【短編小説】続々私刑執行人ツヨイちゃん #2 VSモラハラ男
最近、なかなか彼氏と予定が合わなくて久方ぶりのドライブデート。
日程が近づくにつれ家のことしたいなぁとなってしまったのだけれど、折角予定空けてくれたし頑張って来た。
頑張って来たというのがいかにも自分らしいなと思っている。
眠いから欠伸をして、でも何か話さないとなぁと思って助手席から気を遣って言葉を発してみた。
「なんか……この流れている音楽独特だね」
「最近ハマってる」
何かの洋楽。私は全然好きではない。
「あんま好きじゃないわ」
「変えろってこと?」
「いやそういうつもりじゃないけれど……ただ好きじゃないってだけ」
「え、何か怒ってる?」
「怒ってないよ」
「なんかずっと黙ってたし機嫌悪いのかなって」
「そんなことない」
「面倒くさがってんじゃん」
「今面倒くさくなってる」
「俺のせいかよ」
うねうねと曲がっていく山道。
彼の運転がやや粗くなる。
「ちょっと危ないから運転集中して」
「いや別に平気だし。なんかそれよりその感じ嫌だわ」
「危ないから、それはシャレにならんから」
「それは俺も分かってるわ流石に」
「いやぁ……」
「何その苦笑い」
「あー」
余計なこと言わなきゃよかった……。
「マジイライラする」
彼はそう言うとアクセルを強く踏んだ。
「ねえ!? 本気?!」
彼は返事をしなかった。
このままでは間違いなく死ぬと思った私は感情が昂った。
その瞬間、いつもの如く異世界に移行する。
猛スピードを出していた車は勢いが止まらず、前方のガードレールに衝突した。異世界に移行してくれたおかげで、屋根を破壊して翼で空をぶことが出来――私はなんとか一命を取り留めた。
彼はマネキンになっていたのだろうか?
死んでしまったかもしれない。
そう思ったのも束の間、車の中から夥しい数の蝙蝠が飛んできた。その集団の波に空に居た私は飲み込まれていく。羽の衝撃と噛みつき、体当たり。じわじわと痛みが体を蝕む。
金属バッドを生成し、大回転すると一部の蝙蝠を振り払うことができた。その隙に足にジェットロケットを装着。速攻で道路へと噴射力で移動し、物陰に隠れた。
少しだけ顔を横から覗かせると、蝙蝠が人型を成していく。黒いマントを身に纏った男性のシルエットが浮かび――それは古典的なイラストで出てくるドラキュラそのものに見えた。あれがこちらの世界での彼の姿だったのかと、驚嘆。
彼が右手を真横に伸ばすと、再び腕が蝙蝠に姿を変えていった。私が飛んで行った方向へ近づいてくる。索敵をしているらしい。どうせいつまでも逃げられないのは分かっている――攻めるしかない。
消火器にも似た形状のガスバーナーにより、近づいてきた蝙蝠をすべて焼き払ってやった。ガスが空になり不要になったバーナーを自身に筋肉を増強させて、空にいる彼を目掛けて高速でぶん投げてやった。
瞬時に気付いたらしく、四方に蝙蝠は散った。私が戦う相手は皆すぐに分離するな……とのんきに考えていると、とてつもない不快な音波で血を吐いてしまった。音の攻撃だと揺さぶられる脳の中、なんとか理解しヘッドフォンでガード。翼を再び生成し、彼の元へ向かった。
「お前もこの世界で自由に生きれるんだな……」
「まさかこんな形で知るなんて……っていうか私を殺すつもりだったの?」
「君は理不尽なことは許せない質だよな?」
「まあ」
「理不尽なことには理不尽で対処するしかないと俺は思っている」
「何が言いたいのかさっぱり分かんない」
「バカだもんな」
「それが本音?」
「頭が悪いんだよ……俺はもっと話の通じる女性と仲を深めたい。それ以外は存在する価値すらないんだ」
「うわあ……」
彼は『理解できないだろうな……』と言わんばかりの恍惚の表情で明後日を見ている。
「そうやって今までも自分の思い通りにならない女の人が現れたら殺して終わらせてた訳?」
「そうだよ」
「普通に別れればいいじゃん」
「別れるだけでは気が済まない。散々人をコケにしておいて、後はさよならなんて。存在自体を消去するしかないだろ? まあ、こんな世界知らなかったらやらなかっただろうけど」
「ふうん」
「意外に驚かないんだな」
「因みに何人殺したの?」
「もし死んでたら、今回で二人目」
「なるほど。私は五人以上殺してるよ」
「……はあ!? お前、頭おかしいのか!?」
「お互い様よね。もうちょっと気が長ければ普通に付き合えたかもね」
私は朴訥とそう告げながら指を五つ、鉄釘に変えた。フォルムが単純なものであればあるほど私の生成は素早い。長い鉄釘が彼の胸を貫いた――が、丁度胸部から再び蝙蝠が羽ばたき出す。五匹の蝙蝠だけが首をガクガクさせながら指の先でのたうち回っている。
「何匹で出来てる訳?」
「へ……平然と…………。お前、普通に犯罪者だよ! 生きてちゃいけねえよ! 俺の方がよっぽど正常だっつうの!」
「私より正常だから何なの? 上カルビが特上カルビに嫉妬してる的な?」
「狂ってるのがいい方みたいな例えおかしいだろうが!」
「自分より下の奴見て自己肯定感あげるなんて小さい奴だなー」
「お前が言うんじゃねえ!」
蝙蝠になるだけの能力ではいずれ私に殺されるというのに。
そんな風に高を括っていると――彼の体の蝙蝠は三つの塊に分かれ、三体の悪魔に姿を変えた。昔本で見たことがある。バフォメットだ。
悪魔になったところで人は人のはずだ。
「なあ、頭の悪いお前はどうしてこの世界が存在しているか考えたことがあるか?」
彼の体のうちの一人がそう言った。
「そんな問答して時間稼ぎ?」
「俺は神話とかそんなものは特に信じてなかったんだが――どうも受け入れざるを得ないのかと思っていてね」
「ふぅん。インテリ陰キャってこと?」
「口が減らないな。第一、いつも思っていたがお前は社会の何の役に立つ存在なんだ? 仕事は飛ぶは人は殺すわ、ロクなもんじゃない。常々思うよ。税金がこんな奴に支払われているなんて恐ろしい世の中だってね。人間が他の動物とどう違うか知っているか? 知恵と社会性だ。社会があるから秩序ガッ、ガッ、ガガガガガガガガガ」
私は銃を生成して何発も打ち込んだ。
悪魔の見た目をしているから特殊な能力が現れるのかと思っていたけれど、三人共普通に銃弾で苦しんでいる。
「お、お前……知ってたのか……伝奇的な魔族の弱点……」
「何が?」
「魔の力を持つものは銀の弾丸……うっ、アッ、ヤメロ!」
1、2、3、4、5、6……弾丸は生成が安いためずぅっと撃ってみた。
「私FPSとか割と好きだから気持ちいいかなって思って撃ってみただけだよ」
「バカには……勝てない……」
三人の悪魔は力なく地上へと落ちて行った。
私はそれを追尾し、一体を十字の木に括り付け焚火を始めた。蝙蝠に変わる力が残っていないらしい。他の二体は例によって新しいバーナーで燃やし尽くした。
「……せ。殺せ」
「うーん、今悩んでるのよね」
私は鉈で薪を割りながら答えた。
「キャンプを楽しむナ……」
「あんた殺すと流石に疑われそうだなぁって。だから今日は見逃してあげるから一週間後くらいに爆発して死んでくれない?」
「ハ!?」
「今体に爆弾作って埋め込んどいたからさ。あっちの世界では爆発しないけど、一週間後くらいに適当に現れてここで爆発させようかなって」
「あ……悪魔」
「悪魔っていうかなんていうか……まあごめんとは思うけどね。でも先に殺そうとしたのそっちだし」
「…………」
「一週間後爆発で死ぬのに生かされるってすごい怖そう」
私が彼の立場になって気持ちを代弁してあげてるのに、焚火が消えていく。彼が失禁してしまったらしい。
夢の世界(的な立ち位置)なのに可哀想だなと思った。
さて、爆弾を仕込むか。
xxx
暑い。暑くて死ぬ。
彼氏(元カレ)と壮絶な殺し合いをした私はあれから一週間――料理をする気も起きずにそうめんを啜っていた。
あれから彼に会うことは無かった。異世界からは夜になると時々様子を見に行ったけれど、毎回大泣きしながら爆弾を解除してくれと懇願して来た。それは無理と断り続けた。
放っておいたら次の女の子が最悪殺されてしまうかもしれないし。
異能の人間は生きてちゃいけないだろう。
自分もいつかしっぺ返しがくるのだろうか。
……ま、そのときはそのときだよな。
そんなことを思いながら私は彼を爆散させた。
<続>