12話 最終話【眠りの唄】『樹々は唄い、風に舞う』第一部~樹々の恵み編~
12話 最終話【眠りの唄】
木枯らしの止んだ、壱乃峰の森の中は しんと静まり返り、その地表には、舞い落ちた木の葉が びっしりと降り積もっている。
一段と輝きを増した月明かりに、美しく照らされて舞台に立つ 峰乃 赤松の、凛とした声が 木霊した。
「此れより、山祭り 神事に、参る!
神憑りを行う故、皆 しばし待たれよ。」
瞳を閉じて、両腕を 両手を その力枝のように開き、天を仰ぐ。
月光を浴びて ぼぅっと光り輝く、峰乃 赤松に憑依した 山の神は、その口から、ねぎらいの言の葉を発した。
『樹の巫女よ。 其方を介し、皆が健在であること、善く伝わった。
壱乃峰の森に活きる、樹々よ。
是まで 善く茂り、善く実り、善き恵みを、もたらした。
樹々の恵みは、森の生命を育む。 樹々の協調は、森の調和を保つ。
其らを乱す 暴木の出現さえも、其の恵みと協調にて、防いだ。
是から訪れる冬の、安らかな眠りを以って、ねぎらいと、す。』
山の神からの言の葉を賜り、そののち訪れた しばしの沈黙と静寂は、参乃峰からの雷鳴によって破られ、峰乃 赤松は神憑りから解かれて、ハッと我に返った。
その しばらくのちには、弐乃峰からも、雷鳴が。
冬の到来を告げる この雪起こしの雷を合図に、山祭りの終了を宣言すると、峰乃 赤松は、皆を それぞれの居所へと誘った。
月明かりに照らされた大平岩の広場を離れて、居所へと戻った樹々は すぐにも、その生命活動を ほぼ停止し、休眠の準備を整える。
それらを確認しながら、最後に壱乃峰の頂上付近の居所へ到着した峰乃 赤松は、皆を見守りつつ、山祭り最後の神事となる、天雷の訪れを待つ。
言の葉を下し、憑依を終えた山の神は、弐乃峰を過ぎて壱乃峰へと向かいつつある雷雲に、その神力を込める。
神力は、雷雲に宿る 雪起こしの雷を、樹の巫女の生命力と『眠りの唄』へと転換させ、天雷へと変化させた。
天雷を宿した、ひときわ大きな漆黒の雷雲が壱乃峰を覆うのを見届けると、峰乃 赤松は、鏑鈴を 大きく 永く 振り鳴らす。
壱乃峰に、天雷。
それは、巫女の神具である鏑鈴と前天冠へと降りて、峰乃 赤松は、天雷を、眠りの唄を、その身に授かった。
雷雲が壱乃峰を過ぎ去ると、冷風が、峰乃 赤松の枝葉を揺らす。
その葉音に乗せて、峰乃 赤松が眠りの唄を唄い始めると、どんよりと曇った夜空からは、はらはらと初雪が舞う。
初雪は、 壱乃峰の頂上から順に降り積もり、地表の落葉を純白に染め上げていく。
それに合わせて、樹々もまた、頂上付近に生育するものから順に、眠っていく。
中腹の緩斜面までもが、初冠雪に白く覆われる頃には、壱乃峰の森の樹々は皆、眠りに就いて。
森の中には、樹の巫女 峰乃 赤松が唄い続けている、眠りの唄の歌声だけが、木霊している。
早春の壱乃峰では、皆が集い、コナラの娘は、初結実を告げて。
春の芽吹きは やがて、育みの座へと。 森の恵みは、樹々の賑わい。
萌え出る芽吹きと、山桜が彩る、東谷街道。 新たな才能も、開花して。
七分咲きの、山桜。 披露稽古は、桜開花と若葉の舞い。
春の訪れ祝う、桜の舞い。 皆も健在、春の舞い。
新緑の壱乃峰は、百花繚乱たる、樹々の花。
太陽の恵み、燦々と浴びて。 樹々は育つ、譲り合い。
恵みの雨は、樹々の恵みに。 水や森をも、育んで。
夏祭りでは、樹々の唄。 感謝を唄う、虫の唄。
秋の実り、樹の恵み。 樹々は振舞い、育む命。
樹々よ 育て、健やかに。
樹々よ 眠れ、安らかに。
暖かな、陽光 煌めく春を、待ちながら。
空の青。 雪の白。 樹々の黒。
その眩しさを取り戻した陽光に照らされて、樹々や残雪からは、水蒸気が立ち上っている。
ときおり そよぐ冷風に、ざわめく葉音と、揺れる梢。
どさり、と音を立てて、枝に積もった雪が落ちた。
生命の営みを感じない程に静まり返った、殺風景な森の中では、まるで子守唄のように、眠りの唄だけが木霊している。
長い 長い、眠りの唄が、終わる頃。
残雪から枝先を出した マルバマンサクは、小さな黄色い花を咲かせました。
長い 長い、眠りの冬は、終わりです。
穏やかな春の日差しが、壱乃峰の森の樹々に、「春が来たよ!」と告げています。
【キャラクター紹介】アカマツの樹に宿る精霊『峰乃 赤松』
『樹々は唄い、風に舞う』第一部 ~樹々の恵み編~
12話 最終話【眠りの唄】
最後までお読みいただき、ありがとうございました!
特典としまして、各話の末尾にて【キャラクター紹介】を掲載しますので、合わせてお読み頂ければ幸いです。
ここでは、これらのキャラ設定で出てきたアイデアを簡潔にまとめて、キャラ名と由来、モデルとした樹種、木彫り彫刻キャラ作品画像、作中でのキャラ紹介の順に、掲載してあります。
それでは、作者が頭を痛めて生み出したキャラ達と、魂を削って彫り上げた彫刻作品を ご覧くださいっ!
『峰乃 赤松』
山の神に仕える、神格化した高位の巫女のため名字をつけることとし、峰に立つ巨樹の設定から、『峰乃』と命名しました。
名前は、『樹の巫女 本来の樹種名を、御名とする ならわし』という設定から、『赤松』としました。
・モデル樹種: アカマツ(赤松) Pinus densiflora
山地では、尾根筋や峰によく見られ、巨樹となり、優雅で堂々とした樹形から、位の高いキャラをイメージしました。
・キャラクター紹介:
樹の巫女『峰乃 赤松』を拝命した際に、記憶を次世代の巫女候補に受け継ぎ、神格化したキャラとして、設定。
巫女拝命 以前の記憶は抹消されたが、現在の巫女としての人格はある。
常に神々しく、凛としている。
山の神に仕える高位の巫女であり、普段は東谷で最も高い壱乃峰の頂上付近に立ち、この森の樹々の生命活動を見守っている。
桜の舞い・夏祭り・山祭りの際には、 壱乃峰中腹の緩斜面まで降りてきて、舞い手・唄い手の人選や、祭りでの儀式などの神事を担う。
・衣装やルックス:
高位の巫女装束を、常に着用している。
白衣と緋袴を着用し、長い黒髪を和紙で束ね、紅白の水引で しばって、髪留めとしている。
さらに、頭頂部には、アカマツの樹形と枝先の針葉を象った、前天冠を。
上半身には、千早を着用し、これを朱色の胸紐で結んでいる。
目鼻立ちの整った、神々しいまでの美形。
以前の記憶が抹消されたため、常に無表情だが、『眠りの唄』を唄う際などには、優しく慈愛に満ちた表情に見える。
26歳で神格化し、不老となる。 身長160cm
『樹々は唄い、風に舞う』第一部 ~樹々の恵み編~ 完結
物語は、第二部 ~巫女編~ へと。。。
第一部のスピンオフ作品『時間が、ない!』も、どうぞご覧下さいっ!
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