ようこそ、日本映画音響の世界へ
2020年8月28日(金)に新宿シネマカリテほか全国順次公開となり、期待を超えた大ヒット中の『ようこそ映画音響の世界へ』。
本作は、映画の《音》全体にフォーカスを当て、作り方、効果、音響技師たちの思い、ドラマなどをハリウッド100年の歴史と技術の進化と共に描いた感動のドキュメンタリーである。
「映像には注目しているけれど、そういえば音はそこまで注目していなかったな」「映画音響のドキュメンタリーって難しそう」と思っている人がもしもいたのなら、ぜひ率先してご覧頂きたい内容である。これからの映画鑑賞の喜び、楽しみが倍に広がり深度が高まる事は確実だ。
作り手たちの途方もない挑戦と冒険の物語、映画への多大なる貢献を知った時、誰しもが胸打たれ、音響を100%体感するにはやはり映画館での鑑賞がベスト・オブ・ベストであるという事が強く感じられるであろう。
さて、本作の日本劇場公開の宣伝のため、多数の著名人、映画音響技師の方々に推奨コメントを頂いた。
その中のお1人である、高木創さん(録音/整音/音響デザイン)(担当作品:『ゲド戦記』(06)、『機動戦士Zガンダム A New Translation Ⅰ・Ⅱ・Ⅲ』(05,06)、『攻殻機動隊 SAC_2045』(20)など)より、『ようこそ映画音響の世界へ』におけるトーキー黎明期についての詳細な補足情報をご解説頂いたので、ご紹介したい。
「本作の構造的には、この映画が触れなければ成立し得ないトーキー黎明期の部分は、アメリカのトーキー史を軸にしているが故に、映画の情報的にはかなり意図的に曖昧な描写になっていると思います。実際にはトーキー化は世界的なスタンダード奪取の競争となっており、かなり混沌としていました。
また、マルチトラック音響のフォーマットはドルビーステレオ以前から磁気録音として製作されており、国際規格で映画館の音環境をより高品質な再生を行う素地が世界各国の代表者たちのディスカッションと研究報告で1974年に整えられた事と、音響機器のトランジスター化による高性能化、当時実用化したばかりの光学ステレオ録音技術の音質・音場を飛躍的に高めたドルビーステレオ(4chマトリクスエンコード・デコード技術は日本の山水による)の開発など、音響表現域が技術的に飛躍した正にその時期に、それを最大限活用したのが『スター・ウォーズ』であり『未知との遭遇』でした」
参考文献
日本オーディオ協会:"オーディオ50年史", 1986.
さらに、高木さんご自身が8年前に日本映画・テレビ録音協会機関誌である「録音」 203号に執筆なさった記事を拝読する機会に恵まれた。
『ようこそ映画音響の世界へ』ではハリウッドでの映画音響の歴史を紐解いたが、トーキー黎明期の各国の動きは複雑かつ目覚ましく、日本にはまた独自の歩みがある。高木さんの文章内には実に詳細かつ貴重な事実が記されており、これを機により多くの人に知って頂きたいと考えたため、ご本人の許可の元、以下に掲載する。
内容は、あくまで2012年当時のものであり、以降に新たな発見や分析などがあったかもしれないが、その点お含みおき頂きたい。
(★以下、各ページクリックすると拡大表示されます)
◆日本映画・テレビ録音協会HP
https://www.sound.or.jp/
◆高木創さんのお仕事一覧
https://www.imdb.com/name/nm1997861/
*記事中の『黎明』については2012年当時、早稲田大学演劇博物館グローバルCOE 研究助手だった大傍正規氏(現:独立行政法人国立美術館 国立映画アーカイブ 映画室 主任研究員)の協力を得ている。
映画文明、映画発明のあるところに、映画音響の進化も同時に並走してきた。
初めて、劇中の役者の発する音声や物音を聴いた制作者や観客たちの喜びを想像するに、なんとも驚きと興奮に満ちたものであったに違いない。
叶う事ならば、本作でも触れられている初期の本格的トーキー『ジャズ・シンガー』や、日本のトーキー初期作『黎明』『マダムと女房』のお披露目現場に立ち会いたいものである。
それと同時に、実現に至るまでに苦心を重ねた音響技術者たちに思いを馳せると、過去・現在の映画に鮮やかな音声が一体化している事の尊さに改めて感動を覚える。
ぜひ、『ようこそ映画音響の世界へ』の鑑賞をきっかけに、映画の半分の要素を担う《音》の奥深き世界を知って頂きたい。
きっと、最後にはエンドクレジットを見つめる眼差しが変わる事であろう。