
無限に再生する――直感的にそう思った。
「なら、これだ」
地面に向かって大きなドリルを生成し、穴を掘る。ドリルには無限の回転を続けるような動力、電源を加えている。私は足にジェットシューズを生成しゾンビの方へ特攻した。続けて消火器を生成。自分で蒔いた火の種たちを消していく。
「ナァ二?」
「もう、お前の人格はきっと破綻してるんだろ」
冷静にそう告げ、首に鎖を繋げ、ドリルの元へ戻る。ドリルが開けた大きな穴は深い地中に繋がっていた。回転させたままゾンビを隙間に放り込み、ハンマーを使って思い切りドリルごと突く。ぶちぶちと音を立てて血飛沫が舞う。ドリルの根元が地平と同化した瞬間、私はセメントで地面を塗り固めた。
私の見立てではこのドリルはゾンビを巻き込んで永久に回転し、最期はマントルに到達して燃え尽きるだろう。もしかしたら掘削がうまくいかずにある地面の場所で動き続けるかもしれないが、少なくとも無限の死は逃れられない。
あーあ、またやっちゃったよ。
私には悔いかも分からない感情だけが残った。
穴の跡地から離れ、サキュバスに近づく。
「ねえ、大丈夫? まだ生きてる?」
「あ……あぅ……」
どうやら喉が焼けてるらしい。今の私なら声帯なども復元できるかも……懸命にイメージを構築し、生成を続けた。すると、治ったらしく、
「喋れる……ありがとう」
「よかった。ねえ、名前教えてよ。まあ、偽名でもいいよ」
「私は……湯脇黒子(ゆわき くろこ)」
「黒子ちゃんね。私はツヨイ」
「ツヨイ?」
「うん」
「確かに、強いもんね」
「まあそういうこと。……黒子ちゃんにお願いがあるんだけど」
「何?」
「もう、この世界に関わるのやめた方がいいのかもしれないって」
「どうして? さっきだって、倒せたじゃん」
「倒したんじゃない。殺したんだよ」
「…………」
「私アンタ見て自分のこと客観的に見ちゃった。私も最近起きてる何とも言えないクズたちの死にざまニュース見てさ、私刑は必要なんて思ったけど――やっぱ荷が重いわ」
「……けど……そう、だけど」
「アンタが続けるって言うならいいけど、私が助けられたのもまぐれだし、アイツ倒せたのもまぐれだし、そんな生き方してたら命がいくつあってもたんないよ」
「でも、でも……」
「納得できないなら勝手に続ければいいよ。でも私はもういいから。ほっといて欲しいし誰にも言わないで」
「……分かった」
「この世界での知り合いは限りなく少ないから、誰かに伝わってたら真っ先にあなたを殺しに行くわ」
「……! 酷い」
私はまだ身動きが取れるほど回復していない彼女にそっと触れ体内に爆弾を生成した。
「何したの……?」
「治るようにおまじないだよ。それじゃあね」
自分の愚かな現身にも思える彼女に別れを告げ、私は異世界を後にした。
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数日後、またも現実世界には不思議なニュースが流れていた。
とある駅近くの地面から異音がするため調査が行われたところ、回転して地中を掘り続けるドリルがあることが分かった。そしてドリルは回収されたらしい。
勿論これは私の仕込んだものだろう。ドリルは現実世界にもあるから、そういうものはこっちの世界にも残ってしまう。
ただ、見つかったのはあれから数日後だったため、死体は完全に粉々だ。道中に粒子として散ったから死体などの話は出ていなかった。
警察の情報では、ゾンビの盗撮魔は行方不明者としてすらまだ登録されていないらしい。
ある意味、今回が私の犯行の中で最も完全犯罪に近いものになった。
あの同業者はあれからどうしているのだろうか。
私はしばらく異世界に入る気にはならなかったし、実際に入らなかった。
全能感も今じゃ虚無感に様変わり。
愚かしいことこの上ない。
「自由を求めよ」
?
私の頭の中にそんな言葉が響き渡った。
男か、女かも分からない。響いたすぐには認知が薄れてしまったのだ。
ただ、一つ――私は今異世界に誘われている。その切迫感だけが心に警鐘を鳴らす。
もう他愛のない常人的生き方は、もしかしたら帰って来ないのかもしれない。
<続>