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【短編小説】続々私刑執行人ツヨイちゃん #9 VS秩序(後編)

<これまでのあらすじ>
 普通のOLとして過ごしていた面見田麗美(つらみだ うらみ)はある日勤め先の歯科医からのストレスをきっかけに異世界で自由にモノを創造できる能力を手に入れる。
 特殊能力と共に異世界に行き来できるようになった麗美は自分にとって悪とする人間を次々と裁いていく。
 しかし異世界での死体は現実に戻ると猟奇的な――不審死死体として現れ、世間では徐々に関連性が疑われている。
 麗美は警察の動向を気にしつつ、私刑を続けていく。

 
 秩序――皆が極力平等に過ごすためにきっと必要なもの。

 理屈はずっと前から分かっている。だけど、私の心はどうしてかそれを許容できない。
 私の自由が誰かの自由を侵す。そんな発想が気に食わないと思ってしまった。その理屈が通ってしまうのは秩序なんてものが存在しているからだ。

 であれば一度壊してみよう。そう思い至った。

「待ってたよ。その決断」

 闇男さんは深く頷いてそう言った。よっぽど期待していたことだったらしい。

「私もいつ動くんだろうとは思っていたから」

 続けて白目さん。

「二人とも、私のことそれ程知らないでしょ?」
「今のアンタのことはな」
「昔会ってたの?」
「ずっと昔にな」
「ふぅん。まあいいけどさ、そんなにお待ちかねなんて態度ってことは手伝ってくれるんだよね?」
「勿論」
「ねえ、もし闇男さんがこちらの世界を闇で覆ったら現実はどうなるの?」
「なるほど、そうしてみたいという発想か」
「うん」
「この闇というものはな、実は無数の蠅なんだよ」

 彼は指を鳴らすと、擦れたその親指が徐々に黒い点に変わって広がっていった。彼がハッキリとそう言うまでまるで思いつきもしなかった。――この黒々とした闇は無数の小さな蠅だ。

「体の部位だけ……って訳でもないの?」
「蠅たちは短い間に交配を繰り返していくから。こうしてる間にどんどん増えていく」
「気持ち悪ぅ」
「相変わらずの感想だな」
「ってことは、よくわかんないけど昔の私もそう言ったのね」
「そういうこと」
「なんとなく理屈は分かったわ。その蠅をどんどん増やして元の世界に戻ったら蠅で覆いつくされるのね」
「そういうこと。現実にも蠅はいるからな、残る」
「元の世界の闇男さんは人間じゃないの?」
「他愛のない虫だよ。俺は特殊でな。どちらの世界でも姿を人間にもできるし蠅にもできる」
「便利だね」
「そうやって生きて来たんだ。――真の名を、ベルゼブブという」
「なんか、聞いたことあるかも」
「蠅の王さ。よろしく」
「まあ、よろしく」

 蠅と仲良くするのはちょっと気が引けるけど、仲間と思えば心強い。

「白目さんは蛇になってさ、増えたりできるの?」
「同胞に働きかけることは出来るわ」
「蛇は昔から悪魔のささやきの象徴だから、色んな人をそそのかしてみようよ」
「いいわ。面白そう」

 蠅も蛇も、人間のサイズで比べたら大したことは無いのかもしれない。
 そんな自分達が世界をコントロールすることに喜びを感じる。そういう風に心が躍ってるように見えた。

「ツヨイはどうするの?」
「私はもっと確実に元の世界を狂わせるよ」

 目を瞑って、無数の脳神経のイメージをする。
 大量の黒いマネキンたちは死んでいる訳では無い。中にはちゃんと脳がある。私がイメージした軸索が彼らの脳に干渉し、深く眠る本当の感情領域に働きかける。感情領域といっても素人の私には不鮮明だから、海馬の記憶を盗み見て、欲求を推察して刺激するのだ。

「全人類ロボトミー計画的なね」
「そんなロクでもない小難しい言葉は知ってるんだな」
「そういうことにだけは貪欲だからね」

 黒いマネキンがギギギ、と動き出すのが分かる。
 私は病室を飛び出て実物を確認しに行った。

 それぞれのマネキンたちが殴り合ったり、悲鳴を上げて口論のようなものをしていたり――混沌とした状況が出来上がっていた。

「現実では表面化するような形で互いを貶めているのかな」
「見に行こうよ」

 私と白目さんは異世界から元の世界へ移動した。
 変わる際、闇男さんの蠅たちが広がっていくのが見えた。

 それは確かに世界の終末と言うに相応しい闇だった。

                                         xxx


  元の世界は私が想像していた以上に狂っていた。

 空はやはり黒く、見上げてスマホを撮る人たち。ちょっと肩が触れたくらいで喧嘩する人。何も原因は無いのに喧嘩する人すら見えた。

 道を行けば、宝石が欲しくて強盗を働くもの。
 スーパー、コンビニ、レストラン。食品の暴食。

 銀行強盗は少ない。そんなことするより欲しいものに直接手を伸ばしているのだ。

 誰もそれを止めようとはしない。皆が皆自分のために動いているからだ。

 私が私刑で罰して来た性犯罪者共も勿論見えた。
 
 私は不快に思い全員殴った。しかし、それが悪と咎めるものもいない。

 自由――欲望。その主張が強いものが勝ち、弱ければ負ける。ただそれだけのこと。

 異端に見えたこれまでの私や、あの時出会った同業者も、この世界では思考停止で動くマネキンと同じだ。

 蠅で出来上がっていく夜の帳は、闇討ちしやすい環境へと誘った。
 元来、私たちの祖先は夜行性なのだから、より適合する。

 毎日毎日、変化も無く、一生懸命意味があるかも分からない将来のために何かを犠牲にするくらいなら、いっそこんな世界でよかったのだ。

 よかったんだ。

 気味悪いくらい、皆薄っすらと笑みを浮かべている。これが本質だ。

 でも、微細な表情を捉えると泣いてる人もいた。
 
 弱い人たちは勝てない。……ただそれだけのことでしょ?

 今更混乱させておいて、良心が痛むなんて言わないで。私。

 頭が痛い。

 記憶が、混同する。
 天から落ちる。
 あれは、あの時のことはやはり神様の正しい判断?

 私は未熟なの?

 ――いや、元々人間じゃないんだ。私は人間よりも更に上位で、神を目指していて。

 こんなことを望んでいたのか?

「満足ですか? ルシファー」

 後ろから声がする。
 振り返ると、そこには神父姿の男がいた。

「神は嘆いていますよ。長い年月を経て力を取り戻した貴方が結局、こんな結論に至ったことに」
「伝言しか出来ない癖に……」
「天と地は混ざり合ってはいけないですから。まどろっこしくても無ければならない経路なんですよ。貴方の嫌いな秩序の一つです」
「なら、壊す……」

 この世界では生成は出来ない。
 近くの廃材を漁って、細長い木材を拾った私は彼に殴りかかった。

「貴方はいつも暴力に訴えかけますね」
「何が悪い! 邪魔なものは排除すればいい!」
「悪いとは言っていませんよ。愚かではあります」

 真正面から衝撃を受けているはずなのに、神父はビクともしない。脳天に食らわせたのに。血はダラダラと垂れている。時期、死ぬだろう。

「もう少し悔しがれ」
「そんな姿を見せることこそあなたの思うつぼじゃないですか」

 ただの強がりだ。――彼はゆっくりと後ろに倒れて行った。

 口角をつり上げ、ぎこちなく笑おうとすると、後頭部に衝撃が走った。
 続いて、背中も何度も殴り続けられている感覚。

 ふくろ叩き。
 
 リンゴの酸っぱさが口に広がり、血と混ざって反吐が出る。

 グラグラと揺れる視界の端には大量の神父姿の人間たち。

 メッセンジャーは大量にいた。

 神様は地に落としてなお人になってしまった私を殺した。

 ここに来てちょっとだけ反省している。
 でも後悔は出来なかった。

 私は自由に生きた。
 秩序を壊してやった。

 ざまあみろ……なんて。心の底から思えるのかな?
 泣いてる人いたな。
 
 最初の私刑の目的はただ、迷惑な人間を裁くことだったはずなのに。

 誰のため。自分のため。

 ――まだ死にたくない。
 大きく息を吸って手を叩いた。

 世界は再び歪んでいく。

「向こうに行かすな!マネキンにはならない、我々は神の象徴化だ!」

 神父の誰かが叫んだ。
 それも虚しく――彼らは黒いただのオブジェに変わっていく。

 グチャグチャになりつつあった私は体を生成する。

「所詮……お前らは神様のいいなりの、マネキンなんだよ……へっ」

 弱々しく捨て台詞。

 憂さ晴らしにマネキンになった神父共でボウリングしてぶっ壊してやった。

「もう秩序はないんだから……明日からニュースにビクつく必要も無いな」

 噴水の様に湧きあがる血しぶきを浴びながら私は道の真ん中で大の字に寝そべった。

 これからどこへ向かうのか、ここには確かに自由があった。

 なのに、行く先は分からない。

<続>

 

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