『アングスト/不安』日本劇場初公開への序章
2020年7月3日(金)、不穏なムードに包まれる世相の中での日本劇場初公開となった『アングスト/不安』。
ご鑑賞頂いた方々から、「何故いまこの作品を上映する事になったのか?」という質問を度々頂くため、簡単に経緯を記載したい。
2019年4月12日(金)に、アングストと同じくシネマート新宿ほか全国にて『ザ・バニシング -消失-』(88)というオランダ・フランス合作の作品を日本劇場初公開した。
ザ・バニシングは、「3年前に謎の失踪を遂げた彼女を探し続ける《真実を知りたい》男と、危険な“実験”に手を染め《悪の限りを知りたい》男を描く」というストーリーで、あのスタンリー・キューブリック監督が3回鑑賞し「これまで観た映画の中で最も恐ろしい」とコメントしたという伝説も残るサイコ・サスペンスの傑作だ。
かつて日本ではVHSとDVDがリリースされたのみで、1万円などの高値でオークション取引がなされるなどの「知る人ぞ知る」存在だった。監督は『ダーク・ブラッド』『マイセン幻影』のジョルジュ・シュルイツァー、出演者はベルナール・ピエール・ドナデュー、ジーン・ベルヴォーツ、ヨハンナ・テア・ステーゲ。のちに同監督により『失踪』(93)としてハリウッド・リメイクもなされたが、演出や結末が異なり圧倒的にオリジナル版の方が優れている。
このザ・バニシングが全国的にヒットとなり、映画ファン、サスペンスファンのみならず「究極の絶望」と噂されるラストを求め若い層までが劇場に足を運ぶという現象が起きた。
さて、ここから先の出来事は提供元であるキングレコード担当者の話となる。
ザ・バニシングの功績を経て、映画評論家の江戸木純氏から電話があった。<劇場未公開で終わっていた昔のサスペンス映画>としてザ・バニシングが行けるならアングストはどうですか?と。江戸木さんがむかしVHS発売に携わり、ずっと忘れられない作品ということだった(当時のことについては江戸木さんによるパンフレットをご覧頂きたい)。少ない資料と海外のレビューなどを確認したところ、凄まじい作品であることが想像出来たため、担当者ほかスタッフは2019年のゴールデンウィーク中、家族や同居人が出かけて一人になる間合いを見計らい、それぞれが鑑賞。休み明け、本編を観た面々はその衝撃を確認し合い、絶対に日本で公開すべき作品ということで意見が一致、すぐ動き出した。江戸木さんにその旨を伝え、まずは江戸木さんの記憶にあった海外の権利元から探ってもらうことに。すると今は権利は監督本人が管理しており、本人と交渉が必要とのこと。ここから監督とのメールのやりとりが始まり、結局契約が締結されたのが2019年末であった。契約先が映画会社であれば、通常のルーティーンで物事は早く進む場合もあるが、アングストは監督個人であるため様々な確認に時間がかかり、さらにはライセンス料の送金手続きも租税条約に基づく届出書など様々な書類が必要であり、条件が固まってから契約締結、送金、素材取り寄せまでに長い時間を要した。
我々、映画配給会社であるアンプラグドとして本格的にアングストに関わり始めたのは冬の頃だっただろうか、『ANGST』というとんでもない作品があるので、という話を聞き、ザ・バニシングの流れで再び配給・宣伝として関わらせて頂くことになった。
アングストの存在自体は、『地獄愛』(14)の配給・宣伝に携わった際に、スタッフが一部被っている『ありふれた事件』(92)のことも調べたことがきっかけで、冷たいトーンが共通する関連作として一度目にしていた。CULT EPICSからBlu-rayが出ているという日本の記事を読んでいたため、アングストの話が出た際は「みんな、結局突き詰めると同じ所に行き当たるものなのかもしれない」と奇妙な縁を感じ「絶対に全国で公開しなくては」と決意した。
そこから先の、春先以降における新型コロナウイルス感染症に纏わる日本全国の劇場休館に伴う全ての生活の変容や、映画業界全体への影響などはご周知の通りだと思うが、一度は年内に公開することすらも躊躇した程の状況であった。
ましてや実際に起きた殺人事件を元にした映画である。以前の記事にも記載した通り、アングストは娯楽目的で制作された内容ではなく、むしろ現代の私たちに問いかけてくる要素も多い社会的な側面も含んでいるのだが、この状況下に於いての劇場公開に伴う宣伝活動が果たして受け入れられるのか判断が困難であった。宣伝期間も1ヶ月間ほどしか設けられず、我々スタッフも劇場もまさに《不安》一色であったのだが、無事、本作の個性を伝えることに成功し、今に至っている。
約2ヶ月間、9週間という長きに渡るロングラン上映となったシネマート新宿での上映も、いよいよ9/3(木)に終映を迎えようとしている。
先日、発表になったのだが、最終日にはザ・バニシングとアングストをハシゴ可能な狂気のスケジュールで続けざまに上映することが決定している。
絶望的で言葉を失うラスト、隠れた傑作、スタイリッシュからは遠いリアルな犯罪者、という共通点を持つ2本。
ぜひこの機会にスクリーンで鑑賞し、目一杯の奈落の底を覗いてみてはいかがだろうか。劇場を後にする時、連続鑑賞した者にしか見えない景色が見えるかもしれない。だが、非常に危険な組み合わせであることは間違いないので、ロビーの展示物や、限定コンセッション等で休憩中に気を紛らすのもお忘れなく。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?