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Swag

ある日曜日の朝、僕と妻と息子の3人は水族館に行く支度をしていた。

家族3人、水入らずの時間。

傍から見れば、絵にかいたような幸せな家族。

そう、ある一点を除いては。


僕の寿命があと5年であることを除いては。



時は西暦2120年。22世紀の日本。

現代の身分証明書には、生年月日や性別の他、ある数字が刻まれている。

それは「寿命」

いまから70年ほど前の2050年に、人類はある遺伝子を分析することで自らの寿命を把握することに成功した。

その遺伝子情報から得られた「寿命」の通りに人が亡くなる確率は、なんでも98%なのだとか。残りの2%は、不運な事故によるもの。

つまり、自分の人生があと何年続くのか、ほぼ100%の確率で知ることができるようになった。




政府は二十歳になったら自分の寿命を知ることを義務化した。

理由は残りの寿命の長さを知ることで後悔のない人生を送ることができるから、だそうだ。

というのは、表向きの理由。裏の理由はもっぱら合理化にあるらしい。

いまから丁度100年前の2020年ごろ、世界は地球温暖化で気候変動が深刻化していた。その原因の一つとして「人間の無駄な活動」がやり玉にあげられたのだった。

それ以降、人類は地球を守るため、人間が無駄なことをしないようにあらゆるルールを設けた。その一つが、個人の寿命を通知することだった。

世界的にも、全国民に寿命を通知することが義務化されつつある。




政府から知らされた寿命は、生活のあらゆる場所に活用されている。

例えば、就職活動だ。

日本では20歳からあと何年生きられるかで、受験できる業種が決まっている。

例えば、警察官や自衛官は、寿命50歳以上が条件。理由は愛国心を育むための期間なんだとか。

短命な人(ヤングライバーと呼ばれている)は、スポーツ選手や芸術の分野などを志望する。受験資格に寿命の長さがないからだ。

ちなみに、今年は日本で3回目のオリンピックが開かれる。いまから100年前の2020年に日本で2回目のオリンピックが開催されたが、ウィルスが流行っていて大変だったと歴史で習った。

最近のオリンピック選手は、ヤングライバーがほとんどで、寿命は30代~40代の人が多い。人生のゴールが決まっていると、それに向けて計画的に練習を積み重ね、力を発揮できるそうだ。自らの寿命を把握することが世界的に義務化されたころから、スポーツの世界記録が次々と塗り替えられたのは、このことが理由らしい。




寿命を知ることができるようになり、世の中は大きく変わったと言われている。

21世紀では、自殺、いじめ、殺人、略奪、家庭内暴力(DV)などが後を絶たなかったという。

22世紀では、そういった事件は過去の産物となりつつある。

寿命を知ることで、みんなが命の大切さに気付いたからだそうだ。

でも自分の終着地を知ることが、本当にいいことばかりなのか、僕には分からない。

決められたレールの上をただ走るだけの人生に思える。

そんなのつまらないじゃないか。




僕の寿命は35歳だった。

今のところ病気はしてないし、健康診断も問題ない。

しかし、家族との別れの時は確実に近づいている。

僕が結婚して子供を産むことを両親に話した時、大反対をくらった。

僕のようなヤングライバーは、普通寿命が短い人と一緒に結婚する。そして子供は産まない人がほとんどだ。

残り少ない寿命を、自分たちが楽しむために使う。それがヤングライバーの日常。

ヤングライバーには政府から毎月生活費も支給されている。

そのお金を使って、世界旅行に行ったり、趣味を楽しんだりするのだ。




僕の奥さんの寿命は75歳。短命な僕と結婚してくれたことに感謝している。

子どもを産もうと言った時、奥さんもすごく迷っていた。

父親がいなくなったら、子どもが可愛そうじゃないか。

そういう意見もある。

でも僕は自分の子どもが欲しかった。子育てをしたかった。自分の命をどのように使うか、人それぞれじゃないか。



だから、いま5歳の息子が10歳になるときにお別れしなければならない。

水族館から帰宅し、息子とお風呂に入り、ベッドで親子3人川の字で横になった。

今、ベッドで寝ている息子の顔を見ると、幸せな気持ちで一杯になる。

子どもを産んでよかった。心底そう思うのだ。

僕が天国に行っても、残った家族の心の中に、きっと僕は生き続けると思うんだ。

だから、僕は最高に幸せなのだ。

寿命が35歳。

だからなんだ。

そんなことくそくらえ。命の長さなんて関係ない。

でも、でも、もしかしたら、僕は死ぬとき、あともう少しは生きたかったな、なんて思うかもしれないな。

そんなことを僕は思いながら、息子の横でいつのまにか眠りについていた。



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