Dallmeyer Speed anastigmat 1inch F/1.5は挑戦的なハイスピードレンズ
みなさまご機嫌如何でしょうか。うにょーんでございます。今回のnoteではその生い立ちから写りまで何もかもがヴェールに包まれし謎多きレンズ、Dallmeyer Speed anastigmatについての少しばかりの解説と、実際にSpeed anastigmat 1 inch F/1.5とMFTボディを用いた作例でもってこのレンズに迫っていきたいと思います。
Speed anastigmatとPlasmat構成
Speed anastigmatとは
イギリスのDallmeyer社が1920年代後半(30年代に入ってからという説もある)に発売したシネレンズ群、それがSpeed anastigmatです。発売された焦点距離は15mm、20mm、25mm、38mm、50mm、63mm、75mmです。どれもインチ単位でラインナップされている点がとてもイギリスらしく、かつ主力市場であるアメリカの影響力を物語りますね。
値段は1932年当時1inchが£10、一番高価な3inchが£20でした。
となると£10というのは大体大卒者の月給平均、まぁざっぱに換算して現在の60万円程度ですが、当時の家賃や食費の収入に対する割合の高さを考えると£10というのは結構な大金の様です。
このレンズの特徴といえば、かのKine-plasmatと同じplasmat構成であるということ…なのですがここら辺の権利関連がよくわかっておりません。plasmat構成を保護する米国特許USP1565205の失効は1942年ですが、このレンズは1932年には広告上で宣伝が為されています。
このレンズについて調べた事のある方ならご存じの通り、Kino plasmatとSpeed anastigmatでは2群と3群の曲率が異なります。しかし、レンズの曲率が異なる程度の差異では特許の請求項を回避することは出来ません。
ここからは私の推論ですが、当時のパウル・ルドルフ博士は第一次世界大戦でのドイツの敗戦と帝政の崩壊、そして1921から1923年までのハイパーインフレで生活に困窮していた様ですから、スターリング・ブロックで経済をどうにか安定させていたイギリスの企業にパテント権を売却したのではないか…という説です。
しかし、この説だとMeyar製品の代理店業務を行っていたA.O. Roth社と利権がぶつかってしまいます。どう考えても代理店業務を行っているRoth社の競合であるDallmeyerにパテントを売る訳が無い…調べてみましたがよくわかりませんでした。いかがでしたか?
という訳で知財関連は完全にお手上げです…20世紀初頭の知財やOEM関連に詳しい方、お助け下さい…
構成とその特性を見る
Speed anastigmatの光学はPlasmat構成です。この構成は1918(1919年という説もある)にパウル・ルドフル博士によって先行研究(double plasmat F/4.5)が為され、1922年には完成、特許が出願されました。
このplasmat構成の最たる特徴はその明るさです。当時のフィルム感度は現代よりも低かったので、低照度環境下での撮影には今以上に明るいレンズが要求されました。特に夜間撮影や室内撮影、学術記録等です。
このレンズは特許取得段階でF2.5とF/2、後にF/1.5にまで口径比を拡大する事を視野に入れて設計されました。
このレンズが1922年の段階でanastigmatでありながらもF/1.5まで見据えていたことはとても野心的かつ魅力的ですよね。そして実際に1925年にはF/1.5を実現していたことも素晴らしい。
また、plasmat構成の対称性を崩すことでより特定の被写体に特化したレンズを作成できるとしています。
この特性を利用した例としてはDallmeyer Speed anastigmat 15mm F/1.5にて対称性を崩すことで広角化に成功したことなどが挙げられます。
実際の描写の特性とデジタルで使う上でのコツ
イメージサークルとセンサーサイズ
イメージサークルは焦点距離によりけりですが、1inchの場合はフードを外した状態でAPS-Cまでカバーします。しかしながら本来の16mmフィルムより外の描写はただでさえ目立つ像面湾曲がそれはもうとんでもないことになります。
M4/3の場合は画面端が若干フードに蹴られますし、本来のイメージサークルより広いですからひどく乱れます。
私のおすすめは画像縦横比4:3、記録画素数Mサイズです。
また、16mmに近いサイズであるNikon 1マウントや16mmよりも小さいPentax Qなどでもアダプターを介して使えると思いますが当方で実証したことはありません。なんせどっちもボディを持っていないので…
作例と描写傾向
※作例にはお人形さんが出てきます。苦手な方はブラウザバック推奨です。
M4/3 記録画素数Lサイズ
M4/3 記録画素数Mサイズ
描写傾向はなんと言っても滲みとどぎつい像面湾曲でしょう。特に像面湾曲はF/16まで絞っても完全に補正される事はありません。
また、中距離では後ろボケが回る事があります。逆に前ボケは放射状になる事が多いですね。
しかしながら、画面中央部は先鋭な像面を形成します。これはフィルムが数千倍に拡大投影される映画用レンズとして申し分の無いものです。主人公やキーアイテムが映る画面中央部の画質はシネレンズの絶対条件ですから、特に気合いの入ったものになっています。
また、このレンズの質感表現は驚くべきものです。この手触りまで伝えてくる感覚はPlanarに似たものがあると感じました。
他に、色収差が殆ど見られなかったのは驚きでした。色収差はモノクロ撮影にあっては解像感に悪い影響を与えますから特に補正したのではないかなと思います。
逆光下ではヴェールの様なフレアが目立ちます。これは鏡銅による反射もあるでしょうが、やはりノンコートレンズでありながら12面もの反射面を持っている事が要因でしょう。
流石にカラーフィルムが出て間も無い頃のレンズですから色の出は淡く平坦なものです。とはいえ、色収差の少なさと相まって決して悪いものではありません。
戦前のレンズをT*以降のレンズと比べるというのはナンセンスでしょう。
まとめ
Dallmeyer speed anastigmat 1inch F/1.5は1922年に設計されたPlasmat構成のハイスピードレンズと考えると、この性能は驚異的だと言う他ありません。
とはいえ今となっては一世紀前の古びたレンズです。MILCならファインダーで諸収差がリアルタイムで確認出来ますから、癖の強いオールドレンズとしてフレアや像面湾曲を楽しむのも一興ではないでしょうか。
特に白く滲むハイライトが美しいですよ。
以上、うにょーんでした。