
トリュフとミチコロンドン。
正月が終わったと思ったら、節分の豆やバレンタインのチョコレートがお店に並びだした。
バレンタインに初めてチョコレートを作ったのは高校2年生のとき。
料理なんて作ったこともない、ましてやお菓子なんてどうすりゃいいのって状態の私であったが、好きな男の子に渡すチョコレートを作るのに必死だった。
友達で私よりは女子力が高い子を家に呼びつけ、助けを求めた。
『なんかさ、あんまり甘くないやつがいいなぁ。私も甘いのあかんねんけど彼もあかんねん。』
『作り手が甘いのあかんて…。じゃあさ、このココアパウダーをふりかけて仕上げるトリュフはどう?』
たぶん雑誌のバレンタイン特集で出ていた手作りチョコレートのレシピの中にトリュフがあったのだと思う。
チョコレートを溶かすときに使う温度計もないので、ここは勘でいくしかない。
湯煎て?あぁ、ボールにお湯入れた上でチョコレートを溶かすんか…。
溶かしたチョコレートに生クリームを入れて混ぜて冷蔵庫へ。
手で転がして丸い形にして、仕上げに茶漉しに入れたココアパウダーをふりかけた。
見た目もなんかいびつで、どう見ても美味しそうじゃない。
『これどうする…。味見してみる…?』
怪しげなトリュフもどきを前に躊躇いを隠せない私と友人。
そこに私の父が珍しく早い時間に帰宅したのだ。
『あぁ、◯ちゃん、おこし〜!』
友人に愛想よく挨拶する父。
『なぁなぁ、おじちゃんに味見してもらおうよ!』
『ほんまや!いいところに帰ってきたわ!』
クククとほくそ笑む私と友人。
『おとうさん、チョコレート食べてみる?』
『おお‼︎食べる食べる‼︎』
甘党の父がチョコレートを断るはずはない。
得体のしれない感じのトリュフらしきものを口に入れる父。
『…。うん。なんや個性的な味やの…。いや、美味しいよ!』
あ、これはあかん感じや。
父はC調男なのだ。
何を食べても『旨い‼︎』と言う彼が、一瞬、間をあけたということは、これは相当あかん気がする。
『とりあえず食べてみなあかんよな!』
友人と一緒にえいやで口に入れる。
苦い、なんだこの苦さは。
いや、甘い?バターケーキの味みたいな。チョコレートの味もする。
苦すぎるのはココアパウダーであり、中身はまぁ甘くて食べれる。
しかし、外側のココアパウダーは漢方薬かってくらいの苦味。
良薬は口に苦しっていうけど、恋する相手に渡すチョコレートが苦いのはどうかと思う。
『どうしよ…。もう材料も使い切った。時間もない。これでいいか‼︎』
今考えると『なんでやねん‼︎』と思うが東急ハンズで買ってきた面白い灰皿でリカバリーできると思っていたのだから何が何やらである。
Don't smoke over ten.と中心に書かれていて、周りの10個の仕切りにはタバコの吸い殻のイラストが描かれていた灰皿。
今なら大変なことであるが、大人の真似事をしたい粋がっている高校生がこっそりタバコを吸っていた時代。
『10本以上吸ったらダメ!』のメッセージと共に、10個の仕切りの中にトリュフもどきを入れてラッピングすれば、愛のこもったバレンタインチョコの完成だという、訳のわからないシナリオを完成させようと躍起になっていたバカJKだったというわけである。
味はもう知ったことではない。
彼からすれば罰ゲームのようなチョコレートであったろうが、喜んでくれ、お返しには美味しいお菓子と当時流行っていたミチコロンドンのド派手なハンカチを買ってくれた。
ド派手なミチコロンドンのハンカチ。
この彼からのプレゼントは結局使うことなく初恋は終わった。
それから時は過ぎ去り、数年間ずっとしまい込んだままだったミチコロンドン。
なんとなく『使ってみるか』とある日カバンの中に入れて出かけたのである。
その日は偶然仕事の関係で、当時人気上昇中だった森脇健児さんに会うことになっていた。
『キミ、サインもらったら!』
上司が森脇健児とお茶を飲みながら突然言いだした。
え?サイン?
ここはやっぱり『お願いします‼︎』と言わなければダメな場面だろう。
何かないか⁉︎書いてもらうもの。色紙なんか用意してないしメモ帳ってのも失礼よなぁ…。
カバンの中をゴソゴソ探していると。
あった!ミチコロンドンのハンカチ。
『ハンカチに書いてください!』なら失礼にはならないだろう。
一度も使われることのなかったミチコロンドンのハンカチ。
初恋の彼からのプレゼントに、森脇健児さんのサインがマジックで書きこまれたのであった。
ド派手なミチコロンドンは、森脇健児のサイン入りになった。
そういえばどこにいったのだろうか。
見当たらなくなって随分と時が経つ。
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