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素晴らしき広角 『Nikon 10×70 6.5° Wide Field』
皆様ごきげんよう、うにょーんです。
さて今回は天体屋さんに重宝されていると聞く大口径10倍広角双眼鏡『NIkon 10×70 6.5° WF』について感想を書いていこうと思います。
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基本スペック
Nikon 10×70 6.5° WFは国内外において海洋業務、商用船舶における見張り、ナビ業務などに使用されるほか、夜間監視業務、狩猟、射撃観測用途に用いられることを想定して設計、製造された双眼鏡です。
1970年代後半から1980年代中頃の数年間生産された様ですが詳しいことが分かりません。恐らくですが'77年頃に市場に出回り'80年代初頭に後続機であるNIkon 10×70 5.1°に切り替わったのではないかと思われます。
個人で情報を収集している都合上一次資料が穴あきなのでどうしても推測が入ってしまいますが、Nikon USAの販売者向けカタログに登場するのは1977年、1980年版消費者向けカタログにて確認、1985年にはプライスリストから消滅していることを考えると上記の推測はそこまで的外れなものではないと考えています。
当時の実売価格にしてNikon 8×30 Eの約2倍という値段と2.5kgという本体重量から一般用途に使われることはあまりありませんでしたが、その広い視界と集光力から野鳥観察や天体観測を趣味とするハイアマチュアからの支持を得ていたモデルでもあります。
Nikon 10×70 6.5° WF (希望小売価格不明 実売450$程度)※1
フォーカス:IF方式
倍率 :10倍
口径 :70mm
実視界 :6.5°
見掛け視界:旧JIS規格65°
現行JIS規格59.1°
射出瞳数 :7mm
明るさ :49
FOV :342ft/1000y
Nikon品番 :No.732
オプション:純正一脚 (希望小売価格43$)※2
一脚装着用アダプター(希望小売価格31.50$)※2
※1981年の価格 当時の平均大卒初任給は約1200$(年収約1.5万$)
※:1985年の価格 当時の平均大卒初任給は約1400$(年収約1.7万$)
Nikon dealer price list 1985
popular photography 1981年5月号 200p FOCUS Electronics Inc. ad欄
WF(Wide Filed)と付いた広角双眼鏡ですがこれは旧JIS規格における話で、より厳格になった現行JIS規格では59.1°とギリギリ広角双眼鏡とは呼べないスペックとなっています。
cf.ニコンイメージング 視界
とはいえ大口径10倍双眼鏡で実視界6.5°というスペックは1970年代の日本製双眼鏡では他に類を見ない圧倒的なスペックです。
まぁ所詮は70年代の古い双眼鏡なのですが、執筆時点でNikonの大口径10倍双眼鏡でこれよりも広角なものは他に2つしかなく、それも
・Nikon WX 10×50 9° (2017年 実売約65万円)
・空十双 10×70 7°(1942年 希少品故に持ち主の言い値 10万~30万円?)
しか存在しない事を考えれば、まぁ6万円もあれば状態のよい中古が手に入る10×70 6.5°のコスパの良さが目立ちます。
同時代に設定された純正アクセサリーとして一脚(Nikon品番No.733)及びアダプター(同No.734)があります。
筆者はNo.734アダプターを持っていますが肝心のNo.733がいまだ未入手です。手に入れることが出来たら追記しようと思います。
なお、一部の英語圏フォーラムや英文記事ではこの6.5°モデルを「Astroluxe」と呼称していますが、これは6.5°モデルではなく後続の5.1°モデルのNikon USAでの商標です。
…これは余計なお世話かもしれませんが、あくまでもNikon USAでの商標であることを理解しておかないと日本の趣味仲間に言っても全く伝わらない事件が起きます。(1敗)
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Nikon Dealer Notebook 1987
入手経緯
現状確認
ヤフオクで酷い状態のジャンク品を2万円程で入手しました。
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何が付いたのか知りませんが対物レンズの外側は白い汚れ、内側は揮発したグリスがベッタリと張り付いており覗いてもなんも見えません。
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接眼レンズ側も終わりの様相。アルコールで拭いても取れない白い汚れがレンズにへばりつき、ねばっこい茶色の付着物がディオプターの稼働を阻害している。
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あとはまぁ外革剥がれてたり目幅調整が固着してたり目当てゴムがぼろっかすになってたりプリズムが曇ってたりしました。まぁ完全なジャンク品ですな。
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手入れ
んで⁻ドライバーとかベルトレンチとか使いながら砂噛んだりグリス固まったりラジバンダリして固着した各部品を取り払って清掃します。
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砂噛んでガタガタになったヘリコイド部分を軽く研磨して慣らす。
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画像の通り、頂点部分が曇ってただけなのでアルコール清掃のみ。
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完成
状態が悪いのもあるが、なんだかんだ修理に6時間掛かってしまった。レンズと違って慣れない作業が多くて難しいですなぁ。
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顔が反射しちゃうので正面から撮れないw
使い勝手
やはり10×70というスペックは手持ち運用の限界ギリギリであると感じます。とはいえ超望遠レンズの手持ち運用をされている方であれば特段問題無く運用出来る範囲でしょう。2.5kgという重量は現行のNikkor Z 400mm F/2.8と比べれば300gも軽く、Nikkor Z 600mm F/4との比較では1kg近く軽いので、重いと聞いていたがむしろ拍子抜け、という方もいるかもしれません。
軽いカメラや双眼鏡しか持った事無いよ、という方は腕立て伏せの時間です。頑張ってください。
ただ天頂付近の星を観ようと思って仰角を深くとると腕が悲鳴を上げますから、天体観測の際は三脚か一脚を使うといいと思います。三脚の選び方はセオリー通りで問題ないはずです。5kg対応のがっしりとした丈夫な奴を選択しましょう。
肝心の見え方ですが、結局のところ70年代後半の古い双眼鏡ですから中心解像度や逆光耐性、透過率においてはどの現行品よりも劣るでしょう。
ただ旧車や古いカメラレンズのようなもので、この双眼鏡の魅力はスペックには表れない感性領域にあります。
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撮り方が下手くそなので謎のフレアが出てしまっていたりと残念な出来なのですが、この双眼鏡の表現力の高さが伝わればいいな…
色彩はNikonらしいニュートラルでありながら、中央部の解像度は非常に高いです。
しかしながら若干の色収差があります。とはいえセグロセキレイや雀程度では殆ど色収差の影響はないでしょう。ただ白い鷺などで色収差が顕著に見て取れます。ここら辺は時代なりでしょう。なんせ大口径ですから諸収差がここまで抑えられているだけでも大したものです。
ポロ式特有の立体感も素晴らしく、現行ダハ機の平たい像では味わう事の出来ない感動があります。特に素晴らしいのが質感表現で、特に水が美しい。繊細な水彩画を思わせる像を結びます。筆者はそこそこ光学機器には自信があるのですが、水に濡れたマガモの緑色の体毛を繊細に質感まで捉えて描写した光学機器はこの双眼鏡だけです。
筆者は運動がてら自転車でえっちらおっちら川辺までこの巨大双眼鏡を担いで行って鴨を数えるのが最近の日課になっております。
次に天体です。天体では簡易コリメートが出来ないので感想文だけなのですが、これもまた感動的でした。
筆者は確実に都会ではないが田舎とも言い切れない地方都市に住んでいるのですが、その絶妙に明るい夜空であっても素晴らしく星が見えます。70mmの対物レンズが齎す集光力はすさまじく、肉眼でただの暗闇に見える位置に双眼鏡を向けて覗くと微細な星の煌めきを観測出来、これがとても美しい。広い視界と良像範囲がありますから宇宙が近くなったような錯覚を与えてくれます。
良像範囲はかなり広いです。体感8割はあります。それぐらい視界の端にある星であっても崩れることなく描写してくれます。いい双眼鏡です。
いやはや筆者は天体観測に関しては何も知らない初心者中の初心者なのですが、この双眼鏡のせいで沼にハマってしまいそうです。
まとめ
良い点:明るい視界と広い視野
高い星見適正
良好なハンドリング
素晴らしい描写特性
広い良像範囲
考慮点:本体重量2.5kg
慣れるまで大変なIF方式
悪い点:鷺や鶴で目立つであろう若干の色収差
うにょーん的お勧め度 :8点 / 10点
大口径広角双眼鏡という稀有なスペックで、写りも素晴らしい。特に現行機種のフラットナ-や描写特性に満足していない方には響くだろう。しかしながら現状で入手方法は中古に限られており、Nikonでの修理サポートも終了しているため初心者には手出しし難いと思う。
本来は10点満点のところだが、入手性を考慮して8点とした。