又吉さん。
芥川賞作家になられた又吉直樹さん。 ものすごくたくさん本を読むとインタビューで言っておられたのが印象に残っている。
本を読むことで得られるものは多いと思う。
知らなかった言葉の意味を知り、漢字を覚え、想像力を養うこともできる。
私は子どもの頃、両親や祖母から『本の虫』と言われていた。
『ツライよ〜この子は!ヨシちゃんみたいじゃ。』
本ばかり読む私に家族や親戚はそう言ってため息をつくのである。
ヨシちゃんと言うのは親戚のおばちゃんで、子どもの頃なんの手伝いもせず、ずーっと本ばかり読んでいた人だったらしい。
私が初めて何十回も読み返した本は、漫画の『おしん』だった。上・下巻2冊だったと記憶している。
家族が多い貧しい小作農家の大家族で暮らす主人公『おしん』。働けど働けど、地主に米を納めれば大家族が食べる米は手元にはわずかしか残らない。
大根を入れて少ない米をカサ増して量を増やし飢えをしのぐ為に食べる大根飯。
7歳のおしんは家族を飢えから救うための米と引き換えに子守の奉公に出されるのである。
『いつか絶対腹いっぱい白い飯を食ってやる!』
7歳の女の子が歯を食いしばり奮闘するのだ。
中でも一番強烈に記憶に残っているのが、与謝野晶子の詩をおしんが教わる場面である。
たしか下巻だった。戦争に反対して脱走兵になった人とおしんが知り合うのだったと思うが、俊作あんちゃんという人が登場するのだ。
『命を大切にしろ』と教えてくれる俊作あんちゃん。彼は与謝野晶子が弟にあてて書いた詩をおしんに教えてくれるのである。
『あぁ、弟よ 君を泣く 君死にたもうことなかれ。』
この詩を丸暗記するほど読んだ。たぶん小学校2年生だったと思う。
あまりに漫画の『おしん』ばかりを読み続ける私を心配した母が、当時の小学校の担任の先生に相談したらしい。
『娘が漫画ばかり読むんです。』
先生は、笑ってこう仰ったそうだ。
『本を読むのは素晴らしいことです。漫画でもまったく問題ありません。娘さんの心に何かを残しているのです。見守ってあげてください。本をたくさん読んだ経験はいつか必ず役に立ちます。』
先生がそう仰るならと、それからは私に自由に好きなだけ読ませていたと大人になってから聞いたことがある。
偉人の話シリーズ、江戸川乱歩シリーズなども学校の図書室で借りてきては片っ端から読み、中学生になると色気づき、恋愛初心者が読むコバルト文庫にハマり、それ以降は大人の小説家の文庫本をジャンルを問わず、短編から長編までたくさん読んだ。
一番読んだ作家さんは、山田詠美さんである。
彼女の本を初めて読んだのは高校2年の時で、『放課後のキィーノート』という主人公の『私』から見た周りの女の子たちを描いたお話であった。
本物の大人にはかなわないが、教室の中はすでに似合わない大人予備軍の女の子たちを美しく描いた作品であった。
この本を読んで気がついたのだ。
私はどうしても正統派の人にはウケが悪い。私と一緒になって、こっそりと楽しい企みや悪ノリに乗ってくれる人が私は好きだし、やっぱりそんな人からは愛されるのだということに。
自分は何が好きで、何が嫌いかということが明確になると、世界が違って見えるという嬉しさにようやく辿り着いた気がしたのである。
又吉さんが今まで読んだ本は2000冊を超えると言っておられた。
私はたぶん1000冊くらいは読んだ気がする。中身をあまり覚えていないものもあるが、何度も読み返した本は数多くある。
そして、今回『火花』を推した芥川賞の選考委員が山田詠美さんだったと知った時、ああ、やっぱりと納得できたので、より又吉さんが好きになった。
好きな本、好きな作家さんが似ているというだけで、ものすごく嬉しくなる。好きな場面が同じだったりすると本当に親近感が湧く。
漫画『おしん』から始まった私の本好きは、生きる上でおおいに役立っている。
読書から得られる財産は誰にも盗まれない、自分だけの宝なのだ。