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10話【秋の実り、樹の恵み。】『樹々は唄い、風に舞う』第一部~樹々の恵み編~


10話【秋の実り、の恵み。】

 まだ残暑きびしい壱乃峰いちのみねの森の樹々きぎは、太陽の恵みと、恵みの雨の恩恵を受けて、濃い緑色の枝葉えだはを存分に伸ばし広げていた。

 高台たかだい高木こうぼくたちも、同じく存分に枝葉えだはを伸ばし広げて、新緑の季節には日向ひなただった、切り株と倒木のところは、木陰こかげになって。

 そこでは、涼しげな表情の峰乃 赤松みねの あかまつと、この暑さをものともしない屈強な身体を持つ ツキノワグマのおさが、今秋こんしゅうの木の実の豊凶ほうきょうについて、話し合っている。

「~で、そちらは どうだい? の巫女さんよ。
 わしら獣衆けものしゅうは…… 小鳥達もそうだが、有難いことに いつも充分な木の実を頂いてるんだが――。
 そうさなぁ――。 この秋は、ドングリを ちょっと多めに振舞ふるまっちゃぁくれねぇか?」

「うむ。 それならば こちらも頃合いく、コナラのむすめ初結実はつけつじつを迎えましてね。
 ドングリ類を豊作とし、皆様のご要望に おこたえ出来るような、『木の実の振舞ふるまい』と致しましょう。」

「ほぅ! そりゃぁ、めでてぇな!
 んじゃ、ひとつよろしく お頼みしますわ。
 獣衆けものしゅうには、わしから伝えとくんで――。
 そうさな、コナラのむすめにも、よろしく言っといて下せぇ。」


 この話し合いで、今秋こんしゅう樹々きぎの実りの目処めどをつけた峰乃 赤松みねの あかまつは、鏑鈴かぶらすずを鳴らすのを合図に、すぐさま山の神に その判断をあおぐ。
 山の神は、峰乃 赤松みねの あかまつの想いそのままの、今秋こんしゅうの実りについてのことを、雷雲らいうんと夕立ちに乗せて、下された。

「これで今秋こんしゅうも、樹々きぎの実りは、豊かとなりますね。。。」

 少し嬉しそうに そうひとちると、峰乃 赤松みねの あかまつは、〝記憶きおく種子しゅし今秋こんしゅうの実り』〟 ●9 を結実けつじつした。

 それには、実りある樹々きぎの それぞれの豊凶ほうきょうや、壱乃峰いちのみねの森全体としての実りの総量。
 さらに、木の実を食糧とする動物達の個体数調整については もちろん、ドングリ類を豊作とすることなどの情報を、いっぱいに詰め込んで。

 自身の まつぼっくりに、それらを項目ごとに整理して詰め終えると、峰乃 赤松みねの あかまつは、高台たかだい木陰こかげ瑞貴みずきを呼び出した。

「……瑞貴みずき
 今秋こんしゅうも、実りの采配さいはいと、木の実の振舞ふるまいを、よろしくお願いしますね。
 ずは其方そなたに、これを託します。」

 そう言うと、峰乃 赤松みねの あかまつは より穏やかな表情で、記憶きおく種子しゅし今秋こんしゅうの実り』が詰まった まつぼっくりを、瑞貴みずきに手渡した。
 瑞貴みずきは、すぐに その場で記憶きおく種子しゅし紐解ひもとき、実りの采配さいはいを行う。


 ……壱乃峰いちのみねの森全体としての実りの総量は―― 樹種じゅしゅごとに増減はありますが、ドングリ類を多く実らせて、木の実の振舞ふるまいにも発芽はつが用にも過不足が無いようにする、という事ですね。

 では、樹種じゅしゅごとの、実りの采配さいはいは――。
 まず、私のブナの実は、いつも通りでいですね。
 同様に、トチノキ・ホオノキ・イチョウ・アカマツなども、いつも通りの実りとしますと――。

 ……そうですね、これでは振舞ふるまう分が少し足りなくなりますので、ドングリ類を―― やはり、コナラを はじめとしまして、クヌギ・アベマキ・シイ・カシ・ヤマグリにも、少しずつ頑張ってもらって、多くの実をつけて頂く事としましょうか。
 こうすれば、次世代の良木りょうぼくるための発芽はつが用の種子しゅしも、獣衆けものしゅう振舞ふるまう分量も、充分に確保 出来るでしょう。

 また、味わい深い木の実も、今秋こんしゅうは多く振舞ふるまいたいと考えておりますので、ヤマボウシ・クルミ・ツノハシバミ――。
 それと…… ツルせいの、ヤマブドウ・アケビ・マタタビ・サルナシも、多めに実って頂きましょう。。。

「……うむ。 山の神様よりたまわった、ことの通り。
 そして、わたくしの想い そのままに。
 瑞貴みずき。 今秋こんしゅうも、采配さいはいです。」

「〝森のかた〟たる、其方そなただからこそ、記憶きおく種子しゅし紐解ひもとき、正確な解釈をし、森の調和を保ち、理想的な采配さいはいが出来る。
 山の神様も、そうおっしゃっておりましたよ。」

「はい、とても光栄に思います!
 ……それでは、今お話しした通りの実りの采配さいはいにて、今秋こんしゅうも、木の実の振舞ふるまいを行う事と致しますね。」

「うむ。 よろしく頼む。」


 やがて、盛夏せいかの暑さもやわらぎ、秋の虫達が引き継いだ虫のうたかなで始める頃には、実りある樹々きぎも花の季節を終えて、秋の実りの準備を進めていた。
 ブナの実や、コナラ類のドングリ、イチョウも銀杏ぎんなんを、まだ青いそれらの実を たわわに実らせて。
 そして ホオノキも、大きな花の跡に、たくさんの実を つけ始めていた。

 その ホオノキ巨樹きょじゅ樹洞じゅどう、カフェ『noliaノリア』では、瑞貴みずきが こなた達に、木の実の振舞ふるまいや摘果てきか ★8 について、説明をしている。

「~まだ青いけど、ドングリを いっぱい、つけたのれす!
 ……でも、このあとは、どうしたら いいんれすか?」

「まぁ! ほんとに沢山のドングリを つけましたね!!
 このあとは、摘果てきかして良質なドングリを実らせ、木の実の振舞ふるまいで動物さんたちに…… という流れになります。。。」



 まずは、最も重要な目的の『次世代を担う、発芽はつが用の実を、育てる。』事から。

 こなたさんが大きく成長する頃には、次の世代となる、元気なコナラの若木わかぎが必要となります。
 そのために、こなたさんは、すごく元気に発芽はつがが出来るドングリを、しっかりと育てて実らせて下さいね。
 発芽はつが用のものは、そんなに多くは要りませんので、たくさん つけたドングリの中でも、最も成長が良く、しっかりと実が詰まり、根となる部分も良く育ったものを、選ぶと良いでしょう。

 なお、これらは、最後まで地面に落とさずに育てて、のちに 種子貯蔵庫シードバンク ★9 に貯蔵する事となります。

 次に大切なことは、動物さんたちに振舞ふるまうドングリを、たくさん実らせること。
 私達の木の実を食べて生きている、この森の動物さんたちは、私達の木の実の振舞ふるまいが無いと…… とても困りますよね?
 今秋こんしゅうは、特に ツキノワグマさんが、美味しいドングリが たくさん欲しいとおっしゃっていますので、こなたさんにも多く実らせてもらい、多く振舞ふるまって頂こうと考えています。

 それと、これは、動物さんたちへの お礼でもあります。
 例えば…… リスさんが、そのから遠く離れたところに持ち帰ったドングリは、その木陰こかげを離れて より太陽の恵みを頂けるところで、発芽はつができるかもしれません。
 このように、木の実の振舞ふるまいは、私達の種子しゅし発芽はつがを手助けしてくれている動物さんたちへの お礼の品でもあるのですから、美味しくて実の詰まった、渋味しぶみも少なめにしたドングリを、選びましょうね。


「ここで、〝選ぶ〟をいう表現をしたのは、摘果てきかが……。」

瑞貴みずき~! 居る!?
 今秋こんしゅう摘果てきかのこと、聞きたいんだけどー。」

 いつも通りのにぎやかさで、とっち社長、ご来店!
 こなた達の様子を一目見て気付いた とっちは、瑞貴みずきに代わって説明を。

「いっぱいドングリを、つけたね!
 こなちゃん、えらい えらい。」

 ……と、かいがいしく こなたの頭をでながら。

「……摘果てきかってのは、ね。
 いま瑞貴みずきが お話ししたように、発芽はつが用とか振舞ふるまい用とかに、実った木の実を…… こなちゃんなら ドングリを、まずは選ぶのね。
 んで、それぞれに栄養の送り方を変えて、実らせるの。 これが、ひとつ。」

「もうひとつは、育ちが悪そうなドングリは、すぐに栄養を送るのをめて、地面に落としちゃってね。
 それと、こなちゃんなら、虫さんが…… ゾウムシさんが入っちゃったの、あるでしょ?
 それは、そのままゾウムシさんに、振舞ふるまい。 栄養は、少しだけ送れば良いわ。」

瑞貴みずきさん、とっちさん。 おかげで、このドングリを どう実らせれば良いか、よく わかったのれす!
 ……あれ? そういえば とっちさん、お急ぎみたいれしたけど?」

「あ! いっけね……。 『もみじがり』の、リハに行くんだった!
 瑞貴みずき瑞貴みずき! 今秋こんしゅうの私のトチの実って、どうなったの?」

「あらまぁ! お急ぎなら、簡潔に。
 いつも通りの実りで、結構ですよ。」

「うん、わかった! ありがとね。
 じゃ、またね! みんなも。」

 そう言い残すと とっちは、カフェ『noliaノリア』を後にして、森に吹く一陣いちじんの風のように、東谷街道を駆けて行った。
 その様子に呆気あっけに取られている こなたに、瑞貴みずきは、
紅葉もみじさんとかえでさんの、秋のライブツアー『もみじがり』のリハーサルや打合せに合流するために、壱乃峰いちのみねの森のはしの、弐乃峰にのみねとのさかいにある高台たかだいまで行く必要があるので、あんなに急いでいたのですよ。」
と、補足説明を。

 カウンター席の隅で、同じくポカーンとしている一葉いちようには、のりあが、
「うふふ。 とっちさん、いつも あんな感じなんですよ。
 ……でも、あのバイタリティーがあるからこそ、みんなを楽しい気持ちにさせてくれるんじゃないかしら。
 私は いつも、そう思ってるのよ?」
と、普段通りの のんびりとした口調で、フォローを入れる。

 その一言でカフェの店内は、いつもの のんびりムードを取り戻し、同じく のんびりとした口調で、瑞貴みずきは、一葉いちようと のりあに、今秋こんしゅうの実りの采配さいはいを伝達した。

一葉いちようさんと、のりあさんも。
 今秋こんしゅうも、いつも通りの実りで、お願いしますね。
 ふたばさんにも お伝えしようと思っていたのですけれど――。
 今日は、舞いの お稽古けいこでしたね。。。」

一葉いちようさん。
 この後、山桜やまざくら師匠のところに寄ってから、『銀杏屋ぎんなんや ひがしたに』の おかみさんに、摘果てきかの お話をさせて頂こうと思うのですが。
 ……ご一緒に、如何いかがかしら?」

「はい! ぜひ、そうさせて下さい!」

「わたしも…… いっしょに行っても、いいれすか?
 ぎんなんの収穫を お手伝いすることになったので、どんなふうにするか、聞いておきたいのれす。
 あと…… ふたばさんのアカマツの実も、木の実の振舞ふるまいに なるんれすか?」

「もちろん、良いですよ!
 ……こなたさん、アカマツの実が振舞ふるまわれる様子、ご存じなかったかしら?
 では、い機会ですので、『木の実が、どう振舞ふるまわれるのか』の一例を、ご紹介いたしましょう。。。」

 瑞貴みずきは、峰乃 赤松みねの あかまつから託されて その情報を紐解ひもとき終えた、アカマツの記憶きおく種子しゅしをテーブルに並べると、
「こんなふうに、振舞ふるまわれるのですよ。」
と、説明を始めた。

「主に、ネズミさんや リスさんに、多く振舞ふるまわれるのですけれど。
 リスさんの食べた跡を例に、お話ししますね。
 左側の まつぼっくりが、振舞ふるまう前の状態とします。
 松かさの間には、栄養のあるアカマツの実が入っています。
 リスさんは手が器用なので、この松かさを一枚一枚 丁寧にがして、その間に挟まっているたねを取り出して、食べます。」

アカマツの実が、振舞ふるまわれた様子。

「右側のものが、リスさんが食べた、つまり、アカマツの実が振舞ふるまわれた跡となります。
 まつぼっくりのじくとなる部分の周りには、がされた 松かさが。
 なお、これは、森の中の開けたところで、見ることが出来ます。
 なぜなら、リスさんは、その天敵が周囲に居ないか気を付けながら、これを食べるからです。」

「あとは―― のりあさん。
 クッキーや お菓子の材料としても、この松の実は使われますよね?」

「うふふ。 そうですよ、瑞貴みずきさん。
 って香ばしさを出したり、そのままでも、果実とは違った甘みを味わうことも できますね。」

「美味しそう! なのれす!!」

「ふふっ。 実は、このカフェでも、味わうことが出来るのですよ。」

「うふふ。 お二人には、まだ お出ししてなかったかしら?
 『木の実たっぷりのパンケーキ』に、松の実が入ってるんですよ。
 瑞貴みずきさんの ブナの実や、他のナッツ系の木の実も、一緒にね。」

「……今すぐ食べてみたくなったのは、私も同じですが。
 今の季節は、振舞ふるまいの前で木の実が少ないので――。
 そうですね、木の実の振舞ふるまいが終わってからの お楽しみ、という事にしまして。
 そろそろ、山桜やまざくら師匠のところと、『銀杏屋ぎんなんや ひがしたに』に向かうと しましょうか。」

「はぁ~い、わかりましたぁ~。 なのれすぅ~。」

「うふふ。 またのご来店を、お待ちしております。。。」


 爽やかな秋晴れのもと高台たかだいには、涼やかな風が吹いて。

 木陰こかげの倒木に腰掛けて待っている瑞貴みずきのところには、実りある樹々きぎに宿る精霊せいれいたちが、今秋こんしゅう摘果てきかについての話を聞くため、続々と集まって来ている。

「~実りある樹々きぎの皆様は、概要は何となく ご存知かと思いますが。
 このたび、峰乃 赤松みねの あかまつ様をかいして、山の神様より、今秋こんしゅうの実りについてのことたまわりましたので、詳しく お話しさせて頂きますね。」

「まずは―― ドングリをつける、皆様から。
 ツキノワグマのおさより、ドングリ類を多く振舞ふるまって欲しいとの ご要望がありましたので、今秋こんしゅうは、木の実の振舞ふるまいの分を、多く実らせて頂きたいのです。
 コナラ・クヌギ・アベマキ・ヤマグリさんは、この事を、皆様に お伝え下さい。
 シイ・カシ類の代表の方は、それぞれの樹種じゅしゅへの伝達を、お願いします。
 なお、今秋こんしゅうは、『振舞ふるまう分を多く』との ご要望ですので、渋味は少なめにして下さいね。」

「続きまして、味わい深い木の実をつける、皆様は――。
 ヤマボウシ・クルミ・ツノハシバミさんたちには、多く振舞ふるまって頂きたいと考えておりますので、多めに実らせて頂くよう、お願い致します。
 具体的には、クルミさんは殻を柔らかめにして割れやすくして頂き、ツノハシバミさんはトゲを少なくして、獣衆けものしゅうの皆様が食べやすくなるよう、実らせて下さいね。

樹々きぎの枝を お借りして木の実をつける、ツルせいの皆様に つきましては――。
 ヤマブドウ・アケビ・マタタビ・サルナシさんも同様に、今秋こんしゅうは多く振舞ふるまって頂きたいと考えておりますので、摘果てきかは少なく、木の実を多くつけて頂くよう、お願い致します。」

「なお、これは、サルの群れが大きくなるので、食糧となる木の実が多く必要となるため、とうかがっております。
……それでは皆様。 き実りを、よろしくお願い致します。。。」

 これを受けて、実りある樹々きぎに宿る精霊せいれいたちは、各々おのおの摘果てきかや実りを進める。
 やがて 東谷街道にある街路樹のカツラの葉が ほんのり黄葉おうようし、香ばしいにおいを漂わせる頃には、樹々きぎは、森のかた 瑞貴みずき采配さいはいの通りに、秋の実りを完了していた。


 壱乃峰いちのみねの頂上付近に生立せいりつしている、その実を良く実らせたブナの大木に登った ツキノワグマは、太枝ふとえだに座ってブナの実を頬張ほおばる。
 その、実を食べ終えた小枝を腰下に敷き、また次のブナの実が実った小枝に、手を伸ばして……。
 ツキノワグマが木の実を食べ終えた、ブナの太枝ふとえだには、クマだなと呼ばれる小枝が堆積たいせきしていた。

 それを合図に、今秋こんしゅうの木の実の振舞ふるまいが始まると、木の実を食糧とする獣衆けものしゅうは、壱乃峰いちのみねの頂上付近のブナやトチの実から順に、コナラやシイの実も。。。
 ドングリが実るに登ったついでに、アケビやサルナシも味わって、箸休め。
 リス達は、器用にクルミやツノハシバミの実を ほじり出しては食べ、甘いヤマボウシの実にも、舌鼓したつづみ

 こうして、木の実の振舞ふるまいを お腹いっぱい頂いた獣衆けものしゅうは、今日のところは天然林てんねんりんの中にある ねぐら へと。
 明日は、高台たかだいの方までりて、ヤマブドウを頂こうか。
 ホオノキの実も、そろそろ食べ頃らしいよ。
 もっと下ったら、この秋に初めてドングリを振舞ふるまってくれる、コナラのがあるそうだ。。。

 連日、木の実の振舞ふるまいでにぎわう、壱乃峰いちのみね樹々きぎ獣衆けものしゅうの様子を、瑞貴みずきと ツキノワグマのおさは、高台たかだいから見ていた。

「~いつも、すまないねぇ。
 こちらも、食わねぇと やってけないんでね。
 じゃが、お陰さんで わしら獣衆けものしゅうは、ここんとこ壱乃峰いちのみねじゃ飢えること無く、みな 生きて行けている。
 本当に、ありがとうな。」

「どういたしまして。
 でも、私達 実りある樹々きぎも、振舞ふるまった木の実をみなさんが美味しそうに食べてくれる事が、嬉しいのですよ。」

 そこへ とっちが、大きく丸く、艶やかに黒光りする、トチの実を持って来た。

「クマおささん! これ、仕込みの済んだ、私のトチの実です。
 ……味見して もらえませんか?」

「あぁ、良いとも。
 ……いつもながら、うまい トチの実だなぁ。
 栃実とちみさんや。 何か、仕込みの秘訣でも あるんかなぁ?」

「ありがとうございます!
 仕込みの秘訣は―― たぶん、水が良いんだと思います。
 いつも私の実を振舞ふるまってる場所、つまり、天然林てんねんりんの中を流れる小川の水源の、伏流水が湧き出す小さな滝壺たきつぼで、川の水に さらして、渋味を抜くんですよ。」

「ほぅ…… そうか。
 〝樹々きぎはぐくんだ、良い水で仕込んだ、うまい木の実!〟という訳じゃな。
 なるほど――。
 よし! みなには、わしから伝えておくとしよう。
 『他のとは、一味違うトチの実だ。 一度は 食っとけ!』……ってなぁ。」

「はい、よろしくお願いします!
 それと―― しばらく留守にしますけど、滝壺たきつぼにある分は全部食べて頂いて構いませんので、その旨 宜むね よろしくお伝え下さい。」

「……あら。 『もみじがり』、もう始まるのね。」

「うん、そう!
 だからね…… クマおささんも、今日は これで失礼しますね。」

「ほぉ…… もう、そんな季節か。
 まぁ頑張って、たのしんで来るとぇ。」

「はい!
 じゃぁ瑞貴みずき、またね。」

「うん、またね!」


 壱乃峰いちのみねの、頂上付近の樹々きぎの葉が、色づき始める頃。
 瑞貴みずきは、木の実の振舞ふるまいを終えた周囲の樹々きぎに、
「~葉に送る、栄養や水分は、もう止めて頂いて結構です。
 こうすると 葉が色づき始め、動物たちに 木の実の振舞ふるまいが終了した事の、合図となります。」
と、説明していた。

 高台たかだいでは、峰乃 赤松みねの あかまつが、壱乃峰いちのみね中腹ちゅうふくでの木の実の振舞ふるまいの様子を、見守っている。
 中でも、今秋こんしゅう初結実はつけつじつを迎えた まだ小さなコナラのに、リスが多く集まっているのを眺めているところへ、サルの群れのおさがやって来て、まずは木の実の振舞ふるまいの礼を述べた。

 の巫女さん。 今秋こんしゅうも、多くの振舞ふるまいを、ありがとう。
 おかげで子は育ち、群れも すっかり大きくなってしまったよ。
 でもね。 これだけ群れが大きくなってしまうと、もはや壱乃峰いちのみね樹々きぎ振舞ふるまいだけでは、足りなくなってしまう。
 だからね。 冬が来る前に群れを分かち、我々は、参乃峰さんのみねまで行くことにしたよ。
 この事を、知ってか知らずか…… 『また、旅ができる』よう、マタタビを多く振舞ふるまってくれたのは、本当に ありがたい。

 ……いろいろ良くしてもらったのに、もう会えなくなるのは、さびしいけれど。
 の巫女さん。 我々の群れとは、これで お別れです。
 今まで本当に、ありがとう。

 そうですか――。 わたくしさみしく思いますが、どうか お達者で。
 弐乃峰にのみねと、参乃峰さんのみねの巫女にも、どうかよろしく お伝え下さいませ。。。


 実りある樹々きぎの葉の色づきは、今では この高台たかだいの少し下まで進んで、大きなブナのの あちこちに、クマだなを見ることができる。
 それを眺めながら ツキノワグマのおさは、申し訳なさそうに瑞貴みずきに話しかけた。

「……本当に、いつも すまないねぇ。
 枝を折って、クマだなにして。 木登りの爪跡まで、付けちまって……。
 あんたらは、大丈夫なのかい?」

「えぇ。 このくらいでしたら、問題ありません。
 ……力枝ちからえだが、傷付かなければ。」

「それに、伸び過ぎた小枝を折って下さることで、地表ちひょうにまで陽光が届き、はぐくみのにもるのですから、私達にとっても好都合なのですよ。
 みき爪跡つめあとも、このくらいでしたら すぐに巻き込んでしまいますので、どうか お気になさらずに。」

「ほぉー。 の回復力ってのは、すごいんだなぁ。
 でもまぁ、それに甘えることなく、に傷を付けるのは程々にしとくよう、みなに話しておくとしよう。。。」


 やがて、実りある樹々きぎの葉の色づきは、壱乃峰いちのみね中腹ちゅうふく緩斜面かんしゃめんに立つ、ホオノキ巨樹きょじゅへと。
 そしてそれは、大平岩おおひらいわを過ぎた所にあるイチョウ並木にまで至って、今秋こんしゅうの木の実の振舞ふるまいが、もうすぐ終わることを告げていた。

 大平岩おおひらいわの広場では、振舞ふるまう木の実をつけない樹々きぎに宿る精霊せいれいたちが協力して、夏祭りで披露された、『樹々きぎうた』の歌詞を共有している。

「~ではみなさん!
 うたい手たちが、ことに込めた想いを大切に、もう一度 最初から、うたってみて下さいな。
 〝山祭り〟にて、みなうたう『森のうた』は、こうしてみなうたい、完成させていくもの……。
 おや? あなたはユズリハの…… ゆりはちゃん、どうしたんだい?」

「あの…… 山桜やまざくら師匠――。 ひとつ思ったんですけど。。。
 おうたを もっとうたいやすく、歌詞も もっと分かりやすくするために……。
 その…… わ…… 私の葉で、か…… 歌詞カード、作りませんか?」

「すっ…… すみません!
 その…… 私の〝譲り終えた葉〟が、いっぱいありますし…… 文字を書いたりも、できるので――。
 みなさんが良ければ…… と思ったんですけど。。。」

「あらまぁ! いアイデアじゃない!!
 あなたの葉なら、そうねぇ――。
 今は、綺麗なものでなくて構わないから―― 光合成し終えた、その黄色くなった葉で、試してみては如何いかがかしら?
 ほら、わたくしの小枝をあげるから、これで書いてみなさいな。」

 他の樹々きぎに宿る精霊せいれいたちも集まって、
「どれどれ……。 おぉ! ほんとに、字が書けるぞ!
 ……でも、まだ緑色が残ってる所や葉表はおもては…… テカってて、ちょっと見づらいかなー。」

山桜やまざくら師匠のおっしゃる通りに、キレイな葉でなくても構わないから、いろいろ試してみましょうよ。」
 ……などと、みなで試行錯誤していると。。。

「そうだ! なら 逆に、葉の裏に書いてみたら――?
 これ、イケるかも!?」

葉裏に字が書ける、ユズリハの葉。

 これを見た山桜やまざくらは、すぐさまみなに、指示を出した。

「……それでは、みなさん!
 『ユズリハの、譲り終えた黄色い葉の裏面に、各自の小枝で文字を書き、歌詞カードとする。』
 これを採用とし、今後は口伝くでんではなく、歌詞カードを作って歌詞をみなで共有して、おうたの練習をする事としましょう!」


 黄葉おうようすすむ、カツラの葉。
 ハート型の その葉は、辺りに香ばしいにおいを、漂わせて。
 そんな私は、というと。
 普段の物創ものづくりの手を休めて、ねぎらいのクッキーを、みな振舞ふるまってる。

 まずは、ブナや トチノキから。
 瑞貴みずき先生、お疲れさま。 あなたの葉も、すっかり色づいて。 
 ……采配さいはいから これまで、大変だったでしょう?
 ハチミツ、たっぷり かけといたから。

 高台たかだいの辺りは、ドングリたちね。 みんな、お疲れ様!
 ……あ! スダジイさんと、ヤマグリさん。
 これ、『noliaノリア』で、振舞ふるまう分!?
 ……はい。 もうすぐ行くから、私から届けとくわね。

 森歩きの道の、入口まで下りて来たら…… ホオノキさんや、コナラさんにも。
 のりあ! あなたも、お疲れさま!
 それと…… これ、ドングリさんたちからの、木の実の振舞ふるまいね。

 大平岩おおひらいわの広場での、唄練うたれんは――。
 もうちょっと後にして、黄葉おうようが綺麗なイチョウ並木の。。。

「おかみさぁーん! 一葉いちようちゃんと、こならちゃんも!
 ぎんなんの収穫と振舞ふるまい、お疲れさま。
 クッキーを、持って来ましたよ!」

「わぁっ! かつらさん、いつもありがとうございます!
 ちょうど収穫も一段落したので、茶店ちゃみせの方で、一息入れましょ?」

かつらふぁんのクッキー、とっても おいひぃのれす!」

「ふふっ。 こならちゃんも、初めての振舞ふるまい、よく頑張ったわね。
 おかみさん…… 壱乃峰いちのみねの木の実の振舞ふるまいも、これで終わりですね。。。」

 ……あらあら。 大平岩おおひらいわから、い歌声が。
 『森のうた』は完成に近づいて、唄練うたれんも終盤を迎えてるようね。
 じゃあ 私は、この辺で。
 唄練うたれんを頑張ってるみなにも、ねぎらいのクッキー、振舞ふるまってくるわね。。。


 木の実の振舞ふるまいでにぎわう、壱乃峰いちのみねの森。
 『森のうた』の歌詞カード作りと、唄練うたれんにぎわう、大平岩おおひらいわの広場。
 その一方で めりあは、いつも居るスギ人工林じんこうりんの奥から その様子を垣間見かいまみつつ、まるで自分が蚊帳かやの外に居るような疎外感を感じながら、物憂ものうげな表情でいる日々を、過ごしていた。

 木の実を振舞ふるまみんなも、それを美味しそうに食べてる動物たちも、とても嬉しそう。
 でも…… 私は。。。

 ねぇ、ゆりは…… は、居ないんだった。
 要らなくなった葉っぱで、歌詞カード作るって…… すごいアイデアだよね。。。
 おかげで おうたの仕上がり、いつもより…… すごく良くなって。
 ……よかったね、ゆりは。

 クマおささん、すごく嬉しそうだったな。
 かつらさんも、素敵だなぁ。

「カツラのの姉さんから、こんなにクッキー貰った!
 なぁ、若いの。 お前さんも、誰かに何かを振舞ふるまえるように、ならんとなぁ!」

 ……って、言いたい事は分かるけど。
 でも…… 私には、何も。。。

「めりあさん! 貴女あなたも ご一緒に…… どうかしら?
 かつらさんから、カフェ『noliaノリア』での、木の実の振舞ふるまいの打ち上げに、お誘い頂いたのですけれど。。。」

「え…… でも瑞貴みずきさん。
 私、振舞ふるまいじゃ、何もしてないですよ。」

「……いいのよ、気にしなくて。
 同じ壱乃峰いちのみねの、森の仲間でしょう。
 みなで、楽しみましょ?」

「でも――。
 私…… 木の実も つけられないし、かつらさんみたいに……。」

「そのかつらさんが、『誰でもウェルカムよ!』 っていう、お誘いなのですよ。
 『もみじがり』が終わったら、とっちも、『少し遅れるけど、ぜったい行くっ!!』って言ってますし。
 何より、のりあさんが…… 熟成の済んだ、ホオノキ花のリキュール、開けるんですって!」

「うぅ~。 そ…… そう言われると、断りにくいですね。。。」

 スギ人工林じんこうりんの奥で、ずっとふさぎ込んでいた めりあを、少し強引に誘い出した瑞貴みずきは、いつもより明るい調子で、〝本日貸切〟の札が掛かったカフェ『noliaノリア』の扉を開いた。
 店内では、手際よく打ち上げの準備を整えた のりあが、クッキーの味見を。
 クッキーの盛付けを終えたかつらさんが、のりあがれたオリジナルブレンドのコーヒーを、試していた。

「いらっしゃいませ!
 うふふ。 めりあ、お久しぶりね。
 瑞貴みずきさんも、木の実の振舞ふるまい、お疲れさまでした。」

「お待ちしてましたぁー! さぁ、座って座って!」

 のりあが、水中花のようにも見える、ホオノキ花のリキュールを開けると、店内は、芳醇ほうじゅんな花の香りで満たされた。
 かつらさんは、山盛りにした、ハート型の ねぎらいのクッキーを。
 瑞貴みずきは、塩炒しおいりにした、ブナの実を。

 「これこれ! お酒に合うのよねぇー♡」

 と、かつらさんは くだけた雰囲気で、乾杯の挨拶もなしに、打ち上げを始めてしまった。
 ホオノキ花のリキュールは、その香りと甘いテイストで、疲れた心と身体を癒してくれる。

 居合わせたみなが、今秋こんしゅうの木の実の振舞ふるまいの思い出話に花を咲かせている間、ずっと愛想あいそ笑いを浮かべる めりあに気付いた、瑞貴みずきと のりあが、優しい口調で話しかけた。

「めりあさん…… 浮かない表情ですね。
 ……何か 話したいこと、あるんでしょ?」

「私も……。 めりあ、いつもの元気が ないなぁーって、気になってたのよ?」

「……お見通し、かぁ。
 やっぱ あなたたちには、かなわないわね。」

「……ずっと、考えてたんだけど――。
 私、なんで振舞ふるまえるような木の実、つけらんないのかなぁ…… って。」

「でも、代わりに何かを―― ってのも、見つからなくて。
 私には…… 何も。。。」

「あらあら。 ずっと それを…… 気にしていたのね。
 でもね、めりあ。 あなたは そのままでも…… すごく素敵だと、私は いつも思ってるのよ?」

「うん…… わかってる。。。
 ……でも、実りも振舞ふるまいも無い私が、なんで、実りと振舞ふるまいの打ち上げに…… 呼ばれたの?」

 ……みんなには悪いけど、私にとってはね…… 辛いだけなの。。。

 動物たちに喜んでもらえるような、木の実も つけられない。
 かつらさんみたいな…… 物創ものづくりなんて、できない。
 こならちゃんみたいに、絵を描いたりできないし……。
 一葉いちようほど、愛想あいそも良くない。
 おうたも舞いも、うまくできる自信なくて…… とっち社長や瑞貴みずきさんみたいな知識もないから、巫女候補みここうほにも、なれそうにない。
 実りも、振舞ふるまえるものも、誰かに与えられるようなの恵みも…… 私には、何も無い!

 じゃぁ…… 私って、何なの? みんなと違って、人間ニンゲンに植えられて。。。
 何のために、誰のために、この森で…… 私は、生きてるの!?

 めりあの独白どくはくに、瑞貴みずきでさえも どうこたえればいのか分からず、沈黙してしまった。

 そこへ、不安げな表情で いっぱいの紅葉もみじが、
「みんなみんな、大変!
 めりあ姉さんが…… 人間ニンゲンに、られてるっ!!」
と、大騒ぎしながら、駆け込んできた。

 続いて、紅葉もみじを追いかけて来たかえでと とっちは、カフェ店内の重苦しい沈黙と めりあの表情に、声を掛けるのを ためらった。
 いつものクールビューティーさは微塵みじんも見られずに、めりあは、悩みと不安に満ちた表情で、その瞳からは、大粒の涙を流している。

「私…… られちゃうんだ……。 そっかぁ。。。
 ねぇ、とっち社長? 実りも、の恵みも、何も無い…… 私なんて、もう……。
 られちゃった方が…… 良いのかな。。。」

「めりあ!! 何言ってるの!? ……いい? よく聞いて。
 んー。 まずは、誤解を解いた方が良さそうね。
 紅葉もみじの言い方も、ちょっとアレだったけど……。
 スギ林で人間ニンゲンが、育ちの悪い木をってるだけでね…… めりあ。
 あなたが宿ってるり倒すわけじゃ、ないのよ!」

「……分かった?
 ほら…… もう大丈夫。 だから、泣かないで。。。
 かえで紅葉もみじ。 めりあに、ちゃんと話してあげて。」

「はい……。 あの…… おねぇちゃんが、お騒がせしちゃったよぅで…… すみません。。。」

「めりあ姉さん……。 ほんとに、ごめんなさいっ!
 でもでも、紅葉もみじ、びっくりしちゃって。。。
 うぅ~んと―― 何かぁ~、カンバなんたら とかいってぇ――。
 人間ニンゲンがぁ…… めりあ姉さんを――。
 ……かえで、あと お願いっ!!」

「あのぅ……。 間伐かんばつっていって――。
 人間ニンゲンが…… 植えて育ててるスギの木を、間引まびいてる…… そうです。。。
 その―― 全部なくなっちゃう、んじゃなくて。。。
 めりあお姉さんみたいな…… 綺麗なスギのは、らないそうです!」

「うんうん! さすが、かえでちゃんは…… 物知りね。
 めりあ、いま聞いた通りよ。 安心なさい!」

「……詳しく言うとね。
 間伐かんばつは、私達 樹々きぎ摘果てきかするみたいに、育ちが悪い木を間引まびいてって、綺麗な良いを育てるためにするの。
 めりあみたいに、立ち姿も美しくて魅力のある良いは、らずに育てて…… ね。
 ゆくゆくは、人間ニンゲン…… いえ、この壱乃峰いちのみねの森にとっても必要な、大切なるのよ。」

 とっちが目配せして、瑞貴みずきが続けて語りだす。

「私からも…… 良いかしら?
 間伐かんばつ間引まびかれた木は、この森の外に運ばれて、人間ニンゲン住処すみかを造ったりするのに、使われるそうですよ。」

「めりあさん。 さっきは『実りも、の恵みも、何も無い』なんて言ってたけれど、全然そんな事は なくて。
 スギのは、そのみきを、それを必要としている人間ニンゲンに、与える事が出来る。
 それは…… 貴女あなたが誰かに与える事が出来る、〝の恵み〟だと、私は考えます。」

みんな…… ありがとう。。。
 ……そうね。 私の『みき人間ニンゲンに与える』ことは、私の〝の恵み〟なんだよね。。。
 ……ふふっ。 何か、つまんない事で…… 悩んじゃって。
 私、バカみたい…… じゃない。。。」

「ありゃりゃ、寝ちゃった。。。
 ……でも、もしかして…… めりあが ずっと悩んでた事、これで解消しちゃったんじゃない?」

「うふふ。 とっちさん、それ…… めりあの寝顔が、物語ってますよ。」

「うーん……。 確かに、そんなふしは―― あったかもね。
 ひとりで思い詰めてたり…… とか。」

「え!? そうだったんですかぁ、かつらさん?
 紅葉もみじ、めりあ姉さんは、孤独が好きなクールビューティーなんだと。。。」

「おねぇちゃん……。 またまた、間違っちゃってるよぅ。。。」

「……あ! ほら、あんたたち。
 『もみじがり』が終わったばっかで疲れてるんだし、早く寝ちゃいなさい!
 事務所の休憩所、使っていいから。
 それと…… めりあも連れてって、寝かせてあげてね。」

「はぁーい、わかりましたぁー。」


 こうして、カフェ店内を大人だけの場とした、とっち・瑞貴みずきかつらさん・のりあは、もう少しだけみながら、大事な話をし始めた。

「ふゎぁ~。 ちょい、あぶなかったぁー。」

「そうね、とっち。
 紅葉もみじさんが きっかけを作ってくれなかったら、と思うと……。」

「私も、木の実をつけない同士として、フォローを考えてたんだけど。。。
 ちょっと話と、合わなかったんだよね。」

かつらさんも、めりあに。。。
 私も、いつもみたく励ましたつもりが、まさか逆効果になるなんて……。
 瑞貴みずきさん、これって もしかして……?」

「そう……。 本人の前では、決して言えない事なのですけど。。。
 先程までの めりあさん、アバレギになるところ でしたのよ。
 自分を否定して、自分に絶望して……。」

おのきる道に迷い誤ったは、やがて自らの樹体じゅたいを成長させる事だけを考える、アバレギと化してしまう。』

瑞樹みずきさん…… 瑞貴みずきの お母さんがね、ずっと書きしたためてきた書物の中に、この一文があるの。
 そして、その続きは……。」

『アバレギが、共にきるはずの森の仲間をかえりみず、おのれ樹体じゅたいのみを成長させた結果、その森全体としての樹勢じゅせいが衰え、地盤はゆるみ、大崩落だいほうらくのような災厄さいやくの、引き金ともる。』

「……そうですよね、とっちさん。
 でも、めりあは自分で、きる道を見つけられたみたいですし。。。
 アバレギには、ならなさそうですよ?」

「うん…… そだね。 あの様子なら、大丈夫なんじゃない?
 それにしても、私が『打ち上げ、しよう!』なんて言い出して……。
 まさか こんな話にまで、なるなんて…… ねぇ。」

「ま…… まぁ、かつらさん。
 何とかなったから、かったんじゃないですか?」

「とっち。。。 そうですよ!
 このような機会があったからこそ、めりあさんは ずっと悩んでいた事を、お話し出来たと思うのです。
 そう思いませんか? かつらさん。」

「ま、結果オーライって、とこかしらね?
 ふぅー。 ホッとしたら、眠くなってきちゃったわ。。。」

「んじゃ、ここらで お開きとしますか。 私は、休憩所で寝るけど……。」

かつらさんと瑞貴みずきさんは、カフェの奥の、私の部屋で泊まっていって下さいね。」

 安堵あんどしたみなは、すぐに夢の中へ。。。


 翌、早朝。 この秋晴れのように、晴れやかな心持ちで目覚めたみなは、のりあのオリジナルブレンドと木の実たっぷりのパンケーキで、朝食を。

 まだ眠り続けている、紅葉もみじかえでを起こさないよう、静かにカフェの扉を開いた めりあは、いつもより自信に満ちた眼差しで、その居所いどころのスギ人工林じんこうりんを眺める。
 間伐かんばつされた箇所かしょは、以前より すっきりとして、地表ちひょうにまで朝日が差し込んでいる。
 そして、スギ林のすぐそばには、整然と積まれた丸太が。

「……そっか。 そういう事かぁ。。。
 これが…… 何かを振舞ふるまう、の恵みをあげるって、気持ちなのね。。。」

 そうつぶやいた めりあは、ずっとふさぎ込んでいたとは思えないほど軽快な足どりで、歩き出した。

「ふふっ。 めりあさん、行ってらっしゃい。
 貴女あなた振舞ふるまう、『の恵み』を、見届けに。。。」


【10話 注釈】

★8 摘果てきか
 (果実の栽培や 園芸品種の樹種じゅしゅにおいて)実り過ぎたものや育ちの悪いものを間引まびいて、良質な果実や木の実を残して成長させることです。
 作中では、発芽はつが用や振舞ふるまい用 以外の木の実は、成長を止めて〝摘果てきかする〟としています。
 なお、この現象は、『天然林てんねんりん樹々きぎは、(人の手を借りずに)自らで、育ちの悪い木の実を間引まびいている。』というエピソードを、元にしています。

★9 種子貯蔵庫シードバンク
 森林土壌どじょうの中にある、未発芽みはつが樹々きぎ種子しゅしのことです。
 まるで休眠しているかのように、周囲の環境が発芽はつがに適した状態になるのを、じっと待っています。
 上層にあるが倒れるなどして、日照などの条件が良くなると一斉に発芽はつがして、やがて次世代を担う若木わかぎとして成長します。

●9 〝記憶きおく種子しゅし今秋こんしゅうの実り』〟
 10話の作中では、今秋こんしゅう樹々きぎの実りに関する膨大な情報が詰まったアカマツの種子しゅしとして、登場します。
 記憶きおく種子しゅし結実けつじつできるのは、主に 峰乃 赤松みねの あかまつのような高位の巫女や、素養そようを満たした巫女候補みここうほだけです。
 また、それを紐解ひもとく = 内容を理解し情報を得られるのは、巫女修養みこしゅうようを終えて素養そようを満たし、受容体じゅようたいを授かった者だけ、としました。
 これらの詳細は、第一部 ~樹々きぎの恵み編~ の前日譚ぜんじつたんとなる、第二部 ~巫女編~ にて描写されています。


【キャラクター紹介】スギのに宿る精霊せいれい『めりあ』

樹々きぎうたい、風に舞う』第一部 ~樹々きぎの恵み編~
10話【秋の実り、の恵み。】

 最後までお読み頂き、ありがとうございました!
 特典としまして、各話の末尾にて【キャラクター紹介】を掲載しますので、合わせてお読み頂ければ幸いです。
 ここでは、これらのキャラ設定で出てきたアイデアを簡潔にまとめて、キャラ名と由来、モデルとした樹種じゅしゅ、木彫り彫刻キャラ作品画像、作中でのキャラ紹介の順に、掲載してあります。
 それでは、作者が頭を痛めて生み出したキャラ達と、魂を削って彫り上げた彫刻作品を ご覧くださいっ!

『めりあ』
 スギの学名『クリプトメリア』より。

・モデル樹種じゅしゅ: スギ(杉)Cryptomeria japonica
 「まっすぐ伸びる」ことから、『スギ』とわれています。
 スギの良質材は、立木りゅうぼくも木目も綺麗なことから、『美人で立ち姿が美しいキャラ』をイメージしました。
 針葉樹しんようじゅのため葉はトゲトゲしく、実際に触るとチクチクする感触から、『褒められると照れ隠ししてしまう、ツンデレな性格』に設定しました。

木彫り彫刻キャラ作品『めりあ』

・キャラクター紹介:
 スラッとした立ち姿が目を引く美人だけど、近づきがたい雰囲気を出してる、いわゆるツンデレなキャラです。
 何を着せても似合ってしまう、スタイルの良さをかし、モデルとして活動中。
 クールビューティーだけど、褒められると照れ隠ししたりする意外な一面や、涙もろいところも?
 第一部のメインヒロインで、本作のメインテーマ〝樹々きぎの恵み〟についての、重要な役柄を担います。

・衣装やルックス:
 仕立ての良いシャツの、ボタンを胸元で留め、すそを出し、そでまくり。
 スリムなジーンズは8分丈。
 そんなラフな格好で、窓際のテーブル席に座っているだけなのに、まるで映画のワンシーンか 写真集の1ページかのように、見映みばえします。
 21歳 身長160cm


 11話【山祭り】に、続きます。。。


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