7話【太陽の恵みと、森のスクラム】『樹々は唄い、風に舞う』第一部~樹々の恵み編~
7話【太陽の恵みと、森のスクラム】
弐乃峰よりも元気に育った、壱乃峰の森の樹々は、皆 ほぼ完全に その葉を開き、枝を伸ばしている。
羽のような形をした、未だ薄緑色の若葉を開きかけている その樹を除いて、樹々は濃い緑色の生命力に溢れる葉を、ぎらぎらと照り付ける太陽に向けて。
……こうして森の中に寝転んで、青空と木漏れ日を見上げていると、いろんな樹々が枝葉を伸ばしている様子が、よく観察できる。
どの樹も、日光を浴びようと懸命に枝葉を伸ばしているけれど、まるで譲り合っているかのように、その枝先が重なることは無く。
そして その複雑に絡み合う枝葉は、皆で がっちりとスクラムを組んで、この森の〝何か〟を守っているかのよう。
「『スクラム』と言えば。。。 この〝人の世のこと〟を話した、ブナの樹の精霊は。。。」
と、今ここに来た目的を思い返した〝彼〟は、高台に美しい樹形で立つ、ブナの樹を眺める。
ザッ…… と強めの風が吹くと、高台のブナの樹は、優雅に伸びた枝葉で心地よい葉音を奏でた。
歌声にも似た その心地よい葉音を聴いて、我に返った〝彼〟が、少し離れた処に生立しているホオノキ巨樹の根元に視線を移すと、そこでは、樹々の若木が さわさわと そよ風に揺られている。
その様は、樹々が日向ぼっこをしながら、何か楽しげに話しているかのように見えた。。。
初夏の日差しを燦々と浴びる、カフェ『nolia』の オープンテラス。
今日は、〝森の語り部〟 瑞貴が、巫女実生の さくら・一葉・ふたば 寿美に、巫女修養の ひとつとなる、森林知識の修養を行っている。
……とはいえ、樹の巫女 峰乃 赤松が何でも出来てしまい、さらに その お役目や お務めの一部を瑞貴や とっちにも任せている今では、次代の巫女を目指すための巫女修養は以前ほど盛んではなく、巫女候補と成るための修養というよりは、この森をもっと豊かにするための お勉強会のような雰囲気。
とくに、『銀杏屋 ひがしたに』の看板娘 一葉にとっては、〝教養を深めるための、習い事〟の、延長のよう。
それでも、巫女実生たちは、瑞貴先生の話に、熱心に聞き入っている。
~私達は 常に、太陽の恵みである日光を頂いて光合成をし、自らの樹体を健全に成長させています。
……光合成については、すでに皆さんは実感を伴って理解されていると思いますので、詳細は省きますね。
各々が健全な樹体となることは、健全な樹体を持つ多様な樹種が森の中に多く存在することとなり、ひいては その森全体が健全で活性化して、より豊かな森と成る事に、つながります。
盛んに光合成を行うためには、枝葉を伸ばして より多くの日照を得る必要がありますが、ここで 注意をひとつ。
私達が光合成を行う本来の目的は、『樹体、特に幹を成長させる』ことです。
これが、『枝葉を伸ばして日照を得る』という手段に とらわれてしまうと、どうなるでしょうか?
やがては、細い幹に太い枝が横に広く伸びるという、不格好で重量バランスも良くない、健全とは言い難い樹体となり、その結果、強風や積雪に弱く、折損のリスクも高まってしまいます。
はたして、そのような樹体で、健全な樹々を育み、美しく優雅に舞い、『樹々の唄』を上手に奏でて、豊かな森へと導く知識を語り継ぐことが出来るでしょうか?
また、山の神様にお仕えする 樹の巫女とは、他の者の指標となる存在でもあります。
例えば、『峰乃 赤松様のように、優雅な樹形と成って美しく舞い、その美しい葉音で上手に お唄を奏でたい。』と思って頂けるような。
そのためにも、私達は、美しく優雅で均衡のとれた樹形と成ることを目指して、成長せねばなりません。
そして、私達 森の樹々は、個にして全、全にして個の存在でもあります。
たとえ1本の樹だけが健全に成長しても、その森全体の豊かさには、つながりません。
多様な樹種が、他の樹々とも共存共栄して初めて、健全で豊かな森を育むことに、つながるのです。。。
「瑞貴先生!
いま ちょっと理解しにくい所があったので、質問しても良いですか?」
「はい どうぞ、ふたばさん。」
「自分の樹体を成長させる、でも1本だけ成長してちゃダメ。
じゃ、具体的には、どんなふうに枝葉を伸ばして成長すれば良いんでしょうか?」
「私の、桜の舞いでの『天仰 ~てんをあおぐ~』みたいに、上に上に…… と枝葉を伸ばしては?」
「でもそれじゃ、縦にだけ伸びて、重量バランスが悪くならない?
寿美はケヤキだから そーいう伸び方になるけど、私のアカマツの枝は どうしても横に伸びちゃうし……。」
「私も それ、悩むところです。
ぎんなんの実りや、収穫の事もあるし――。」
「一葉さんもでしたか。 私も、同感です。
『枝を広げ過ぎると大振りになってしまい、舞いが優雅にならない。』と、母が いつも言っておりました。
また、『合わせ』で舞うときにも、共に舞う方と ぶつかってしまう事もありますし……。」
「……そうね、さくらさん。
山桜師匠なら、きっと そう仰るでしょうね。
皆さんも、とても良い質問です。
実は、このお話をすると、必ずと言って良いほど出る話題なのですが……。
少し、説明が難しいですね。。。
とっち、どう お答えしましょうか?」
瑞貴は、皆の後ろに座って修養のフォローをしている とっちに問いかけると、すぐさま とっちは、パンパンと手を鳴らしながら、こう答えた。
「はいはい、皆! ここで、一旦 頭をリセットして。
はい、深呼吸~。 んで、自分がした質問を、振り返ってみてね。
ここで、違う視点で物事を考えてみましょう。
いまの質問は…… 『皆の個人の都合』では、ないですか?」
「確かに! そうだ! そうですわね。」
「でしょ? あと、瑞貴先生が、ふたばの質問の直前にお話しした……。
『多様な樹種が、他の樹々とも共存共栄して初めて、健全で豊かな森を育むことに、つながる。』
……つまり、個人の都合だけ考えてちゃダメって事ね。」
「で、簡単に言い直すと、『周囲に生育する樹々の成長も考慮して、自らの枝葉を伸ばす。』ことが、大事なの。
……お分り頂けたかな?」
「んじゃ、瑞貴先生から、そのための重要なキーワード『譲り合い』について、お話ししてもらいましょう…… おや?」
「はい。 ……とっち、いつも有難うね。
……あらあら。 これからお話しする『譲り合い』に適任の、あの娘が来てくれたわ。
皆さん。 小休止としますので、ここまでお話ししたことを、おさらいしていて下さい。」
森林知識の修養『光合成と譲り合い』の、難しめの話に差し掛かったところで、頃合い良く、桑の実を採りに出掛けていた めりあ達が、戻って来た。
たくさん採れた桑の実を、『nolia』のキッチンまで運ぶと、すぐに仕込み作業に入った のりあ達に預けて、めりあは、小柄で おとなしそうな女の子を連れて、巫女修養をしている瑞貴たちが居る、オープンテラスへと。
「お話しの途中に、すみません。
この娘、巫女修養の見学したいそうなんですけど、良いですか?」
「もちろん、大歓迎ですよ!
ちょうど、そのお話に差し掛かったところなのです。」
「本当に、ナイスなタイミング! めりあ、ありがとうね!
見学…… より、ゲストティーチャーとお呼びした方が良いかも?」
「??? ……あ、はい。 じゃ、ゆりは。」
「あ…… あの。。。
すみません…… 私なんかが、巫女実生の皆さんに お話しさせてもらって…… 良いんでしょうか?」
「ぜひ お願いしたいですわ!
ゆりはさんの、『葉を譲る』ことについて自己紹介して頂けると、次のお話に すんなりと入ることが出来るのです。」
「わ…… わかりました。。。
え、えっとぉ…… 私は…… いつも、め…… めりあさんの すぐそばにいて…… 木漏れ日を、もらってます。
な…… 名前ですか!? ゆ…… ゆりは、と申します。 えっと……。」
「私たち『ユズリハ』は、あ…… 新しい葉っぱを開いて伸ばしてから、その…… 古い葉っぱを下げて落とす、という…… 葉の付け方をしています。」
「お…… お空に向けて開く若葉の下には、これまで いっぱい日光を浴びた葉っぱが…… 下がってる。
そ…… その様子が、『次の世代に、活躍の場を譲っている』ようにも見えることから…… 『譲る葉』と、言われています。。。
あ…… あの…… もう、良いですか?」
「はい、ゆりはさん。 有難うございました。
めりあさんも、ゆりはさんを連れてきてくれて、有難う!
では、先程の『譲り合い』のお話に、戻りましょう。。。」
私達が、健全で豊かな森を育むことも踏まえて、上手に光合成を行うためには、周囲に生育する樹々と譲り合って、自らの枝葉を伸ばし広げる事が大切です。
ときには、ゆりはさんの葉の付け方のように、開いた若葉に その活躍の場を譲る。
そしてまた、枝を伸ばす際には、お隣の樹とも譲り合って。
上や横ばかりを見ていては、いけません。
その根元に、発芽しようとしている稚樹は、ありませんか?
もしそこに、枝を伸ばし葉を広げてしまったら、その子には陽が当たらなくなってしまいますね。
……こうして、みんなで森を育む事も考慮して、樹々が譲り合って枝葉を広げた森の中は、程良く木漏れ日が差し込み、また、美しく幾重にも手と手を取り合っているかのような様は、まるで皆がスクラムを組んでいるかのよう。
私はこれを『森のスクラム』と呼んでいますが、健全で豊かな森を育む事の、理想形の一つと言って良いかと思います。
太陽の恵みである日光を、その森の皆が、何世代にも渡って等しく頂く事ができる。
その森の皆が、等しく自らの樹体を成長させ、ひいては、より豊かな森と成る。
そして何より私達は、協力し譲り合いながら、この壱乃峰の森で共に活きる、仲間であること。
もちろん、巫女実生の皆さんだけでは、ありません。
例えば今回、頃合い良く、ゆりはさんを お連れしてくれた、めりあさんのように。
巫女実生の皆さんには、常に このような想いを胸に、日々精進して頂きたいと思います。。。
今回の巫女修養が終わったと察すると、とっちは すぐに立ち上がる。
「はい! 瑞貴先生、お疲れ様でした!」
「ありがとうございました!!!!」
「はい、お疲れ様でした。
次の、森のお話は…… そうですね――。
もうすぐ梅雨の季節ですので、雨の日に、『恵みの雨』について お話しするとしましょう。
皆さん。 それまで、今回お話しした事を、しっかりと復習しておいて下さいね。」
「さて…… と。 さくら、一葉、行くわよ!」
「相変わらず、アクティブですね。 この後、どちらに?」
「あれ? めりあには言ってなかったっけ?
夏祭りで発表会やる浴衣、試作が出来たんで、試着しに行くのよ。」
ピン! と何かを閃いた とっちは、隣に座っている めりあと ゆりはをじっと見てから、こう続けた。
「そういえば!
桂さん、浴衣を いっぱい試作したから、できればモデルも増員したいって言ってたのよね~。
めりあと…… ゆりはちゃんも! 一緒にどう?」
「え…… えぇ~!? わ…… 私なんかが、お邪魔させてもらって、良いんですか……?」
「私も……。
だって、和服モデルは さくらが担当だし、今回は、私に声掛かってないし。。。」
「なぁ~に言ってんの! 変な遠慮なんて、要らないわよ!
私達は、共に協力して成長する、森の仲間じゃない!!
ゆりちゃんは、引っ込み思案な自分を変えるチャンス!
めりあは、新境地にチャレンジするチャンスよ!」
「それに、今日は、ほんとに試着するだけ。
発表会に出ろ! とまでは、言わないわ。
……ま、お二人が宜しければ、だけど?」
「は…… はいっ!
初めてのことなので…… 緊張します……。
けど、頑張ってみます!」
「ゆりは……。
……うん! そう言われると、断る理由もないですね。」
「よっし、決まり!!
んじゃ、瑞貴! またね。」
皆が、浴衣の試着の話題で盛り上がる中、独り上の空で高台を眺めている瑞貴に、とっちは いつもの調子で声を掛けた。
「あ…… うん、またね!」
瑞貴は とっちに、平静を装いながら そう答えると、
「私も、これから用事がありますので、これで失礼しますね。」
と、皆に告げて、森歩きの道へと。
高台まで上ってきた瑞貴は、その居所のブナの樹の根元に背を預けて座っている〝彼〟に、ひとこと
「お待たせ…… しちゃったかしら?」
と声を掛けると、いつものように〝彼〟の隣に腰を下ろして、一息ついた。
「……時間を忘れて、のんびりさせてもらってたよ。
ここは、弐乃峰よりも元気な、善い森だね。
こうしてるだけで心地良いし、落ち着く。」
「そうね。。。
今日は 私は、樹にお礼が言いたくて、ここで逢うことにしたの。
以前に、樹が教えてくれた『スクラム』などが、今では森林知識の修養にも、役立っています。
この森で活きる、私達 樹々では気付けない事柄を教えてくれて、有難う。」
「それは…… 良かった。」
とだけ応えると、〝彼〟は、
「そうそう、今日は、この時期ならではの樹々が咲かせる花を、観に来たんだけど。。。
……瑞貴なら、もう気付いてるよね…… ほら。」
と、視線を瑞貴から東谷街道へと移した。
〝彼〟に誘われた瑞貴は、東谷街道の大平岩の広場を、見下ろす。
桜並木の近くの、その樹のために空けられた空間では、羽のような形をしたネムノキの若葉が開きかけ、また、街道を彩るかのように 蒼と白のヤマアジサイの花が咲き始めていた。
「ねむ、彩。 貴女たちも、お目覚めね。
そう…… もう、そんな季節に なったのね。」
そう つぶやくと 瑞貴は、
「次は…… 恵みの雨の時期に、来させてもらうよ。」
と言い残して森歩きの道を下って行く〝彼〟に、
「……待っているわ。 そのときまで。」
と声を掛けて見送ると、壱乃峰の頂上で皆を見守っている、峰乃 赤松の居所へと向かった。
「今回の巫女修養は、『太陽の恵み』について お話し致しました。
森林知識の修養も さることながら、皆が譲り合いについて、深く理解する事が出来たかと思います。」
「うむ、ご苦労様でした。
……やはり、栃実さんと共に、森の語り部と呼ばれる其方に修養を任せたのは、正解だったようですね。
独学で書物を紐解くよりも、皆の習熟度が違うように感じます。」
「光栄ですわ。 それと、現在の森の様子ですが。。。
今夏も、最後に ねむが葉を広げて、森林全体の生命活動を担う準備が整いました。
彩も開花し、次の季節が近いことを、教えてくれております。」
「うむ。 皆、健在のようですね。
のちに、ねむが花を咲かせ、彩の花が満開となる頃には…… 恵みの雨が、降り注ぐ。
皆も、それを待ちわびていることでしょう。。。」
【キャラクター紹介】ブナの樹に宿る精霊『瑞貴』
『樹々は唄い、風に舞う』第一部 ~樹々の恵み編~
7話【太陽の恵みと、森のスクラム】
最後までお読み頂き、ありがとうございました!
特典としまして、各話の末尾にて【キャラクター紹介】を掲載しますので、合わせてお読み頂ければ幸いです。
ここでは、これらのキャラ設定で出てきたアイデアを簡潔にまとめて、キャラ名と由来、モデルとした樹種、木彫り彫刻キャラ作品画像、作中でのキャラ紹介の順に、掲載してあります。
それでは、作者が頭を痛めて生み出したキャラ達と、魂を削って彫り上げた彫刻作品を ご覧くださいっ!
『瑞貴』
『瑞々しく、貴い』、ブナの樹のイメージから、命名しました。
・モデル樹種: ブナ(橅)Fagus crenata
豊かな森の象徴ともいえる樹種。
枝葉や木の実は動物たちに栄養を与え、豊かな森林土壌や水を育むことから、知的で優しく、かつ唄や舞いにも秀で、さらに森の恵みにも深く関わる、ハイスペックなキャラをイメージしました。
・キャラクター紹介:
瑞貴の母が、先代の『知の巫女 峰乃 橅』だったことから、豊富な森林知識を持ち、唄と舞いにも秀でています。
森の調和を第一に考え、秋の『木の実の振舞い』では、最重要のポジションを担います。
作中では、こなたをはじめ、皆に神事や森林知識について語る機会が多いため、いつも何かしらの森林に関する書物を持ち歩いています。
同じく森林について博識な とっちと仲が良くて、壱乃峰の森の未来などについて、よく話し合っています。
森の中を歩くのが大好きで、お気に入りの切り株に座って、樹木図鑑を片手に、樹々の花や 木の実を愛でています。
・衣装やルックス:
いつも、優しい微笑みを浮かべた表情です。
髪型は、肩の下までの、セミロングストレート。
普段はフレームレスの眼鏡を着用しているけれど、舞台上や森の中を歩くなど、人前に出る時には外しています。
衣装① 普段着
淡色で襟なしの長袖ニットと、ロングスカートの取り合わせが、好みです。
靴は、いたって普通の 普段履きのものを、よく使っています。
衣装② 神事
皆と同じく、専用の巫女装束を、着用します。
巫女装束を着る機会が最も多かったため、普段着のように馴染み、また、似合い過ぎています。
衣装③ 森歩き
チェック柄のシャツを、カーゴパンツにイン。
ハイカットのトレッキングシューズは、グレーの地に 翠のライン。
帽子も忘れずに。 キャップよりも、ハットタイプが好みです。
25歳 身長163cm
8話【恵みの雨と、樹々の恵み】に、続きます。。。
#創作大賞2024
#ファンタジー小説部門
#ファンタジー小説
#異世界ファンタジー
#樹木擬人化の物語
#note創作大賞2024
#ブナ樹木擬人化
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?