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「リスペクト」~すべての闘う人へ。

映画「リスペクト」、公開になったので見てきました。
…が、スクリーンの小さいこと…まあ、大きな作品ではないですけどね。同時に嵐のコンサートムービーやプリキュアが公開されたので大きなスクリーンは若い女性たちやお子様たちで埋め尽くされてました。こちらはパラリパラリという風情。密じゃなくて快適でした。

そんな状況からも、多分大ヒットはしないでしょう。でも、いい映画でした。謂れのない差別、固定観念、孤独…「闘っている」人には染みるし励まされると思う。Freedom!Freedom!と歌うアレサの声の力強さよ!

終始、アレサのとーちゃんはじめ周囲の男どもが自己反省しないのがムカつくんですけどね!
いやーもーほんと、くそオヤジにくそロリコン(10歳の女の子妊娠させんなバカヤロー)にクソDV野郎って! 
映画のラストの彼氏、ケンはいい人だったけど、アレサの苦悩の根っこは理解してなかったと思う。
同じ黒人でも、20代までのアレサは黒人であるうえに「女」であり「牧師の娘」という何重もの枷の中で喘いでいて、見ていて辛かった。

自分が何を歌うべきかが自身でもつかめず、欲しいものはヒット、と言い続ける彼女は、次第に迷走して、アルコール中毒に陥って、ステージで倒れ、孤独を深めていく。
神への信仰を取り戻したことによって救われたとも見える流れ(とーちゃんは絶対そう思ってたよな、あれ…)になっていたけど、そういう単純な直線的なことでもなく、母を幼い頃に父(諸悪の根源)の暴力が遠因で喪っている(離婚による別居からの幼少期に病死別)ことが彼女の心の最も深いところに傷を与えていて、結局、母の幻影、ともに歌った幼少期の思い出が彼女を立ち直らせてる。
つまりは彼女自身の生命力による自己修復だと思う。
立ち直った彼女はやっと自分が歌うべきものを見つけた、それが母と歌い続けたゴスペルだった。ヒットも何もいらない、ただ、歌いたい、と。

エンドロールでころっころに太った晩年のアレサが歌う明るい「ANaturalWoman」がまるっと聴けるんですが(オバマ大統領の就任式でしょうかね?)、それを見てるとよかったね、リー!とは思います。

後半、今、Bunkamuraでリバイバル上映しているアレサのドキュメンタリー映画「アメイジング・グレイス」と同じ教会コンサートが出てくる(多分カット割りも揃えてある)のでどっちも見ると感慨が大きいです。
そんな時の収録だったのか!と最初の場面のクリーブランド牧師との手繋ぎの意味が変わって見えました。

名曲だらけで、音楽的にもとても楽しめます。最近、伝記系だと本人の歌に置き換えることも多いですが、この映画ではジェニファー・ハドソンが自分で歌ってます。いいです、とても。
ジェニファー・ハドソンは「ドリームガールズ」以来で見ましたが、相変わらずパンチあって満足!


それにしても。
伝記映画ってこの頃多いんだけど、結局、事実からの加工は多かったが、映画的な演出は断然うまかった「ボヘミアン・ラプソディ」が一番感動したし、一番面白かったんですよねー。

ただ人生をなぞっても仕方ないし、特に生きてるアーティストの場合はどこか遠慮もあるのかエンタテインメントとして振り切れないし、失敗と感じることも多い伝記映画ですけど、音楽がいいだけでウケはいいんでしょうかね、ほんと多いですね。

「ロケットマン」とか本人が関与しちゃうとどうしても自分に甘いものになるし…。伝記映画じゃないけど、音楽映画では「スター誕生」のリメイクも期待してたのにシナリオが浅くてガッカリしたっけな…。クラプトンのドキュメンタリーはもうなんていうか、いいけど長えよ!暗いよ!だったし(笑)
なかなか事実とエンタメとを両立させるのも難しいもんですね。
そういえば、ジェニファーの出た「ドリームガールズ」は面白かったな。

この映画の場合、描いてるのはゴスペルにたどり着くまでの若い頃だけなのに、どうしても「たどる」感じが強く、アレサが何に苦悩してるかの底はもうひとつ見えにくい映画ではありました。

父の暴力(主に精神的な)、夫の暴力(肉体的にも)、社会の暴力。宗教的な枷。周囲との軋轢。

音楽に時間を割くと、音楽の分、時間を取られてしまうわけなので、感情ともっと強く結びつかせて描き出してほしかった。
最初の夫、テッドに別れを告げる「Think」や、その支配にもがいていた頃の「Ain'tNoWay」のレコーディング場面なんかは、とてもよかったのですがねー。

いただいたサポートは私の血肉になっていずれ言葉になって還っていくと思います(いや特に「活動費」とかないから)。でも、そのサポート分をあなたの血肉にしてもらった方がきっといいと思うのでどうぞお気遣いなく。