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蛍石採用の超望遠レンズ!Canon New FD 500mm F/4.5 Lを解説。

 ご機嫌よう、うにょーん(@dictator_unyoon)です。さて、今回はキヤノンの大口径超望遠レンズ、New FD 500mm F/4.5 Lについて特許情報から実際の写りまで色々見ていこうと思う。

本レンズの概要

 本レンズは1979年5月にFDマウントで発売されたFD 500mm F/4.5 Lの後継として1981年12月に発売された。

CANON CAMERA MUSEUMより
2024年4月27日閲覧

 81年時点でのメーカー希望小売価格は46万円で、これは当時の平均大卒初任給12万800円の約4か月分に相当する、大変に高価なレンズであった。重さは2610gで、500mmの大口径望遠レンズとしては軽量である。

 光学系で特筆すべきは蛍石の採用であろう。また、テレフォトタイプを採用することで全長を抑えている。

 フィルターはドロップイン方式の48mmフィルターのみ使用可能で、128mmもの口径を誇る前玉の周囲にはネジ山が切られてない為ねじ込みフィルターを使うことは不可能である。もっとも、128mm径のフィルターが実用的とは思えないが。

 本レンズはフードを内蔵している。これはネジで確かに固定出来る様になっている凝ったもので、前玉を地面に向けて置いても安心出来る。取り付けには慣れが必要だが、慣れれば手探りだけで取り外しが出来る。
また、New FD 300mm F/2.8と共用の外付けフードもある。両フード共にしっかりした金属製で先端にゴムが貼ってある。
 特筆すべきは設計者の細やかな気配りで、外付けフードを逆付けにした際にも内蔵フードのゴム部分が出っ張る様になっている。このおかげで余程手荒に扱わない限りは外付けフードの根本に傷が入ることが無い。

フード逆付けする時もゴムが保護してくれる=運搬する時も安心

 フォーカシングで特筆すべきはバリピッチフォーカシングである。これは近接時と無限遠付近で変動するレンズの移動距離を、手元のヘリコイドでは一定の操作感覚で扱うことの出来る機能である。これによってフォーカシングは簡便かつ正確に行うことが出来るのである。

 三脚座には1/4インチ規格のネジ穴が2本ある。ドイツ穴が無く国際穴が2つというのは少々驚いたが、運用するうえでそこまで障壁になるものではないだろう。
 第一、レンズ重量が約2.5kgしかないのだから手持ちで運用が出来る。モータードライブ付のCanon F-1で運用したとてシステム重量は約5kgで、先進国の法執行機関が採用している自動小銃よりちょっと重い程度である。つまり、山のだろうが谷だろうがカメラマンが鍛えればいくらでも走り回ることが出来る重量だということである。さぁ、腕立ての時間だ。

本レンズの特許情報及びこれから読み取る事の出来るレンズ特性

色収差の補正

本レンズの光学断面図
特開昭55-036886

 本発明の目的は異常分散性の光学材料を正レンズに使用しまたランタン系硝子を負レンズに使用した時、これらの光学材料の特性を有効に発揮するパワー配置を与えて二次スペクトルを飛躍的に減少させることにある。そして更に球面収差、コマ収差等の基本収差を良好に補正し且つ全長を短縮する従属目的を持ち、口述する数値例に見る通り、画角4.96度でFナンバー1:4.5の明るいレンズを実現し得るものである。

特開昭55-036886

 本レンズに用いられた特許である特開昭55-036886の目的は二次スペクトルを減少させる事である。

 二次スペクトルを簡単に言うと色収差の一つだ。少々数学的、物理的な要素であるから、ここでは簡易に説明する。
 「光の三原色」等と言う様に、光は赤、緑、青の三つに大別することができる。量子力学の研究者には申し訳ないが、ここでは光を3本の周波数の異なる波として考える。
 色収差を補正するということは、波長の異なる3本の線を同一の面に焦点を結ばせる事である。しかし、ダブレットに代表される色消しレンズ(アクロマティック)では2本の波(1次スペクトル)を補正する事が出来るが、残る1本の波を完璧に補正する事が出来ない。この残存した1本の波が二次スペクトルである。
 この二次スペクトルはレンズの焦点距離と比例して大きくなるから、超望遠レンズともなれば無視する事の出来ない大きな収差として現れるのである。

 これを補正するために必要なのが異常部分分散性を持つ硝材を使用したレンズである。普通、光の波長が長くなるほど屈折率は増える。これを正常分散と呼ぶのだが、異常分散とは正常分散とは逆に、波長が短い方が屈折率が増えるのである。この様な異常分散性を持つレンズを色消しレンズを含む光学に導入することで、3本の波長を補正することが出来るのである。
 この異常分散性の高い硝材の中でも異常部分分散性が高く重用されているのが、本レンズの前玉に使われているCaF2、蛍石である。

これらを踏まえた上で光学系に使われた硝材を見てみよう。本レンズは6群7枚(保護レンズを含む)である。硝材は以下の通りである。
前群
1.CaF2(フッ化カルシウム)・異常分散レンズ(蛍石)
2.LaSF01(タンタル系重フリントガラス)
3.FK01(フッ化物系クラウンガラス)・異常分散レンズ(UDレンズ)
後群
4.SK5(バリウム系重クラウンガラス)
5.SF4(重フリントガラス)
6.LaK8(ランタン系クラウンガラス)

となっている。

フォーカシング

リア・フォーカシング機構
特開昭50-139732

 本発明は種々の利点を持つ後部レンズ群を移動してフォーカシングを子なう方式を採用し、後部レンズ群を肯定のレンズ群と移動可能のレンズ群から構成して、移動可能のレンズ群を動かすことでフォーカシングを行うとともに収差の劣化することのないレンズを提供するものである。

特開昭50-139732

 本レンズに用いられている特開昭50-13972の目的は収差の少ないリアフォーカシングを実現させる事にある。

 これまで単焦点レンズでは光学系全体を移動させる全群繰り出し式が主流であったが、望遠レンズの場合光学系の重量が重く必要な繰り出し量が多いため、ヘリコイドやラックアンドピニオンに代表される繰り出し装置が巨大化することになる。巨大な繰り出し装置は高価格化のみならず撮影現場での機動性の低下をもたらすことになるのである。
 また、数kgもある光学系すべてを動かすのだから光学系を動かすのに強い力が必要になる。移動量にして数ミリ以下の繊細なピント調節を要求される超望遠撮影において、繰り出し装置の操作が重いなんていうのはとても話にならない。光学系の重量が大きい大口径超望遠レンズにおいて全群繰り出しは悪手である。

 では、光学系の一部のみを移動させればよいではないか、ということになるのだが、これも簡単なことではない。

 本レンズの様なテレフォトタイプのレンズでは前群全体が凸レンズ、後群全体が凹レンズである。そして凸レンズが発生させる負の球面収差を凹レンズが発生させる正の球面収差で打ち消すことで収差を補正している。
 この正の球面収差はレンズに入ってくる光がレンズの端っこに来る(入射高が高い)ほど収差量が大きくなる。しかし、リアフォーカシングでは被写体が近ければ近いほど凹レンズを像面の方へ移動させるから、後群に入ってくる光は中心に近づいていく(入射高が低い)ためにどんどん正の球面収差が少なくなってしまい、結果として近接域で光学系全体がとんでもない負の球面収差を持ってしまうのである。
 …なんだか小難しい解説になってしまったような気がする。まぁ有り体に言ってしまえば、MTFディフォーカスグラフがめちゃくちゃ悪くなるのである。

 これを解決するために、後群に固定レンズを1枚設けることとしたのが、本特許の肝である。本レンズ4枚目(保護レンズを含めた場合5枚目)に位置する凸レンズがフォーカシングによる収差変動を抑え光学系のバランスを良好に保つのである。また、フォーカシングに際し移動する後群5,6枚目のレンズは張り合わせの色消しレンズとすることで色収差の補正を担っている。

 なお、リアフォーカス方式の場合、解放F値がF/2.0程になると高次収差が補正しきれないほどに増大する欠点が特開平01-102413によって知られている。New FD/EF 200mm F/1.8ではこの対処が面白いのであるが、本題からズレる上に小難しい話になるのでこの話はここまでにする。

レンズ特性

 これら特許から読み取ることが出来るレンズ特性として、まず挙げられるのが色収差の徹底的な補正である。1枚目の蛍石や3枚目のフッ化物系クラウンガラスが二次スペクトルを可能な限り補正すると共に、5,6枚目の張り合わせでもフォーカシングによる色収差を補正している。また、テレフォトタイプであることを生かした小型設計、フィールドでの操作フィーリングの改善など操作性、機動性に関してかなり考慮されていることがわかる。
 上記の事柄から、本レンズは移動や激しい被写体の動きが予想されるスポーツや自然分野で活躍すべく開発されたレンズであることがわかる。

MILC機との相性

 次にMILC、ミラーレス機との相性について説明していく。なお、筆者が金欠の為フルサイズセンサーでの試験が出来ていない。作例はすべてAPS-Cセンサーで換算750mmである。

解像性能

 解像性能、テレセントリック性共に良好で、殆どのセンサーで問題なく使用することが出来るだろう。

コジャノメ(Mycalesis francisca)
FUJIFILM X-S10(APS-C、裏面照射型2610万画素)でRAW撮影した写真を拡大したもの。
最短撮影距離かつ開放という意地悪な撮影をしたが、鱗粉や体毛を十分に解像している。

ドロップインフィルターに注意

 注意点として、ドロップインフィルターがフリンジを生み出すことがある。中古市場ではほとんどの個体で何らかの48mmフィルターがドロップインに仕込まれていると思うが、大半がデジタルレディの製品ではないため、逆光や高コントラスト環境下でフリンジを発生させる事がある。

 フリンジ例は撮影日及び撮影環境が異なる為厳密な検証ではない。あくまでも参考例である旨ご了承いただきたい。

Canon REGULAR ×1 48mmフィルター使用時

ピント面はマシなものの、前ボケでフリンジが顕著に出ている。元々近接撮影が苦手というリアフォーカスの欠点をフィルターが増長させている様に思う。

ドロップインを空にした状態

相変わらずフリンジが出ているものの、フィルター装着時と比べて幾分かマシな状態になっていると思う。

 なお、天体用に販売されている2インチ規格(48mm)のフリンジキラーフィルター等を用いればフリンジ補正に役立つ可能性があるが、フィルターが高額(約2万円)な為検証出来ていない。
 実際のところ、RAW現像時にフリンジ補正を行うのが一番手ごろかつ簡便であると思う。

マウントアダプター

 本レンズは超望遠レンズにしては軽量とはいえ約2.5kgあるのである程度しっかりとしたマウントアダプターを用いる必要がある。
 筆者はビックカメラの在庫処分で安かったRAYQUAL製マウントアダプターを使用している。

めちゃ造りが良い。

MFの長望遠レンズで野鳥撮れるの?

練習すりゃ撮れる。撮れるまでやれば写せない被写体なんて無い。

作例

 野鳥撮影等ではトリミング耐性も重要であることから、トリミングをした作例とそうでない作例の二つを掲載する。なお、作例には撮って出しのJPEG画像も合わせて載せる。
 また、flickrリンクを踏むと詳細な撮影データを閲覧する事が出来るので、そちらも参考にして頂きたい。

X-S10(裏面照射型CMOS 2610万画素)での作例

トリミング有り

Bird pecking at flower
元画像。JPEG撮って出し。
look around
元画像。JPEG撮って出し。
beautiful egret
元画像。JPEG撮って出し。
Brave
元画像。JPEG撮って出し。
コジャノメ(Mycalesis francisca)
元画像。JPEG撮って出し。
Cat is watching you!
元画像。JPEG撮って出し。

トリミング無し

water lily
元画像。JPEG撮って出し。
Struggle against hand shake.
元画像。JPEG撮って出し。
hot
元画像。JPEG撮って出し。
thrust reverser
元画像。JPEG撮って出し。

カラーネガでの描写

 X-TRA 400が終売したのでやる気が無くなった。なので作例は無い。New FD 500mm F/4.5の写りは君の眼で確かめてくれ!

まとめ

 1981年のハイエンド超望遠レンズは2600万画素を誇るミラーレスカメラでもなんら問題なく快適に使用する事が出来た。43歳(執筆時)の本レンズは流石にオリンピックの報道エリアでは見られなくなったが、趣味の世界ではまだまだ現役、脂の乗ったベテランレンズと言える。

一行まとめ
 デカくて重くて良く写る!以上!

ドヤぁ


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