【日常スケッチ】午前5時、埼玉県某スーパー銭湯
午前4時半、起床。
最近は、まるで子どものように、早い時間に眠ってしまう。昨夜も、そうした「超早寝」の日だった。
「せっかく起きたし、今日は夫が休みの土曜日だし」
そう思い、いそいそとお風呂セットにタオルを突っ込んで、車に乗る。家の近くにある24時間営業のスーパー銭湯へ行くのだ。
そのスーパー銭湯では、朝4時から8時までの間、割安でお風呂に入れる「朝風呂メニュー」を設けている。
本来、わたしは厳選かけ流し+サウナ+岩盤浴が揃っているスーパー銭湯が好きなのだけれど、子どもたちが「人混み厳禁」を守らされている手前、何となく親のわたしが自由に行きまくることには気が咎める。
でもでも、我慢は嫌だ。
そんなわけで、利用客が一桁しかいない朝風呂の時間帯を選んでいるのだった。
◇
今日も、やっぱり利用客は一桁で、というよりも常時五人以下で、わたし以外はおばあちゃんばかりだった。
露天風呂に浸かり、空を見上げる。ずいぶん日の出が早くなったな。
火照り始めたら、半身浴状態にして、腕を左右に伸ばして外気にさらす。ひんやりとした朝の空気が心地いい。露天風呂には、まだ誰も入ってこない。
大型テレビも今の時間帯はお休み中で、もちろんスマートフォンもパソコンもない。聞こえてくるのは、時折通り過ぎていく車やトラックのエンジン音くらいだ。しん、という音が本当に似合う。
周りが静寂になればなるほど、自分の脳みその騒がしさに気づく。見て、聴いて、ただ感じるままに──は案外むずかしくて、わたしが座禅をしたら雑念だらけで、はたかれてばかりになるのだろうなあ……なんて、また雑念。
中学時代の理科の先生が瞑想好きで、彼が担任したクラスはもれなく毎日瞑想をしていて、彼が学年主任になった中三時代は、学年全体でよく瞑想をしていた。やっぱりそのときも、わたしは何かを考えていた。呼吸に集中、なんてことは、今もってなかなかうまくできない。
ただ、外部から入ってくる情報を遮断すると、そのぶん自分のなかがクリアに見えてくる、とは思う。内省。自己との対話。……対話できているのかは、ちょっとあやしいけれど。
◇
ドライサウナには、ひとりのおばあちゃんがいた。空いているからか、うつ伏せになって寝転んでいる。自由すぎる。
サウナ内のテレビはつけられていて、時刻は午前6時半。久しぶりに目にした民放のワイドショーは予想通りコロナウイルスについて取り上げていて、汗を流しながら、ぼんやりと眺める。
ゲストに呼ばれた医師だか感染症の専門家だかの人が、キャスターが提示した数字について解説していて、それが結局何の結論も言っていない中身のない内容で、これはいったい何のショーなんだろうか、と思う。
おばあちゃんは、うつぶせのままだ。テレビ画面の下には「寝入ると脱水を起こすので危険です」の文字。おばあちゃん、大丈夫なのだろうか。そう思っていた矢先、あやしげな鈍い音が響いた。においはなかったけれど、きっと屁だ。……自由すぎる。
サウナを一度出て、シャワーを頭からかぶったあと、水風呂にざんぶと入る。冷たい。けれども、気持ちいい。
水風呂から上がり、タオルで軽く体を拭っていると、おばあちゃんもサウナから出てきた。そのまま汗を流さずに水風呂に浸かる姿を見て、「ううう」と思う。思ったけれど、何も言えなかった。腕や足がひどく細くて、おなかがパンパンにふくらんでいるおばあちゃんだった。
わたしは再びサウナに入る。テレビは、まだコロナウイルスの話題を続けている。「困りましたね」「大変ですね」「怖いですね」ばかりで、気持ちがげんなりする。確かに「困っている」し「大変」だし「怖い」かもしれないけれど、じゃあ「何かできることはあるのか」とか「どこに相談するのがいいのか」とか「今がんばっている事例」とかはないのかなあ、と思う。
結局、わたしはサウナと水風呂を計30分くらい繰り返していたけれど、その間、テレビはずっとコロナ・コロナ・コロナだった。
◇
ドライヤーで髪を乾かしていると、従業員のおばちゃんと、常連らしいおばあちゃんとが話していた。
常連らしいおばあちゃんは、片手に日経新聞を持っていて、従業員のおばちゃんに「すごい。わたしは経済新聞なんて読めたことがないです」と言われていた。
おばあちゃんは、「他はあまり読むところがなくてね。あと読んでいるのは産経新聞だね」と答える。
洗面ボウルの清掃が終わった頃、従業員のおばちゃんは「じゃあね。今日もいい一日でね。がんばって」と告げた。おばあちゃんは、「何をがんばれって言うの?」と笑う。そして、「いや、そうだね。がんばるわ。生きるのにも気合いが必要だもんねえ」と続けた。
「そうですよお」、と従業員のおばちゃんが笑う。「がんばらないとね」。
ドライヤーを置き、自販機に入っているコーヒー牛乳を飲む。冷たさが身体に広がっていく。美味しい。
外に出ると、今日は薄曇りで、すでに小雨がぱらつき始めていた。さあ、今日はどこで仕事をしようか。
車のエンジンをかける。所用がある場所の近くで、仕事ができそうな場所を探す。よし、ファミレスに行こう。
ラジオからは、アンジェラ・アキのサクラ色が流れている。今年の見頃はいつだろう。
今日も生きるのを、がんばらないとね。