おばあちゃんの野望
親が子供の将来に対して希望を持つことは、役立つこともあれば役立たないこともある。多大な期待を受けてまさに成し得たという事例もいくつも見ているので、決して悪いこととは思わないが、親の力量は必要なんだろうなと強く感じる。親の力量がない状態での希望は結構な悪だと思う。
となると、力量のない親典型例みたいな私の場合、我が子の将来を勝手に期待するのは害悪になるパターンだ。だが、やはり勝手に何か期待したくなる。そこで「どう考えても、この親の期待は不毛だろう」と息子自身が早々に気づける内容で期待することにした。「高校でラガーマンになれ」というものだ。
「高校ラガーマン」は我が家においては珍しいものではなく、兄がこの餌食となった。両親と妹(私)からのプレッシャーを受けつつも一旦は別の部活動を選んだ兄だったが、その部内の不仲に加えてラグビー部顧問からの執拗な勧誘により結局ラグビー部に入った。弱小部だったがそれでもラグビーをやっている時の兄はなかなか眼光鋭く、あの経験はやはり大事だったのではないかと思う。ただ兄に言わせると「”紳士のスポーツ”というより、喧嘩する余分な体力が残らないだけ」「普通母親は子供のラグビーを止めようとするもの(大怪我の可能性が高いから)」だそうだ。
それが今やW杯ですっかり人気になってしまい、新小学1年生対象の将来就きたい職業ランキングにもラグビー選手が入ったという。
兄に続き我が子もラガーマン(高校くらいだけでいいけど)にしようと思っていたので、一般の人気が高まったのは大いなる誤算だった。やばい、競争率が上がる。私の願望はそこまで闇雲な訳ではなく、兄はラグビー部の顧問から勧誘されるくらいだし、私自身も大学の時点で柔道部から勧誘されるような体格であり(←未経験で大学柔道とか無理だから)、息子も既に大体そんな感じの体型をしているから出てきたものだ。とはいえ、競技人口が増えると体格の良さだけでレギュラー獲得なんてのは困難になる訳で、なかなか厳しくなりそうだ。
母(息子にとっての祖母)の息子(孫)に対する野望はさらに凄い。ちょうど大学ラグビーで帝京大学がぶっちぎりに強い時期だったので、「帝京大学に行けばいい」と気軽に言う。我が家に私立大学に行かせるお金なんてないとマジレスすると「医学部だったらきっと特待生がある」と豪語する。確かにそれはありそうだけれど(未確認ですヨ)、そもそも私立大の医学部特待生の時点で競争率が凄いことになっていそうだし、さらに医学部特待生になれるラガーマンて…
と思っていたら、日経新聞にこんな記事が載っていた。
ラグビー選手が新型コロナにボランティアとして続々参加していると言う話で、「チームのために」精神がいかにもラグビー的といった心温まる話なのだが、それと一緒に「女子アイルランド代表選手やアルゼンチン代表選手、元南アフリカ代表選手らはさらに前線で医師として働いている」と言う話がさらっと書かれている。
え、国の代表選手が医師だったんすか…
ラグビーと言えば花の大学スポーツで元々ハイソ感があるし”ラグビーファンは医者と弁護士”伝説があるけれど、それでも各国の代表選手複数人が医師で新型コロナに向けて活躍してるって、ちょっとどんなスポーツ業界なのよ…
そして、おばあちゃんの野望はあながち”妄想”ではないと言う、恐るべき事実ーーラグビー界で「選手かつ医師」と言うのは結構普通なのだろうか。息子には敢えて「不毛な期待」をすることで親の考えなどに従う必要はないことに早々に気付き自分で自分の道を歩んで欲しいと思っていたが、すっかり「ど定番」かつ「親の欲望の塊」にはまり込んでいるではないか。
もっと危険なのは、物心ついて以来「ラグビーなんてヤダ」と親の不毛な期待を断固拒否していた息子が、自分は運動神経がよくない(←ごめんね)ものの鬼ごっこで逃げるのは得意と認識し始め、「ラグビーはボール持って逃げれば勝ち」「専門の得意な人がやってくれるからゴールキックはしなくていい」と言ったらすっかりラグビーをやってもいい気分になってきたことだ。これはやばい。親の期待に乗せられて、乗り切れずに脱落して敗北感を味わい人生を諦めるのではーー私の不安は異次元に突入しつつある。
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