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【短編小説】続々私刑執行人ツヨイちゃん #8 VS秩序(中編)

<これまでのあらすじ>
 普通のOLとして過ごしていた面見田麗美(つらみだ うらみ)はある日勤め先の歯科医からのストレスをきっかけに異世界で自由にモノを創造できる能力を手に入れる。
 特殊能力と共に異世界に行き来できるようになった麗美は自分にとって悪とする人間を次々と裁いていく。
 しかし異世界での死体は現実に戻ると猟奇的な――不審死死体として現れ、世間では徐々に関連性が疑われている。
 麗美は警察の動向を気にしつつ、私刑を続けていく。

 白いシーツを腰から下に掛けて、私は窓際のベッドに佇んでいた。
 少し前の自分ならリンゴは綺麗に皮を剥いて食べていたのに、今は丸かじりだ。

 シーツに滴り落ちそうになる果汁を見るとイライラする。そんな清潔さの常識はまだ残っているらしい。

「どう?調子は」

 看護師さん――白目(はくめ)さんが入って来た。
 白目さんは私が初めて異世界に入って重体のまま病院に駆け込んだ時助けてくれた恩人だ。

「良くは無い」
「そっか」
「白目さんもリンゴ食べる?」
「貰おうかな」

 傍の机に置かれた果物籠にまだリンゴはあった。それを彼女に優しく放る。

「丸かじりしたって自由ってことにはならないね」
「そうかしら?私は爽快だと思うけどな」
「私、ずっと好き勝手やってるだけで本当は不自由なのかもしれない」
「どうしてそう思うの?」
「だって白目さんはまともに看護師してるでしょ?規則正しい生活もしてさ。そのうえで、普段やらないリンゴ丸かじりをすると自由だ!ってなるんだと思うのね」
「それはあるかもね」
「でも私はずっとやることなすことグチャグチャだからさ。自由だって感じる瞬間って、何かしらの抑圧とか、軸から離れた瞬間でしょ?」
「まあ、そうね」
「ってことはね、私ずっと圧が無いし、軸もぶれぶれだから分かんない訳」

 白目さんは笑った。

「それってずっと自由って事なんじゃない?」
「分からん」
「そっか、面見田ちゃんは人生の迷子か」
「そうっす。白目さんと少ししか変わらんのに」
「私は貴方のそういうところが好きよ」

 そう言って、彼女は私の頬に手を当てた。舌先を出すと、二又に分かれていて――蛇のそれだ。
 私は白く透き通った彼女の頬に手を添え返した。

「元の世界ではただの蛇だなんて面白いね」
「ただの、なんて失礼だよ」
「ごめんなさい」
「こっちの世界であくせく働いてさ、向こうでは地面一生懸命這ってんの」

 私たちは何故か大きく笑った。

「ねえ、白目さん。私これからどうしたらいいと思う?」
「どうしたいの?」
「うーん。そうだな。凄く考えたけれど――考えられてないのかもしれないけど。皆が自由に好き勝手する世界だったら私だけ悪目立ちなんてしないのにと思ってみた」
「いいじゃん。やっちゃいなよ」
「何を?」
「自由を求めるっていうのは欲望の開放とも言えるからさ。それを刺激するような世界をこっちからコントロールしちゃえば?」
「それって実質世界征服的な?」
「そうそう」
「流石に規模デカすぎじゃない?」
「規模デカくていいじゃない。それくらいしないと満足しないでしょ?」

 白目さんは私に体を絡みつかせた。

「気に入らない人間を勝手に罰してもさ、キリが無かったんじゃないの?」
「……うん。っていうか意味すら分からなくなった」
「そうでしょ?でもそれって多分中途半端な数だからだよ」
「そうなのかな」
「イカれてる奴は全員ぶちのめしちゃえばいい」
「そうか」
「そうやって約束したでしょ?」
「約束?」
「忘れちゃったの?」
「よくわかんないんだけど」
「そっか。まあ、面見田さんは今は面見田さんだもんね、ただの」
「余計分かんなくなっちゃった」

 私の頭の中はマンガの黒いグルグルでいっぱいだ。
 黒い、グルグル……グルグル。
 視界に黒が広がっていく。何事かと思ったら、窓の外がしっかりと黒で埋め尽くされている。一瞬頭がおかしくなったのかと思った。

 黒は窓を押しているらしく、ガン、ガンっと音を立てた。
 普通であれば怖くて開けないのだけれど、不思議と私は抵抗感が無くサラッと開けてしまった。

「よっ」
 加えて挨拶までする。

 黒い――闇は人の形を成していった。いつかの日に出会った、闇男さんだ。

「随分黄昏ているじゃないか。リンゴなんて食べて」
「元の世界で人として生きるの飽きちゃって」
「ここはそれなりに心地がいいのか?」
「まあね。外から見て異世界に通じてる人は気付いちゃうかもしれないけど」
「気付いたからここに来た次第だ」
「ねえ、どんな風に見えたの?」
「自分も散々見て来ただろう? じわじわ変わるんだ」
「変わった後に見かけたことはないよ」
「なるほどね。基本的には元の世界のままだよ。こっちが雰囲気を感じた時に異世界の姿になると着くわけだ」
「へー」
「調子はどう?」
「それ、白目さんにも聞かれた」
「俺にも聞かせてくれ」
「まあ、ぼちぼち」
「そうか。そろそろやる気を出して欲しいもんだ」
「ねえ、前会った時も思ったけど貴方って何なの?」
「忘れたのか」
「忘れたも何も、知っても居ない」

 闇男さんは深いため息をつくと、白目さんをちらりと見た。

「蛇か」
「そうだよ。久しぶり」
「えっ!? 二人とも知り合い?」
「まあな」
「偶然ってすごいね」
「偶然だと思うか?」
「思わせぶりなことばっかり言って」
「大体お前のせいだ」
「何が私のせいなの?」
「あんまり言わないであげて。彼女、悩んでるのよ」
「何を悩んでるんだ?」
「自由とは何か」

 闇男さんは鼻で笑った。

「少し前にあった時は元のお前に近かったんだがな」
「え?」
「なあ、これは覚えているか? 俺達は同胞であり敵だって」
「え……」

 ――闇男さんはそう言うと素早く私をビンタした。

「ってぇ! 何すんだよ!」
 文句を言うも、無視。すかさず闇が私の口元を覆って塞ぐ。

「どうだ? 自由を奪われる気持ちは」
「xxxxxxxxxxxxxxxxx! xxxxxxxxx、xxxxxxxxxxx!xxxxxxxxxxxxxxxxxxxx!」
「何言ってるか分かんねえよ」
「ちょっと! やり過ぎでしょ!」
「いいじゃねえか。どの道最後はこうなるかもしれねえぞ?」
「そうなるまでは仮にも彼女は私たちの長なのよ」

 ……長?
 息苦しくて辛い中、引っかかったワードがいつまでも頭を巡る。

 闇男さんはしばらく黙って、冷ややかな目を私に向けながら口を覆い、首を締め上げた。

 何故だか私はそれが心地よかった。

「なあ、お前もしかして恍惚の表情浮かべてないか?」
 
 彼は呆れた様子で闇を引き剥がした。
 私はちょっとにまりとしていた。

「ドMって訳じゃないけど……こういうの久々だなって」
「久々ってなんだお前」

 ドン引きされている。

「……! なんかでも、今のやり取りで分かったかも。私が得たい自由」
「今ので分かったんだ……」

 今度は白目さんが引いている。

「私、やっぱり不自由の中の自由が好き。でも、不自由が強すぎるとイライラして、自由が良く分からなくなるんだ」
「ほお?」
「――だからさ、まあ、悪いことだって分かってるけど、最後にやってみようかな」

 白目さんと闇男さんはどうしてか、変な前向きさの私を見て互いに顔を見合わせ笑った。

「秩序を壊します」

 こうして私の次の目標が決まった。

<続>

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