伝統企業が新規事業を生む方法
Mr.サンデーという情報番組で「透明な醤油」を売り出してヒットを出した企業が紹介されていた。
長年同じものを作り続けている、国内売り上げのみで人口減による売上減…など多くの伝統的な企業会社に共通する要素がある会社であり、そんな企業の新規事業のエッセンスが凝縮されていたので思わず紹介。
基礎情報
会社:株式会社フンドーダイ(熊本市)
経緯:創業150年。人口減少や和食頻度減で売上低迷。社長発案で2つのことを実施。本格醤油の開発、新発想でこれまでにない新商品を作る
結果:新商品「透明醤油」で、年間1万本の販売目標に対して50万本の販売
アンゾフの成長マトリックスにおける新規事業ポジション
アンゾフの成長マトリックスに「透明醤油」をプロットすると、下記のようになると考える。
社長の号令や、Mr.サンデーの紹介では「新商品開発」なのだが、製品軸では「醤油」の範疇であり、実は「新市場開拓」を行なったところがこの新規事業を読み解く上での肝である。
新規事業成功のポイント
ポイント1:リーダーが門外漢
今回のケースは、社長と新商品開発室長がしょうゆに関する専門知識や経験がないといういわゆる門外漢。
それもあり、技術部門の社員からのちょっとしたアイデアの種を面白がることができた。
専門家だと「そんなことは知っている」「業界では恥ずかしい」「できるわけがない」が先に立ちやすい。専門家はたくさんいるのに、新規事業が生まれない構造の大きな要因。
門外漢と専門家との組み合わせが、新規事業において有効な化学反応となる。
ポイント2:アイデアが地続き
簡単ではないものの重要なポイント。いきなり遠くに行くのではなく、自社のアセット(技術や商品、ノウハウ、ブランド、販路等)を使って、既存事業から地続きの新規事業を考えてみることは、新規に獲得すべき要素(≒コスト)が少なくなり、新規事業の成功確率を高める。
unlockでの支援でも「実はアイデア(技術)は以前からあった」というのは多くの企業に当てはまることが多い印象。
アイデアやその素となるシーズは、案外灯台下暗し。
ポイント3:顧客の意見を拾う
新規性があるアイデアは、得てして「一人よがりなプロダクトアウト」になりがちだ。
この事例で良かったのは、新商品となるアイデアがありつつも、顧客の声を拾いに行って、バイアスがない状態でニーズを確認したこと。
しかもこの商品のニーズを確認することになった顧客の声は「透明な醤油があれば」という声ではなく、「汚れがつかない醤油があればいいな」という声。
汚れがつかない=透明 というわけでは必ずしもないと思うが、顧客の声を考えている事業のニーズと解釈した。
顧客の声をそのまま使うわけではなく、ウォンツの底にあるニーズを洞察することも重要。
ポイント4:古参社員の反対
専門性が高かったり、経験が豊富な人が反対する場合、そのアイデアにきちんと新規性がある一つの証拠と言える。
メルセデスベンツは、ニューモデルを決める際に、過半数が賛成したデザインは採用しないポリシーがあったという逸話があるほど、企業がその新規性・革新性に挑むのは普通のプロセスでは実現できない。
あのクロネコヤマトですら、社長のアイデア発案段階では、役員が全員反対したそう。
得てして新しいものは「業界の笑いもの」「みんな知っている・作れる」という常識からの反発を受ける。
日本は「恥の文化」(ルース・ベネディクト著『菊と刀』より)とも言われるので、こういった反応に組織としても人としても弱い傾向にあると思う。特に伝統企業は、この「恥」が大きな足かせになるのかも知れない。
ちなみに、サイバーエージェントの藤田晋社長は『挑戦しない人は「結局、恥をかくのが恐いだけ」』という言葉を残している。
ポイント5:従来の顧客ではない層の開拓
特筆すべきポイントの一つとしてこの商品が従来の顧客ではないと思われる顧客に売れている点だ。
既述のアンゾフの成長マトリックスでも、この商品をそのようにプロットした。
ToBでは、イタリアンなどの洋食レストラン、ToCではインバウンドの訪日外国人観光客に売れている。ToBでは展示会に出して反応があり、ToCは土産店で反響があったということ。
上記のポイント4の反対した古参社員含め、既存事業の視点のまま新規事業を見ると、これが見えないことが大きい。
ポイント6:伝統と革新の2本立て
社長の号令の仕方も良かった。
単に「新しい商品を作ろう」だけでなく、「どこに出しても恥ずかしくない本格派の醤油」と「新しい醤油」の2本立てだったこと。
そしてあくまで醤油の範囲での新規事業だったこともポイント2で触れた地続きであることから、伝統企業のお手本にできる新規事業のテーマ選択の方法だ。
総評
Mr.サンデーの編集では、頭が固い古参社員を門外漢が黙らせるという、ちょっと出来すぎなストーリーである感は否めないが、それを差し引いても重要なエッセンスが詰まった事例だと思う。
「新しい挑戦を」というスローガンを口に出すことの簡単さと、実行・実現の難しさは多くの企業が感じている。伝統企業の場合は、その看板やのれんを守るという使命が足かせになり、そう簡単には新しいことができないだろう。
新商品・サービスは、出してみないとわからない。でもそれは簡単なことではないし、恥をかくかもしれない。
しかし、試作品を作って見てもらうことはできる。
また、試作品までいかなくても、顧客が何を求めているのかの調査はできる。
これは伝統企業かどうかは関係ない。伝統企業であっても調査で恥はかかないだろう。
「顧客や市場の声を聞く」は、伝統の有無にかかわらずどの会社にも開かれた平等な機会であり、どの会社でもできるアクションだ。
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