スイート16 多層世界の別バージョン1話
プロローグ 憂いあれば備え無し
それは、ネットの某巨大掲示板のささいな書き込みから始まった。
旧式な掲示板は仕事の愚痴を書き込んだり、上司や仲間への不満を書きつらねたりする、いわゆる便所の落書きとか揶揄される、あまりお行儀のよくない掲示板だった。このときは暦の関係で正月休みが長くなり新年の仕事始めの出勤が特別辛かったようで、特に荒れ模様だった。
「ああ、休みが永遠に続けばいいのに。」」
「クビにしてもらえよ毎日がエブリデイだぜ。」
「 ああ、休みも終わった。明日のこの時間には俺は巨大なラインの検査屋さんとしてイヌのように繋がれて、死んだように生きるのだ。」
「俺なんかもう観念して、このごろは感情のスイッチを切れるようになったよ。 5時になるまでプチてな」
「残業入ったらどうすんの?」
「またスイッチを切る。いつでもオンオフ可能な便利な感情を習得した俺様最強」
「俺、怪しい健康食品のセールスマン。水素水の次は酸素水の売込みをせられてる。息がしんどそうなお年寄りに、それならと、酸素が豊富な酸素水を勧めるんだ。」
「酸素が多い水って、それオキシドールじゃね。んなもん飲んだら死ぬぞ。」
「そう、過酸化水素水やね。旧式のミサイルにも使われてる。
飲んだ年寄り大爆発てか。」
「んで、そのお年寄りが騙されて、いっぱい買ってくれる。
それで調子こいて成績あげるため300ケース発注したんだ。んで、
昨日確認したら30000ケース明日到着予定。
キーボードのチャタリングで一桁多く注文しちまったんだよ。。
眠たかったからやらかしちゃったんだけど、全然気が付かなくて朝起き て画面見て泡ふいちまった。
どうしよう事務所が破裂しちう。
それに支払いどうしよう。
会社行きたくない。」
「そもそもだ、こんなに仕事行くのがつらいのは、俺たちにろくな給料も払わずに楽して儲けてる
連中がいるからなわけよ。
働くのは嫌じゃないよ、そいつらのために働きたくないだけだよ。」
可哀そうな若者たち。充分なお金も貰えずに、こき使われて
明日への希望すら無い。
選挙で世の中を変えようなんてよく言われるけど、圧倒的に多い高齢者がいてどうしようもないことはわかりきってるから八方ふさがり。
で、将来はその、なかなか死んでくれない高齢者を一人の若者が数人養わなくてはならないという絶望感。
若者たちを粗末にして、希望も与えずに、ないがしろしてきた末路がこれ。
見てるだけで元気が失われ。生きる意欲も削がれる書き込みが延々と続き、最後には決まってこういうことになる
「なあ、みんな月曜日が嫌い。嫌いなら月曜日をなくせばいいんじゃね。」
「ああ、いいね。そしたら火曜日が月曜日になる。同じじゃねえか。」
でも、ときには建設的な書き込みもちらほら
「じゃあこうしよう、みんなが嫌いな月曜日にはみんな一緒に休むんだ。」
「そりゃ、いいね。みんなが休むなら俺も安心して休めるわ。」
「お前、天才。すごいわ。一生ついていくぜえぇ。誰だか知らないど。」
「じゃあ、さっそく実行しようぜ、って、実行ってなにもしなければいいんだね」
「今週は二人に声かけるわ、一緒に休もうぜって、来週はそいつらがまた他の人を誘う。」
「怠惰の無限連鎖だね。」
「これはストライキってやつか。昔からある。」
「違う。ストライキってやつは賃上げや待遇改善の為にやるんだが、それ以上の効果はない。いま、俺たちが計画してるのは、俺たちを食い物にして大儲けしてるやつらに反旗を翻すのだ。」
「そいつらが困り果てるまで、俺たちは仕事しないんだ。当然給料もなくなるよ。でも今だって十分貧しいからそれもかまわない。
そんなことをすると経済は当然崩壊する。だが、崩壊して困るのは金持ちや投資家、既得権益のやつらだけだ。そいつらは道徳やら恐怖やら持ち出してきて
働かないのは良くないことだ。怠け者は生きる資格がないとか、脅したり洗脳しようとするが、
そこで俺たちはだまされてはいけない。いっぺんぶっ壊して。崩壊した世の中をまたつくりなおすんだ。もうちょっとましな世の中にね。」
「もうこれは革命なんだ。そう月曜日の革命。なにもしないとういう革命。」
最初の月曜は誰も気づかなかった。次の月曜日は、今週は休みが多いと気づく人もいた。
次の週は、真面目な人たちがなんとかがんばって職場をもたしていたけれど、
2月になると多くの会社、工場や事務所、交通機関がストップしだした。
これは大変なことが起きていると大多数の人が気づいた頃には手遅れだった。
信じられないことに、こんなくだらないことが全ての始まりだったのだ。、
経済大国を誇ったこの国が終わるはじまりだったんだ。
元々人口も減ってたし、度重なる地震や災害で、この国は元気も活力もなくしてたから 崩れだすとあっという間だった。
この物語はこんな情けない国の情けない状況から始まる。
スイートシックスティーン
ここは旧5ONY------->(SONYでなく五十nyなのに注意)
月曜革命で日本の工場や研究所がなくなって以降はホッチキス研の居間
この日はホッチキス博士の一人娘セレンの16歳の誕生日
アメリカではスイートシックスティーンといわれて、女の子の成人の日みたいなもんだから、パパ・ホッチキスも今日は盛大に祝ってくれるとセレンは思っていた。
思っていたのにパパからもらったのはジュエリーが入ってるらしい小さな箱だけ。
「これだけ。パーティはしてくれないの。」
セレンは嫌な予感がした。パパの誕生日プレゼントって毎年自分の趣味と受けに走ったものばかりだったから。ロボット犬だったり集団で踊るロボット人形だったり。要するにろくなものがなかった。
まあいいや爆発物や危険物じゃないだけまし。それに4℃だなんてパパにしてはよく頑張ったと思う。
「ありがとうパパ。」セレンは結構ウキウキしてた。
箱の中身をみるまでは。
期待通り箱の中は何かが光ってた。しかしそれはセレンが想像していたものと少し違っていた。
ママの形見と同じ涙のしずくのようなダイヤモンドではなく。ぼーっと光る丸い球がついていた。
セレンはがっかりしたのと今気が付いたことで涙目になって叫んだ
「これはママのネックレスね。ママの宝石はどこにいったの?」
パパはがっかりした娘をなだめようとして火に油を注いでしまった
「もいだ。でもちゃんととってあるから指輪でも作ってあげるよ。」
「もいだですって。パパはつごうが悪くなると広島弁になるんだから
モーリー・ロバートソンかアーサー・ビナードかってね。
それにこの300円ガチャにあるような光り物はなに」
「機嫌を直してくれセレン。これはスイート16なんだよ。」
セレンもピンときた。
「スイート16。パパが5ONYがなくなってからも作りづけてた光コンピューターね。出来たの。」
「でけた。まだプロトタイプだけどね。ようやく光演算装置と光の3Dメモリーの不純物のない生成に成功した。とりあえずブートローダーとペースメーカー制御のプログラムは入れてあるからすぐに動かせる。
さあ付けてみせておくれセレン。」
セレンはまだ不機嫌だったけど しぶしぶネックレスを首から下げた。
途端に光が踊りだした。まるで主人をみつけた子犬のように。
「綺麗。凄くきれいね。ありがとうパパ。怒ってごめんなさい。
どうやって操作するの。」
「よかった機嫌がなおってくれて。たいていのことはしゃべれば認識して答えてくれる。ママがつくってくれた乳母システムのテルルがOSだから
ラボにいるときのように話かければいい。」
すっかりご機嫌になったセレンはスイート16を抱きしめた。
「素敵。この中にはパパとママがいつもいてくれるのね。わたし一人じゃないのね。」
その言葉を聞いてパパはほろほろと涙が出た。
けど大事なことをいっておかなきゃならない。
「セレン。スイート16はハード的にもソフト的にもまだ未完成だ。だから緊急モードをのこしてある。
「Emergency Mode?」
「セレンはパパの娘だからプログラムのことは少しはわかるよね。スイート16をこうやってペースメーカーの上でSの文字に降ればそのモードに入れる
スイート16を停止して制御を完全にペースメーカーに任せたり
ペースメーカーの制御をスイート16がのっとって中枢神経の機能を最大限に
発揮したりもできる。ただこれは命にかかわるから簡単に使ってはならない。」
セレンの目が輝いた。
「私。今より走ったり泳いだり踊ったりできるの。それどころじゃないスーパーレディにだってなれるの。」
「パパは言うんじゃなかった。」とおもったけど、そのうちテルルをリバースエンジニアリングしてこの子なら気が付くだろう。それなら早めに釘をさしておいたほうがいいだろうと思ってこう言った。
「だから。このモードは命にかかわる時だけだといったろ。
遅刻しそうだからって走るのに使ったりしたら取り上げるよ
誕生日プレゼントを。そして来年からプレゼントは無しだ。」
パパがそういってる間中もセレンは胸の上でスイート16をふりまわしていた。「S字 S字。入らないな」
査察
「セレン起きてるか。」
今日は朝からパパが呼んでる
「まだ6時だよ。学校はまだ開いてないよ。」
セレンが不満そうに言ったので、パパはすまなそうに言った。
「今日は朝からお客さんが査察に来たらしいので、追い返すためにちょいと手伝ってくれ。」
眠たいけどしょうがない登校するまえにひと仕事ねと
セレンはパジャマのままラボの旧守衛室に行った。同じくパジャマ姿のパパのお手伝いをしに。査察官が来てるというのになんて緊張感がないんだろう
モニター画像を見たら、いるいる、いかにも産業スパイぽい黒服の人たちが
これを追っ払えばいいのね。登校時間までに。
パパは指示した。「まずはいつものように極超低周波攻撃だ。めんどくさいから最大音量で始めるぞ」
助手のセレンはテキパキと壁のスイッチを入れた。毎月やってるからてなれたもんだ。
何も起こらなかった。しかしすぐに地響きのようなものが聞こえてきた。いや正確に言うとだれもそれを聞こえるわけじゃない。体が振動を感じただけだ。
工場全体を使ったスピーカーに数ヘルツの超低周波をもの凄い音圧でかけてるのだ。
いつものように何も音は聞こえないけど。効果は大きい。査察官を装った産業スパイさんたちが一斉ににげだした。
「パパ、いつものように読者の人にドヤ顔で説明してあげて
わかったよとパパが説明をしだした。誰に?
「人間は(動物も含めて)こういう振動が危険だと本能的に知ってるのだ。地震や津波を早くから感知するのはそれなのだ。人間の本能を刺激して恐怖や不安をあおるのだ。 」
「ちょっと時間がかかっちゃった。私もう学校に行かなきゃ。」とセレンが言ったので。パパが返した。
「パジャマは着替えて行きなさい。」